中国の紀元前の陵墓で発見された絶滅テナガザル

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、中国の陵墓で発見された絶滅テナガザルに関する研究(Turvey et al., 2018)が公表されました。日本語の解説記事もあります。この研究は、中華人民共和国陝西省西安市長安区にある2300~2200年前頃の陵墓で発見されたテナガザルについて報告しています。この陵墓には、秦の孝文王の側室で荘襄王の母(つまり、少なくとも系図上は始皇帝の父方祖母となります)である夏太后(夏姫)が葬られている、と推測されています。

 この陵墓ではテナガザルの遺骸が発見されましたが、当時、テナガザルは「高貴な動物」と認識され、上流階級層にペットとして飼われていました。そのため、このテナガザルは夏太后に飼われていた、と考えられます。このテナガザル遺骸はおもに不完全な顔の骨が残っており、頭蓋と歯の寸法の詳細分析と他の現生および絶滅テナガザル種との比較の結果、新属新種(Junzi imperialis)に分類されました。

 これにより、アジア東部には歴史時代にこれまで未知の類人猿が存在し、おそらくはヒトの直接的活動により絶滅した、と示されました。この研究はまた、ヒトに起因するさまざまな霊長類の絶滅が過小評価されている可能性を指摘しています。テナガザルに関しては、10世紀に長安近郊で捕獲され、18世紀まで陝西省に生息していた、との記録が残っており、記録のない現在は絶滅している他の種の存在も示唆しています。人類による動物の絶滅は、とくに現生人類(Homo sapiens)においては、普遍的な事象なのでしょう。


参考文献:
Turvey ST. et al.(2018): New genus of extinct Holocene gibbon associated with humans in Imperial China. Science, 360, 6395, 1346-1349.
https://doi.org/10.1126/science.aao4903

アリにおける真社会性の制御の遺伝的基盤

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、アリにおける真社会性の制御の遺伝的基盤に関する研究(Chandra et al., 2018)が公表されました。日本語の解説記事もあります。全てのアリは真社会性(eusociality、生殖役割が一部のメンバーに特化されることを含めた高度な社会性)を有すると考えられており、一つのコロニー内のほとんどのアリの個体は、自らの生殖能力を放棄して、産卵する女王アリに仕えています。この研究は、こうした行動がインスリンシグナル伝達と、インスリン様ペプチド2遺伝子(ilp2)の発現により制御されている、と明らかにしました。

 真社会性を有するアリに共通して見られる生殖役割の厳格な分化は、アリの共通祖先におけるまだ分化が不完全な社会に見られる生活周期、つまり生殖と卵の世話の役割が交互に担われていたことを反映している、と考えられます。最終的に、このような周期的な生殖行動は、現在の真社会的コロニーに見られる、産卵する女王アリと卵の世話をする働きアリという固定した役割を反映するように適応してきました。しかし、真社会性の起源とその遺伝的な基盤は不明で、なぜ女王アリが産卵するのに働きアリに限って産卵しないのか、という疑問は未解決のままでした。

 この研究はトランスクリプトーム解析の手法を用いて、様々な生殖戦略の数種のアリを対象として、生殖を行なうアリと行なわないアリの脳内で発現の仕方が異なる複数の遺伝子を検証しました。この研究は、生殖を行なうアリではインスリン様ペプチド2遺伝子(ilp2)が恒常的に高度に発現されていた、と明らかにしました。この研究は次に、それほど明確な労働分業を示さないアリ(クローナルレイダーアント)において、遺伝子ilp2が生殖サイクルに果たす役割を検証し、ilp2の発現が低下している幼虫の存在を明らかにしました。しかし、ilp2がコードするペプチドの濃度を高めることで、このような幼虫のシグナル伝達のあり方を変えることができ、働きアリと女王アリの分化がより厳格に確立されました。

 これらの知見は、インスリンシグナル伝達がいかなる真社会性の調節においても関与することを示しており、そうした行動の起源について、分化が不完全な祖先の社会において幼虫に対する栄養の与えられ方の違いがシグナル伝達により強められた、と推測されます。アリはとくに複雑な社会を形成する動物ですが、そうした真社会性が発達するうえで、単一の遺伝子の発現が決定したわけではないとしても、強い影響を及ぼした可能性が考えられる、というわけです。


参考文献:
Chandra V. et al.(2018): Social regulation of insulin signaling and the evolution of eusociality in ants. Science, 361, 6400, 398-402.
https://doi.org/10.1126/science.aar5723

深く潜水して捕食者から逃れるクジラ

 深く潜水して捕食者から逃れるクジラに関する研究(Soto et al., 2020)が公表されました。この研究は、潜水の深さ・潜水時の角度と発声を探知するセンサーを装着したアカボウクジラ(Ziphius cavirostris)とコブハクジラ(Mesoplodon densirostris)合計26頭から得られたデータを解析しました。これらのクジラは、きめ細かく調整された潜水行動で深い水域に移動し、反響定位(音を使って獲物を探すこと)によって採餌しており、シャチに捕獲されやすい浅い水域では発声を抑制していました。これらのクジラが発声を始めたのは、平均水深450m地点で、それから個別に餌を探し始めました。その後、クジラは平均水深750m地点で再び群れになり、平均水平距離1kmをかけて浅い角度で静かに浮上しました。深く潜水するクジラは他にもいますが、こうした行動は観察されていません。

 この研究は、これらのクジラが、シャチの攻撃範囲内の水深から離れるまで発声を抑制し、浮上する地点を予測できないようにして、シャチの追跡を防いでいる、と推測していますが、この戦略のコストが大きいことも指摘しています。1時間以上の長い時間をかけて潜水から静かに浮上するために、他のハクジラ類が用いる潜水戦略と比べて、採餌時間が約35%短縮されます。これらの新知見は、アカボウクジラとコブハクジラの独特な潜水・発声行動を駆動する強い進化力が捕食リスクであった可能性を示唆しています。これは、クジラの大量座礁に関係があるとされてきた、海軍ソナーに対するクジラの反応を説明する上で役立つかもしれません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【海洋生物学】捕食者から逃れるために群れの中で協調して深く潜水するクジラ

 群れで行動するアカボウクジラとコブハクジラは、極端な同調潜水行動を通じて、捕食されるリスクの低減を図っていることを明らかにした論文が、今週Scientific Reportsに掲載される。深く潜水するクジラは他にもいるが、こうした行動は観察されたことがない。この行動の根底にある理由は分かっていない。

 今回、Natacha Aguilar de Soto、Mark Johnson、Peter Madsenたちの研究チームは、潜水深さ、潜水時の角度と発声を探知するセンサーを装着したアカボウクジラとコブハクジラ(合計26頭)から得られたデータを解析した。これらのクジラは、きめ細かく調整された潜水行動で深い水域に移動し、反響定位(音を使って獲物を探すこと)を行って採餌しており、シャチに捕獲されやすい浅い水域では発声を抑制していた。これらのクジラが発声を始めたのは、平均水深450メートルの地点で、それから個別に餌を探し始めた。その後、クジラは、平均水深750メートルの地点で再び群れになり、平均水平距離1キロメートルをかけて浅い角度で静かに浮上した。

 この研究チームは、これらのクジラが、シャチの攻撃範囲内の水深から離れるまで発声を抑制し、浮上する地点を予測できないようにして、シャチの追跡を防いでいるという考えを示しているが、この戦略のコストが大きいことも指摘している。1時間以上の長い時間をかけて潜水から静かに浮上するために、他のハクジラ類が用いる潜水戦略と比べて採餌時間が約35%短縮される。

 以上の新知見は、アカボウクジラとコブハクジラの独特な潜水・発声行動を駆動する強い進化力が捕食リスクであった可能性を示唆している。このことは、クジラの大量座礁に関係があるとされてきた海軍ソナーに対するクジラの反応を説明する上で役立つかもしれない。



参考文献:
Soto NA. et al.(2020): Fear of Killer Whales Drives Extreme Synchrony in Deep Diving Beaked Whales. Scientific Reports, 10, 13.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-55911-3