マヤ文化における貯蔵・流通

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、マヤ文化における貯蔵・流通に関する研究(McKillop et al., 2018)が公表されました。日本語の解説記事もあります。塩は生命の維持に不可欠ですが、人類の主要な生業が狩猟採集から農耕へと移行していく時期に、人類が塩をどのように確保していたのか、明確ではありませんでした。この研究は、ベリーズのマヤ文化期のパインズ・クリーク製塩遺跡群(Paynes Creek Salt Works)と呼ばれる遺跡群の石器分析から、貴重な塩をどのように生産・貯蔵して流通させていたのか、推測しています。マヤ文化は紀元前 1000 年頃から紀元後 16 世紀にスペインが侵略するまで、アフリカやユーラシアとの交流なしに中央アメリカ大陸で独自に発達した都市文化でした。マヤ人は鉄器や大型の家畜を使わず、石器を主要利器として高さ 70mに及ぶ石造神殿ピラミッドを人力で建造しました。マヤの支配層 は、16世紀以前のアメリカ大陸で4万~5万に及ぶ文字や、暦・算術・天文学を発達させました。このうち、紀元後300~900年がマヤ文化古典期となります。

 パインズ・クリーク製塩遺跡群は、周囲をマングローブの林に囲まれ、海面上昇により塩水ラグーンの下に沈んでおり、面積は約7.8㎢です。海面上昇により、一帯の遺跡は完全に水没していました。マングローブが堆積してできた酸性の泥炭は、炭酸カルシウムで構成される骨・貝殻・小型の遺骸を分解してしまうため、発掘では魚や動物の骨はほとんど出土しませんでした。一方、マングローブの泥炭には、中央アメリカ大陸の熱帯雨林で通常なら腐敗してしまう木材を保存する性質もあります。残されていた木材は2004年に発見され、 4000 本以上の木杭が手がかりとなって、塩水を入れた甕を火にかける方式で製塩を行なっていた作業所がこの一帯に多数存在した、と明らかになりました。土器を使用する伝統的な製塩の手法は現代にも受け継がれ、土器製塩と呼ばれています。

 パインズ・クリーク製塩遺跡群で発見された20 点のチャート製石器の使用痕は、高倍率の金属顕微鏡で分析されました。このうち一部の石器には木の加工の使用痕が確認されましたが、大部分のチャート製石器は魚・肉・皮の加工に使用された、と明らかになりました。石器の使用痕データは、マヤ文化の経済活動や食生活を検証する上できわめて重要な意味を有します。パインズ・クリーク製塩遺跡群では紀元後600~900年に、住居内ではなく木造の製塩作業小屋の中で一世帯の消費量を大幅に上回る塩が生産されました。塩はカリブ海沿岸部だけでなくマヤ低地内陸部とも交換されました。

 先コロンブス期の中央アメリカ大陸において、家畜はイヌと七面鳥だけでしたが、この研究は、古典期マヤ人が他にも動物性タンパク質を摂取していた、との見解を提示しています。この研究は石器の使用痕データから、塩漬けや干し物にされた海産魚のマヤ低地海岸部からマヤ低地内陸部の地域間交換が、一定の動物性タンパク質の供給を担っていた、と推測しています。使用痕分析されたチャート製石器は、魚・肉・皮の加工に主に使用されていました。近隣のワイルド・ケイン・キー遺跡の住居跡のゴミ捨て場からは、アジやスズキなどの骨が出土しています。こうした魚の干物を作る際に、チャート製石器で魚の腹を切り開いて内蔵を出した、と考えられます。皮の搔き取りに関する使用痕は、魚を塩漬けにするさいに塩分の浸透を促進するため鱗を取る作業だった、との可能性が指摘されています。パインズ・クリーク製塩遺跡群から出土したカヌーと木製櫂からは、ベリーズ沿岸部から内陸部の途中までカヌーが輸送に用いられた、と示唆されます。たとえば、内陸部のルバアントゥン遺跡では、動物遺存体の39%はアジやスズキを含む海産魚です。さらに内陸部のティカル遺跡やセイバル遺跡においても、海産魚の骨が出土しており、魚の干物は徒歩で内陸部に輸送された、と推測されています。

 ただ、パインズ・クリーク製塩遺跡群では、魚の背骨1 点とマナティの肋骨片1 点が出土しているだけです。骨の出土量がきょくたんに少ないのは、マングローブ泥炭は酸性なので、上述のように、土器の夾雑物の石灰岩やマングローブ泥炭に堆積した牡蠣の貝殻の炭酸カルシウムが溶け出し、魚骨や他の骨が保存されにくいことも一因として考えられます。しかしこの研究は、魚全体が塩干しによる干物として骨ごと内陸部に運ばれたのが主因だろう、と推測しています。仮に魚の干物の重量を減らすために頭部を切除したのならば、骨を切断した使用痕が石器に残っているはずですが、パインズ・クリーク製塩遺跡群のチャート製石器には骨の加工に関する使用痕は全く確認されていません。一方、カリブ海沿岸の古典期マヤ人は、マナティの肉を食用しました。一部の分析石器から、マナティなど動物の肉の切断や皮の搔き取りに使われた可能性が指摘されています。

 マヤ低地海岸部からマヤ低地内陸部への地域間交換品としては、これまでに塩・カカオ豆・放血儀礼に用いられたアカエイの尾骨・海の貝などが挙げられてきました。これらの交換品に加えて、海産魚の干物が、マヤ低地の地域間交換において従来考えられていたよりも重要な役割を果たしていた可能性が高い、とこの研究は指摘します。逆にマヤ低地内陸部からは、トウモロコシや他の物資が運搬された、と推測されています。調味料としての塩だけでなく、塩漬けにされた魚の干物は、ユーラシア東西で古くから動物性タンパク質の保存食や交易品として重要な役割を果たしてきました。塩干しによる魚の干物は長期間にわたって貯蔵できます。塩と魚の干物は貯蔵可能で、マヤ低地内陸部の食料の不足を補い、古典期マヤ諸王国の富の蓄積に重要な役割を果たした、と考えられます。これらの知見により、マヤ文化古典期の人々が生命維持に必要な塩をどのように生産して流通させていたのか、具体的なモデルとして描けるようになりました。


参考文献:
McKillop H, and Aoyama K.(2018): Salt and marine products in the Classic Maya economy from use-wear study of stone tools. PNAS, 115, 43, 10948–10952.
https://doi.org/10.1073/pnas.1803639115

航空調査によるマヤ文化の見直し

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、航空調査によるマヤ文化の見直し関する研究(Canuto et al., 2018)が公表されました。日本語の解説記事もあります。マヤ低地中央部は大部分が深い森林に覆われた地域のため新たな遺跡の発見は困難で、1集落を完全に地図化して特徴を明確にするには長い年月を必要とします。そのため、マヤ文化の都市生活様式や人口や土地利用や社会政治的複雑性についての情報は限られていました。しかし航空調査では、レーザー光線のパルスを使って土地被覆と地形の3D地図を作製する技術が用いられ、広範囲にわたる林冠の下の地面の詳しい地図が迅速に作製されるので、建造物や道路や農業の様子を景観スケールで記録できます。この研究は、マヤ低地地域についてこれまでで最大規模の航空調査の結果を発表しました。

 この研究は、グアテマラのペテン県にある隣り合わない合計2000㎢の12地域の地図を作製し、マヤ低地の様々な地域を対象に、都市から奥地までのマヤ集落の特徴を明らかにしました。この研究は、61000以上の古代建造物が確認されたことから、紀元後650~800年頃となる古典期後期のマヤ低地一帯には1100万人以上が居住していた、と推測しています。また、この地域の各地にある多数の湿地帯は大幅に農業用に変えられ、道路網は遠く離れた都市や町をつなぎ、一部の都市や町はしっかりと要塞化されていた、と明らかにしました。これは予期していなかった結果でした。ただ、こうした航空調査は従来の「現場に実際に足を運ぶ」考古学的調査方法に替わるものでなく、それだけに頼らないよう、中位が喚起されています。


参考文献:
Canuto MA. et al.(2018): Ancient lowland Maya complexity as revealed by airborne laser scanning of northern Guatemala. Science, 361, 6409, eaau0137.
https://doi.org/10.1126/science.aau0137

忘却を制御するミクログリア

 ミクログリアによる忘却の制御に関する研究(Wang et al., 2020)が公表されました。日本語の解説記事もあります。ヒトの脳は、記憶を記憶痕跡(動的なシナプス回路によりつなぎ合わされているニューロン集団)にコードし、保存すると考えられています。これらのシナプス結合を経て記憶痕跡を再活性化することで、特定の記憶を思い出せます。記憶痕跡を再活性化できない場合は、関連した記憶を失うことになります。脳のシナプス結合は非常に動的なので、シナプス回路の再配線が、記憶痕跡細胞をつなぐネットワークの減弱化または切断により、過去に形成された記憶の喪失に寄与している可能性があります。

 脳に存在するマクロファージであるミクログリアは、脳発達時の過剰なシナプスの切り取りを担っており、生涯のシナプスのダイナミクスの制御に関与しています。しかし、ミクログリアの活動が成熟した脳の忘却と記憶の抹消も制御しているのかどうか、不明でした。この研究は、記憶を訓練したマウスの健康な脳のミクログリアと記憶痕跡細胞を観察し操作して、忘却の制御における働きを検証しました。ミクログリアを欠損させるかその活性を阻害すると、忘却が阻害された、と明らかになりました。この知見は、完全なミクログリアが記憶痕跡細胞の解離を媒介し、関連する記憶の分解および最終的には消去を引き起こす、と示唆しています。記憶痕跡細胞の活動を阻害することも、ミクログリアによる記憶痕跡細胞シナプスの消去を促進し、あまり活動的でない記憶を忘れさせました。

 良くも悪くも記憶を忘れる能力は、ミクログリアと、ミクログリアが記憶痕跡ニューロンをつなぐシナプスを減弱させ消失させる傾向に依存している、というわけです。この知見は、脳の発達中に活動的であることが知られているミクログリアが高齢期の忘却にも影響しているのかどうかという疑問に答えるもので、記憶の抹消の基礎となる重要な機構を提示し、忘却と健忘症の理解に役立つ可能性がある、と指摘されています。


参考文献:
Wang C. et al.(2020): Microglia mediate forgetting via complement-dependent synaptic elimination. Science, 367, 6478, 688–694.
https://doi.org/10.1126/science.aaz2288