『卑弥呼』第34話「ハシリタケル」

 『ビッグコミックオリジナル』2020年3月5日号掲載分の感想です。前号は休載だったので、今回まで長く感じました。前回は、鬼八たちが平伏してヤノハを崇めているところで終了しました。巻頭カラーとなる今回は、今回は、ヤノハたちが捕虜とした鬼八荒神(キハチコウジン)とともに舟で千穂へと向かう場面から始まります。千穂への入口となる祭祀場では、残ったテヅチ将軍が、鬼八荒神の配下の者たちを武装解除させ、監視していました。ヤノハはオオヒコに、捕虜たちが抵抗しない限り何もするな、と命じていました。自分の言葉が届いた以上、もう山杜(ヤマト)の臣民である、というわけです。テヅチ将軍は日見子(ヒミコ)たるヤノハを慈悲深い方と、オオヒコは勇敢な方と言います。ヤノハが僅かな供を連れて鬼八荒神の本拠地に向かった、とオオヒコから聞いたテヅチ将軍は驚きます。ヤノハは当初、ミマト将軍とイクメとミマアキとクラトだけでよいと言っていましたが、オオヒコが説得して護衛6名が同行しました。少人数で大丈夫なのか、不安に思うテヅチ将軍に対して、ヤノハには人を魅きつける優しさと豪胆さに冷酷な戦術もあり、兵法を学んでいたとしか思えない、とオオヒコは言います。ヤノハは名だたる戦人の一族のような、高貴な出自なのだろう、とテヅチ将軍は考えます。

 那(ナ)国のウツヒオ王の砦である那城の門前では、トメ将軍の率いる軍勢が待機していました。都までの簡単な進軍だった、来た、見た、勝ったの心境だ、と呟きます。作者の読み切り作品である『さらばカエサル』(関連記事)を意識した台詞でしょうか。そこへウツヒオ王の近衛兵が来て、トメ将軍のみが王に呼び出されます。ホスセリ校尉はトメ将軍の身を案じますが、トメ将軍は王を信じている、と言って一人で向かいます。ウツヒオ王はまず、トメ将軍が大河(筑後川と思われます)を渡り暈(クマ)軍を敗走させたことを誉めます。ウツヒオ王は続いて、那の貴族・戦人・民全員が、トメ将軍が謀反を起こしたと信じ、姿を隠している、と伝えます。そのため、トメ将軍の凱旋のさい、道にも邑にも人がいなかった、というわけです。トメ将軍が、島子(シマコ)のウラが軍勢を率いて自分の首を狙っていると本気で疑っていた、と言うと、ウツヒオ王は、それが事実で、そのためにウラを謀反人と断じて、近衛兵の多くを討伐に差し向けた、と打ち明けます。ウラの兵の大半はウツヒオ王の側に戻り、僅かな手勢で都萬(トマ)に逃亡しました。都萬はウラ家と同じく、月読命を主神と崇めているからです。しかし、那から都萬に行くには暈と同盟関係にある穂波(ホミ)を通らねばならないので無理なのでは、とトメ将軍が疑問を呈すと、伺見(ウカガミ)の報告によると、一行は旅の楽団に化け、ウラは楽器箱(琴の入れ物)に身を潜めて国境を越えた、と答えます。ウラは生き残るためなら法も破るのか、と呟きます。

 ウツヒオ王はトメ将軍に褒美として、大夫の冠位を授け、大将軍に任命しようとしますが、不満そうなトメ将軍を見て、島子の地位が欲しいのか、と尋ねます。即座に肯定するトメ将軍に、島子になって何がしたいのか、とウツヒオ王は尋ねます。するとトメ将軍は、大陸に行って漢(後漢)の進んだ文明を一目見たい、と答えます。ウツヒオ王はトメ将軍に、島子に任命する条件として、暈との停戦を提示します。トメ将軍はウツヒオ王に、暈軍は強大なので、穂波・伊都(イト)・末盧(マツラ)と同盟を結んで互角になる、と進言します。しかし、その三国が同盟に同意するとは思えない、と答えます。そこでトメ将軍は、山社の王を名乗る日見子(ヤノハ)と手を組むよう、ウツヒオに提案します。ヤノハが生き残れそうなのか、ウツヒオ王に尋ねられたトメ将軍は、無類の兵法家なので日向(ヒムカ)は時間の問題と答えます。するとウツヒオ王、山社がまずもう一つの聖地である千穂に攻め入った理由を理解します。トメ将軍は、首尾よく「鬼」を退治すれば都萬も軍の派遣を躊躇するはずだ、とヤノハの選択に感心します。あとはその日見子(ヤノハ)が聖地の千穂に君臨するに値する血筋かどうかだ、とウツヒオ王は言いますが、ヤノハを実際に見ているトメ将軍は、ヤノハが高貴な血筋とはとても思えなかったのか、苦笑します。日見子が下賤の身ならば都萬は黙っていないぞ、とウツヒオ王は言います。

 千穂に到着したヤノハたちは、まず天照大御神の住まいらしき建物に礼拝した後、「鬼」とされてきた千穂の民の棲家である洞窟に到達します。千穂の女性たちが自分たちを警戒していることに気づいたミマアキは、我々はお前たちの王を捕えていると説明し、ヤノハを新たな日見子と紹介します。そり言葉を聞いて平伏する女性たちに、五瀬邑より人柱として連れ去られたのではないか、とヤノハは尋ねます。すると、一人の女性が、自分は妃のウノメで、捕虜となっている王は真の名を15代目ハシリタケルという、と答えます。鬼八荒神について問われたウノメは、話すので夫を返してもらいたいと要求し、ヤノハはハシリタケルを解放します。ハシリタケルは仮面を外し、精悍な顔が現れます。ウノメによると、はるか南方の海を彷徨っていた千穂の一族は16代前に筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)に流れ着き、安住の地として千穂を選び、アララギの里と名づけたそうです。15代目(とウノメは言っていますが、15代前ということでしょうか?)の時、鬼八荒神よりも前にこの地を治めていたミケイリ王が帰還し、戦いは8年続いて鬼八荒神の一族は8人だけ残る敗北を喫しました。すると、ミケイリ王は降伏した8人をもてなし、サヌ王(記紀の神武と思われます)の帰還までこの地を侵す者すべてを根絶やしにするなら、命を奪わず居住を認める、と提案しました。鬼八荒神の一族のこれまでの蛮行はそのためだった、というわけです。サヌ王(四男)はミケイリ王(三男)の弟です。ハシリタケルは妻のウノメに耳打ちし、サヌ王の他に鬼八荒神の一族が服従してよいのは日向に残ったサヌ王の末裔のみ、とミケイリ王に命じられたが、日見子(ヤノハ)はその血筋なのか、と直接尋ねさせます。するとヤノハが、今まで隠していたが、自分こそはその昔日向に残ったサヌ王の末裔だと答えるところで、今回は終了です。


 今回は、那国の情勢と鬼八荒神の秘密が描かれました。那国では、ウツヒオ王が島子のウラを追討しましたが、ウラは島子としての地位をトメ将軍に奪われるのではないか、との疑念から那国にとって不利益となってもトメ将軍を敵視する、といった様子が見られましたから、ウツヒオ王の判断は妥当なところだと思います。ウツヒオ王は暗愚ではなかったわけで、それをトメ将軍も理解しているからこそ、ウツヒオ王と単独で面会したのでしょう。これまで、九州の各国の王が一通り登場しましたが、いずれも暗愚な王ではなさそうです。まあ、すでに鞠智彦(ククチヒコ)に殺された暈のタケル王は幼稚な人物でしたが、これも分不相応な日見彦(ヒミヒコ)の地位に祭り上げられて勘違いしてしまった、とも言えるわけで、鞠智彦が言っていたように、元々は賢い人だったのでしょう。当時はまだ、王となるには血筋だけではなく器量も重要だったのでしょう。ヤノハが山社建国に成功したら、九州の諸国がどう動くのか、楽しみです。『三国志』から予想すると、おそらく最終的には暈国以外は山社に従うのでしょう。

 鬼八荒神については、かなり謎が明かされました。鬼八荒神の一族は、琉球諸島もしくは台湾から九州に漂着したのでしょう。鬼八荒神一族の蛮行の理由も明かされました。鬼八荒神が従うのは日向に残ったサヌ王の末裔のみという条件も提示され、これはすでに示唆されていたので納得がいきますが、とてもサヌ王の末裔とは言えないヤノハがどのように鬼八荒神を納得させるのか、注目です。ヤノハは日向出身ではありますが、さすがにサヌ王の末裔ではなさそうです。鬼八荒神は、サヌ王の末裔か否か判断する何らかの手段を有しているでしょうから、相変わらずヤノハの危機は続いている、と言えるでしょう。ヤノハは日向の出身ながらサヌ王についてまったく知らなかったようですから、あるいは私が想像している以上の危機かもしれませんが、サヌ王に関する知識はすでにある程度得ているので、そこから大胆にこの危機を乗り越えるのでしょうか。『三国志』によると卑弥呼(日見子)は鬼道により人々を掌握した、とありますから、鬼八荒神を配下とすることは、本作でもかなり重要になるのではないか、と思います。創作歴史ものとしてここまではかなり面白くなっており、次回もたいへん楽しみです。

産業革命以前のメタンから示される人為起源のメタン排出

 産業革命以前のメタン排出に関する研究(Hmiel et al., 2020)が公表されました。大気中のメタン(CH4)は強力な温室効果ガスで、そのモル分率は産業革命以前の時代の2倍以上になっています。化石燃料の抽出と使用は、最大の人為的メタン排出源の一つですが、こうした寄与の正確な規模は議論になっています。炭素14のメタンを使って、化石メタン(炭素14を含まないメタン)の排出と同時期の生物起源の放出源とを区別できます。しかし、20世紀半ば以降、原子炉からの炭素14メタンの直接排出が充分に絞り込まれていないため、この方法は難しくなっています。

 さらに、人為的な排出源と天然の地質学的放出源(水溜りや泥火山など)の間での化石メタンの総排出量の分配については、議論が続いています。現在、年間172〜195Tg(テラグラム)です。排出インベントリーは、後者が総排出量の中で年間約40〜60Tgを占めている、と示唆します。約11600年前の更新世末期には、地質学的な放出は年間15.4Tg未満でしたが、この時期は陸域を大きな氷床が覆っており、海水準が低く、永久凍土が広範囲に及んでいたため、現在の放出と完全には類似していません。

 本論文は、産業革命以前の氷床コアの炭素14メタンの測定結果を用いて、当時の大気への自然な地質学的メタン放出量は年間約1.6 Tg 、最大で年間5.4 Tgと、現在の推定より1桁少なかった、と示します。この結果は、人為起源の化石メタン排出量が、年間約38~58 Tg、つまり最近の推定の25〜40%ほど過小評価されていることを示しています。この記録は、大気と気候に及ぼす人間の影響を浮き彫りにしており、全球のメタン収支のインベントリーの確固たる目標を与え、排出量削減目標の策定に役立ちます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


気候科学:産業革命以前の14CH4が示す、より大きな人為起源の化石CH4排出

気候科学:大気中のメタンに残されたヒトの痕跡

 メタンは強力な温室効果ガスであり、メタンの排出は地球温暖化全体の重要な要素である。しかし、メタン排出源の解明にはまだ問題が残っている。今回B Hmielたちは、氷床コアから得られた同位体の証拠を用いて、産業革命以前の天然のメタン排出源が、これまで考えられていたよりずっと小さかったことを示している。従って、人間が生み出すメタンの排出量は、これまで示唆されていたよりずっと多い。



参考文献:
Hmiel B. et al.(2020): Preindustrial 14CH4 indicates greater anthropogenic fossil CH4 emissions. Nature, 578, 7795, 409–412.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-1991-8