ナミビアの牧畜民におけるペア外父性

 ナミビア北西部のヒンバ(Himba)牧畜民集団におけるペア外父性(extra-pair paternity、EPP)に関する研究(Scelza et al., 2020)が公表されました。動物行動に関する伝統的な見解においては、社会的に一夫一妻の種では比較的低いペア外父性(extra-pair paternity、EPP)率のはずだ、と想定されます。しかし、DNA解析の発展により鳥類の分類は大きく変わり、以前は社会的に一夫一妻と分類されていた種の大半が一夫多妻に分類されました。近年ではこうした知見を踏まえて、ペア外父性の種間および種内変動の両方の決定要因の理解が注目されるようになり、性選択、父性と一夫一妻と父親の世話の間の関係についての研究が続けられています。

 人類学では長く、文献から社会的一夫一妻の限界が強調されてきました。一夫一妻もしくは一夫多妻婚を通じての安定した共同関係の出現は、父親からの投資、血統および継承構造などへの必須の前適応と考えられています。しかし、婚姻内の性的排他性からの慣習的予測にも関わらず、婚外関係がしばしば発生します。集団間における婚外関係の頻度はかなり可変的ですが、標準的な社会の57%では、女性の不貞の割合が中程度以上あると報告されています。一部の社会では、こうした同時期の共同関係は公式もしくは非公式に容認された方法で見られ、たとえば妻の貸し出しです。しかし、他の社会では、婚外関係は厳密に隠されており、検出された場合は厳罰を伴います。これらのデータは、特定の状況下で女性が一妻多夫から利益を得られる、という広範な予測に合致します。

 ヒトにおけるEPPの高品質の遺伝的証拠は過去5~10年で蓄積されつつありますが、ほぼヨーロッパ系集団にのみ焦点が当てられています。人類学者が強調する同時に複数の配偶的関係の一定以上の割合とは異なり、現代および過去の集団の遺伝的データは一貫して、ひじょうに低いEPP率を明らかにしてきました。たとえば、ネーデルラントにおいては、EPP率は人口密度および階層と相関しており、最もペア外父性率が高くなる人口密度の高い下層階級でも、5.9%程度で、最も低くなる人口密度が低い上層階級では0.4~0.5%程度と推定されています(関連記事)。最近の非ヨーロッパ系を対象とした研究でも、たとえばマリのドゴン(Dogon)集団でEPP率は1.8%程度と推定されています。そのため遺伝学においては、ヒト社会におけるEPP率は無視できる程度のものだ、との見解が有力でした。しかし、現在おもに研究されている集団は家父長制の社会経済制度であり、均一的な標本群なので、より広範な社会経済的規範の集団の研究が必要と指摘されています。

 EPP率の研究は倫理的問題になりかねないので、調査には対象者の同意と情報保護など慎重さが必要となります。本論文は、調査対象者の同意と二重盲検法の採用により、バイアスをできるだけ減少させます。本論文が対象としたのは、非ヨーロッパ系となるナミビア北西部のヒンバ牧畜民集団です。ヒンバ集団の718人のDNAが解析され、人口記録および調査対象者の父性に関する自己申告と合わせて、EPP率や自己申告の正確性が検証されました。まず、171人の既婚者が調査され、女性の77%、男性の85%には、少なくとも1人の婚外パートナーがいました。婚外パートナーは、おおむね1人もしくは2人で、若い男性(16~25歳と26~35歳)ではほぼ100%おり、男女ともに若い方が高い傾向にあるものの、男性の場合は36~45歳と45歳超で割合はほぼ変わらず、女性では45歳超でやや低下する傾向が見られます。

 ヒンバ集団の平均EPP率は48%で、夫婦の70%は少なくとも1人のペア外父性の子供を有しています。女性151人と男性161人からは、生物学的な父子関係に関する自己申告が得られ、男女ともに70%程度の確率で父性を正しく判断できており、女性の方が男性よりもやや高い精度でした。父性を間違って判断した場合、男女ともに夫側の実子と判断しながら他の男性の実子だった方が、夫側の実子ではないと判断しながらそうだった場合よりもずっと多くなっています。この結果を知らされたヒンバ集団は、父性の判断の正確性が過小評価されている、と主張しました。夫側は自分の子供ではないと信じている時でさえ、子供の父親と報告したのだろう、というわけです。じっさい上述のように、夫側の実子と判断しながら他の男性の実子だった方が多いわけで、男性はもっと正確に父性を判断できているかもしれません。

 これらのデータは、EPPがヒトではおおむね無視できる、という遺伝学の有力な見解とは対照的です。ヒンバ集団はEPPに関して、ヒト集団における一方の極にいるかもしれませんが、同時に複数のパートナーと関係を有する頻度が高いのは、ヒンバ集団だけではありません。EPPの変異幅を正確に評価するには、より多様な経済的および社会的環境での研究が必要になる、と本論文は指摘します。現時点では、ヒト集団間のEPPの変異幅の要因について、ほとんど知られていません。本論文、同時に複数の性的関係を有する女性の割合が75%程度と高いことから、母系継承、採集と園耕への依存、男性に偏った成人の性比、配偶者不在の長期化と関連している可能性を提示しますが、その因果関係が明確ではないことを指摘します。

 本論文は、ヒンバ集団における父性に対する高い正確性に注目します。EPPは多くの場合、男性が知らずに別の男性の子孫に投資する「不義」と推定されています。この男性にとっての脅威は、 EPPを防止および検出し、そうしたコストのかかるエラーを回避するために存在すると考えられている、一連の心理的メカニズムと関連しています。以前の研究は、父性の信頼性と実際の父性の間の一致を示してきましたが、本論文は、ヒンバ集団の男女両方とも、EPPの事例の検出において意外なことに正確である、と指摘します。本論文におけるEPP検出の男性の精度は、以前の研究で見られたものをはるかに上回ります。以前の研究では、低い父性信頼性の男性は30%の確率で正しかったのに対して、本論文におけるヒンバ集団の男性は70%以上で正しい、と示されています。これは、高頻度のEPP状況で男性が子供に投資する(世話をする)動機に関して、顕著な示唆を与える、と本論文は指摘します。

 高い父性信頼性と高いEPPの組み合わせは、ヒンバ集団の男性が全体的に、「寝取られていない(不義ではない)」ことを意味します。本論文は、男性が実子以外も世話する理由として、大きな安全となり得る社会的評判への見返りを期待しての社会的父親としての義務や、男性に偏った性比のような社会経済的状況では、一部の男性にとって一妻多夫こそ最良の選択になる、といったことを挙げています。これらの知見が、より広範囲の集団を対象とした多くの父性研究への窓を開き、ヒトにおけるEPPの程度についてさらに明確にするよう、本論文は提言しています。これにより、将来の研究は「不義」とEPPの曖昧さを区別し、EPPが特定の集団における親の世話とパートナー選択に影響を与えるのかどうか、与えるのならば、その過程と理由は何なのか、解明されていくのではないか、と本論文は今後を展望しています。

 本論文は、ヒト社会におけるEPPが集団により大きく異なり、かなり高い割合の集団もいることを示した点で、注目されます。しかも、ヒンバ集団においては、男性側が実子ではないと判断している子供にも投資している(世話をしている)ことが珍しくなさそうであることから、これを「寝取られ(不義)」と区別する必要性があることも、本論文の重要な指摘となります。こうした実子ではないと判断している子供への投資(世話)がどのように形成され、その理由が何なのかという問題は、まだ明確ではありません。本論文はその理由として、社会的評判や性比の偏りを示唆していますが、確かに、それは要因になり得るとは思います。おそらくヒンバ集団の事例は、ヒトがもともと父性には拘っていなかったことではなく、ヒトが社会状況により多様な社会を築いてきたことを反映しており、ヒトが進化の過程で長く「乱婚社会」を経験してきた、という仮説の根拠にはなり得ないでしょう。


参考文献:
Scelza BA. et al.(2020): High rate of extrapair paternity in a human population demonstrates diversity in human reproductive strategies. Science Advances, 6, 8, eaay6195.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aay6195