千葉聡『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』

 講談社ブルーバックスの一冊として、講談社から2020年2月に刊行されました。本書は一般向けを意識してか、進化の実態や仕組みといった学術的な解説だけではなく、進化学に関わった研究者たちの人間模様話も取り上げており、単に進化学の解説書というだけではなく、読み物としても優れていると思います。たとえば、ガラパゴス諸島が進化論発祥の聖地というような認識は20世紀初頭まではなく、ダーウィンの息子のフランシスは19世紀末に、ダーウィンが進化に気づいたのはビーグル号航海の途上だった、と指摘していました。ダーウィンはガラパゴス諸島でダーウィンフィンチの観察により進化に気づいた、との俗説も誤りで、ダーウィンはガラパゴス諸島に滞在中、ダーウィンフィンチにはまったく関心を抱かなかったそうです。

 本書でおもに取り上げられている貝類の進化をめぐる研究の進展と人間模様は興味深いのですが、私がとくに関心を抱いたというか、今後調べてみようと思ったのは、新学制以降の日本の高校生物における進化の扱いです。本書は、かつて日本の高校では進化が教えられず、それどころか、1980年代の日本の大学では総合説を扱う講義すら稀だった、と指摘します。著者は1960年生まれで、私は1972年生まれですが、本棚にまだ残していた私が高校時代に使用していた生物参考書を読んでみると、少ない分量ながら進化は取り上げられていました。高校時代の生物の授業については、遺伝に関すること以外ほとんど忘れてしまったので、授業で進化が取り上げられたのか、覚えていませんが、参考書で言及されているので、当時の学習指導要領では授業で教えられることになっていたのだろう、と思います。

 本書は、新学制以降の日本において進化学が軽視された理由として、科学への政治介入、海外動向への無関心、権威主義を挙げています。本書では、科学への政治介入として、第二次世界大戦後の日本において、ソ連で採用されたルイセンコ学説が遺伝学・進化学・古生物学で強い影響力を有した、ということを挙げています。1960年代には、分子生物学の劇的な発展により、遺伝学ではルイセンコ学説がほぼ消えましたが、進化学・古生物学では1980年代初頭まで勢力を維持していた、と本書は指摘します。本書によると、プレートテクトニクス理論とともに総合説も、「親米的」として否定された、とのことです。「ブルジョワ的」・「西側的」といった理由で、プレートテクトニクス理論の普及を日本の「左翼」が妨げたことは、日本でもわりと知られるようになったと思いますが、総合説も同様の扱いを受けたとは、恥ずかしながら知りませんでした。まあ、「左翼」の側には言い分があるでしょうし、そもそも「左翼」も一枚岩ではないでしょうが。この問題については、もっと深く調べる必要がありそうです。

 権威主義の側面としては、いわゆる今西進化論がメディアや文化人の間で総合説に代わるものとして一世を風靡した、と本書は指摘します。しかし本書は、今西進化論に対して、当時の進化学の世界標準でも、とても評価に耐えるものではなかった、と厳しい評価を下しています。これは世界的な動向への関心の低下につながったかもしれません。また本書は、1980年代の日本において、ポストモダン思想と生物学の合体から生まれた特異な進化説が総合説を否定した、と指摘します。また本書は、1970年代、アメリカ合衆国において、化石記録が示す進化は総合説だけでは説明できない、と主張する学派の影響を受けたことも指摘します。なお、旧学制の日本において、進化論の扱いがきわめて政治的で繊細な問題だったことも指摘されています(関連記事)。


参考文献:
千葉聡(2019)『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』(講談社)

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