『卑弥呼』第36話「ナツハ」

 『ビッグコミックオリジナル』2020年4月5日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハがイクメに、平和のためなら自分はいくらでもウソをつき、人を欺く覚悟だ、と言い放つところで終了しました。今回は、暈(クマ)の国の夜萬加(ヤマカ)にて、洞窟の奥深く出女性が骨を焼いて占っている場面から始まります。女性に占ってもらうため人々が並び、犬が女性を守るかのように待機しています。女性は焼いた骨のヒビを見て、ある男性に占いの結果を伝えます。その男性の娘は、玉杵名(タマキナ)の大人(タイジン)から四番目の嫁に望まれていましたが、待てばもっと良い縁がある、と女性は男性に告げます。

 その次に入って来たのは鞠智彦(ククチヒコ)でした。外にも中にもやたら犬がいるな、と鞠智彦に問われた女性は、自分を鬼道に通じた呪い女と勘違いし、襲おうとする輩が多いので、息子が侍衛として置いてくれた、と答えます。女性によると、この息子は実子ではないものの、息子のように自分を慕う、とのことです。そなたの心根がよいのか、それとも息子が優しいのか、と鞠智彦に問われた女性は、どうでもよかろう、と苛立ち、何を占ってほしいのか鞠智彦に尋ねます。すると鞠智彦は、山杜(ヤマト)を国として興した新たな日見子(ヒミコ)のことだ、と答えます。この発言に女性は鞠智彦の方を振り返り、四肢を砕かれ野に放置されたヒルメ(第23話)と明らかになります。荒爪山(アラツメヤマ)に恐ろしいほど未来を言い当てる巫女がいると聞いて訪れた鞠智彦は、この巫女が暈にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)の祈祷部(イノリベ)の元長だったヒルメと予想しており、冷静です。一方ヒルメは、鞠智彦が訪ねてきたことに驚きます。鞠智彦はまだヒルメが生き残っていたことに敬服します。

 ヒルメはすがるような表情で、何を占えば自分をここから救い出してくれるのか、と鞠智彦に尋ねます。すると鞠智彦は、占ってほしいのではなく、事実を知りたい、と答えます。日見子(ヤノハ)とはどんな女だ、と鞠智彦に問われたヒルメは、日見子を騙るのはヤノハという下賤な小娘なので、即刻討つべきだ、と即答します。鞠智彦は、新たな日見子の名がヤノハだと初めて知ります。なぜヤノハをそれほど嫌うのか、と鞠智彦に問われたヒルメは、モモソを殺したからだ、と答えます。モモソとは日鷹(ヒタカ)の戸波(トバ)殿の娘か、と鞠智彦は呟きます。モモソは自分の養女で次の種智院の、と言いかけたヒルメを、嘘を言うな、と鞠智彦は一喝します。ヒルメはモモソを日見子に祭り上げ、暈に反旗を翻す計略を立てていたのだろう、というわけです。そんなことはない、と狼狽するヒルメにたいして、鞠智彦は倭を泰平に導くには王が二人必要と言います。一人は、夜に星々と語らい、明日のお暈(ヒガサ)さまの黄泉返りを祈る王で、もう一人は昼に実際の政治を行なう王です。つまり、暈の国における鞠智彦とタケル王(鞠智彦に殺されましたが)です。

 鞠智彦は、ヒルメがモモソを夜の女王、ヤノハを昼の女王にしていたなら、暈どころか倭も統一していたかもしれない、と惜しみます。ヤノハを認めず心底嫌っているヒルメは納得しませんが、ヤノハはあと数日で日向(ヒムカ)を手に入れる、残念ながら誰も止められない、と鞠智彦はヒルメに伝えます。どうするのか、ヒルメに問われた鞠智彦は、ヤノハに会って日見子と認めるだけだ、と答えます。ヒルメは鞠智彦に、自分の話を信じてほしい、ヤノハは偽物の日見子だ、と必死に訴えますが、鞠智彦は冷ややかに、本物か偽物かはもはや関係ない、自分が見ているのは誰に天運があるかということだけ、と言い放ちます。ヤノハは生きるためにモモソを殺したのだろう、と言う鞠智彦に対して、その通り、ヤノハには人としての心がない、と必死に訴えますが、そなたは天運をつかむには心がありすぎたようだな、と鞠智彦は冷ややかに言って立ち去ります。

 霊霊(ミミ)川(現在の宮崎県を流れる、古戦場で有名な耳川でしょうか)では、ヌカデが船団を率いていました。その様子を見ていた二人は、日向の事情と絡めて語り合います。この船団には鉄が積まれていました。日向には鉄器がなく、青銅器さえ珍しく、使用されている道具はほぼ石器です。日見子(ヤノハ)は日向の邑々に、自分に従えば鉄とその加工法を伝授する、と布告しました。硬い鉄は鋤や鍬や斧に使えば、硬い土を耕せ、木を倒せて、水を引けます。二人の邑の長も、ヤノハのいる霊霊川河口の霊霊津(ミミツ)の里に向かいました。霊霊津の里では、イクメがヤノハに、ヌカデが3日後に到着し、日向の全邑長約千人が集まる、と報告していました。日向の7万戸の民全員が日見子(ヤノハ)様に従うことに同意した、とイクメは嬉しそうに報告します。霊霊津からサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)は日出処に向け出港したそうで、東征を終えた一族は、聖地を侵した我々を倒すためにいずれ戻ってくるだろうから、それまでに我々は筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の国々の戦を終わらせる、とヤノハは決意を語ります。サヌ王に勝つには心がいる、と言うヤノハは、自分・イクメ・ミマト将軍・ミマアキ・ヌカデの名を挙げます。この5人が心を一つにしなければならない、というわけです。ここで『三国志』の「官有伊支馬、次曰彌馬升、次曰彌馬獲支、次曰奴佳鞮」という邪馬台国の要人を挙げた一節が引用されます。伊支馬がイクメ、彌馬升がミマト将軍、彌馬獲支がミマアキ、奴佳鞮がヌカデというわけです。

 夜萬加では、暈の志能備(シノビ)の棟梁らしき男性に、鞠智彦がイクメのことを尋ねていました。イクメを助けたのは棟梁の配下のナツハでした。海賊の僮奴だった子供を買い、ナツハと名づけ志能備として育てた、というわけです。ナツハが赤の他人のヒルメを母のように慕う理由を問われた志能備たちは、実母が目の前で殺されたのだろう、まだ乳離れしないガキだ、と答えます。ナツハの志能備としての腕は優れており、犬どころか狼まで自在に操る、と聞いた鞠智彦は、ナツハに会いたいと言いますが、ナツハが異形であることを理由に志能備の者たちは消極的です。ナツハは海賊に弄ばれて実に醜悪で、言葉を発しない、というわけです。鞠智彦は、それでもナツハに会いたい、と言います。自分は志能備の者たちと同じく、戦に明け暮れてとっくに心は死んでいる、というわけです。ただ鞠智彦は、心が死なねば天運はつかめない、過酷な運命のなか、なおも心を残す者は久しく見ていないので、興味が湧く、とも言います。すると、志能備の者がナツハを呼び、体の左半分側のみ刺青の入れられたナツハが狼とともに登場するところで、今回は終了です。


 今回は主人公のヤノハがほとんど登場しませんでした。日向の戸数7万戸からも、本作の邪馬台国が日向(現在の宮崎県)であることはほぼ確実だと思います。ヤノハは、サヌ王の一族が故地である日向に攻めてくるだろう、と考えています。日向から東へ向かったサヌ王の一族が現在どうなっているのか、作中ではまだ明かされていませんが、現時点で紀元後207年頃のようなので、纏向遺跡の発展とどう絡めてくるのか、気になるところです。サヌ王の一族が纏向遺跡一帯を中心に勢力を拡大して九州の山社国(邪馬台国)連合を圧倒するとも考えられますが、本作の主人公はヤノハなので、山社国がサヌ王の一族と手を結び、纏向遺跡一帯に「遷都」するのではないか、と予想しています。ともかく、壮大な話になりそうで楽しみです。

 今回は重要な情報が明かされました。第23話にて、四肢を砕かれて野に放置されたヒルメの前に10匹ばかりの狼を率いていた人物が現れましたが、これがナツハという少年で、ヒルメを助けました。子供の頃に海賊に奴隷とされ、酷い扱いを受けてきて(言葉を発さないのはそのためでしょう)、犬だけではなく狼も操る特殊な能力を有し、母を目前で殺されたとなると、予想していたように、ナツハはヤノハの弟であるチカラオなのでしょう。ナツハはヒルメを慕っていますが、そのヒルメが惨い仕打ちに遭ったのはヤノハが原因ですし、ヒルメはヤノハに強い憎悪感情を抱いています。『三国志』にあるように、卑弥呼(日見子)となったヤノハを支える「男弟」となるのがチカラオ(ナツハ?)と予想していたのですが、この経緯からすると、姉弟が再会し、単純に弟が姉に協力するという展開にはならないかもしれません。鞠智彦はヤノハを日見子(卑弥呼)と認める方針のようですが、暈は『三国志』の狗奴国でしょうから、山社国(邪馬台国)連合とは対立を続けるのでしょう。それとも絡めて、ヤノハとチカラオ(ナツハ?)の関係がどのように描かれるのか、たいへん楽しみです。