現代人における古代型ホモ属由来の遺伝子の多様性

 現代人における非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)由来の遺伝子の多様性について、2020年度アメリカ自然人類学会総会(関連記事)で報告されました(Kelsey, and Huerta-Sanchez., 2020)。この報告の要約はPDFファイルで読めます(P311)。現代人の遺伝的多様性は、過去の移動と相互作用により形成されてきました。非アフリカ系現代人系統はアフリカを離れて以来、ランダムな変異と、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった古代型ホモ属との交雑という両方により、多くの新たな多様体を獲得してきました。非アフリカ系現代人系統と古代型ホモ属との交雑後、古代型アレル(対立遺伝子)はさらに地域的な選択と人口統計学的事象により形成されていきました。

 本報告は、「古代型」多様体がどの程度非アフリカ系現代人集団の新たな遺伝的多様性に寄与したのか、定量化します。本報告はそのため、アフリカでは稀で、非アフリカ系現代人系統がアフリカを離れた後に生じた可能性の高い、古代型ホモ属と非アフリカ系現代人の間で特有の共有された変異を検証しました。本報告はさらに、これらのアレルを、チンパンジーとヒトの祖先に関連する派生的もしくは祖先的なものと識別し、「古代型」多様体を、新たな変異として非アフリカ系集団において生じた可能性の高い多様体と比較しました。その結果、派生的な新規アレルの5.5~7%と祖先的な新規アレルの65%は古代型ホモ属と共有されており、おそらくは遺伝子移入によりもたらされました。

 非アフリカ系集団の「古代型」遺伝的多様性のパターンは、非アフリカ系現代人系統がユーラシア全域に拡散し、さらにアメリカ大陸に移住した時に起きた連続的なボトルネック(瓶首効果)を考慮すると予想されるものと、ほぼ一致します。しかし一部の集団は、予想よりも多いもしくは少ない古代型ホモ属の多様体を有しており、選択圧が世界の各地域で異なって作用してきたことを反映しています。非アフリカ系現代人集団における古代型系統の割合は低水準ですが、古代型アレルは地域ごとに個体群を分類するのに充分な情報を含んでいる、と本報告は明らかにしています。これは、現代人集団で生き残っている古代型アレルが、しばしば単一集団に固有か、別の進化的過程により形成されている、と示唆します。


参考文献:
Kelsey JA, and Huerta-Sanchez E.(2020): Characterizing Archaic Hominin Variation in Human Populations. The 89th Annual Meeting of the AAPA.

クラウン群鳥類の起源(追記有)

 クラウン群鳥類の起源に関する研究(Field et al., 2020)が公表されました。クラウン群鳥類の進化の最初期に関する理解は、中生代の鳥類の化石記録がきわめて少ないため、進んでいません。クラウン群鳥類の最も古い系統分岐は白亜紀に起きたと知られていますが、クラウン群鳥類の最も古く分岐したサブクレードである古顎類(ダチョウとその仲間)、キジカモ上目(キジ類およびカモ類)、新鳥上目(それ以外の全ての現生鳥類)を代表する中生代のステム系統は、化石記録の空白、とくに2億5千万~6600万年前頃となる中生代の確実な化石が1個しか見つかっていないため、明らかになっていません。そのため、祖先的なクラウン群鳥類の生態・生物地理学・分岐年代に関する重要な疑問にはまだ答えが得られていません。

 本論文は、キジカモ上目の最終共通祖先の付近に位置づけられ、クラウン群鳥類の進化史の初期において重要な系統的空白を埋める、新たな中生代化石について報告しています。ベルギーで発見されたこの化石の年代は白亜紀末のマーストリヒチアン期となる6680万~6670万年前頃で、三次元的に保存されたほぼ完全な頭蓋および付随する頭蓋後方の要素から構成され、新属新種(Asteriornis maastrichtensis)に分類されました。「Asteriornis」という名称は、ギリシャ神話に登場するウズラに姿を変えた流星の女神Asteriaに由来します。この化石は、中生代のクラウン群鳥類であるとじゅうぶんに裏づけられている数少ない一つで、優れた頭蓋化石を有する化石としては初めての中生代クラウン群鳥類です。他にこれと近い年代でよく知られているクラウン群鳥類は、南極で発見された種(Vegavis iaai)だけです。

 この推定体重400g弱の新属新種クラウン群鳥類には、キジ類様の特徴とカモ類様の特徴を併せ持つこれまで報告されたことのない特徴が見られ、以前に報告された同地域のイクチオルニス様の分類群とほぼ同時期に存在したことは、クラウン群鳥類と鳥群ステム鳥類とが共存していたことを示す直接的な証拠となります。北半球におけるその存在は、クラウン群鳥類の起源がゴンドワナ大陸にあるとする生物地理学的な仮説に疑義を唱えるもので、その比較的小さなサイズと沿岸生態環境に生息していた可能性は、クラウン群鳥類が白亜紀末の大量絶滅を生き延びるのに影響を与えたとする、生態学的フィルター説を裏づけているかもしれません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


進化:現生鳥類が初めて出現した頃

 新たに発見された鳥の頭蓋骨化石は、これまでに報告された中で最古の「現生」鳥類の一種とされ、鳥類が多様化した時期に関する手掛かりになるという考えを示した論文が、今週、Nature に掲載される。この化石は、年代測定によって約6680~6670万年前のものとされ、現代のカモやニワトリに見られる特徴がある。今回の研究によって得られた知見は、現生鳥類が白亜紀末の大量絶滅の直前に出現したことを示している。この大量絶滅は、大型の小惑星または彗星の衝突によって引き起こされた。

 クラウン群鳥類には、全ての現生鳥類とその全ての子孫(現生種と絶滅種)の共通祖先が含まれる。その初期進化については、化石記録に空白部分があるため、あまり解明が進んでいない。特に中生代(およそ2億5000万年から6600万年前)については、十分な裏付けのある分類群がわずか1つしかなく、後はクラウン群鳥類とのつながりがあいまいな数点の化石断片だけだ。このほど、ベルギーのマーストリヒト層で発見された中生代の化石鳥が、新属新種(Asteriornis maastrichtensisと命名)とされ、化石記録の空白部分を埋める上で役立つかもしれない。

 Daniel Fieldたちの論文で、このAsteriornisの化石は、保存状態がよく、ほぼ完全な3次元の頭蓋骨が含まれていることが報告されている。この化石には、陸鳥のような特徴と水鳥のような特徴が組み合わさっており、例えば、嘴は、現代の陸鳥に類似している。Asteriornisという名称は、ギリシャ神話に登場するウズラに姿を変えた流星の女神Asteriaに由来している。この名称は、白亜紀末期の小惑星の衝突が間近に迫っていたことと家禽との類似性を反映している。Fieldたちは、Asteriornisの体重を400グラム弱と見積もった。このように比較的小型で、海洋堆積物の中から発見されたことは、Asteriornisが海岸に生息する鳥であった可能性を示しており、鳥類のクラウングループの多様性のかなりの部分の起源が海岸に生息する鳥に類似しているという仮説を裏付けている。


古生物学:ヨーロッパの後期白亜紀の新鳥亜綱の鳥類化石から明らかになったクラウン群鳥類の起源

古生物学:初期の鳥類

 新種の化石鳥類Asteriornis maastrichtensisがベルギーの白亜紀末期の地層から出土した。この化石鳥類は現生鳥類と同様の姿をしており、カモ類やニワトリを生じた系統から古くに分岐した分類群に属する。今回の発見は、現生鳥類に似た鳥類が、近縁の恐竜類が絶滅するはるか以前にすでに分岐し始めていたことを示している。他にこれと近い年代でよく知られているクラウン群鳥類は、南極で発見されたVegavis iaaiのみである。



参考文献:
Field DJ. et al.(2020): Late Cretaceous neornithine from Europe illuminates the origins of crown birds. Nature, 579, 7799, 397–401.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2096-0


追記(2020年3月24日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

千葉聡『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』

 講談社ブルーバックスの一冊として、講談社から2020年2月に刊行されました。本書は一般向けを意識してか、進化の実態や仕組みといった学術的な解説だけではなく、進化学に関わった研究者たちの人間模様話も取り上げており、単に進化学の解説書というだけではなく、読み物としても優れていると思います。たとえば、ガラパゴス諸島が進化論発祥の聖地というような認識は20世紀初頭まではなく、ダーウィンの息子のフランシスは19世紀末に、ダーウィンが進化に気づいたのはビーグル号航海の途上だった、と指摘していました。ダーウィンはガラパゴス諸島でダーウィンフィンチの観察により進化に気づいた、との俗説も誤りで、ダーウィンはガラパゴス諸島に滞在中、ダーウィンフィンチにはまったく関心を抱かなかったそうです。

 本書でおもに取り上げられている貝類の進化をめぐる研究の進展と人間模様は興味深いのですが、私がとくに関心を抱いたというか、今後調べてみようと思ったのは、新学制以降の日本の高校生物における進化の扱いです。本書は、かつて日本の高校では進化が教えられず、それどころか、1980年代の日本の大学では総合説を扱う講義すら稀だった、と指摘します。著者は1960年生まれで、私は1972年生まれですが、本棚にまだ残していた私が高校時代に使用していた生物参考書を読んでみると、少ない分量ながら進化は取り上げられていました。高校時代の生物の授業については、遺伝に関すること以外ほとんど忘れてしまったので、授業で進化が取り上げられたのか、覚えていませんが、参考書で言及されているので、当時の学習指導要領では授業で教えられることになっていたのだろう、と思います。

 本書は、新学制以降の日本において進化学が軽視された理由として、科学への政治介入、海外動向への無関心、権威主義を挙げています。本書では、科学への政治介入として、第二次世界大戦後の日本において、ソ連で採用されたルイセンコ学説が遺伝学・進化学・古生物学で強い影響力を有した、ということを挙げています。1960年代には、分子生物学の劇的な発展により、遺伝学ではルイセンコ学説がほぼ消えましたが、進化学・古生物学では1980年代初頭まで勢力を維持していた、と本書は指摘します。本書によると、プレートテクトニクス理論とともに総合説も、「親米的」として否定された、とのことです。「ブルジョワ的」・「西側的」といった理由で、プレートテクトニクス理論の普及を日本の「左翼」が妨げたことは、日本でもわりと知られるようになったと思いますが、総合説も同様の扱いを受けたとは、恥ずかしながら知りませんでした。まあ、「左翼」の側には言い分があるでしょうし、そもそも「左翼」も一枚岩ではないでしょうが。この問題については、もっと深く調べる必要がありそうです。

 権威主義の側面としては、いわゆる今西進化論がメディアや文化人の間で総合説に代わるものとして一世を風靡した、と本書は指摘します。しかし本書は、今西進化論に対して、当時の進化学の世界標準でも、とても評価に耐えるものではなかった、と厳しい評価を下しています。これは世界的な動向への関心の低下につながったかもしれません。また本書は、1980年代の日本において、ポストモダン思想と生物学の合体から生まれた特異な進化説が総合説を否定した、と指摘します。また本書は、1970年代、アメリカ合衆国において、化石記録が示す進化は総合説だけでは説明できない、と主張する学派の影響を受けたことも指摘します。なお、旧学制の日本において、進化論の扱いがきわめて政治的で繊細な問題だったことも指摘されています(関連記事)。


参考文献:
千葉聡(2019)『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』(講談社)