愛知県の縄文時代の人骨のゲノム解析

 愛知県田原市の伊川津貝塚遺跡の人骨(IK002)のゲノム解析に関する研究(Gakuhari et al., 2020)が公表されました。日本語の解説記事もあります。本論文は、すでに昨年(2019年)、査読前に公開されていました(関連記事)。その時と内容は基本的に変わっていないようなので、今回は昨年の記事で言及していなかったことや、査読前の論文公開後の関連研究などを中心に簡単に取り上げます。

 昨年の記事では省略しましたが、下書きを読み返して思い出したのが、伊川津貝塚遺跡だけではなく、同じく愛知県田原市の保美町貝塚遺跡と、大分県中津市本邪馬渓町の枌洞穴遺跡の、縄文時代の合計12人からのDNA抽出が試みられた、ということです。このうちIK002と枌洞穴遺跡の1個体(HG02)のみ、内因性DNA含量が1.0%以上でしたが、典型的な古代DNA損傷パターンを示したのはIK002だけでした。昨年、査読前論文を読んだ時にはとくに意識しませんでしたが、大分県の縄文時代遺跡の人類遺骸からの古代DNA解析に成功していたら、西日本では最初になるだろう「縄文人(縄文文化関連個体)」のゲノムデータが得られていたわけで、残念です。おそらく、西日本の「縄文人」のDNA解析の試みは続けられているでしょうから、今後の研究の進展に期待しています。また、昨年の記事では言及していませんが、性染色体の比率に基づく方法では、IK002は女性と推定されています。

 本論文は、IK002も含めて東日本の縄文人の密接な遺伝的近縁性を示すとともに、縄文人の祖先集団の拡散経路を検証しています。縄文人以外でIK002と遺伝的に比較的近縁なのは、現代人ではアイヌ集団で、古代人ではラオスの8000年前頃のホアビン文化(Hòabìnhian)狩猟採集民個体(La368)です(関連記事)。バイカル湖地域の24000年前頃のマリタ(Mal’ta)遺跡の1個体(MA-1)は、遺伝的にはユーラシア西部系と近縁ながら、アメリカ大陸先住民とのつながりも指摘されています(関連記事)。このMA-1の系統は、シベリア北東部のヤナRHS(Yana Rhinoceros Horn Site)で発見された31600年前頃の2個体に代表される、古代シベリア北部集団(ANS)の子孫と推測されています(関連記事)。ANS はヨーロッパ人関連系統(71%)とアジア東部人関連系統(29%)との混合と推定され、ヨーロッパ人関連系統との推定分岐年代は39000年前頃です。

 IK002には、MA-1系統からの遺伝子流動の痕跡はほとんど検出されず、これはアジア東部および南東部の現代人も同様です。そのため本論文は、IK002にはユーラシア大陸を北方経路(ヒマラヤ山脈の北側)で東進してきた現生人類(Homo sapiens)の遺伝的影響は見られず、南方経路で東進してきた集団の子孫だろう、と推測します。ただ本論文は、他の縄文人個体では北方経路集団の遺伝的痕跡が見つかる可能性も指摘しています。本論文は、縄文人がユーラシア東部でもひじょうに古い系統で、南方経路で拡散してきた可能性を指摘し、現代人でもアメリカ大陸先住民やアジア東部および北東部集団は、おもに南方経路で東進してきた現生人類集団の子孫だろう、と推測しています。以下、昨年の記事でも掲載しましたが、より高画質なので、改めてIK002の系統関係を示した本論文の図4を掲載します。
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 以上、本論文についてごく簡単に見てきましたが、今年になって大きく進展した中国の古代DNA研究を踏まえると(関連記事)、本論文とはやや異なる想定も可能ではないか、と思います。とくに重要だと思われるのは、中国陝西省やロシア極東地域や台湾など広範な地域の新石器時代個体群を中心とした研究(Wang et al., 2020)です(関連記事)。この研究では、出アフリカ現生人類集団は、まずユーラシア東西両系統に分岐します。ユーラシア西部系の影響を強く受けたのがANSで、アメリカ大陸先住民にも一定以上の影響を残し、アジア北東部(シベリア東部)の現代人も同様ですが、縄文人も含めてアジア東部集団は基本的にユーラシア東部系統に位置づけられます。

 ユーラシア東部系統は南北に分岐し、ユーラシア東部南方系統に分類されるのは、現代人ではアンダマン諸島のオンゲ人、古代人ではホアビン文化個体のLa368です。ユーラシア東部北方系統からアジア東部系統が分岐し、アジア東部系統はさらに北方系統と南方系統に分岐します。北京の南西56kmにある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の現生人類男性1個体(関連記事)は、本論文ではユーラシア東部系統で最も早く分岐した系統と位置づけられていますが、Wang論文では、ユーラシア東部北方系統から早期に分岐した系統と位置づけられます。Wang論文で注目されるのは、縄文人がユーラシア東部南方系統(45%)とユーラシア東部北方系統から派生したアジア東部南方系統(55%)の混合とモデル化されていることです。

 一方、本論文では、IK002系統からの遺伝的影響の推定は難しく、かなり幅があるのですが、本州・四国・九州を中心とする「本土日本人集団」に関しては8%程度の可能性が最も高い、と推定されています。しかし、台湾先住民のアミ人(Ami)へのIK002系統からの遺伝的影響は41%と「本土日本人集団」よりずっと高く、統計量で示された、「本土日本人」の方がアミ人よりもIK002と遺伝的類似性が高い、との結果とは逆となります。これは、アミ人がIK002系統から早期に分岐した異なる集団からの強い遺伝的影響を受けたからではないか、と本論文は推測しています。しかし、Wang論文のモデル化を踏まえると、これは台湾先住民であるアミ人と縄文人がともに、アジア東部南方系統から強い遺伝的影響を受けたのに対して、「本土日本人集団」ではアジア東部北方系統からの影響が強い(84~87%)ことを反映している、と整合的に解釈できそうです。もちろん、Wang論文のゲノムデータも充分とはとても言えないでしょうから、今後のゲノムデータの蓄積により、さらに改良されたモデルが提示され、縄文人、さらには現代日本人の起源もより正確に理解できるのではないか、と期待されます。以下、これらの系統関係を示したWang論文の図5です。
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 また本論文は、アジア東部および北東部(シベリア東部)やアメリカ大陸先住民の主要な祖先が南方経路で東進してきた、と推測していますが、Wang論文を踏まえると、これも異なる可能性が考えられます。これらの地域の現代人の主要な祖先はアジア東部北方系統と推測されますが、これはユーラシア東部北方系統から派生しており、北京近郊の4万年前頃の田园個体の系統もこれに分類されます。ユーラシア東部北方系統は4万年前頃までにはアジア東部沿岸地域まで到達していた可能性が高く、ANS集団のシベリア北東部への到達がそれより遅れたと考えると、アジア東部北方系統も北方経路で拡散してきた可能性が考えられます。ANSはユーラシア西部系統とアジア東部人関連系統との混合により形成されており、これはアジア東部北方系統の南方経路東進説とも矛盾しませんが、北方経路説とも矛盾しません。アジア東部北方系統、さらにはその祖先系統であるユーラシア東部北方系統がどの経路で東進してきたのか、現時点では確定できませんが、初期上部旧石器群(Initial Upper Paleolithic)の分布がユーラシア北方における現生人類拡散の指標だとすると、北方経路説の方が妥当だろう、と私は考えています。


参考文献:
Gakuhari T. et al.(2020): Ancient Jomon genome sequence analysis sheds light on migration patterns of early East Asian populations. Communications Biology, 3, 437.
https://doi.org/10.1038/s42003-020-01162-2

Wang CC. et al.(2020): The Genomic Formation of Human Populations in East Asia. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2020.03.25.004606