大河ドラマ『麒麟がくる』第24回「将軍の器」

 1565年(以下、西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)、将軍の足利義輝は松永久秀の息子である久通を含む三好勢に襲撃されて殺害されます(永禄の変)。次の将軍の有力候補と目される、義輝の弟の覚慶(足利義昭)は興福寺一条院に幽閉されます。義輝を殺すつもりがなかった久秀は覚慶を訪ね、覚悟を問い質します。久秀の意を受けた細川藤孝は、覚慶を甲賀へ脱出させます。永禄の変を知った明智光秀(十兵衛)は、久秀を訪ねて義輝殺害について問い質し、見通しが甘かった、と久秀は答えます。久秀は激昂する光秀に銃を渡して自分を撃てと言いますが、光秀は何とか思いとどまります。久秀は、幕府を擁護すべきなのか、迷っていました。朝倉義景は光秀に覚慶が将軍の器なのか確かめさせようとしており、久秀からそれを聞かされた光秀は甲賀の覚慶を訪ねます。率直に死にたくないと打ち明ける覚慶が将軍の器に相応しいのか、光秀は不安に思いますが、それを知りつつ、三淵藤英と細川藤孝は覚慶を擁立しようとします。光秀は朝倉義景に問われて、覚慶は将軍の器ではない、と答えます。この間に朝廷では、足利義栄が将軍に推挙されました。

 今回は、義輝の殺害とその後の将軍位をめぐる政争が描かれました。光秀が義昭の擁立により出世していったことを考えると、光秀が覚慶の将軍としての器量に疑問を抱き、擁立に消極的である、という話になったことは意外でした。もっとも、後に光秀は将軍に就任した義昭を見限っているわけで、今回の光秀と覚慶の出会いは、その伏線なのかもしれません。これまでの義輝との関係や実直な人物像からは、光秀が覚慶の将軍としての器量に不安を抱くことは、自然なように思います。今後、光秀がどのような心境の変化で覚慶を擁立していこうとするのか、注目されます。

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