人類最初の出アフリカ

 人類最初の出アフリカに関する研究(Scardia et al., 2020)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。以前の人類進化史では、最初にジャワ島で報告されたホモ・エレクトス(Homo erectus)が、アフリカからユーラシアへと拡散した最初の人類とされていました。この想定は、ジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡の証拠に大きく依存しています(関連記事)。ドマニシ遺跡では180万年前頃の5個の頭蓋といくつかの頭蓋以外の遺骸が発見されており(関連記事)、ホモ・エレクトスに分類されています。この仮説では、アジアにおけるエレクトスの最初の出現は、200万年前頃となるアフリカでの最初の出現のすぐ後とされます(関連記事)。

 しかし、ヨルダン(関連記事)と中国(関連記事)でそれぞれ250万年前頃と210万年前頃の石器が発見され、じゅうらいの有力説は大きな修正を迫られています。純粋にこの年代に基づくと、最初の出アフリカはじゅうらいの有力説よりも70万年さかのぼることになり、エレクトス以前の人類がこの拡大に関わっていたに違いない、と強く示唆します。本論文は、ヨルダンと中国での発見を簡潔にまとめ、これらの発見が古人類学における二つの広く議論されている問題に新たな光をどのように当てるのか、議論します。つまり、ドマニシ遺跡の5個の頭蓋間の顕著な多様性と、ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)の祖先です。


●ヨルダンと中国における初期人類の証拠

 1980年代初頭以来、ヨルダン渓谷の東側にあるザルカ渓谷(Zarqa Valley)のダウカラ層(Dawqara Formation)では河川堆積物内の石核と剥片が発見されてきました。初期の発見は1990年代の調査で確認され、メリジオナリスゾウ(Mammuthus meridionalis)やウマ(Equus cf. tabeti)やオーロックス(Bos primigenius)もダウカラ上層の一部発見されています。ザルカ渓谷は2013~2016年にブラジルとイタリアの研究チームにより再検証され、いくつかの遺跡の年代層序の堅牢な枠組みが提示されました。

 大型動物相遺骸は連続して見つかりますが、石器はダウカラ層内の玄武岩層の上でのみ発見されました。石器はいくつかの層序で見つかり、ダウカラ層の堆積中におけるザルカ渓谷での人類のほぼ継続的な居住を示唆します。技術類型論的には、ダウカラ層の石器群は礫の石核と剥片で構成されています。ダウカラ層の推定年代は252万~195万年前頃で、石器を含む層の推定年代は、それぞれ248万年前頃、224万年前頃、216万年前頃、206万年前頃、195万年前頃です。

 中国の黄土高原は、過去260万年に冬の季節風により堆積し、黄土はほとんど細粒堆積物なので、礫サイズの石器が容易に特定されます。黄土高原に位置する陝西省の藍田県(Lantian County)公王嶺(Gongwangling)の近くにある尚晨(Shangchen)では、212万~126万年前頃の石器群が発見されました。同じく中国の重慶市巫山県竜骨坡洞窟(Longgupo Cave)遺跡の石器群は220万年前頃と主張されており、尚晨の石器群は竜骨坡遺跡石器群の年代を支持するものと言えます。ダウカラ層石器群と同様に、黄土高原の前期更新世石器群も、礫石核と剥片で構成されています。

 近年、ヨルダンと中国で確認されたこれらの証拠は、大きな標本規模で構成されており、とくにヨルダンの事例では人為的起源が確実で、自然起源(偽石器)はありそうもない、と指摘されています。したがって、これらの石器から、アフリカからユーラシアへの人類最初の拡散は250万年前頃に起き、210万年前頃までに現在の中国に存在していた、と言えます。ヨルダンでも中国でも、これら200万年以上前の石器群と共伴する人類遺骸は見つかっておらず、ドマニシ遺跡の頭蓋は依然として、アフリカ外最古の人類遺骸です。


●ドマニシ遺跡の人類化石

 ドマニシ遺跡の年代は185万~178万年前頃で、5個の人類頭蓋と、礫石核と剥片から構成される石器インダストリーはオルドワン(Oldowan)と分類されています。これら5個の頭蓋は形態がかなり異なるので、その種名も違うかもしれません。とくに、2005年に発見された頭蓋5はひじょうに特徴的なので、状況はさらに複雑になりました。2013年の研究では、これらドマニシ遺跡の5個体は単一集団で、ホモ属でもエレクトス(Homo erectus)もしくはエルガスター(Homo ergaster)やハビリス(Homo habilis)やルドルフェンシス(Homo rudolfensis)も同じ系統と主張されました(関連記事)。この見解には批判が多く、より祖先的な人類、もしくは2属ではないとしても2種で構成されている可能性が高い、とし指摘されています。ドマニシ遺跡の頭蓋5個を単一の多様な系統と位置づける見解では、ドマニシ人類のきょくたんな形態学的多様性は、年齢差、性的二形、歯の喪失や他の歯の病気に起因する顔面の変化のひじょうに珍しい組み合わせにより説明されます。

 ドマニシ人類を単一系統と主張する見解では、5個の頭蓋はホモ・ハビリスのような祖先的特徴とホモ・エレクトスのような派生的特徴の組み合わせとして解釈されます。つまり、ドマニシ人類はアフリカのホモ・ハビリスと特徴を共有し、後のホモ・エレクトスの特徴一式を有しているわけではありません。たとえば、ドマニシ人類の脳容量は546~730㎤で、ホモ・エレクトスとされる標本群の平均904㎤をかなり下回ります。ドマニシ人類における祖先的特徴と派生的特徴の混在としては、わずかに厚くなった眉弓や、最小限ではあるものの、ひじょうに顕著な眼窩後狭窄と関連する眼窩上溝が含まれます。後頭部は曲がっていますが、横隆起は均一に存在していません。一方、顔面中部は比較的大きくなっています。

 また、頭蓋以外の形態でも、祖先的特徴と派生的特徴の混在が指摘されています(関連記事)。祖先的特徴は小さな身体サイズや上腕骨後捻角の欠如、派生的特徴は現代人と類似した身体比率や完全な二足歩行を示唆する下肢構造です。頭蓋以外の形態に関する研究では全体的に、ドマニシ人類はアフリカのホモ・エレクトスやその後の人類に明らかな派生的な移動の特徴一式を有していなかった、と指摘されています。

 大きな問題は、アフリカの既知の人類遺骸では、ジャワ島のホモ・エレクトスの正基準標本の定義となるような、頭蓋の子孫形質を有するアフリカの既知の個体が存在しないことです。類似の問題はアフリカのホモ・ハビリスにも当てはまり、ハビリスは形態学的用語で適切に定義されたことがありません。じっさい、ハビリスは本質的に分類学的屑籠で、そこでは250万~180万年前頃の人類化石の雑多な分類が不注意に投げつけられているので、より非公式な「初期ホモ属」がこの集団の好ましい用語かもしれません。

 この無駄な複雑化にも関わらず、ヨルダンおよび中国の証拠と一致して、アフリカからユーラシアに拡散した最初の人類、またドマニシ人類の祖先集団として「初期ホモ属」の構成員を用いるならば、ドマニシ人類における不均質性はずっと容易に解釈できます。ドマニシ人類の頭蓋5は、その下顎がホモ・ゲオルギクス(Homo georgicus)の正基準標本ともされますが、ドマニシ遺跡の他の全人類標本と完全に区別されることから、本論文は残りの4頭蓋を、ホモ・エレクトスではない、他の種に分類するのが適切と主張します。それは、ドマニシ遺跡の4頭蓋がジャワ島のホモ・エレクトスの正基準標本の子孫形質をまったく有さないからです。同様の理由で、残りの4頭蓋がホモ・エルガスターに適切に参照されるのかどうかも、明らかではありません。じっさい、これら4頭蓋が複数種に分類されるのかどうかも、未解決の問題です。


●ホモ・フロレシエンシス

 インドネシア領フローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟で発見された6万年以上前の人類遺骸(関連すると考えられる石器群の下限年代は5万年前頃)に関しては、今でも議論が続いています。この人類遺骸の代表的な個体はLB1で、合計で5~7人の遺骸が発見されました。これらの人類遺骸の特徴は、低身長(106cm)、小さな頭蓋(426㎤)、アウストラロピテクス属とホモ属の両方で見られる特徴の混在で、新種のホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)に分類されました(関連記事)。

 フロレシエンシスに関しては、ひじょうに複雑で多くの未解決の問題があります。たとえば、フローレス島は更新世において近隣の大陸と陸続きになったことがないので、何らかの方法で渡海したことになります。また、その石器が複雑なことから、脳容量の小さいフロレシエンシスの認知能力も注目されました。LB1の頭蓋内鋳型の分析からは、フロレシエンシスが比較的高い認知能力を有していたかもしれない、と示唆されました。

 最も議論になったのは、派生的特徴と祖先的特徴とが混在している形態でした。これに関して、フロレシエンシスがどの系統の人類なのかをめぐって、公表(2004年)当初から激しい議論が展開されてきました。それらの見解は、大きく3通りに区分されます。まず、遺伝的もしくは代謝障害を有する現生人類(Homo sapiens)との見解です。次に、アジア(具体的にはジャワ島)のホモ・エレクトスが島嶼化により小型化した、という見解です。最後に、ホモ属の早期系統、たとえばホモ・ハビリスのような分類群の子孫という見解です。

 障害を有する現生人類との見解では、小頭症やダウン症候群などが原因とされましたが、その後すべて否定されています。さらに、フローレス島のソア盆地のマタメンゲ(Mata Menge)遺跡で発見された70万年前頃の人類遺骸に、リアンブア洞窟の人類遺骸との類似性が見られることから、ホモ・フロレシエンシスという分類群の有効性が最終的に確認されました(関連記事)。これらの知見から、遅くとも70万年前頃以降のフローレス島の複雑な人類進化史と、5万年前頃のフロレシエンシス(的な人類)の絶滅が示唆されます。なお、石器の証拠から、フローレス島には100万年前頃に人類が存在したことも確認されています(関連記事)。

 しかし、現在でも最大の問題が未解決です。それは、ホモ・フロレシエンシスがホモ・エレクトスから島嶼化による小型化を通じて進化したのか、あるいはより祖先的で小さな身体の人類から進化したのか、という問題です。LB1の形態の詳細な分析(関連記事)やフロレシエンシスの歯(関連記事)や頭蓋内鋳型(関連記事)や頭蓋冠(関連記事)や下顎断片と歯(関連記事)の分析では、ホモ・フロレシエンシスはホモ・エレクトスの子孫と主張されています。

 しかし、エレクトスよりも祖先的とされる特徴はほぼ頭蓋から下の遺骸に由来します。LB1の頭蓋や後頭部の形態に関する研究では、エレクトスとフロレシエンシスは共通祖先を有するものの、LB1はエレクトスよりもハビリスの形態により類似している、と示唆されました(関連記事)。もっと包括的な系統学的分析では、フロレシエンシスはハビリスとのみ、もしくはハビリスとエレクトスとエルガスターと現生人類を含むクレード(単系統群)との姉妹系統である可能性が高い、と指摘されています(関連記事)。

 フロレシエンシスがエレクトスよりも祖先的な人類から進化した、という見解の問題点は、エレクトス以前の人類のアフリカからの拡散の考古学的証拠が欠如していたことでした。しかし、上述のように、ヨルダンで250万年前頃、中国で210万年前頃の石器が発見されており、この問題を解決できるかもしれません。より適切な用語がなく、形態学的に一貫した定義が欠如している場合、「初期ホモ属」として説明できる分類群がアフリカからユーラシアへとじっさいに拡散した最初の人類であるならば、低身長や祖先的身体比率(比較的長い腕と短い脚)を含む、フロレシエンシスのより祖先的でアウストラロピテクス属的な特徴を説明できるでしょう。じっさい、フロレシエンシスと関連する石器インダストリーのオルドワン(Oldowan)的特徴が指摘されています(関連記事)。


●まとめ

 本論文は最近の知見に基づき、アフリカ外で見つかった絶滅人類の多様性を説明するために、仮説を提示します。現在の分類学的枠組みが不充分であるために「初期ホモ属」と呼ばなければならない分類群は、おそらくアフリカで早くも280万年前頃に分岐しました(関連記事)。その後、この集団の一部が地中海周辺に到達し(関連記事)、250万年前頃にアフリカから拡散しました。この出アフリカ人類集団がアジアでの拡大に成功した後、少なくともその一部(ドマニシ遺跡の前期更新世人類遺骸の多様性を認める見解ならばもっと多く)は180万年前頃までにコーカサスに到達して新たな種となり、90万年前頃までにはヨーロッパに到達し、その一部はおそらくアフリカに「戻り」ました。

 小柄で祖先的な身体比率の人類のアジアにおける東方への拡大もしくは居住は、おそらく複数の波で継続しました。80万年前頃までには、この集団の一部がアジア南東部島嶼部まで到達し、そこでホモ・フロレシエンシスは穏やかな「島嶼化」の結果として進化しました。ホモ・エレクトスもおそらくはアジア東方で分岐しましたが、それはフロレシエンシスを生み出した「初期ホモ属」のアジアへの拡大とは別の話です。以下、この「初期ホモ属」の拡散経路と年代を示した本論文の図2です。
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 以上、ざっと本論文の内容を見てきました。アフリカ東部では280万年前頃にホモ属的な特徴を有する人類が存在し、ヨルダンでは250万年前頃、中国では210万年前頃の石器が見つかっていることを踏まえて、本論文は仮説を提示しています。この仮説は間違いなく検証に値するもので、今後の研究の進展が期待されます。人類の出アフリカはほぼ間違いなく200万年以上前までさかのぼりますから、人類の初期の出アフリカは、以前の想定よりもかなり複雑なものだったと考えられます。

 本論文は、ホモ・フロレシエンシスがホモ・エレクトスの子孫ではなく、200万年以上前にアフリカからユーラシアへと拡散した「初期ホモ属」の子孫だと主張しますが、私はまだ、ジャワ島(スンダランド)のエレクトスの子孫という見解の方が妥当ではないか、と考えています。頭蓋から下でとくに見られる祖先的特徴は、エレクトスが島嶼化により小型化したことに起因する収斂進化ではないか、というわけです。ただ、確信しているほどでもないので、フロレシエンシスの起源に関しては今後の研究の進展を俟つしかありません。フロレシエンシスのDNA解析はおそらく無理でしょうが、タンパク質解析ならば可能かもしれないので(関連記事)、非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)のタンパク質解析が進展し、フロレシエンシスのタンパク質解析にも成功すれば、フロレシエンシスの人類進化系統樹における位置づけが明らかになるだろう、と期待しています。


参考文献:
Scardia G. et al.(2020): What kind of hominin first left Africa? Evolutionary Anthropology.
https://doi.org/10.1002/evan.21863

成長の早い高木ほど寿命が短い

 成長の早い高木ほど寿命が短く、炭素貯蔵量と関連することを報告した研究(Brienen et al., 2020)が公表されました。成長速度が大きくなると寿命が短くなるという関係性は、一部の高木、とりわけ低温に適応した針葉樹で示されていますが、これが、さまざまな樹種や気候に幅広く当てはまるのか、議論の余地があります。このようなトレードオフ(交換)は、樹木の成長速度を炭素貯蔵量の代用指標に用いることと両立しないと考えられ、地球システムモデルを用いた全球森林炭素貯蔵量の予測に疑問が生じています。

 この研究は、アフリカと南極以外の各大陸に生育する樹種110種の年輪データの大規模なデータセットを解析しました。この研究は、同種内でも異種間でも高木の成長速度の大きさが寿命の短さと関連することを報告し、これが気候変数や土壌変数との共変性によるものではないことを示しました。また、この研究は、クロトウヒ(Picea mariana)に関するデータに基づいたモデル森林シミュレーションを用いて、このトレードオフが、今後、全球的な森林による炭素吸収を鈍化させ、あるいは減少に転じさせる可能性があることを明らかにしました。

 これらの知見は、成熟した森林における将来の炭素貯蔵量の予測の大部分に異論を唱えるもので、今後数十年間の全球的な森林の炭素吸収源の存続を疑問視しています。この研究は、樹木の成長速度と寿命のトレードオフをプロセスベースの森林炭素動態モデルに組み込む必要がある、と主張しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


生態学:成長の早い高木は寿命が短いために炭素貯蔵が影響を受ける可能性がある

 成長の早い高木ほど寿命が短いことを報告する論文が、Nature Communications に掲載される。この知見は、気候変動下での森林の炭素貯蔵量を予測する上で重要な意味を持つ可能性がある。

 成長速度が大きくなると寿命が短くなるという関係性は、一部の高木、とりわけ低温に適応した針葉樹に示されているが、これが、さまざまな樹種や気候に幅広く当てはまるかは議論の余地がある。このようなトレードオフは、樹木の成長速度を炭素貯蔵量の代用指標に用いることと両立しないと考えられ、地球システムモデルを用いた全球森林炭素貯蔵量の予測に疑問が生じている。

 今回、Roel Brienenたちの研究チームは、アフリカと南極以外の各大陸に生育する樹種110種の年輪データの大規模なデータセットを解析した。Brienenたちは、同種内でも異種間でも高木の成長速度の大きさが寿命の短さと関連することを報告し、これが気候変数や土壌変数との共変性によるものでないことを示した。また、Brienenたちは、クロトウヒ(Picea mariana)に関するデータに基づいたモデル森林シミュレーションを用いて、このトレードオフが、今後、全球的な森林による炭素吸収を鈍化させ、あるいは減少に転じさせる可能性のあることを明らかにした。

 以上の知見は、成熟した森林における将来の炭素貯蔵量の予測の大部分に異論を唱えるものであり、今後数十年間の全球的な森林の炭素吸収源の存続を疑問視している。Brienenたちは、樹木の成長速度と寿命のトレードオフをプロセスベースの森林炭素動態モデルに組み込む必要があると訴えている。



参考文献:
Brienen RJW. et al.(2020): Forest carbon sink neutralized by pervasive growth-lifespan trade-offs. Nature Communications, 11, 4241.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-17966-z