現生人類の自己家畜化の遺伝的基盤

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、現生人類(Homo sapiens)の自己家畜化の遺伝的基盤に関する研究(Zanella et al., 2019)が報道されました。現生人類(Homo sapiens)は、家畜種を対応する野生種から区別する特徴を想起させる、一連の頭蓋顔面と向社会的特徴を示します(関連記事)。家畜化は、種がより友好的で、より攻撃的ではないよう育てられる時に生じる、遺伝的変化一式を含みます。たとえば家畜化されたイヌやキツネでは、より小さい歯と頭蓋、たれ耳、より短く巻いた尾です。

 これは、現生人類がその進化において家畜化過程を経て、その影響は形態や認知能力に関わっている、という仮説につながりました。現生人類は、その祖先の多くよりも攻撃的ではなく、協力的と推測されています。現生人類は、脳が大きいものの頭蓋はより小さく、眉弓が顕著ではなく、これは自己家畜化の特徴と考えられています。現生人類の自己家畜化という見解は19世紀初めのブルーメンバッハ(Johann Friedrich Blumenbach)の見解にまでさかのぼり、現生人類と家畜の類似性には19世紀後半にダーウィン(Charles Robert Darwin)も注目していました。しかし、管理された繁殖を重視するダーウィンは、家畜化と現生人類の自己家畜化を異なる現象として把握し、自己家畜化という見解を発展させることはありませんでした。

 しかしその後、現生人類の形態および認知行動の特徴は、非ヒト動物の家畜化とのひじょうに類似した進化過程から生じる、という可能性が指摘され、現生人類の自己家畜化説として洗練されてきました。最近の研究では、家畜化と選択的繁殖の確かな区別が提示され、自己家畜化の概念がネコやイヌやボノボにも拡張されています。この過程は現生人類の漸進的な地理的拡大のさいに、さらに進んだかもしれません。

 しかしこれまで、現生人類の自己家畜化説は、二つの要因のために決定的な証拠の提示には失敗してきました。それは、どのような発達および遺伝的メカニズムが家畜化の根底にあるのか、理論水準でさえ一貫した説明が欠けていたことと、現生人類の自己家畜化の場合にこれらのメカニズムを具体的に検証できる適切な実験体系が欠如していたことです。したがって、自己家畜化の根底にある同じメカニズムを仮定しなければなりません。現生人類の自己家畜化に関しては、穏やかな神経堤不足の結果である、との見解も提示されていますが、家畜化および現生人類への家畜化の拡張の神経堤症的基礎は、まだ実験的に検証されていません。

 ウィリアムズ(ウィリアムズ・ボイレン)症候群(WBS)とその領域重複症候群は、それぞれ、7番染色体の領域(7q11.23)の28遺伝子(ウィリアムズ症候群に重要な領域、WBSCR)の半接合欠失と半重複により起き、神経堤に関連する頭蓋顔面異形症や認知・行動的特徴、具体的には顔面縮小・退縮や過度の有効性や反応性攻撃性の減少を示します。GTF2Iやそのパラログ(遺伝子重複により生じた類似の機能を有する遺伝子)といったWBS遺伝子の構造的多様体は、家畜化されたイヌやキツネで典型的な超社会性の基盤にある、と示されてきました。

 本論文では、WBSCR遺伝子のうち、クロマチン制御のBAZ1B(ウィリアムズ症候群転写因子、WSTFとしても知られています)に焦点が当てられており、家畜化と関連する頭蓋顔面の特徴と関係する一連の証拠に基づいています。これらの証拠は、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)、ノックアウトマウス、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)などから得られています。

 以前の研究で、7q11.23に由来する患者の人工多能性幹細胞(iPSC)の分析から、多能性状態ですでに明らかで、分化時にさらに悪化した、主要な疾患関連転写調節不全が解明されました。本論文はこれを利用して、機能(神経堤の移動と誘導)と転写およびクロマチン調節不全の両観点において、WBSおよび同じ遺伝子領域に起因するASD(自閉スペクトラム症)の患者の神経堤におけるBAZ1B量の影響を詳細に分析し、これにより、NCを制御する依存回路であるBAZ1B量を定義します。

 次に本論文は、頭蓋顔面形態発生の基礎となるこれら実験的に決定されたBAZ1B依存回路を適用して、これまで相関性のみだった古代ゲノム分析の証拠を調べます。これにより、現生人類においてBAZ1B制御と調節変化を有する遺伝子との間の主要な収斂が明らかになります。頭蓋顔面神経堤症におけるBAZ1B発現量の定義と、家畜化関連古代ゲノム研究への適用から、現生人類の顔の形態への主要な調節因子としてBAZ1Bが特定されました。AZ1B遺伝子は、神経堤細胞の挙動を制御し、発現量が低いと神経堤移動の減少を、高いと神経堤移動の増加をもたらします。

 これにより、神経堤に基づく(自己)家畜化の説明の中心にある、予測の実験的検証が提供されます。それは、現生人類の顔が穏やかな神経堤症の事例としてその形態を獲得した、というものです。現代人集団のBAZ1B遺伝子では、現時点で利用可能なネアンデルタール人およびデニソワ人のゲノムでは見られない、かなりの数の蓄積された変異が高頻度で見られます。そのため、BAZ1B遺伝子が、ネアンデルタール人やデニソワ人といった近縁系統と比較したさい、現生人類の顔を異なるものにした要因と推測されました。これら同じ遺伝子の多くは他の家畜化された動物でも選択されてきたので、現生人類も進化史において比較的最近の家畜化過程を経験したのではないか、と考えられます。現生人類はネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統と、諸説によりかなりの幅があるものの、およそ80万~50万年前頃(関連記事)に分岐した後、こうした自己家畜化を進展させていったのではないか、というわけです。

 この研究に関わっていない生物人類学者のランガム(Richard Wrangham)氏は、多くの異なる遺伝子が家畜化に役割を果たしている可能性が高いので、BAZ1Bの進化的重要性を読み取りすぎてはならない、と注意を喚起しています。BAZ1Bはひじょうに重要な遺伝子の一つではあるものの、他に候補遺伝子が複数存在することは明らかだ、というわけです。一方、同じくこの研究に関わっておらず、進化生物学と認知科学を専攻するフィッチ(William Tecumseh Fitch III)氏は、ヒトの自己家畜化と動物の家畜化との間の「正確な類似」に懐疑的です。これらは類似点と相違点の両方を備えた過程で、一つもしくはいくつかの遺伝子の変異が、家畜化に関わる多くの遺伝子の良いモデルにはならないだろう、というわけです。現生人類の家畜化については、仮説が多数あります。ランガム氏は、初期人類が協力的な社会を形成するさいに、進化的圧力により「アルファ」もしくは攻撃ではない特徴の仲間が選択された、との見解を支持します。攻撃性を好む遺伝子に対して、最初期に選択が作用したのではないか、というわけです。現在まで、現生人類は自身を管理している唯一の種とされます。


参考文献:
Zanella M. et al.(2019): Dosage analysis of the 7q11.23 Williams region identifies BAZ1B as a major human gene patterning the modern human face and underlying self-domestication. Science Advances, 5, 12, eaaw7908.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aaw7908