レヴァントにおける30万年以上前の加熱処理による石器製作

 レヴァントにおける30万年以上前の加熱処理による石器製作を報告した研究(Agam et al., 2020)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。細粒の堆積岩である燧石(フリント)は、アフリカや近東やヨーロッパの遺跡の人類により石材として用いられました。実験的・考古学的・民族誌的研究から、燧石の熱処理がその破壊靱性を低下させ、打ち砕きやすくなる、と示されています。最近では、アフリカ南部において、シルクリート(珪質礫岩)の加熱処理による石器製作が、40万~20万年前頃と13万年前頃との間で起きた、と推測されています(関連記事)。

 石器製作のさいにそうした目的で燧石を意図的に加熱処理したのか特定するために、微細な裂け目や色の変化や表面の光沢や磁気特性といった視覚的識別と、電子スピン共鳴や熱ルミネッセンスや分光法といった技術が用いられてきました。しかし、燧石の不均一性のため、加熱温度の大まかな推定しかできず、意図的な処理だったのか、推測することを難しくしています。本論文では、こうした制約を克服するため、燧石の非破壊的ラマン分光分析と機械学習を組み合わせて、単一の手法にまとめました。この手法により、過去の行動を調査するための、大規模なデータセット・高解像度の温度推定モデル・堅牢性・客観性の処理が容易となります。

 石刃の体系的製作はレヴァントの後期下部旧石器時代の文化である、42万~20万年前頃となるアシュールヤブルディアン(Acheulo-Yabrudian)文化複合(AYCC)の特徴の一つです(関連記事)。この技術革新はAYCCに関してよく知られており、キーナ(Quina)掻器や複雑な石材調達や利用戦略を含む、革新的な石器行動と一致します。動物性タンパク質は中型で盛年の動物の集中的な狩猟と消費から得られ、主要な対象はダマジカでした。

 イスラエル中央部のケセム洞窟(Qesem Cave)は、レヴァントのAYCCの重要な遺跡の一つです。ケセム洞窟では、火の広範で習慣的な使用を含む多くの発見があり、30万年前頃の炉も確認されています(関連記事)。ケセム洞窟石器群の顕著な特徴は、連続的で集中的な石刃製作で、これは新しくて発展した打製技術と、石材の慎重な利用および選択を反映しており、石材はおもに在地のものが用いられました。ケセム洞窟では、視覚的および熱ルミネッセンス法の両方によって焼けた燧石製石器が確認されており、燧石が明らかに火に曝されたことを示します。問題は、ケセム洞窟の住民が、特定の種類の石器を製作するために、充分な程度の火の制御を行なっていたのかどうか、ということです。

 まず、ケセム洞窟から2~3km以内のものも含めて燧石が収集され、275・400・500・600・700・800℃で3時間加熱され、この結果に基づいて分光法と機械学習を組み合わせた手法が開発されました。以前の報告と同じく、火に曝された燧石の巨視的な資格評価は、熱処理されたかどうかの信頼できる指標ではない、と明らかになりました。30万年以上前となるケセム洞窟の燧石製石器群の分析結果では、石刃の加熱温度(259℃)は薄片の加熱温度(413℃)よりも低く、また同じ洞窟で見つかった壺の蓋の加熱温度はさらに高かった(447℃)、と明らかになりました。また、同様の加熱条件を再現する実験で、燧石製石器の加熱水準の制御により、石刃の製作を改善できることも明らかになりました。したがって、レヴァントのAYCCの担い手は、道具作りを効率化するために、石材をさまざまな温度で意図的に加熱していた可能性がある、と推測されます。

 火の使用は初期人類による最重要な発見の一つで、石材の加熱処理のための技術はその多くの用途のうちの一つでした。これにより、石器製作過程をより細かく制御できるようになり、適応と生存を改善するための独自の特徴を備えた石器の製作が可能となりました。ケセム洞窟石器群の分析では、とくに石刃製作の改善において、燧石の低温加熱が用いられたのではないか、と推測されます。本論文では、ケセム洞窟石器群の製作者がどの人類系統なのか、とくに言及されていませんが、ホモ属であることはまず間違いなく、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)系統と分岐した後の広義の現生人類(Homo sapiens)系統かもしれませんが、そうだとしても、ケセム洞窟のAYCCの担い手が現代人と遺伝的に関係があるのか否か、検証するのは難しそうです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


考古学:30万年前のヒトが道具の加熱温度を調節していた証拠

 イスラエルの洞窟で発見された30万年前の石器の新たな解析から、レバント地方のヒト族が、異なる道具を作る際に、火を異なる温度に制御していた可能性があることを明らかにした論文が、Nature Human Behaviour に掲載される。

 原料を処理する際に火を使うことは、初期ヒト族が成した重要な発見であった。これまでの研究では、前期旧石器時代後期(42万~20万年前)のレバント地方のヒト族によってフリント石器が組織的に作られていたことを示す証拠が報告されており、焼け跡のあるフリント石器遺物の存在から、石器が何らかの方法で火にさらされていたことが示唆されていた。しかし、火にさらされたのが偶然の出来事だったのか、ヒトが火を操って特定の道具を作っていたのかは不明であった。

 イスラエル中央部に位置するケセム洞窟は、前期旧石器時代後期の重要なレバント遺跡であり、火の広範かつ習慣的な使用や、石刃の集約的な製作など、数多くの重要な発見がなされている。Aviad Agam、Filipe Natalioたちの研究チームは今回、2つのタイプのフリント石器の調査を行い、この洞窟内で火にさらされていた証拠を得た。Agamたちは、分光法と機械学習を組み合わせることで、遺物が焼かれた温度を推定した。その結果、石刃の加熱温度(摂氏259度)は薄片の加熱温度(摂氏413度)よりも低く、また同じ洞窟で見つかった壺の蓋の加熱温度はさらに高かった(摂氏447度)ことが判明した。また、Agamたちは同様の加熱条件を再現する実験を行い、フリント石器の加熱レベルの制御によって、石刃の製作を改善できることを明らかにした。

 Agamたちは、レバント地方のヒト族が、道具作りを効率化するために、材料をさまざまな温度に意図的に加熱していた可能性があると結論付けている。



参考文献:
Agam A. et al.(2020): Estimating temperatures of heated Lower Palaeolithic flint artefacts. Nature Human Behaviour.
https://doi.org/10.1038/s41562-020-00955-z

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