大河ドラマ『麒麟がくる』第33回「比叡山に棲む魔物」

 1570年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)後半、織田信長は南方の三好三人衆と本願寺、北方の比叡山延暦寺と朝倉と浅井に包囲され、窮地にありました。足利義昭は、畿内と周辺地域で戦いが治まらない苛立ちを摂津晴門にぶつけますが、摂津晴門はとぼけた対応でやり過ごします。明智光秀(十兵衛)は旧知である朝倉家臣の山崎吉家を頼って朝倉義景と比叡山で会い、和議を提案しますが、義景は、困っているのは織田だと言って光秀の提案を退けます。そこで光秀は、越前に大雪が降ってからでは来春まで越前に戻れない、と義景を脅しますが、義景は、覚恕法親王の織田への強い反感と、比叡山延暦寺の強大さを指摘して、和議には信長の屈服が必要だと言い放ちます。光秀は義景のとりなしで覚恕法親王と面会します。覚恕法親王は、兄の正親町天皇への劣等感を光秀に打ち明け、醜い自分は金と力を持って都を支配したのに、信長がそれを奪おうとする、と信長に対する敵意を剥き出しにします。

 伊勢長島の一向一揆相手に信長の弟の信興が敗死し、信長はますます苦境に追い込まれます。摂津晴門が覚恕法親王と通じていることを知った信長は、領国の美濃と尾張に帰ろうとしますが、光秀は信長を説得し、信長は正親町天皇を和議に持ち出そうとします。正親町天皇は、弟の覚恕法親王が自分に頭を下げさせたいと考えているのだ、とその真意を見抜いていました。信長の朝廷への貢献を高く評価する正親町天皇は、織田と朝倉と浅井と延暦寺に和睦の勅命を出し、信長はひとまず窮地を脱します。しかし、覚恕法親王は織田の追い落としを諦めず、武田信玄との連携を画策していました。都には束の間の平安が訪れますが、筒井順慶を重用する幕府に松永久秀は強い不満を抱きますが、この場を演出したのは摂津晴門でした。1571年、信長は軍勢を比叡山にまで進み、延暦寺への攻撃を命じ、延暦寺は焼き払われます。

 今回は、初登場の覚恕法親王が強烈な印象を残しました。美しい兄への強い劣等感を抱く醜い弟という人物造形は、まだ1回見ただけですが、兄との関係性も含めて成功と言えるように思います。松永久秀が足利義昭に叛く要因は、「最新の研究で新たなアプローチがなされ始めている英傑たちの姿を、従来のイメージを覆す新しいキャラクター像として、描いていきます」との制作方針に基づいて、研究も踏まえたものになっているように思います。延暦寺攻撃に対して、全員を殺害せよとの信長の方針に光秀は否定的で、こうした信長への違和感の積み重ねが、後に本能寺の変へとつながっていくのかもしれません。

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