ヨーロッパの上部旧石器時代の一卵性双生児

 ヨーロッパの上部旧石器時代の一卵性双生児に関する研究(Teschler-Nicol et al., 2020)が公表されました。4万~3万年前頃、現在のオーストリアのニーダーエスターライヒ州のクレムス(Krems)市中心部を、上部旧石器時代の狩猟採集民が繰り返し利用していました。これらの上部旧石器時代遺跡は、ヨーロッパ中央部の早期現生人類(Homo sapiens)の居住パターンや文化や生計の理解に重要な役割を果たします。

 その中でも、クレムス=ヴァハトベルク(Krems-Wachtberg)遺跡(以下、KW遺跡)は、残存状況がとくに良好です。KW遺跡では炉床や乳児の2ヶ所の埋葬が確認されています。KW遺跡の文化は、上部旧石器時代となる早期グラヴェティアン(Gravettian)の地域版であるパブロフィアン(Pavlovian)に分類されています。放射性炭素年代測定法では、KW遺跡の較正年代は31000年前頃と推定されています(IntCal13)。KW遺跡は、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)へと向かう寒冷化の時期に相当します。獲物の遺骸から、KW遺跡は冬もしくは早春に利用された、と示唆されます。

 乳児埋葬のうち一方は二重埋葬の楕円形の墓穴(埋葬1)で、乳児2人(乳児1および乳児2)が埋葬されており、それぞれ赤いオーカーで埋められ、東を向いており、頭蓋が北を向くように配置されていました。乳児2はより中央に配置され、乳児1は墓穴の南西端に位置していました。マンモスの牙で製作され、紐で通されていた痕跡のある53個のビーズが乳児1の骨盤に置かれ、ビーズには使用摩耗痕は確認されませんでした。穿孔されたアマオブネガイ科(Theodoxus属)の貝とキツネの切歯が供えられており、単一のネックレスと示唆されました。

 もう一方の埋葬(埋葬2)は長くて狭い墓穴で、乳児1人(乳児3)が見つかりました。乳児3も東を向いていましたが、頭蓋は南向きでした。乳児3には、マンモスの牙で作られた長さ8cmのピンが供えられていました。当初の観察では、二重埋葬の乳児1および2は同様の成長段階というか、おそらくは周産期死亡で、2人が双子もしくは少なくとも密接に関連した個体だった、と示唆されます。二重埋葬の乳児1および2は、同時に埋葬されたのではなく、異なる連続した段階で行なわれ、墓が再度開けられたことを示唆します。本論文は、埋葬1の乳児2人の遺伝的関係を評価し、2人が親族関係にあるのか、確認します。また、同位体分析により年齢も推定されます。これら乳児の遺骸は、当時の埋葬慣行の推測にも役立ちます。

 乳児3のDNAはすでに解析されており、乳児1および2のDNAが新たに解析されました。平均網羅率は、個体1が1.772倍、個体2が0.282倍です。個体1および2は男性で、ともにミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)はU5、Y染色体ハプログループ(YHg)はIに分類され、乳児3と一致します。KW遺跡の乳児3人はほとんどのアレル(対立遺伝子)を相互に共有しており、チェコのドルニー・ヴェストニツェ(Dolní Věstonice)遺跡の3万年前頃の個体群に因んでヴェストニツェと命名された、グラヴェティアン集団のクラスタ(関連記事)とアレルを共有します。親族関係の分析の結果、埋葬1の乳児1と乳児2はゲノム全体を共有する一卵性双生児で、乳児3は乳児1および2と3親等かそれ以上離れた親族と推定されました。

 一卵性双生児(乳児1および2)の埋葬時期が異なるから、死亡年齢が異なっていた可能性も考えられます。乳児の死亡年齢はほとんどの場合、長骨骨幹の長さと歯の発達段階の比較に基づいて決定されます。形態計測の結果、乳児2は誕生前後(妊娠39~40週)、乳児1は生後6~7週間、乳児3は生後13~14週間で死亡した、と示唆されます。双子の妊娠は危険性が高く、単生児よりも双子の方が周産期死亡率は高い、とよく知られています。個体1に見られるストレス症状は、周産期の死亡と関わる要因の反映かもしれません。

 炭素および窒素の安定同位体分析は、乳児2では汚染・分解の痕跡が示されたことから利用できませんが、乳児1および3ではヨーロッパの初期現生人類の同位体食性証拠と一致し、乳児3では乳児1よりもわずかに窒素15および炭素13が濃縮されています。これは乳児1よりも長い期間となる乳児3の母乳育児を反映しているようです。エナメル質の同位体分析からは、乳児3が誕生後の短い人生においてもストレスを受けていた、と示唆されます。当時のKW遺跡の住人は、厳しい生活を送っていたようです。

 乳児1および2は、古代DNA分析により確認された初めての双子となります。乳児1および2が安置された埋葬1は、一度葬った後に開けたと推測されていますが、これは乳児2が誕生前後に死亡したのに対して、乳児1は生後6~7週間生きていたからだと推測されます。グラヴェティアンの埋葬儀式に関しては、個人的な象徴的扱いが報告されており、本論文の知見からは、それには墓を再度開けたり配置を変えたりすることも含まれていた、と考えられます。双子の周産期死亡率は単生児よりも高いので、今後さらに、一卵性双生児遺骸が古代DNA研究により明らかになることも予想されます。


参考文献:
Teschler-Nicol M. et al.(2020): Ancient DNA reveals monozygotic newborn twins from the Upper Palaeolithic. Communications Biology, 3, 650.
https://doi.org/10.1038/s42003-020-01372-8