大河ドラマ『麒麟がくる』第36回「訣別」

 1572年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)冬、明智光秀(十兵衛)は三条西実澄に随行して参内します。実澄から光秀が随行してきたことを知らされた正親町天皇は光秀と御簾越しに話し、迷わずともに歩もうと考えた光秀は深く感激します。帰宅した光秀を、佐久間信盛・柴田勝家・木下藤吉郎(豊臣秀吉)が訪ねてきました。織田信長は、将軍の足利義昭の意向に従って大和で筒井順慶と争っている松永久秀の討伐を家臣に命じましたが、信長も家臣も久秀討伐に消極的で、信盛と勝家と藤吉郎は光秀に相談にきたのでした。信盛は、比叡山延暦寺を攻めたさいに信長の意向に反した行動をとった光秀に、信長を諫めるよう、信盛は要請します。

 義昭と信長との関係が悪化していくのを見た武田信玄は、1572年秋、義昭の上洛要請に従い、西に向かって進軍を始めます。信長は光秀を呼び、義昭は自分を追い落とそうとしているのか、と問い詰めます。光秀は一応否定しますが、義昭に謁見した光秀は、信長との対決する、と義昭から強い意思を伝えられます。義昭は信玄の進軍を聞き、信長は窮した、と判断しました。光秀はなおも義昭に諫言しますが、義昭は聞き入れず、自分に就くよう、光秀に命じますが、三淵藤英の説得も聞き入れず、光秀は断って退出します。

 今回は、光秀と義昭の別れが描かれました。光秀が義昭に決定的な違和感を抱いた象徴として、光秀と義昭との剣術の稽古が描かれたのは、悪くなかったように思います。かつては貧しい民を救うと願っていた義昭が、武家の棟梁らしく武芸に励むようになったことで、光秀にとって重要なことを見失っていった、ということでしょうか。これまでほとんどモブ扱いだったような佐久間信盛と柴田勝家が、初めて重要人物らしい役割を果たしたことも注目されます。ただ、残り8回でこの2人を詳しく描く余裕はなさそうで、残念です。とくに佐久間信盛は、その追放が光秀の謀反の決意と関わっているかもしれないという意味で、もっと深く描いてもらいたかったものです。また、光秀と正親町天皇との関係が本能寺の変とどう関わってくるのか、という点も注目されます。

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