藤本透子「ユーラシアの温帯草原における人の行動パターンとその痕跡」

 本論文は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)2016-2020年度「パレオアジア文化史学」(領域番号1802)計画研究B01「人類集団の拡散と定着にともなう文化・行動変化の文化人類学的モデル構築2019年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 28)に所収されています。公式サイトにて本論文をPDFファイルで読めます(P25-28)。この他にも興味深そうな論文があるので、今後読んでいくつもりです。

 本論文は、ユーラシア温帯草原における現生人類(Homo sapiens)の行動パターンとその痕跡の関係を、カザフスタンにおける文化人類学調査から検討しています。ユーラシア北部には、ヨーロッパ東部からアジア中央部北方(カザフスタン)を経てモンゴルまで、温帯草原(ステップ)が広がっています。モンゴルおよびカザフスタンで は、アルタイ山麓やアラタウ山麓やカラタウ山麓など、複数の地点から旧石器が出土しています。ユーラシアの西部から東部へと現生人類が拡散していったさい、草原に山地が点在し草食動物が豊富なこの地域を、どのように利用して暮らし、またその行動はどのような痕跡として残り得るか、ということが問題となります。

 狩猟採集民を対象に生態資源の獲得と利用を広く検討した研究では、おもに2 種類の年間移動パターンを区別しています。それは、居住地を比較的頻繁に移動して食料を獲得し、食料を保存しない「forager」と、主要な居住地間を季節的に移動し、食料を保存する「collector」です。この2パターンでは、狩猟採集民の行動による各地点の痕跡に差異がある、と指摘されています。カザフスタンでの民族考古学的調査では、この見解がユーラシアの温帯草原の居住・移動形態の分析に応用されました。その上で、温帯草原に暮らす人々は、紀元前1000年頃から家畜という食料を常に携帯する遊牧民になったという点で狩猟採集民とは異なるものの、その移動パターンは全体的にcollector に近く、ただし夏季はforager のように頻繁に居住地を移動する、と指摘されています。こうした民族考古学からの指摘を踏まえて、居住と移動・埋葬・食事などの行動がどのような痕跡として残るのか検討することで、温帯草原における遺物から行動を推測する手がかりになります。

 ユーラシア内陸部は全体的に乾燥して寒暖の差が激しい大陸性気候で、年間降水量270~420mmの地域に帯状に温帯草原が形成されています。北緯51 度に位置するカザフスタン北部のヌルスルタン(旧アスタナ)では、夏季(7月)の月平均気温は+21 度、冬季(1月) の月平均気温は-14 度で、30 度以上の差があります。このように寒暖の差が激しく乾燥した環境下での行動パターンを、カザフスタンでの聞き取りと観察から概観すると、以下の通りです。

 20世紀前半に定住化するまで、季節により居住と移動のパターンには大きな差がありました。夏季には北部の草原、冬季には南部の草原の岩山の陰など比較的温暖で強い風を遮ることができて水源にも近い場所が、居住地として選ばれていました。また、移動が容易な夏季には、天幕ごと比較的頻繁に移動していたのに対して、厳寒となる冬季には1ヶ所に長く滞在して固定家屋も築くなど、あまり移動しませんでした。こうした冬季の居住地付近は、現在の定住村落に発展した場合が多い、と指摘されています。居住や移動の単位となる集団は多くの場合、父系親族関係によってつながる数家族が形成しました。複数集団の離合集散が、社会的側面から見た移動の特徴です。季節的に移動する暮らしのなかで、死者に関しては、その地に葬 るか、父系親族の埋葬地に葬るという、大別して2つの方法がとられたことも、居住と移動との関連で指摘されています。

 温帯草原では、定住化前はもとより、定住化した現在でも、草食動物の肉が重要な食料(とくにタンパク源)です。草食動物(家畜)は、屠ってすぐに肉を加熱調理して食べるほか、季節によって異なる保存法が用いられます。夏季は干肉にして、冬季は日中も氷点下の気温を利用して冷凍します。気温が0 度を超え始める春には、肉を燻して保存します。食料の消費は、基本的には家族単位です。しかし、しばしば家族を超えて親族や近隣の人々が集まり、儀礼を行なって共食します。とくに夏は、移動が容易なため最も多くの人々が集まって婚姻儀礼や祖先のための儀礼を行ない、盛大に共食する機会が多くなります。肉の共食が社会的に重要で、頭部や寛骨は年配の男性に供するなど、分配に関わる一定の規則があります。

 文化人類学調査から概観された、季節により変化が大きい上述の行動パターンは、痕跡としてどのように残るのか、またどのような場合に残りづらいのか、という問題があります。20 世紀前半まで(定住化以前)の居住の痕跡は、夏季には残りづらく、冬季に残りやすい、と指摘されています。たとえば炉は、冬には調理用としても暖房用としても同じ場所の炉が繰り返し使われますが、夏にはおもに調理用なので使用頻度が減り、居住地の移動も多くなります。現在も、夏季に儀礼のため草原の一地点に集まって肉を共食する場合、炉は一時的に作られ、痕跡が残りにくくなっています。礎石や壁用の石も、冬の居住地に偏ります。日干レンガ住居以外に、石・灌木・芝土などで小屋が造られます。この小屋は、土・草・草食動物の糞を練ったもの で石の間をつないで壁を作り、その上に灌木を横に並べて、川沿いから採取した芝土をかぶせ、吸湿性の高い灰を敷き詰めて屋根としたもので、少雨のため数十年間は 維持されます。住居が放棄されると、芝土や灌木は残りにくいものの、石が冬の居住地に痕跡として残ります。

 居住と移動に関わる埋葬の痕跡に関しては、冬の居住地の近くに埋葬地も形成されやすい、と指摘されています。埋葬の目印として地上に石を置き、さらに埋葬地を石で囲みます。近くの川などから集めた灰色や黄土色の石に加えて、約10km離れた山から赤褐色の石、約80km離れた地点の露頭から緑がかった石を採取して使います。数年前には、有力者の墓に廟を設置するため、1000km以上離れたカザフスタン西部から石灰岩が切り出されて運ばれました。これは石灰岩の白が清浄さを 象徴する色として好まれたためです。住居と異なり、墓に使われる石は色を選んでいます。多くの場合、夏の居住地よりも長く1ヶ所に滞在する冬の居住地近くに、父系親族の埋葬地が形成されます。

 食事の痕跡である動物骨に関しては、滞在期間と消費の規模という2要因を考える必要があります。肉を食べた後の骨の大半は、屋外に捨てられるか、炉にくべて燃やされます。一部の骨は、儀礼的な意味を込めて保存されたり、道具として再利用されたりします。全体的な傾向として、動物骨は長く滞在する冬の居住地に残りやすいものの、移動が容易な夏に、結婚や祖先のための儀礼などに多数の人々が集まって交流し共食する習慣があるため、短時間の滞在であっても頭部を含む動物骨の残存が多い場合もあります。

 ユーラシアの温帯草原における行動パターンとその痕跡について、文化人類学に基づく調査からこれまでに明らかになった点は以下の通りです。まず、居住・移動の季節的変化に関しては、温帯草原での居住と移動には、季節による顕著な差があります。厳寒となる冬季には一地点に居住する傾向が強く、夏季には比較的頻繁に移動します。そのため、痕跡は夏季には残りづらく、冬季に長期間過ごす地点に残りやすくなります。居住地だけでなく埋葬地も、冬季に一地点にまとまりやすくなります。居住地と埋葬地で、使う石の種類には差異があります。墓用の石は象徴性を帯びており、遠方から運ばれることがあります。遺物は長期間滞在する冬営地に集中しますが、集団間の交流はむしろ移動が容易な夏に活発です。肉の共食が、家族を超える集団の交流に重要な役割を果たしており、動物骨がその痕跡として意味を有します。

 これらはユーラシアの温帯草原(とくにカザフスタン)の事例ですが、その南方はさらに乾燥した地域で、ウズベキスタンなどにはオアシスが点在します。そこでは水源の有無がより重要で、より定住性が高く、オアシスごとに特徴的な集団が形成されました。今後の研究に関しては、狩猟採集民の民族誌データの集成と標準化を気象条件と照らし合わせながら行ない、現在では狩猟採集民が暮らしていない地域についても「投射」して過去を推定していく可能性が指摘されています。現在では狩猟採集民がいないユーラシアの温帯草原などの場合、その地域の人々の行動パターンを文化人類学調査から把握し、他地域の狩猟採集民の民族誌データを参照し、考古学データとの関連を検討していくという作業が必要になります。ユーラシア草原地帯の古代DNA研究も大きく進展しており(関連記事)、今後も学際的研究によりユーラシア草原地帯の現生人類の行動パターンが解明されていくのではないか、と期待されます。


参考文献:
藤本透子(2020)「ユーラシアの温帯草原における人の行動パターンとその痕跡」『パレオアジア文化史学:アジア新人文化形成プロセスの総合的研究2019年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 28)』P25-28

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