ネアンデルタール人と現生人類の握り方の違い

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の握り方の違いに関する研究(Bardo et al., 2020)が公表されました。化石人類の手の形態は、操作能力との関連で注目されてきました。化石人類で手の遺骸が多く残っているのは現生人類とネアンデルタール人ですが、ネアンデルタール人に関しては、その頑丈な指骨から、「パワーグリップ(ハンマーのような物体を親指以外の4本の指と手の平で包み込み、親指が力を制御して物体をつかむ方法)」に適していた可能性が指摘されています。一方で、手の筋肉の付着領域の分析からは、ネアンデルタール人と、仕立て屋や靴屋のような「精密グリップ(親指とその他の指の指先に挟むように物体をつかむ方法)」を必要とする現代人との類似性が指摘されています(関連記事)。

 本論文はこの問題に関して、「大菱形中手骨複合体」と総称される、親指の動きを司る複数の骨の間の関節をマッピングし、5人のネアンデルタール人5個体(フランスとイスラエルとイラク、75000~43000年前頃)と、更新世の現生人類5個体(フランスとイスラエル、95000~19000年前頃)と、現代人50個体を、3次元解析により比較しました。その結果、大菱形中手骨複合体の関節の形状と相対的な向きが共変動する、と明らかになりました。

 これは、ネアンデルタール人と現生人類では親指の反復的な動きが異なることを示唆しています。ネアンデルタール人の親指の付け根の関節は、より偏平で、接触面が小さく、手の側面に沿って配置された親指に適しています。この親指の姿勢は、現生人類が柄付き工具をつかむために用いるパワーグリップを、ネアンデルタール人が日常的に用いていたことを示唆しています。これに対して、この関節面では現代人の親指の方が一般的に大きくてより湾曲しており、これは、物体を親指とその他の指の腹で挟み込んでつかむ精密グリップに適しています。ネアンデルタール人の形態は力をこめて握るパワーグリップにより適していますが、ネアンデルタール人は精密グリップの姿勢も取れたと考えられます。ただ、そうすることが現生人類より難しかっただろう、と推測されます。

 しかし、ネアンデルタール人5個体の間では個体差があり、近東、とくにイスラエルのケバラ(Kebara)遺跡の個体(Kebara 2)に関しては、精密グリップの習慣的な使用が示唆されています。ネアンデルタール人個体間でケバラ2と最も大きく異なるのが、フランスのルレゴードゥ(Le Régourdou)遺跡の個体(Le Régourdou 1)です。これは、同じムステリアン(Mousterian)技術でも、ケバラ遺跡では加工された剥片がほとんどなく、ルレゴードゥ遺跡と比較してより長い剥片が豊富にあることと関連しているのではないか、と指摘されています。

 また、更新世現生人類の形態変異の範囲は、現代人とネアンデルタール人の中間で、ネアンデルタール人に最も近いのは、95000年前頃のイスラエルのカフゼー(Qafzeh)遺跡の個体(Qafzeh 9)でした。カフゼーの初期現生人類と近東のネアンデルタール人は同時代に存在し、どちらも石器技術はムステリアンです。ただ、カフゼー9の手の形態に関する以前の分析では、ネアンデルタール人よりも細かく正確な指の動きを頻繁に用いていた可能性が示唆されています。カフゼー9以外の更新世現生人類4個体は全て3万年前頃以降となり、カフゼー遺跡のムステリアン技術とは異なり、石刃を多用した技術が用いられています。ネアンデルタール人と現生人類の手の化石の形態を比較することで、現生人類の古代の近縁種の行動や初期の道具の使い方に関する新たな知見を得られる可能性があります。

 また本論文は、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)との関連でも注目されます。デニソワ人は、まだ断片的な遺骸しか発見されていませんが、常染色体ゲノムでは明らかに現生人類よりもネアンデルタール人の方と近縁です(関連記事)。しかし、デニソワ人の手の小指の骨はネアンデルタール人よりも現生人類の方と類似しており、ネアンデルタール人の形態は、デニソワ人と分岐後に進化した派生的なものである可能性が指摘されています(関連記事)。デニソワ人の保存状態良好な手の化石が発見されれば、ネアンデルタール人や現生人類とも本論文のような比較が可能になるでしょうから、今後の研究の進展が期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


考古学:ネアンデルタール人の親指は、柄付き石器を握ることに適していた

 ネアンデルタール人の親指は、現生人類がハンマーを握るのと同じように、石器を握ることによく適応していたことを報告する論文が、Scientific Reports に掲載される。この知見は、ネアンデルタール人にとっては、「精密グリップ」(親指とその他の指の指先に挟むように物体をつかむ方法)が、「パワーグリップ」(ハンマーのような物体を親指以外の4本の指と手の平で包み込み、親指が力を制御して物体をつかむ方法)よりも難しかった可能性を示唆している。

 今回、Ameline Bardoたちの研究チームは、3次元解析を用いて、5人のネアンデルタール人個体の親指の動きをつかさどる複数の骨(「大菱形中手骨複合体」と総称される)の間の関節をマッピングし、その結果を5人の初期現生人類の遺体と50人の現代の現生人類の成人から得られた測定結果と比較した。

 Bardoたちは、大菱形中手骨複合体の関節の形状と相対的な向きが共変動することを見いだした。これは、ネアンデルタール人と現生人類では親指の反復的な動きが異なることを示唆している。ネアンデルタール人の遺体の親指の付け根の関節は、より偏平で、接触面が小さく、手の側面に沿って配置された親指に適している。この親指の姿勢は、現生人類が柄付き工具をつかむために用いるパワーグリップをネアンデルタール人が日常的に用いていたことを示唆している。これに対して、この関節面は現代の現生人類の親指の方が一般的に大きく、より湾曲しており、これは物体を親指とその他の指の腹で挟み込んでつかむ精密グリップにとって都合が良い。

 Bardoたちは、今回解析したネアンデルタール人の形態は力をこめて握るパワーグリップにより適しているが、ネアンデルタール人は精密グリップの姿勢も取れたと考えられ、ただ、そうすることが現生人類より難しかっただろうと述べている。

 ネアンデルタール人と現生人類の手の化石の形態を比較することで、現生人類の古代の近縁種の行動や初期の道具の使い方に関する新たな知見が得られる可能性がある。



参考文献:
Bardoh A. et al.(2020): The implications of thumb movements for Neanderthal and modern human manipulation. Scientific Reports, 10, 19323.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-75694-2

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