コーカサスの上部旧石器時代層堆積物のDNA解析(追記有)

 コーカサスの上部旧石器時代層堆積物のDNA解析に関する研究(Gelabert et al., 2021)が公表されました。本論文は査読前なので、あるいは今後かなり修正されるかもしれませんが、ひじょうに興味深い内容なので取り上げます。この研究は、昨年(2020年)開催された人間進化研究ヨーロッパ協会第10回総会で報告されており(関連記事)、まだ査読前ですが、論文として公表されました。


●先行研究

 古代ゲノムデータは骨や歯や髪から得られてきており、自然史と人類の過去の理解に革命をもたらしました。遺骸資料が利用できない場合、堆積物の古代DNAが異なる種の有無を判断するのに用いられてきました。近年では、環境DNA研究の古代DNA研究の応用により、遺跡の堆積物から、後期および中期更新世のさまざまなホモ属系統や他の哺乳類の複数のミトコンドリアゲノムが解析され、その年代は24万年前頃までさかのぼります(関連記事)。最近の研究では、チベット高原の洞窟の10万~6万年前頃の堆積物から、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のミトコンドリアDNA(mtDNA)が解析されました(関連記事)。

 しかし、これまで堆積物のDNAは、種の同定もしくはmtDNAの解析に限定されてきました。本論文が取り上げる主要な問題は、堆積物のDNAを用いて、全体的な遺伝的系統や組織の他の生物学的特性、たとえば性別や複数個体の存在や異なる系統クラスタなどについて、有益なゲノム規模データが得られるのかどうか、ということです。本論文は、25000年前頃となる最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)の、コーカサス南部に位置するジョージア(グルジア)西部のイメレティ(Imereti)地域のサツルブリア(Satsurblia)洞窟の上部旧石器時代層堆積物の、ショットガン配列の結果を報告します。コーカサスのほとんど、とくにジョージア西部では、カルスト体系が低く安定した通年の気温と低い酸性度(ほとんどの場合、糞化石堆積物がありません)を保持しており、これは古代DNAの保存にとくに有利な条件です。単一の堆積物標本から、ヒトとオオカミ(Canis lupus)とバイソンの数百万の配列読み取りが得られ、骨格遺骸から得られた低網羅率の配列に匹敵するゲノム規模データに対応します。


●堆積物のDNA解析

 サツルブリア洞窟(図1A)のA地区(LGM前)とB地区(LGMの前後)の異なる層の6点の堆積物標本が分析されました。標本のうちB3層(図1B)のSAT16 LS29(SAT29)は、放射性炭素年代測定法では較正年代で25400~24500年前頃(以下、基本的に較正年代です)で、かなりの量の人類や他の哺乳類のDNAが含まれていました。分析されたDNAのうち真核生物の配列の中に、哺乳類4属が含まれていました。内訳は、ヒツジ属(28%)とホモ属(9%)とイヌ属(5.5%)とウシ属(2.1%)です。参照ゲノムへの競合マッピング後、4956676リードが割り当てられました。内訳は、イヌ属(2378237リード、48.0%)、ウシ属(1811555リード、36.5%)、ホモ属(661765リード、13.5%)、ヒツジ属(105119リード、2.1%)です。この4属のDNAには、古代DNAに典型的な断片長と脱アミノ化パターンがあります。以下、本論文の図1です。
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●ホモ属のDNA解析

 ホモ属に割り当てられたリードを用いて、11116の擬似半数体が遺伝子型決定されました。LGM前後の多様性内におけるSAT29の人類系統を調べるため、2335個体のユーラシア現代人のゲノムで主成分分析が実行され、78個体の古代人が投影されました。以前の古代ゲノム研究では、コーカサスの古代現生人類(Homo sapiens)には異なる2系統があり、他の更新世および前期完新世の多様性とは異なる、と明らかになっていました。

 サツルブリア洞窟の上部旧石器時代後期(13300年前頃)のゲノムと、コティアス・クルデ(Kotias Klde)遺跡の中石器時代(9700年前頃)のゲノムでは、コーカサス狩猟採集民(CHG)系統が明らかになりました。この系統は、現生人類がユーラシア西部に拡大した後すぐの45000年前頃に、ヨーロッパ西部狩猟採集民系統と分岐しました(関連記事)。もう一方の、より古いLGM前の系統は、26000年前頃となるジョージアのズズアナ(Dzudzuana)洞窟で発見された2個体により表され、近東およびアフリカ北部の人々と関連しており、近東およびアフリカ北部の系統のうち少なくとも46%を占めます。SAT29標本はズズアナ洞窟の個体(ズズアナ2)とクラスタ化し、上部旧石器時代後期および中石器時代のコーカサスの個体群、もしくはLGM前の他のあらゆるユーラシア人とはクラスタ化しません。教師なしADMIXTUREクラスタ化ではさらに、SAT29標本とズズアナ2との間の高い類似性が裏づけられます(図2B)。

 外群f3統計を用いて、SAT29標本と他の古代人ゲノムとの間の共有される遺伝的浮動の量が定量化されました。SAT29は、コーカサスのLGM後の個体群を含む他の古代の個体群よりも、12140±70年前のイタリアのヴィラブルナ(Villabruna)遺跡個体およびズズアナ2個体の方と、より多くの遺伝的浮動を共有します。ユーラシア現代人集団のうち、SAT29はアジア中央部および南部人よりもヨーロッパ北部および西部人の方と高い遺伝的類似性を示します。

 mtDNAでは網羅率15倍の解析結果が得られました。SAT29はズズアナ洞窟の個体(ズズアナ3)と同様に、mtDNAハプログループ(mtHg)はNに分類されます(図2C)。古代人68個体と現代人167個体の最節約系統樹では、ズズアナ3とともに、SAT29はブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)遺跡の42450±510年前となるBK-CC7-355個体および41850±480年前となるBK-BB7-240個体(関連記事)とクレード(単系統群)を形成します。バチョキロ洞窟の2個体は、現時点ではユーラシア西部の現生人類で最古級のmtDNAデータです。

 SAT29標本におけるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)系統は1%と推定されていますが、データ量が少ないのでひじょうに不確実です(95%信頼区間で0~6.6%)。この推定値はズズアナ2と類似しており、旧石器時代ヨーロッパ人より低い可能性が高そうですが、これは「基底部ユーラシア人系統」からの希釈に起因するようです。「基底部ユーラシア人」とは、まだ化石では確認されていない仮定的な系統で、出アフリカ後の現生人類集団で最初期に分岐し、ネアンデルタール人の遺伝的影響をほとんど受けなかった、と想定されています(関連記事)。

 これらの結果は、SAT29標本がコーカサスにおけるLGM前のまだ報告されていない現生人類系統を表しており、さまざまなその後のユーラシア人集団に遺伝的影響を残した、と明らかにします。しかし、SAT29のゲノムの網羅率は低いので、ズズアナ2とSAT29標本との間の系統パターンにおける違いを検出できませんでした。以下、本論文の図2です。
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●イヌ属のDNA解析

 722頭の現代のイヌとオオカミと他のイヌ科動物の遺伝的多様体1組を用いて、イヌ属に割り当てられたSAT29標本の2378237リードが分析されました。各位置でSAT29標本の1リードが無作為に標本抽出され、439426の塩基転換多様体が遺伝子型決定されました。ADMIXTUREクラスタ化(図3A)とf4統計を用いると、SAT29標本は、コヨーテとキンイロジャッカルと他のイヌ属を除いて、明確にオオカミおよびイヌと遺伝的浮動を共有している、と明らかになりました。しかし、SAT29標本はイヌよりもオオカミに対して強い類似性を示すことはなく、その逆も同様です。

 イヌ属動物のSAT29標本とオオカミやイヌとの関係をさらに調べるため、シベリアの更新世のオオカミ2個体(35000~33000年前頃)のゲノムが組み込みまれました。このシベリアのオオカミ2個体は、現代のオオカミおよびイヌの基底部に位置する系統を有しています(関連記事)。古代のゲノムにおける参照の偏りを明示的に説明する一方で、コヨーテとSAT29と現代のオオカミおよびイヌとシベリアの更新世のオオカミ2個体と関連する混合なしに、あらゆる潜在的なトポロジーが検証されました。100個の図のうち3個がよく適合し、シベリアの更新世のオオカミ2個体を、現代の集団の基底部の枝に特徴づけます。図は同様によく適合し、SAT29が、シベリアの更新世のオオカミ2個体の枝の基底部か、この枝か、この枝の下部に位置づけられるという点でのみ異なります(図3B)。

 以前の研究では、現代のオオカミの集団構造は、ほぼLGM後に形成された、と明らかになっています。本論文の結果はこの想定と一致します。それは、SAT29が、現代のオオカミとイヌが分岐する前に、その祖先と分岐した系統を有しているからです。コーカサスの後期更新世のオオカミは、シベリアのオオカミと密接に関連していませんが、同様に、絶滅したか、後の集団過程により上書きされた基底部系統を有します。

 標的を限定することで、イヌ科のmtDNAの9884リードを回収し、網羅率13倍のmtDNA配列が得られました。SAT29とコンセンサス配列は、アルメニアのアギトゥ3(Aghitu-3)洞窟の古代のオオカミ2個体(31000~30000年前頃)とともに系統樹の枝に収まり(図3C)、オオカミのmtDNA系統の絶滅したように見えるユーラシア西部系統の分枝に位置づけられます。

 SAT29標本のヒトとオオカミ両方のコンセンサスmtDNAの年代が、さまざまな事前確率およびデータセットとともに推定されました。SAT29標本で、ヒトのコンセンサスmtDNAは48243~38815年前の平均年代(95%信頼区間で74475~19772年前)となりますが、オオカミのmtDNAコンセンサスの平均年代は31416~22991年前(95%信頼区間で49884~11712年前)です。サツルブリア洞窟B3層のSAT29標本からの直接的な年代は25500~24200年前頃なので、mtDNAの年代の信頼区間に収まります。SAT29標本のヒト配列の平均推定年代はオオカミよりも古いものの、95%信頼区間は、1つを除いて用いられたデータセットと事前確率の全ての組み合わせで重複しています。以下、本論文の図3です。
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●ウシ属のDNA解析

 多くのウシ亜科のゲノムが集められ、ガウル(インドヤギュウ)のゲノムで140万ヶ所のヘテロ接合性塩基転換部位が特定され、部位ごとに1リードを無作為に標本抽出することにより、これらの部位で全個体に遺伝子型が割り当てられました。その結果、SAT29ウシ属標本には、27724個の塩基転換多様体で遺伝子型が得られました。ADMIXTUREクラスタ化(図4A)とf4統計を用いると、SAT29ウシ属標本は、オーロクスと家畜ウシとアジアのウシ属を除いて、バイソン属と遺伝的浮動を共有している、と明らかになりました。これは、土壌メタゲノム手法の重要な証明を提供します。なぜならば、同定された種はウシ(Bos taurus)の参照ゲノムではないからです。

 SAT29ウシ属標本のリードの系統を調べるため、ポーランドとコーカサスの20世紀初頭のヨーロッパバイソン(Bison bonasus)のゲノムが組み込まれました。SAT29は、北アメリカ大陸のバイソンよりも、ポーランドとコーカサスの20世紀初頭のヨーロッパバイソンや現代のヨーロッパバイソンの方と近く、バイソン属ではヨーロッパとアメリカ大陸の集団はSAT29の年代よりも前に分岐した、と示唆されます。コーカサスとポーランドの20世紀初頭のバイソン集団は、ヨーロッパバイソンの別の亜種として分類されてきましたが、SAT29標本は互いに検出可能なほど近くはありません。さらに、コーカサスとポーランドの20世紀初頭のバイソン集団は、f4統計ではSAT29標本を除外して遺伝的浮動を共有します。

 これらバイソンのゲノム間の関係を要約するため、全ての潜在的なトポロジーが検証されました。最適なトポロジーでは、SAT29がポーランドとコーカサスの20世紀初頭のバイソン集団の基底部に、アメリカ大陸のバイソンがこれら全ての基底部に位置づけられます(図4B)。このモデルは、アメリカ大陸とポーランドのバイソンのゲノム間の一部の過剰な類似性の兆候を除いて、全てのf4統計を説明します。追加の混合事象を認める場合に生じる、より複雑なモデルの区別は試みられていません。全体として本論文の結果から暫定的に、ユーラシア西部のバイソンの歴史は、後期更新世の系統が現代の集団の基底部に位置するように見え、集団構造がLGM以降にかなり再形成されてきたと示されるという点において、オオカミの歴史と一部の特徴を共有しているかもしれない、と示唆されます。以下、本論文の図4です。
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●ヒツジ属のDNA解析

 さらに、ヒツジ(Ovis aries)に割り当てられた72100リードが回収され、10種103頭のヒツジ属とヤギ属のデータセットとともに調べられました。f4統計では、SAT29標本はヤギ属よりもヒツジ属と類似しているものの、現代のあらゆるヒツジ属種とはクラスタ化しない、と示唆されました。したがって、SAT29ヒツジ属標本の系統について、詳細に説明できませんでした。


●SAT29標本の個体識別

 SAT29標本から得られたゲノムデータが、個体の識別についてより多くを明らかにできるのか、調べられました。まず、ヒトとイヌ科のmtDNAを調べ、複数の個体が含まれているのか、確認されました。ヒトのmtDNAのリード間の遺伝的変異の欠如は、単一個体か、同じmtDNAハプロタイプを有する複数個体に由来することと一致します。対照的に、オオカミのmtDNAのリード間では遺伝的変異の証拠が見つかり、複数個体に由来する、と示唆されます。

 次に、ヒトとイヌ科とウシ科のDNAの性別が調べられました。常染色体と比較してのX染色体にマッピングされているリードの量を比べると、ヒトのデータは雌1個体からの由来と一致します。対照的に、オオカミとバイソンのX染色体のリード断片は雌雄の核型で予測されるものの中間で、両性の個体群に由来しているかもしれないと示され、再び複数個体起源の可能性が示唆されます。最後に、ヒトのDNAがどの組織に由来するのか評価するため、ヒトのmtDNAと核DNAのリード数が比較されました。その結果、錐体骨に由来する、と推定されました。錐体骨には他の組織よりも多くのDNAが保存されている、と明らかになっています(関連記事)。


●まとめ

 単一の更新世土壌標本(SAT29)からの複数動物種のゲノム規模データの回収は、以前の堆積物DNA研究と比較して、新たな道を開きます。このデータを用いて、コーカサス南部の25000年前頃に存在した哺乳類3集団の遺伝的系統と歴史について、推測が可能になりました。回収されたDNAの損傷特性、ミトコンドリアの推定年代、全3集団のゲノムがこれらの種間でもはや存在しない系統を表しているという事実は、SAT29標本から得られたDNAがじっさいに更新世起源であることと、現代の汚染もしくは異なる土壌層間の移動の産物ではないことを示します。

 本論文で提示されたデータから、堆積物DNAは種の有無を検証するだけではなく、個体群の系統に有益な情報をもたらすゲノム規模データの取得にも使える、と示されます。本論文で提示されたDNAの量は、一部の高品質な骨格遺骸から得られるものよりも依然としてずっと少ないものの、低網羅率の古代ゲノム配列に匹敵する情報を提供します。複数の哺乳類種の補完的な分析は、多くの集団の歴史を再構築するこの手法の力を示します。したがって本論文の結果は、堆積物から得られた古代DNAにより提供される可能性を拡大し、骨格遺骸がDNA解析に利用できない場合、それが時としてゲノム規模の情報の代替的情報源として役立つことができ、遺骸を残さない微生物にさえその可能性がある、と示します。本論文は、堆積物のDNA解析の可能性を大きく拡大したという意味で、たいへん注目されます。


参考文献:
Gelabert P. et al.(2021): Genome-scale sequencing and analysis of human, wolf and bison DNA from 25,000 year-old sediment. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2021.01.08.425895


追記(2021年9月5日)
 本論文が『Current Biology』誌に掲載されました。ざっと確認したところ、査読前の公開論文から内容が大きく変わったわけではないようなので、とくに補足はしません。



参考文献:
Gelabert P. et al.(2021): Genome-scale sequencing and analysis of human, wolf, and bison DNA from 25,000-year-old sediment. Current Biology, 31, 16, 3564–3574.E9.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.06.023

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