野生のニューギニア・シンギング・ドッグ

 ニューギニア・シンギング・ドッグ(NGSD)に関する研究(Surbakti et al., 2020)が公表されました。NGSD)ニューギニア島高地に生息する珍しいイヌで、野生ではニューギニア島で最大の陸生捕食者です。NGSDは特徴的で調和的な発声をしており、「クジラの鳴き声の上音を有するオオカミの遠吠え」と呼ばれています。NGSDは、生息地の喪失と大陸部の犬種や村のイヌの侵食のため、野生では絶滅もしくは絶滅に近づいている、と長年にわたって保全生物学者は結論づけてきました。

 これと関連して、19世紀末の「最初の観察」とその生息地に基づいて名づけられ、NGSDとディンゴの両方と著しい形態の類似性を共有する、ニューギニア島の高地野生イヌ(HWD)の核DNA研究は、興味深いものです。しかし、その人目につきにくい性質と村々から離れた高地に生息する傾向のため、HWDの観察は稀です。じっさい、2016年以前には、HWDは1989年と2012年の2回しか撮影されませんでした。2009年にパプアニューギニアのヘラ(HeLa)州でHWDの集団が報告されましたが、それはいくつかの推測に基づいており、確実な目撃ではありませんでした。

 オセアニアのイヌは、オーストラリアとニュージーランドとメラネシアやミクロネシアやポリネシアの島々で見られる独特な集団で、アジア東部のイヌ集団に起源があり、考古学的証拠からは遅くとも3500年前頃の到来が裏づけられます。しかし、ニューギニア島へのNGSDの拡散時期は、ニューギニア島で見つかった考古学的証拠の不足のため、不確実なままです。NGSDは、1897年にパプアニューギニアの中央州の標高2100m地点で標本が収集された後に、初めて報告されました。NGSDは、元々異なる種として「Canis hallstromi」に分類されていましたが、遺伝的分析に捕獲された標本のみが利用できることや、その起源に関する議論もあって、その分類は物議を醸しています。NGSDは遺伝的にディンゴと類似していますが、形態と行動の両方で明らかなように、異なる集団を表します。ひじょうに小さな創始者集団のため、現存のNGSDはわずか200~300頭で、おもに保護目的で飼育されています。したがって、自由に歩き回るHWD集団は、保護と管理に重要な意義深い進化単位だけではなく、イヌの家畜化を理解する重要なつながりを表している可能性があります。

 このおそらくは古代のイヌ系統であるHWDを研究する理由は三つあります。第一に、捕獲されたNGSDがHWDと同じ集団なのかどうか、あるいは、NGSDが本当に野生では絶滅しているのかどうか、判断するのに重要です。第二に、NGSD保護協会の主要な目的は、集団内部の遺伝的多様性をできるだけ多く維持することです。これは、わずか8頭の部分的に関連する創始者に由来する飼育下のNGSDの限定的な遺伝子プールを考えると、大変困難です。現存HWDが実際に有名なNGSDの先行集団を表しているならば、保護することが不可欠です。繁殖計画では、近交係数が0.50以上と推定されている遺伝的に危うい飼育下のNGSD集団への、自由繁殖のHWDの比較的頑健と予想される遺伝を注入することが確立されねばなりません。第三に、ディンゴや潜在的にHWDを含む、イヌの真に野生の集団は稀であり、迅速でよく組織化された保護計画の必要性を浮き彫りにします。

 2016年、ニューギニア島高地野生イヌ財団(NGHWDF)とパプア大学との共同遠征隊は、ニューギニア島西部に位置する露天掘りのグラスベルグ鉱山(Grasberg Mine)近くにいた、15頭のHWDの存在を報告しました。写真と糞便標本が収集されましたが、核ゲノム分析は不充分でした。その後の2018年の野外調査では、自然環境の3頭の推定されるHWDから、血液標本と集団統計学・形態学・行動学のデータが収集されました。これらの標本を用いて、HWDの核ゲノムの詳細な分析が行なわれ、飼育下のNGSDと現代HWDとの間の関係を決定し、NGSDが野生では絶滅しているのか否か、という問題に答えることが可能となりました。


●遺伝的分析

 2018年の遠征では、2週間にわたって野生イヌが檻の罠に近づいて入るよう調整され、その間に18頭のイヌが観察されました。そのうち10頭は新たなイヌで、8頭は2016年に観察されていました。捕獲された2頭のイヌは、全地球測位システム(GPS)の首輪を装着された後で解放されました。全てのイヌはNGSDの一般的な記載と合致し(図1A)、身体測定値は、上述の表現型が報告されている少ない飼育下のNGSDに基づく予測の範囲内もしくはひじょうに近い、と示されました。3標本は全て、以下のゲノム研究に用いられました。以下、本論文の図1です。
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 新たなデータと既知のデータを組み合わせて、161犬種1346頭、9頭のイヌではないイヌ科動物、16頭の飼育下のNGSD、25頭の野生ディンゴのデータセットが作成されました(図1B)。この遺伝子型データセットの系統発生的推定は、HWDをクレード(単系統群)に位置づけます。このクレードは、オセアニア起源の標本抽出されたイヌ集団全てを構成するクレードで、飼育下のNGSDとディンゴに隣接します。この系統はアジアのイヌのクレード内にあり、アジア東部および北極系統の「純血種」のイヌも含まれます。オーストラリアの複数の野生集団を表すディンゴは、クレードを形成しません。

 全ての利用可能なイヌと比較してのHWDの遺伝的構成を決定するため、同祖対立遺伝子(identity-by-descent、略してIBD。かつて共通祖先を有していた2個体のDNAの一部が同一であることを示し、IBD領域の長さは2個体が共通祖先を有していた期間に依存し、たとえばキョウダイよりもハトコの方が短くなります)ハプロタイプ共有を用いて、あり得る交雑が評価されました。ハプロタイプはゲノム全体で段階的に行われ、対数オッズ比得点(LOD)が3.0以上のIBDと推定される領域が、イヌの全ての組み合わせで合計されました。これらの合計の分布は、各犬種もしくはHWDかNGSDかディンゴである野生のイヌ科の組み合わせに区分されました(図1C)。HWDは飼育下のNGSDおよびディンゴと共有する有意なハプロタイプを示しますが、現代のあらゆる犬種とはそうではありません。しかし、非アジア品種との共有水準は、飼育下のNGSDもしくはディンゴよりも、HWDにおいて有意に高くなっています。

 段階的ハプロタイプを用いて、HWDのゲノム領域が、RFmixにより祖先集団を表す最も類似した集団に割り当てられました(図2)。以下、本論文の図2です(赤色がオセアニア系統、黄色がアジア系統、水色がヨーロッパ西部、紺青色が地中海、桃色がヨーロッパ北部、黒色がオオカミ)。
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 ハプロタイプに基づいてこれら代表的集団の1つに各アレル(対立遺伝子)を割り当てることにより、HWDのゲノムの72%が、オセアニア集団を表す飼育下のNGSDもしくはディンゴに最も似ている、と推定されます。これは、ニューギニア島の村落のイヌとひじょうに対照的です。ニューギニア島の村落のイヌは、そのゲノムのうち87%を犬種に、わずか13%をオセアニアのイヌと共有します。ベトナム(11%)とナミビア(1%未満)のイヌでは、オセアニアのイヌの遺伝的痕跡はさらに弱いことが明らかです。オーストラリアン・キャトル・ドッグは、歴史的に交雑品種集団で、同じ測定基準を用いると、オセアニアのイヌから1.5%の遺伝的影響を受けています。HWDはそのゲノムの28%だけを犬種と共有する、と予測されます。

 パプアニューギニアの全てのイヌにおけるヨーロッパのイヌ特有のハプロタイプの痕跡の過剰は、混合が原因であることを示唆します。あるいは、HWDで見られるあらゆる古代の変異は、オセアニア系統を表すイヌ集団が、HWDのアレル頻度からオセアニア系統のアレル頻度を変えるような方法で分岐した可能性があるので、最近の混合の痕跡として誤って見えるのかもしれません。ディンゴはニューギニアの初期のイヌから1200世代も離れており、多様性の損失が起きるような遺伝的浮動とボトルネック(瓶首効果)に充分な時間があります。さらに、飼育下のNGSDは、初期野生集団のゲノム変異のひじょうに限られた量を包含します。したがって、アレルの不均衡は部分的に、祖先系統の現代の代表における変異を失うかもしれません。

 HWDで観察されたヘテロ接合性は、どの地域の犬種のそれとも有意差はありませんが、飼育下のNGSDもしくはディンゴの混合集団よりも有意に高く、またニューギニア島で収集された村落のイヌのヘテロ接合性よりも有意に低くなっています。NGSDの全飼育集団はわずか8個体の子孫なので、低い遺伝的多様性が予想されます。しかしディンゴは、多様で自由繁殖の集団に由来し、ずっと多くのヘテロ接合性を示す、と予想されます。検出された低水準は、イヌ科の一塩基多型データセットにおける確認バイアスを示している可能性があります。これは、指標がヨーロッパの犬種では多型で、ヨーロッパ集団外では広く検証されていないため、最初に選択されたからです。同様に、これらの一塩基多型で分析された世界のさまざまな地域の少数のオオカミは、村落のイヌと比較してのヘテロ接合性の低下と、自由繁殖集団で予想されるものの、HWDで見られるヘテロ接合性とは有意には異ならないものに対する近親交配の増加を示します。

 主成分分析を実行するため、他の一塩基多型との連鎖不平衡が高い一塩基多型を除外することにより、データセットが整備されました。比較の均衡をとるため、犬種46~48を4集団に減らし、品種発展の主要な地域を表すようにします。それは、アジア東部および北極圏(ASIA)、ヨーロッパ北部(NORD)、ヨーロッパ西部および中央部(EURO)、ヨーロッパ南部とアフリカ北部とアジア中央部を含む地中海地域(MEDI)です。地域全体の最近の混合を示す品種は除外されました。主成分分析では、犬種と野生イヌ科から離れて、オセアニアのイヌ集団の明確なクラスタ化がPC1軸に沿って示され(図3B)、これはデータセットの全変異の32%を占めます。ニューギニア島の村落のイヌは、「純粋な」オセアニア集団よりも犬種の近くでクラスタ化します。オセアニア集団のみの分析は、NGSDとディンゴとHWDと村落のイヌの異なり重ならない分類を明らかにします(図3C)。PC1軸はNGSDとHWDとディンゴから村落のイヌを分離します。PC2軸は、ディンゴからNGSDを分離し、HWDはNGSDに向かう傾向があります。

 独立した遺伝子型からのアレル頻度を用いて、Treemixにより混合の可能性を評価するために、オセアニア集団と地理的品種集団の最尤系統樹が構築されました。この方法は、全てのヨーロッパの犬種の祖先のHWDへの移動(遺伝子移入)と、犬種へのニューギニア島のイヌからの代償的な移動を予測しました(図3D)。ニューギニア島の村落のイヌが系統樹に追加されると、これらの同じ移動事象が、村落のイヌへのニューギニア島に定着したイヌの第三の移動と同様に予測されます(図3E)。f3の計算により、さらにこれらの予測が検証されました。f3が負の値の時には、2母集団から第三の集団への混合の証拠を提供します。母集団が飼育下のNGSDと4犬種集団のいずれかを含む場合、HWDにおいてそのような証拠が観察されます。

 HWDへの潜在的な混合の起源と程度をさらに確認するため、外群としてキンイロジャッカルもしくはオオカミを用いて、HWDを含めて4分枝の系統樹配置からD統計とF4比が計算されました。その結果、全ての犬種集団とHWDとの間で混合の有意な証拠が見つかりました。犬種集団のいずれかをHWDと交換する系統樹配置のF4比は、15~50%の範囲の混合を予測しました。しかし、Z得点は全ての組み合わせで有意ではありませんでした。次に、qpWaveを用いて、HWDに寄与する可能性のある集団の数が検証され、2起源モデルが提供されたデータに最適と判断されました。どの犬種集団もしくはオセアニア集団が分析に含まれるかに関わらず、その数は変わりませんでした。qpAdmを実行すると、HWDへの29.6%の犬種の寄与が予測されました。これは、Treemixにより予測された犬種クレードからの28.8%、およびハプロタイプ共有から予測された28%の非オセアニア系の寄与とひじょうに似ています。以下、本論文の図3です。
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●考察

 2016年に収集されたHWDと推定される糞の標本では、24個のうち9個でミトコンドリアDNA(mtDNA)が分析され、A79ハプロタイプではなく、A29ハプロタイプが明らかになりました。A79ハプロタイプはNGSDに固有ですが、A29ハプロタイプは、ディンゴやNGSDや一部のアジアおよび北極圏犬種や村落のイヌで観察されます。したがって、この結果はNGSDに固有ではなく、アジア東部およびオセアニア地域のイヌに一般化できます。

 3頭の現代のHWDは、NGSDとディンゴの両方と形態的にひじょうに類似している、この理解しにくく創始者集団かもしれない個体群の核ゲノムの調査を提供しました。距離測定は、クレードにおいて、HWDをディンゴとNGSDの分割への基底部の分岐に位置づけました。さらに、最尤系統樹は少ない移動を可能とし、HWDとNGSDとディンゴを、全ての犬種を除き、なおかつ4つの多様な地理的起源の犬種の形成に先行する分岐となる系統に位置づけます。これらの結果は、オセアニア集団への明確な進化系統を示唆します。これは、イヌ科の残りを除いて、オセアニア起源のイヌ内で共有される広範なハプロタイプにより確認されます。この共有されたゲノム系統は、遺伝的多様性の推定とともに、オセアニア系統、とくにHWD系統以外の系統からの、現在の飼育下のNGSDへの遺伝的寄与の欠如を浮き彫りにします。多様性の欠如は、NGSDの特定の遺伝的起源の推定が困難であることを示しますが、HWDの現生集団は、これまでに研究された全ての集団の中で最もNGSDに類似しています。

 F3統計を使用すると、混合はHWDにおいてNGSDが分析の一部の時のみ検出されます。この知見からは、飼育下のNGSDはHWDにのみ由来して他のオセアニア集団には由来しておらず、HWDはニューギニア島へのディンゴの新たな導入ではなく、推定される混合は飼育下のNGSDでは欠けている初期の多様性を反映しているかもしれない、と示唆されます。HWDをディンゴおよび犬種と分析すると、アレル共有のこのパターンは見つかりません。この知見から、犬種と共有される派生的アレルはディンゴにおいても同様に存在し、ひじょうに限定されたNGSDのゲノムにおいてのみ欠如しているので、最近の移動よりもむしろ、ヘテロ接合性の減少の結果である可能性が高い、と示唆されます。

 ディンゴの遺伝的歴史に関する知識が進歩するにつれて、オセアニアのイヌに対する、表現型が類似して密接に関連するイヌ科の根本的な寄与を理解することが、ますます必要になります。系統発生およびハプロタイプ分析は、HWDが飼育下のNGSDと同じ歴史的家畜から派生した現生動物を表している、という説得力のある証拠を提供します。混合分析からは、HWDにおける最小限の遺伝子移入の証拠があり、現代の犬種の祖先である集団からの可能性が高い、と示唆されます。ニューギニア島のHWD集団が、ほぼ近親交配で飼育下のNGSDよりもずっと高い遺伝的多様性を有している、という事実からは、NGSD回復のための保護努力は飼育下のNGSDとの組み合わせにおいてHWDの利用から恩恵を受ける、と示されます。じっさい、自然集団の少数の個体群を含めることさえ、飼育下の品種集団の遺伝的多様性に顕著な影響を与える可能性があります。

 しかし、HWD集団の規模と範囲はまだ報告されていません。本論文の分析では、3個体のみが含まれていました。マンダラ山(Puncak Mandala)やトリコラ山(Puncak Trikora)のような中央のより遠隔な地域や、ニューギニア島のパプアニューギニア側の同様に離れた地域からのイヌの標本抽出は、自然生息地のHWDの個体数とその遺伝的多様性の両方に関する洞察を提供するでしょう。保全活動は、外部起源からの影響が最小限となる最初のイヌを最もよく表す標本を最も多く含めることで最大の恩恵を受け、これらの研究の継続を不可欠とするでしょう。さらに、現存野生イヌの小地域の研究は、自由に生きているものの飼育環境では無関係な場合と、その逆の場合に要求される遺伝的多様性の研究を可能とするでしょう。飼育下のNGSDの新世代はそれぞれ、有害なアレルの固定の危険性が高まるため、その後の繁殖計画を危うくするので、この課題には緊急性があります。この研究は、孤立したイヌ科集団の遺伝的構成への洞察を提供するので、以前には野生では絶滅したと考えられていた、NGSDにとって容易に利用可能な遺伝的貯蔵所を特定します。

 本論文は、NGSDの保全活動の観点からも有益ですが、イヌの起源・拡散の観点からも注目されます。最近、イヌの古代DNA研究が進展しており、NGSDは最も早く他のイヌ系統と分岐した系統から大きな遺伝的影響を受けている、と推測されています(関連記事)。本論文から示されるように、HWDの正確で詳細な研究は今後の課題ですから、HWDの研究の発展を通じてNGSDの理解が進めば、依然として未解明なところが多く残されているイヌの起源と拡散に関する理解にも大きく貢献できるのではないか、と期待されます。


参考文献:
Surbakti S. et al.(2020): New Guinea highland wild dogs are the original New Guinea singing dogs. PNAS, 117, 39, 24369–24376.
https://doi.org/10.1073/pnas.2007242117

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