ホンシュウオオカミのゲノム解析

 ホンシュウオオカミ(Canis lupus hodophilax)のゲノム解析結果を報告した研究(Niemann et al., 2021)が公表されました。現代のイヌとユーラシアオオカミの進化的起源および相互の関係は、長く議論されてきました。ゲノム規模のデータセットに基づく分析から、現代のイヌとオオカミが相互に単系統的な姉妹クレード(単系統群)なので、イヌはまだ特定されていない現生ユーラシアオオカミ系統に由来しない、と明らかになっています。イヌがどのオオカミ集団から家畜化されたのか、その共通祖先の起源地はどこだったのか、まだ議論が続いています。

 さらに未解決の問題は、イヌおよびその祖先のオオカミ系統と他のオオカミ集団との関係です。重要な一例は、大型動物の狩猟に特化していたかもしれない、謎めいた更新世ベーリンジア(ベーリング陸橋)のオオカミで、そのゲノムのいくつかは最近半化石資料から配列され、現代のイヌおよびオオカミの範囲外にある系統を表している、と明らかになりました。じっさい、ミトコンドリアおよび核両方のゲノム研究では、更新世および現代のユーラシアオオカミの標本が用いられ、シベリアにおいて更新世系統は失われ、更新世から完新世の移行期の頃に現代系統により置換され、おそらくそれは更新世系統が依存していたかもしれない大型動物の大半の絶滅と関連している、と示唆されています。

 このような諸研究からの興味深い観察の一つは、更新世オオカミと現代のユーラシアオオカミおよびほとんどの現代のイヌ品種の祖先との間の混合の証拠がないことです。ただ、一部のアジアイヌと北極圏のそりイヌは例外です(関連記事)。これは、イヌ科内における他の共存種間の広範な混合を考えると特に目立ち、現代のユーラシアオオカミおよびイヌの更新世の祖先は、シベリア更新世オオカミ系統が14000年前頃以後、おそらくは更新世から完新世の移行期に絶滅する前に、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)においてシベリア更新世オオカミ系統と隔離されていたに違いない、と示唆されます。これにより、この孤立がどこで起きたのか、明白で現在未解決の問題が発生します。

 更新世寒冷期と完新世最初期には朝鮮半島と日本列島(のうち本州と陸続きになっていた九州)は陸続きになっていたので(これに関しては異論があるかもしれませんが)、日本列島は現代のオオカミおよびイヌのLGM退避地の可能性がある地域の一つです。北海道も、後期更新世寒冷期にはユーラシア大陸と陸続きになっていました。日本列島のオオカミは、20世紀初頭に絶滅するまで、表現型がひじょうに異なる2つの固有亜種が確認されており、一方はホンシュウオオカミ(Canis lupus hodophilax)、もう一方はエゾオオカミ(Canis lupus hattai)です。ホンシュウオオカミが本州・四国・九州で見つかる一方、エゾオオカミの生息地は北海道とサハリンに限定されています(図1)。ホンシュウオオカミは世界最小のハイイロオオカミの亜種で、中世日本では、穀物を食べる野生動物を殺すため感謝されていました。しかし日本列島では、17世紀の狂犬病の流行によりオオカミの攻撃が増加し、ヒトによるホンシュウオオカミの迫害が始まり、ホンシュウオオカミは1905年までに絶滅した、と推測されています。

 津軽海峡は本州と北海道との間の主要な動物地理的境界で、ブラキストン線としても知られています。結果として本州の動物相は、ニホンザル(Macaca fuscata)とツキノワグマ(Ursus thibetanus)が生息し、アジア南東部と類似したものとなったのに対して、北海道の動物相は、エゾヒグマ(Ursus arctos lasiotus)が存在し、アジア北東部の生物多様性と類似しています。この障壁の結果として、ニホンオオカミとエゾオオカミの生息地が重複していた証拠はなく、ニホンオオカミは朝鮮半島から、エゾオオカミはシベリアから到来した可能性が最も高そうです。

 ホンシュウオオカミとエゾオオカミという両亜種の正確な系統発生的位置づけは推測となり、両者間の顕著な形態学的差異に注目する骨格比較は別として、その根拠となるのは以前の研究で決定されたミトコンドリアゲノム配列のみです。これらは、全ての現代オオカミに対するホンシュウオオカミの基底部の系統発生的位置と、北アメリカ大陸のオオカミ単系統群におけるエゾオオカミの位置を示唆します。しかし、ミトコンドリアゲノムは1遺伝標識で、混合の定量化はできません。混合は、ホンシュウオオカミとエゾオオカミという両亜種が、更新世のオオカミと現代のユーラシアオオカミをつなぐ潜在的な候補集団であることを考えると、特に興味深いものです。本論文は、ホンシュウオオカミの核ゲノムを配列決定し、ホンシュウオオカミと他のオオカミとの間の関係を再評価し、日本列島が現代のオオカミにとってLGM退避地だった、という仮説を検証しました。以下、本論文の図1です。
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●ホンシュウオオカミと更新世オオカミと現代のオオカミとの間の遺伝子流動

 ロンドン自然史博物館から提供されたホンシュウオオカミ標本から、網羅率3.7倍の核ゲノム配列が得られました。この標本は19世紀に秩父で得られ、雄と推定されました。まず、NGSadmixを用いての全ゲノム混合分析により、ホンシュウオオカミと他のオオカミおよびイヌとの間の進化的関係が調べられました(図2A)。ホンシュウオオカミ標本は、推定される祖先集団の全ての検証数で、更新世オオカミとの混合特性は区別がつかない、と明らかになりました。また、全ての他の現代オオカミ集団とは対照的に、更新世オオカミはホンシュウオオカミのゲノムにかなり寄与した、と明らかになりました。NGSadmix分析で推定された系統クラスタの数に関係なく、ホンシュウオオカミは常に、その系統の大半が更新世オオカミと同じクラスタに由来します。

 ホンシュウオオカミと古代・現代のオオカミおよびイヌとの間の混合をさらに調べるため、D統計を用いてこれらの集団間の遺伝子流動が検証されました。D統計は、ホンシュウオオカミとグリーンランドイヌおよび更新世オオカミおよび中国のオオカミとの間で共有される過剰なアレル(対立遺伝子)の裏づけを提供します。NGSadmix分析ではすでに、更新世オオカミとホンシュウオオカミとの間の共有される遺伝的系統が観察されているので、遺伝的に他の更新世オオカミよりもホンシュウオオカミの方と類似しているかもしれないオオカミおよびイヌ集団をさらに調べるため、ホンシュウオオカミと更新世オオカミ(H3)、ポルトガルオオカミ(H1)、イヌおよび他のオオカミ(H2)でのD統計検定の散布図が作成されました(図2B)。その結果、ホンシュウオオカミと更新世オオカミは対称的に現代のユーラシアおよび北アメリカ大陸のオオカミと関連しており、例外は一部の中国のオオカミで、あらゆる更新世オオカミよりもホンシュウオオカミの方と多くのアレルを共有している、と示唆されました。これに関する可能な説明は、アジア東部のオオカミとイヌとの間の実質的な混合です。

 D統計分析に含まれる全てのイヌ個体は、シベリア更新世オオカミよりもホンシュウオオカミの方と多くのアレルを有意に共有しており、ニホンイヌとグリーンランドイヌはホンシュウオオカミと最も近い遺伝的類似性を有します。さらに、qpWaveを用いた分析では、シベリア更新世オオカミがイヌおよびオオカミと等しく関連する単一の移住の波として説明できるのに対して、ホンシュウオオカミはイヌからの系統を必要とする、と示されました。したがって本論文では、グリーンランドイヌが更新世オオカミから北極圏のイヌへの遺伝子移入により説明でき、中国のイヌが同様に有意なオオカミへの寄与を有すると示されているように、分析されたホンシュウオオカミ個体はニホンイヌと混合した可能性が最も高い、との仮説が提示されます。以下、本論文の図2です。
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●ホンシュウオオカミと更新世オオカミと現代のイヌおよびオオカミのハプロタイプクラスタ化

 オオカミとイヌの標本間の集団構造をより堅牢に特定するため、ハプロタイプクラスタ化ツールであるfineSTRUCTUREが用いられました。これは以前、低網羅率の古代の個体群に用いられました。類似度行列に基づく樹状図では、ホンシュウオオカミはトゥマト(Tumat)やヤナ(Yana)やブンゲ・トール(Bunge-Toll)といった他の更新世オオカミ3個体と同じクレードに位置づけられ、以前の調査結果をさらに裏づけます(図3A)。本論文における更新世シベリアオオカミとのホンシュウオオカミの遺伝的類似性の発見をさらに確かめるため、主成分分析を用いてハプロタイプデータの教師なし次元縮小が実行されました。ホンシュウオオカミは全ての更新世オオカミとともに、第一主成分(PC1)に沿って勾配を形成しました。本論文の分析に含まれ全てのオオカミのうち、最初の2つの主成分では、ホンシュウオオカミはイヌのクラスタと最も近い場所に配置されました(図3B)。以下、本論文の図3です。
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●ニホンオオカミと中国のイヌの混合としてモデル化されたニホンイヌのゲノム

 ホンシュウオオカミの集団史をさらに調べるため、8つの推定関連集団が検証されました。それは、ニホンイヌ、中国のイヌ、グリーンランドイヌ、そりイヌ、ホンシュウオオカミ、更新世オオカミ、ユーラシアオオカミ、北アメリカ大陸のオオカミです。次に、これら各集団の部分集合の染色体が、残り全ての個体群の差異的なハプロタイプで表示されました。得られた染色体の図は、GLOBETROTTERの入力として使用できます。これは、標的集団につながる事前定義された集団を含む、混合事象の記載と年代測定のための情報を共有するハプロタイプを用います。

 GLOBETROTTERは、混合年代を推定するために標的集団における複数個体群のデータを必要とするので、ホンシュウオオカミを標的集団として用いることはできませんでした。代わりに、ホンシュウオオカミと在来のイヌ集団との間の遺伝子流動を潜在的に検出するため、標的集団としてニホンイヌでGLOBETROTTERが実行されました。中国のイヌとグリーンランドイヌとそりイヌとホンシュウオオカミと更新世オオカミとユーラシアオオカミと北アメリカ大陸のオオカミを代理集団として用いると、現代ニホンイヌのゲノムは、中国のイヌ93%とホンシュウオオカミ7%の混合として最もよく説明できる、と推定されます。

 この混合したニホンイヌ集団へとつながる最も可能性の高いシナリオは単一の混合事象で、中国のイヌ9%とホンシュウオオカミ91%の集団と、100%中国のイヌの集団との間で約25世代前に起きた、と推定されます。これらの予備的な結果から、ホンシュウオオカミが現代ニホンイヌのゲノムに有意に寄与したと示唆されますが、ホンシュウオオカミへのニホンイヌの大きな寄与が結果を混同させている、という可能性が最も高そうです。したがって、ホンシュウオオカミのより大きな標本規模のさらなる研究が、ホンシュウオオカミからニホンイヌ品種への遺伝子移入の正確な決定には必要です。


●更新世オオカミと日本および朝鮮半島のイヌの混合としてモデル化されるニホンオオカミのゲノム

 SOURCEFINDで実行されたマルコフ連鎖モンテカルロ(Markov chain Monte Carlo)アルゴリズムを用いて、GLOBETROTTER分析で用いられた8集団(ニホンイヌ、中国のイヌ、グリーンランドイヌ、そりイヌ、ホンシュウオオカミ、更新世オオカミ、ユーラシアオオカミ、北アメリカ大陸のオオカミ)それぞれが、残り7集団の混合としてモデル化されました。対象集団の染色体図は100個の下位区分に分割され、各下位区分は他の集団の1つから最適の対応集団に割り当てられました。

 この方法を用いて、ホンシュウオオカミのゲノムは、更新世オオカミから52%、イヌから47%、現代ユーラシアオオカミから1%の寄与があった、と推定されました。さらに、ホンシュウオオカミから日本および朝鮮半島のイヌ品種クラスタへの15%の遺伝的寄与が検出されましたが、ホンシュウオオカミと中国のイヌとの間で共有されるハプロタイプの証拠は見つかりませんでした(図3C)。上述のように、オオカミやイヌのようなひじょうに混合されて明確に定義されていない集団における共有された系統の推定は計算上困難で、イヌとホンシュウオオカミとの間の遺伝子流動に関するより多くの統計的に堅牢な推定を得るには、より多くのホンシュウオオカミのゲノムを含める必要があります。とはいえ、以前のミトコンドリア研究でも、ホンシュウオオカミから一部のニホンイヌへの遺伝子移入も報告されていました。以下、本論文の見解の要約図です。
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●考察

 本論文の分析結果から、最近絶滅したホンシュウオオカミは、現代のユーラシアオオカミと同じ系統発生的クレードではなく、現代のオオカミとホンシュウオオカミとの間ではわずかな遺伝子流動しか起きなかった、と示されます。したがって、ホンシュウオオカミによる日本列島への移動はLGMに先行すると推定されるので、ホンシュウオオカミの生息地が現代のオオカミおよびイヌの共通祖先にとってLGM退避地だった可能性は低い、と考えられます。しかし、本論文で標本抽出されたホンシュウオオカミ標本が、更新世オオカミとニホンイヌとの間の交雑種として最もよく説明できることは、予期せぬ発見でした。これまで、更新世オオカミは完新世最初期に絶滅したと考えられていましたが、ホンシュウオオカミと更新世オオカミとの間の遺伝的類似性からむしろ、日本列島は何千年も更新世オオカミの退避地で、その子孫がわずか100年前頃に絶滅した、と示唆されます。

 ホンシュウオオカミ標本は、何世紀にもわたるヒトによる迫害の後に残った最後の個体群のうちの1個体で、19世紀に急激な集団減少が起きたので、ヒトにより盛んに狩られるようになる以前のホンシュウオオカミ集団では、本論文で検出されたイヌからの遺伝子移入の程度は、有意により低かった可能性が高そうです。したがって、ホンシュウオオカミの遺伝的構成のより正確な復元を得るには、追加のホンシュウオオカミ標本、とくに個体数減少前の標本のゲノム配列・分析が必要です。現時点で、ホンシュウオオカミ標本におけるイヌの多様体の高い割合により、日本列島のイヌ品種へのホンシュウオオカミの遺伝子移入の程度を定量化する能力が妨げられています。本論文の分析は本州と四国と九州が対象範囲なので、北海道と樺太はLGM退避地の潜在的な候補地のままです。したがって、まだ研究されていないエゾオオカミのゲノムは、現代のイヌとオオカミのまだ特定されていない祖先の謎を解決する鍵となる可能性があります。イヌの進化史(関連記事)など、イヌ科の古代DNA研究も進展しており、たいへん注目されます。当ブログでも、できるだけ最新の研究を追いかけていきたいものです。


参考文献:
Niemann J. et al.(2021): Extended survival of Pleistocene Siberian wolves into the early 20th century on the island of Honshū. iScience, 24, 1, 101904.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.101904

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