オーストラリア最古の岩絵の年代

 オーストラリア最古の岩絵の年代に関する研究(Finch et al., 2021)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。岩絵は世界中で、複雑なヒトの意思伝達の最初期の試みのいくつかを記録しています。有機物の保存に有利ではない条件の地域では、過去のヒトの活動の証拠はおもに、微細形態学的証拠や石器や岩絵に限定されています。石器の使用は、石器が見つかった考古学的発掘層の放射性炭素年代測定により年代が推測されます。残念ながら、放射性年代測定技術が岩絵に適用されることは滅多にないので、岩絵の年代はさほど絞り込まれていません。結果として、気候や海水準や食資源や人口の変化の記録を、たとえば人々が岩絵で描こうと選択した主題と相関させられず、考古学的記録は不完全なままになります。

 岩絵を直接的に年代測定する信頼できる手法が存在しないので、主題の重複と保存状態の広範な観察を用いて、一般的な特徴を共有する主題の集まりの相対的な年代順が決定されました。主要な岩絵地域の多くでは、様式と重複の分析が、相対的な様式期間を仮定するのに用いられてきました。しかし、様式の分類は必ずしも時系列で分離しているわけではありません。さらに、特定の様式の正確な定義における実際上の困難と、最古の色褪せた顔料の重複順序を確実に決定することの実際上の困難は、この手法に不確実性を追加します。これらの仮説を検証し、所与の様式を決定するために共通の特色を確認もしくは改善するには、個々の主題の絶対年代もしくは充分に限定された年代が必要です。

 たとえば、炭で着色された絵が深部で保存されているフランスの洞窟のような稀な例外を除いて、11500年前頃以前となる更新世の絵に残っている顔料は、直接的に年代測定できない物質を含んでいます。たまに、片面に顔料をいくらか含む岩絵の断片が、埋葬時の年代推定を提供する層序文脈を有する発掘調査で見つかります。オーストラリアでは、2回の発掘でそのような断片が見つかりました。一方は28000年前頃で、もう一方は4万年前頃ですが、どちらも描かれた岩絵の主題として明確に分類されておらず、いずれにしても、特定の様式に分類できません。

 本論文は、個々の主題に下限もしくは上限年代を提供するため、岩絵の上もしくは下に位置する年代測定されたドロバチの巣という偶然の条件に依存します。ハチの巣もしくは表面の鉱物付着を利用するこうした技術は、スペイン(関連記事)やインドネシア(関連記事)やオーストラリアの具象的な岩絵の年代を更新世に絞り込んできました。これらの限られた事例は、動物の「現実的な」絵がさまざまな大陸で最古の具象的な岩絵で優勢である、との主張を裏づけます。

 オーストラリアで最も広大な岩絵が見つかっているキンバリー(図1)とアーネムランドの2地域では、重複分析に基づくと、最古の様式期間において写実的な動物が最も一般的な主題ですが、その古さと定義の妥当性に関しては議論があります。同じもしくは類似の動物は、より新しい芸術期でも描かれていますが、異なる様式技術(たとえば、不規則な顔料付着というよりもむしろ固体もしくは規則的な顔料付着、頭や尾や四肢の末端の固体顔料付着)を用いています。したがって、これらの主題のいずれも古い放射性年代により絞り込まれていないので、古い年代を検証するにはさらなる証拠が必要です。キンバリー地域では、より最近のグィオン(Gwion)様式期と推定された絵が18000~12000年前頃に激増した、と知られているので、相対的な岩絵の順序からは、写実的な動物の絵がこれよりも古いはずと予測される、と一般的に合意されています。

 キンバリー地域の岩絵様式の様式順序では、これらの写実的な動物は岩絵の最初の既知の段階に分類され、これはIIAP(Irregular Infill Animal Period)と呼ばれています。アーネム地域(キンバリー地域の東方約700km)における類似の主題の分類に関する上述の議論にも関わらず、本論文では前提としてキンバリーIIAPの包括的な定義が採用されます。IIAPの主題の定義には、手形やブーメランおよびその他の物体、ヤマイモのような植物、カンガルーやハリモグラや鳥やトカゲや魚やオポッサムのような動物、稀ではあるものの擬人化されたものなどが含まれます。本論文は、8ヶ所の別々の砂岩岩陰(図1)から収集された、27個のドロバチの巣の放射性炭素年代を報告します。15個の巣が10点のIIAPの主題の上に、6個の巣が5点の主題の下にありました。重要なのは、上下それぞれ3個の巣の年代が1点のIIAPの主題から年代測定されたため、その絵の年代を絞り込めることです。以下、本論文の図1です。
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●年代測定結果

 キンバリー地域北東部の岩絵の主題の顔料の上下にある75個のドロバチの巣に、放射性炭素年代測定法が用いられました。このうち27個の巣はIIAP様式であることが確実か、ひじょうに高い可能性と分類された16個の主題と接していました。他の古い素は、IIAPの可能性が低い主題と関連づけられているので、本論文では分析対象外となります。各年代値は信頼性得点(RS)が高い順に10~1までの段階に評価されました。これらの年代値は、主題の上(下限年代)、主題の下(上限年代)、単一の主題の上下両方に3区分されます。

 6点の異なる岩絵から、IIAPだと「確実」もしくは「ひじょうに可能性が高い」主題10点の上に位置する、15個のドロバチの巣に放射性炭素年代測定法が適用され、その年代が較正されました(図2)。これらの主題のうち3点には、年代測定された複数の巣がありました。顔料の上にある巣の場合、(複数あるならば最古の)較正年代の95.4%の確立範囲の新しい方の年代が下限年代として採用されます。たとえば、カンガルーもしくはワラビーを描いた主題(DR015_04)は、11200年前(標本DR015_04-2、RSは8)よりも古いことになります。以下、本論文の図2です。
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 5点の異なる主題の下にある6個のドロバチの巣に放射性炭素年代測定法が適用され、その年代が較正されました(図3)。DR006_08は、少なくとも下部で塗り直されているかもしれませんが、全主題はIIAPに分類されます。したがって、DR006_08の上限年代は18700年前頃となります。以下、本論文の図3です。
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 岩陰遺跡の傾斜した天井に描かれた巨大な絵(DR015_10)は、その上下にドロバチの巣があるため、年代を絞り込めるという点で注目されます(図4)。絵の上に位置する最古の巣の標本(DR015_10-2)の年代から、下限年代は17200年前頃と推定されます。絵の下に位置する巣の標本(DR015_10-1)の年代から、上限年代は17500年前頃と推定されます。以下、本論文の図4です。
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 これらの年代から、各様式の年代が推測できます。グィオン様式の絵に関しては、12000年前頃に激増した、との仮説を確認できました。グィオン様式の主題と関連する2個のドロバチの巣を除く全ての年代分布から、主題の上に位置する15個の巣は12000年前頃よりも新しく、全てが13000年前頃よりも古い6個の下に位置する巣と重複しない、と明らかになりました。対照的に、本論文で検証されたIIAP主題の年代は、類似の比較的短期間の激増を支持しません。以下で述べられるように、絵の上下の巣の間の重複年代(図6)は、長期の製作とより一致しています。絵の上下の巣の年代からは、IIAP主題が少なくとも17200~13100年前頃まで製作された、と示唆されます。以下、本論文の図6です。
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 上述のように、カンガルーを描いた巨大な絵(DR015_10)には上下にドロバチの巣があり、IIAPは遅くとも17200年前頃には始まった、と強く裏づけられます。13100年前頃というIIAPの終了年代は、ブーメランを描いた絵(DR013_09)に由来します。DR013_09はIIAPに分類されましたが、グィオン様式と同年代との見解も提示されています。しかし、DR013_09はグィオン様式の主題に上塗りされており、IIAPである可能性が高そうです。ただ、DR013_09は他のIIAP主題よりも新しく、グィオン様式の主題に近い可能性があり、より正確な年代の確定にはさらに多くの年代値が必要です。DR013_09がIIAPに含まれない場合、IIAPの期間は17200~15100年前頃となります。


●考察

 キンバリー地域のIIAPの絵は、世界の他地域の写実的な動物主題と類似の様式特徴(節約的な塗り方、顔料の色、解剖学的詳細、等身大に近い描写)を共有します。これら世界の放射性炭素年代が得られている絵の年代は、たとえば中国の5000年前頃のものから、アジア南東部のスラウェシ島の44000年以上前のもの(関連記事)やボルネオ島の4万年以上前のもの(関連記事)まで、広範囲です。同様のスペインを中心とするヨーロッパの具象的主題の年代は35000年前頃と示唆されていますが、フランス南部のショーヴェ洞窟(Chauvet Cave)の壁画の年代は7000~33500年前頃と31000~28000年前頃の2期と推定されており(関連記事)、ヨーロッパではより一般的に33000~12000年前頃まで具象的な壁画が描かれました。

 IIAP様式は、岩絵と接触している27個のドロバチの巣の放射性炭素年代から、17200~13100年前頃と推定されます。このうちカンガルーを描いた絵の年代は、ヨーロッパの具象的主題の年代範囲の中間に位置する17500~17100年前頃と、より絞り込まれています。これは、近くのジョセフ・ボナパルト湾の海面が、21000±3000年前頃となる最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)に、現在よりも125m低下した時期となり、IIAP様式の絵の年代の大半は、海面が急速に上昇した14600~8000年前頃以前となります。12000年前頃までに、オーストラリア北西部の海岸線は300km内陸へと移動しており、キンバリー地域沿岸の人類集団の多くの世代は、数千年にわたる領土の継続的な喪失を経験しました。ほぼ同時期の14000~13000年前頃にかけて、古環境記録から、この地域はモンスーン活動と降水量の増加による気候改善が示唆されています。

 キンバリー北部でグィオン様式の絵が急増したのは12000年前頃の直後でした。IIAP様式のおもな主題は動物で、低頻度ではあるものの植物も描かれました。これがグィオン様式期には置換され、装飾された人物像にほぼ完全に焦点が当てられました。岩絵様式の変化と環境条件との間の一致は、IIAP様式からグィオン様式への変化はこの地域の社会および文化的変化を反映しているかもしれない、と示唆します。たとえば、芸術様式の変化は、気候改善に支えられた利用可能領域と人口の増加に対応していたかもしれません。

 オーストラリアの岩絵の最初の既知の期間におけるこれら写実的な動物の主題は、創造的なヒトの活動をLGM末期に位置づけます。キンバリー北東部の8ヶ所の岩絵遺跡の最初の分析結果は、不規則に塗る動物様式の期間が、17000~13000年前頃にかけて延びたことを示唆します。現在でも見える絵の完全な年代順の範囲が決定される前に、この期間のより多くの年代値が必要です。今のところ、カンガルーの絵の17300年前頃という堅牢な年代は、オーストラリアで放射性年代測定された最古の岩絵です。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


考古学:カンガルーを描いたオーストラリアで最古の岩壁画

 オーストラリアのアボリジニの既知の最古の岩壁画には、カンガルーのような動物が描かれており、これは1万7000年以上前に作られたものであることを報告する論文が、Nature Human Behaviour に掲載される。

 岩に描かれた壁画は、最も初期に記録されたヒトのコミュニケーションの試みを表している。オーストラリアのアボリジニによる岩壁画には、写実的な動物が描かれていることが多いが、放射性炭素年代測定に不可欠な顔料中の有機物質を見つけにくいため、こうした壁画の年代を特定するのは困難だった。

 今回、Damien Finchたちの研究チームは、西オーストラリアのキンバリー地域のAboriginal Traditional Ownersと協力して、岩壁画試料の解析を行った。その結果、一部の岩壁画の上部と下部には古代のジガバチの巣の残骸が含まれており、放射性炭素年代測定が可能なことが判明した。ハチの巣の年代測定から、この様式の壁画が1万7000~1万3000年前に描かれたことが明らかとなった。ほとんどの壁画は、ヘビやトカゲのような姿、3頭のカンガルー類(カンガルー、ワラビー、クアッカワラビーを含む有袋類)などを描いたものであったため、この様式の壁画は、最終氷期極大期末期に少なくとも4000年にわたり存在していたことが確認された。また、カンガルーを描いた壁画の1つは、1万7500~1万7100年前のものと年代決定され、動物の姿を描いた壁画として、現時点でオーストラリアで最古のものとなった。

 Finchたちは、今後の研究によって、こうした創作活動のより詳細な年表が明らかになるだろうと結論付けている。



参考文献:
Finch D. et al.(2021): Ages for Australia’s oldest rock paintings. Nature Human Behaviour, 5, 3, 310–318.
https://doi.org/10.1038/s41562-020-01041-0