長谷川岳男『背景からスッキリわかる ローマ史集中講義』

 パンダ・パブリッシングより2016年12月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は、おもにローマの始まりから拡大期を経て安定期までを扱い、紀元後3世紀以降は簡略な解説となっています。ローマ史の復習になると思い、読みました。これまで考えてこなかったというか、意識してこなかった本書の指摘は、近代日本において、当初はローマよりもギリシアへの関心の方が高く、それは第二次世界大戦後も変わらなかった、というものです。

 1980年代になると、ローマをアメリカ合衆国、カルタゴを日本になぞらえる風潮が現れ、日本社会においてローマへの関心が高まります。なお第二次世界大戦前には、裕福で物資文化重視のアメリカ合衆国を第二次ポエニ戦争時のカルタゴ、貧しくとも質実剛健な気風の日本をローマになぞらえる見解もあったそうです。1980年代後半のバブル期には、漠然とした先行きへの不安からか、日本社会ではローマ帝国の滅亡への関心が高まりました。日本をカルタゴになぞらえたり、ローマ帝国の滅亡への関心が高まったりした現象は、同時代を過ごした私も印象に残っています。ただ本書は、表面的な事柄だけで日本とローマの共通性を感じたり、ローマから教訓を得たりするのは危険だ、と指摘します。ローマは現代日本とは明らかに異質だ、というわけです。

 本書のローマ史概説は、堅実で分かりやすいものになっており、世界史の授業でローマ史に関心を抱いた高校生はもちろん、中学生でもある程度以上の割合が読み進められるのではないか、と思います。もちろん本書は、平易だからといって内容が薄いわけではなく、時に日本史を比較対象とするなど、あくまでも一般向けであることを意識して分かりやすく解説しよう、という意図が伝わってきます。これまでローマ史関連の本をそれなりに読んできましたが、著者の本は今回が初めてだったので、新鮮に読み進められました。

 初期ローマは一時エトルリアに支配されたと考えられてきましたが、決定的な証拠はなく、考古学ではこの時期におけるギリシアの影響が指摘されているそうです。なお、中石器時代から現代と長期にわたるローマ住民の遺伝的構成の変化に関する研究も公表されており(関連記事)、エトルリア人とラテン人との間にかなりの遺伝的異質性が存在した可能性も示唆されています。今後は歴史学においても古代DNA研究が積極的に取り入れられていくのではないか、と予想されます。

 ローマが拡大を続けた理由に関しては、ローマが高度に軍事的な共同体で、軍事に関することがきわめて高く評価されていたからだ、と指摘されています。指導者として優れた人物として認められるには軍事的資質が要求された、というわけです。ローマ社会では出世に軍功が必要で、それが拡大をもたらしました。本書は、開放性が高く、人口移動が激しいイタリア半島中部では、軍事を重視する社会が成立しやすかったのではないか、と指摘します。また本書は、対外戦争による(勝利の結果としての)経済的利益も、ローマが対外戦争を続けた理由として挙げます。対外戦争は、経済的利益でもとくに 奴隷供給源として重要になり、基本的に奴隷は家庭を持てないため、多数の奴隷が必要な社会経済構造が一旦確立すると、奴隷を獲得し続けるためにも対外戦争が必要になった、と本書は指摘します。

 ローマは拡大に伴い、軍事的負担の増加から中小農民が没落していき、元老院議員のような上層の大土地所有が進展したため、紀元前2世紀半ばには格差が拡大し、自営農民である市民に依拠していたローマの軍事力は低下します。そこで、大土地所有の制限などの改革が試みられましたが、社会的対立が激化し、ローマは内乱の時代に突入します。この間、軍事面では市民の徴兵だけではなく募兵制が次第に採用されるようになり、司令官と兵士との結びつきが強くなります。これも、内乱を激化させた側面がありました。

 この内乱を終息させようとする動向の中からカエサルが登場し、オクタウィアヌスの元首政へとつながっていきますが、平和をもたらしたと言われるオクタウィアヌスも、領土拡大のための軍事行動を続けた、と本書は指摘します。ローマが内乱の世紀を経て帝政前期に安定した理由としては、その開放性が挙げられています。それが、新たな支配地の有力者をローマに協力的にさせた、というわけです。ローマの衰退については、都市の衰退と連動していた、と本書は指摘します。都市の役割が大きかったローマにおいて、軍事費や公共施設建造・維持の負担から、都市が疲弊していき、富裕層は没落したり郊外に拠点を移したりします。また本書は、ローマ帝国西方が崩壊・滅亡しても、ローマ帝国の理念がヨーロッパで長く生き続けたことを指摘します。