ネアンデルタール人由来の遺伝子に起因する新型コロナウイルス症への悪影響

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)に由来の遺伝子に起因する新型コロナウイルス症への悪影響に関する研究(Niknamian et al., 2021)が公表されました。昨年(2020年)から今年にかけての新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の世界的大流行は、かなりの感染率と死亡率をもたらし、現在も多くの犠牲者を出しつつあります。SARS-CoV-2により起きる症状は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と呼ばれ、無症状もしくは軽症から呼吸不全への急速な進行まで、症状が大きく異なります。

 SARS-CoV-2は、哺乳類や鳥類で病気を引き起こすウイルスの一種です。ヒトの場合、コロナウイルスの始まりでは、風邪の一部の症例など、通常は軽度の気道感染症が起きます。SARSや MERSやCOVID-19など、より稀な形態では致命的になる可能性があります。症状は他の種では異なります。ニワトリでは上気道疾患が、ウシやブタでは下痢が起きます。コロナウイルスはオルトコロナウイルス亜科で構成され、そのゲノム規模は約27000~34000塩基対で、既知のRNAウイルスでは最大です。

 COVID-19は最近ますます深刻化し、呼吸器や肝臓や腎臓や心臓などが標的さなっています。SARS-CoV-2は一本鎖プラスRNAウイルスで、mRNAに類似しているため、宿主細胞によって即座に翻訳されます。RNAウイルスにおける組換えは、ゲノム損傷に対処するための適応のようです。組換えは、同じ種ではあるものの系統が異なる動物ウイルス間で稀にしか発生しないかもしれません。結果として生じる組換えウイルスは、時にヒトにおいて感染症の発生を引き起こすかもしれません。RNAウイルスは変異率がひじょうに高く、そのためRNAウイルスによる病気を予防するための効果的なワクチンを作ることが困難です。こうして生まれた組換えウイルスが、ヒトに感染症を引き起こしました。

 1990年代後半以降、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のDNA研究が可能になり、2010年代に大きく進展しました。ネアンデルタール人系統と現生人類(Homo sapiens)系統の推定分岐年代に関しては、75万年前頃から40万年前頃まで大きな幅があります(関連記事)。昨年、COVID-19の重症化をもたらす3番染色体上の遺伝子が、ネアンデルタール人に由来する、との研究が公表されました(関連記事)。その後、同じ研究者たちが、12番染色体上のネアンデルタール人由来のハプロタイプはCOVID-19の重症化危険性を低下させる、との研究を公表しました(関連記事)。

 今では、ネアンデルタール人と現生人類との混合は広く認められています(関連記事)。非アフリカ系現代人全員のゲノムで、やや地域差はあれどもネアンデルタール人由来の領域の割合は類似している、と推定されており、当初は1~4%(関連記事)、後に1.5~2.1%(関連記事)と推定され、さらにその後で、非アフリカ系現代人の祖先集団と混合したネアンデルタール人とより近いと推測される、クロアチアで発見されたネアンデルタール人の高品質なゲノムデータでは、1.8~2.6%と推定され、ヨーロッパ系現代人よりもアジア東部系現代人の方がその割合は高い、と示されています(関連記事)。

 ただ、当初、サハラ砂漠以南の現代アフリカ人のゲノムにはネアンデルタール人由来の領域はほとんどない、と推定されていましたが、昨年公表された研究では、サハラ砂漠以南のアフリカ現代人のゲノムにも、現代ヨーロッパ人やアジア人の1/3程度の割合でネアンデルタール人由来の領域がある、と推定されています(関連記事)。同時に、現代ヨーロッパ人やアジア人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域は1.6~1.8%と推定され、以前の推定よりもヨーロッパ系現代人とアジア東部系現代人の差が小さくなっており、合計でネアンデルタール人のゲノムの約40%が現代人に継承されている、と指摘されています。

 皮膚や髪や爪のタンパク質成分であるケラチンの生成に関わる現代人の遺伝子は、とくにネアンデルタール人からの遺伝子移入の水準が高い、と推測されています。たとえば、アジア東部系現代人の約66%は、ネアンデルタール人から遺伝子移入されたPOUF23L多様体を、ヨーロッパ系現代人の70%はネアンデルタール人から遺伝子移入されたBNC2アレル(対立遺伝子)を有します。また、脂質異化作用過程に関わる遺伝子でも、ヨーロッパ系現代人ではネアンデルタール人由来の多様体の頻度がアジア東部系現代人よりもずっと高い、と指摘されています(関連記事)。これに関しては、非アフリカ系現代人の祖先が各地域集団に分岐した後の選択の可能性も指摘されています。

 ネアンデルタール人由来の遺伝的多様体には、上述のCOVID-19重症化をもたらすものなど、生存の危険性を高めるものもあります(関連記事)。ネアンデルタール人と現生人類との混合については、上述の非アフリカ系現代人におけるネアンデルタール人からの遺伝的影響の地域差と関連して、非アフリカ系現代人全員の共通祖先とネアンデルタール人との混合以外に、非アフリカ系現代人が各地域集団系統に分岐した後に、各系統とネアンデルタール人との間で複数回起きた可能性も指摘されています(関連記事)。また、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)やホモ・エレクトス(Homo erectus)も含めて、ホモ属における複雑な遺伝子流動の可能性も指摘されています(関連記事)。

 上述のCOVID-19重症化をもたらすネアンデルタール人由来の遺伝的多様体の研究でも地域差が見られ、ネアンデルタール人由来と推測されるCOVID-19を重症化させるリスクハプロタイプの頻度は、アジア南部で30%、ヨーロッパで8%、アジア東部ではほぼ0%に近い、と示されています。最も頻度が高い国はバングラデシュで、63%の人々がネアンデルタール人のリスクハプロタイプを少なくとも1コピー有しており、13%の人々がこのハプロタイプをホモ接合型で有しています。

 本論文は、COVID-19重症化をもたらすネアンデルタール人由来の遺伝的要因として、ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)と呼ばれる酵素に注目しています。DPP4は、中東呼吸器症候群(MERS)の原因となる別のコロナウイルスがヒト細胞に結合して侵入することを可能にする、と知られています。COVID-19患者のDPP4遺伝子多様体の新たな分析から、DPP4も、細胞表面のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体を経由する通常の感染経路に加えて、SARS-CoV-2にヒト細胞への第二の扉を有する、と示唆されています。

 2番染色体上のDPP4関連遺伝子は、ネアンデルタール人と現生人類とで微妙に異なる、と示されています。ネアンデルタール人型のDPP4関連遺伝子は、深刻なCOVID-19患者7885人のゲノムに、対照群よりも高頻度で見られます。SARS-CoV-2感染時のCOVID-19重症化の危険性は、DPP4関連遺伝子のネアンデルタール人型の多様体が、1コピーある場合は2倍に、2コピーある場合は4倍になります。ユーラシア現代人の1~4%は、DPP4関連遺伝子のネアンデルタール人型の多様体を受け継いでいる、と推定されています。アメリカ大陸先住民では、この割合はユーラシア現代人よりも低くなっています。

 また、ネアンデルタール人由来と推定される遺伝子領域に関して、ヨーロッパ系現代人とアジア東部系現代人との比較では、DNAウイルスへの抵抗性を有するタンパク質と関連する遺伝子領域では大きな違いがないものの、コロナウイルスなどRNAウイルスへの抵抗性を有するタンパク質と関連する遺伝子領域ではヨーロッパ系の方がずっとネアンデルタール人の影響が大きい、と明らかになっています(関連記事)。COVID-19による被害に関しては、もちろん生活習慣や自然および社会環境の影響を重視すべきでしょうが、地域間の遺伝的違いも無視できず、それにはネアンデルタール人由来の遺伝子も関わっている、と考えるべきなのでしょう。


参考文献:
Niknamian S.(2021): The Negative Impact of The Hominin’s Dpp4 Gene Inherited from Neanderthals To Pandemic of Covid-19. Clinical Case Reports and Clinical Study, 3, 1, 101.
https://doi.org/03.2021/1.1032.