初期ホモ属の祖先的な脳

 初期ホモ属の祖先的な脳に関する研究(Ponce de León et al., 2021)が公表されました。現代人の脳は最近縁の現生分類群である(非ヒト)大型類人猿(以下、大型類人猿はヒトを除いた分類群です)よりもかなり大きく、とくに、道具製作や言語能力などより高次の認知機能と関連する皮質連合野において、重要な構造的再構成の証拠も示します。これらの構造的革新が人類進化において出現した時期は、依然として大きな課題です。脳は化石化しないので、脳進化のじっさいの過程の唯一の直接的証拠はいわゆる頭蓋内鋳型で、それは、脳回や脳溝や脳の血管構造を表す、複雑ではあるものの空間的に信頼性の高いパターンの痕跡を示します。

 前頭葉の再構成と潜在的な言語能力についての重要な情報を有する頭蓋内領域はブローカ野(BC)で、これは頭蓋内鋳型の外側前頭葉眼窩面の膨らみです(図1)。ブローカ野は現代人と大型類人猿両方の頭蓋内鋳型に存在し、しばしば類似の形態を示します。しかし、根底にある脳領域は集団間で同じではありません(関連記事)。大型類人猿では、ブローカ野はおもにブロードマンの脳地図の44野を構成し、その下面は前眼窩溝(fronto-orbital sulcus、略してfo)により形成されます(図1A)。現代人では、ブローカ野はおもにブロードマンの脳地図の45および47野を構成し、下側の境界は外側眼窩溝と一致する傾向(関連記事)があります(図1B)。

 したがって、化石頭蓋内鋳型のブローカ野領域の形態からの脳の再構成の推測は曖昧なままです。アウストラロピテクス属の頭蓋内鋳型のブローカ野は通常、前眼窩溝により下側に区切られていると解釈されており、その根底にある脳領域の大型類人猿的な構成が示唆されます。しかし、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)やアウストラロピテクス・セディバ(Australopithecus sediba)からの頭蓋内の証拠は、前頭葉の初期の再構成を示す、と解釈されてきました。この提案はさまざまな理由で異議を唱えられており、類人猿的な前頭葉組織から現代人的なそれへの進化的移行の時期と機序は、ほとんど未解明です。

 頭頂後頭皮質の進化的な再編成についても不明な点があります。全ての大型類人猿は一次視覚野(ブロードマン17野)の前方境界を示す月状溝(L)を示しますが(図1A)、ヒトの脳は月状溝の完全な欠如により特徴づけられ、それは頭頂後頭皮質の拡大を反映しています(図1B)。月状溝は頭蓋内にほとんど痕跡を残さないので、化石化した人類史の頭蓋内鋳型で月状溝の痕跡がないことは、月状溝がなかったことの証明にはならず、人類進化の過程で頭頂後頭皮質がいつ拡大し始めたのか、依然として不明です(関連記事1および関連記事2)。

 伝統的に、前頭葉と頭頂後頭葉の派生的で現代人的な再構成は、その始まりからホモ属を特徴づける、と仮定されてきました。しかし、この仮説を化石頭蓋内鋳型で明示的に検証することは困難です。アフリカの化石記録では、ホモ属の起源は280万年前頃までさかのぼりますが(関連記事)、重要な頭蓋内証拠は180万年前頃以降にしか保存されておらず、時空間的に分散した個々の発見物により表されます。そのため、頭蓋内形態の個体間変異を背景に、脳進化の通時的傾向を明らかにすることは困難です。一方、アジア南東部のホモ・エレクトス(Homo erectus)は、地理的に限定的な地域の多くのよく保存された神経頭蓋により表されますが、その地質学的年代はアフリカの初期ホモ属化石よりも新しくなります(関連記事1および関連記事2)。

 ジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡の化石人類の年代は185万~177万年前頃で(関連記事)、初期ホモ属の脳の再構成とアフリカからの人類拡散の潜在的重要性の評価に鍵となる役割を果たします。ドマニシ遺跡では、思春期から老年期までの個体を表すよく保存された頭蓋5個が発掘されており、これは初期ホモ属集団における自然の変動を表しているかもしれせん(関連記事)。またドマニシ遺跡では、豊富な動物遺骸と様式1(関連記事)のオルドワン(Oldowan)石器が共伴しており、ドマニシ遺跡人類の道具使用と特有の行動、さらに広く、初期ホモ属の生計戦略や社会組織や認知能力の推論が可能です。以下、本論文の図1です。
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 本論文は、ドマニシ遺跡の標本5個(D2280、D2282、D2700、D3444、D4500)の頭蓋内形態分析(図2)と、アフリカおよびアジア南東部の化石頭蓋内鋳型の比較標本の再評価により、初期ホモ属の脳組織における重要な変化を検証します。化石頭蓋内鋳型の前頭葉の祖先的側面と派生的側面を識別するために、現代人と大型類人猿でひじょうに異なる頭蓋大脳組織分布が参照されました。前頭葉下部拡大の特徴的な兆候は、冠状縫合(coronal suture、略してCO)と比較しての下中心前溝(inferior precentral sulcus、略してpci)の後方への移動です。両方の構造は通常、化石頭蓋内鋳型によく表されており、その組織分布関係は前頭葉の再構成を確実に示しています。さらに、幾何学的形態計測法を用いて、どの頭蓋内および脳領域が前頭葉再構成において特異的な拡大をしたのか、識別します。以下、本論文の図2です。
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●頭蓋内分析

 ドマニシ人類遺骸で、D4500は下顎骨D2600とともに、初期ホモ属遺骸としてはひじょうに良好な保存状態を示します。全体的に、ドマニシ人類の頭蓋内鋳型は、外部皮質形態の一貫した組織分布パターンを示しています。つまり、中心前溝が冠状縫合を横断し、その下側がブローカ野に向かって縫合線の前方に位置します。大型類人猿と現代人の頭蓋大脳組織分布を参考にすると、ドマニシ人類は前頭葉組織では大型類人猿のパターンを反映しており、ブローカ野は眼窩溝により下側に区切られ、ブロードマン皮質領域44と45の一部を含んでいる可能性が高そうです(図1A)。

 アフリカの前期~中期更新世の初期ホモ属の頭蓋内鋳型の比較分析から、頭蓋内組織分布の多様性がより大きい、と明らかになります。ホモ・ハビリス(Homo habilis)とされるKNM-ER1805とKNM-ER1813はともに、分類に議論がありますが、年代は170万年前頃以前で、前頭葉で大型類人猿的な組織と一致する痕跡を示します。170万~150万年前頃の頭蓋内鋳型は、ホモ・エルガスター(Homo ergaster)もしくはホモ・エレクトス(Homo erectus)と分類されますが、前頭葉の形態は祖先的なものから派生的なものまで変動を示します。対照的に、150万年前頃以降のアフリカのホモ属化石は、現代人的な派生的な前頭葉組織と一致する頭蓋内組織分布を示します。アジア南東部に位置するジャワ島のホモ・エレクトスの頭蓋内鋳型は通常、前頭回(frontal sulci)の顕著な痕跡を示しますが、中心前溝と中心溝の痕跡はほとんど見られません。本論文で再検証されたジャワ島のホモ・エレクトスの全標本で、前頭葉の派生的組織の痕跡が示されます。


●頭蓋内の形態とサイズと組織分布

 図3では、化石ホモ属と大型類人猿および現代人の比較標本における頭蓋内形態の変異が示されます。大型類人猿の頭蓋内は頭頂葉で低いものの広く、前頭葉は先細りで、大後頭孔は後方に位置しています。ヒトの脳硬膜は比較的高く、広い前頭葉と下に位置する大後頭孔を有しています。頭蓋内形態における大型類人猿と現代人の大きな対照は、おもに相対的な脳化(頭蓋基底部および顔面のサイズと比較しての脳のサイズとして測定されます)の変動の影響です。化石人類の頭蓋内は、大型類人猿とヒトとの間に位置します。200万~100万年前頃のホモ属の頭蓋内形態は、広範な集団内および集団間の変異を示します(図3)。ドマニシ人類の変異は、他の分類群の集団内変異と範囲およびパターンにおいて一致します。以下、本論文の図3です。
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 頭蓋内組織分布に関するデータを地質学的年代と相関させることで、前頭葉再構成の時期、および脳形態における脳の拡大と変化との相関可能性を推測できます(図4)。前頭葉における祖先的形態から派生的形態への変化は170万~150万年前頃に起き、150万年前頃以後の化石記録でほぼ確立された派生的形態を伴います。この期間に、前頭葉の再構成は脳の拡大と並行して起き、平均頭蓋内容積(ECV)は650㎤から850㎤へと増加しました。この二つの過程は、同様の進化的要因に由来する可能性があります。しかし、これら初期ホモ属よりもずっと新しい、アフリカの中期更新世のホモ・ナレディ(Homo naledi)や、アジア南東部のフローレス島の後期更新世のホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)は、派生的な前頭葉形態を示しながら、ECVはナレディが465~565㎤、フロレシエンシスが426㎤程度で、前頭葉組織は大きな脳容量と機構的に関連しているわけではない、と示唆されます。

 本論文のデータはさらに、前頭葉組織における祖先的特徴から派生的特徴への変化が、頭蓋内形態における特定の変化を伴っていた、と示唆します(図4B)。下中心前溝の後方への移動(図4A)は、下前頭(inferior prefrontal、略してIPF)領域の差異的な拡大と関連しています(図1および図4B)。さらに、下前頭の拡大は、後頭頂葉(posterior parietal、略してPP)および後頭皮質領域(O)の顕著な拡大と相関しています。以下、本論文の図4です。
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●初期ホモ属における脳再構成のパターンと時期

 頭蓋大脳組織分布から、最初期ホモ属は祖先的な前頭葉組織を有しており、それは冠状縫合と比較しての下中心前溝の類人猿的な前方の位置を特徴とする、と明らかになります。本論文のデータから、派生的な前頭葉組織はホモ属進化の比較的遅い時期、つまりアウストラロピテクス属からホモ属への移行期ではなく、アフリカからのホモ属最初の拡散よりも明確に遅い170万~150万年前頃に出現した、と示唆されます。前頭葉の再構成と関連する頭蓋内形態は、下中心前溝、および後頭頂葉と後頭皮質の差異的な拡大を明らかにします(図4B)。このパターンから、前頭および後頭皮質連合野が、連続ではなく連結して進化した、と示唆されます。この知見から、前頭葉の再構成に先行する初期ホモ属の頭蓋内鋳型は、頭頂後頭領域に残っている類人猿的月状溝の痕跡を示す可能性がある、と推測されます。

 初期ホモ属における祖先的および派生的脳組織の時空間的パターン化は、単一の拡散を想定しては説明できず、以前に示唆されたように、より大きな時空間的複雑さを含んでいたに違いありません(関連記事)。現時点での証拠を考慮すると(図4)、最も節約的な仮説は、最初のホモ属人口集団はアフリカから早ければ210万年前頃には拡散し(関連記事)、ドマニシ人類に代表されるように、祖先的な前頭葉組織を保持していた、というものです。アジア南東部のホモ・エレクトス化石は現時点で150万年前頃以降と推定されており(関連記事)、派生的な前頭葉形態がアフリカで170万~150万年前頃に出現した後の、第二の拡散を表します。アフリカ外のホモ属最初の人口集団が、派生的形態を示す人口集団と統合したのか、および/もしくは置換されたのかどうか評価するには、追加の化石および考古学的証拠が必要となるでしょう。


●神経機能への影響

 現代人の脳では、前頭葉下部は、高度な社会的認知や道具製作および使用や明瞭な言語にとって重要な神経機能基質です(関連記事)。したがって、170万~150万年前頃に起きたその進化的再構成が技術文化的遂行の大きな変化に伴っていたのかどうか、問うことができます。アフリカにおける様式2のアシューリアン(Acheulian)技術文化は176万年前頃に始まり(関連記事)、初期の前頭葉再構成とほぼ一致し、様式1および様式2の石器技術は、この重要な期間に同時に用いられていました(関連記事)。本論文は、このパターンが脳と文化の共進化(関連記事)の相互依存過程を反映している、と仮定します。脳と文化の進化では、文化的革新が皮質の相互接続性および最終的には前頭葉外層組織分布の変化を引き起こしました。一方、150万年前頃のホモ属を特徴づける大脳の革新は、後のホモ属種の「言語対応」脳の基礎を構成した可能性があります。


●分類学的意味

 本論文の知見は、初期ホモ属の分類にも影響を及ぼします。ホモ属に分類される前期更新世化石の顕著な形態学的多様性は、単一人類種系統内の人口集団多様性、もしくはアフリカにおける種の多様性として解釈されてきました。前者の見解は、計測的および非計測的頭蓋特徴の継続的変異パターン、およびかなりの性的二形の証拠(関連記事)により裏づけられます。後者の見解は、顎の計測的変異が単一の分類群で予測されるよりも大きい、との観察により裏づけられ、初期ホモ属における種分化の主因として、脳の拡大よりも食性の特殊化が示唆されます(関連記事)。

 本論文で提示された脳構造の変異に関するデータは、アフリカの初期ホモ属における多様性の追加の証拠を提供します。しかし、大脳の構造的多様性(図4A)のパターンは、顎の多様性のパターンと一致しないので、初期ホモ属における分類学敵多様性の問題は未解決のままです。初期ホモ属における進化過程の解明は、充分に管理された年代的文脈からの化石標本の拡張を通じてのみ解決されるだろう課題のままです。


参考文献:
Ponce de León MS. et al.(2021): The primitive brain of early Homo. Science, 372, 6538, 165–171.
https://doi.org/10.1126/science.aaz0032

宮脇淳子『どの教科書にも書かれていない 日本人のための世界史』

 KADOKAWAより2020年11月に刊行されました。著者は岡田英弘氏の弟子にして妻で、「岡田史学」の継承者と言えるでしょう。著者や岡田氏の著書は、現代日本社会において、保守派や「愛国者」を自任している人々や、「左翼」を嫌っている人々に好んで読まれているように思います。ただ、碩学の岡田氏には、そうした人々が自分の著書を好んで読んでいることに対して、冷笑するようなところがあったようにも思います。まあ、これは私の偏見にすぎないかもしれませんが。岡田氏の著書は著者との共著も含めて随分前に何冊か読みましたが、著者の単独著書を読むのは本書が初めてです。

 著者が現代日本社会の言論においてどのように見られているのか、そうした問題を熱心に調べているわけではない私にもある程度分かるので、著者の本を読むこと自体に否定的な人も少なくないとは思います。ただ、私自身「保守的」・「愛国的」・「反左翼的」なところが多分にあるのに、そうした傾向の人々が読む歴史関連本をあまり読んでこなかったので、電子書籍で読み放題に入っていたこともあり、読んでみました。私の思想的傾向から、本書の諸見解をつい肯定的に受け入れてしまう危険性があると考えて、他の歴史関連本よりは慎重にというか、警戒しつつ読み進めました。その分、かなり偏った読み方になり、本書を誤読しているところが多分にあるかもしれません。

 本書は、現代日本社会における世界史認識の問題点を、その成立過程にさかのぼって指摘します。西洋史と東洋史が戦前日本の社会的要請もあって成立し、戦後は両者がまとめられて世界史とされた、という事情はわりとよく知られているように思います。したがって、戦後日本社会の世界史は体系的ではなく問題がある、という本書の指摘は妥当だとは思います。また本書は、西洋と東洋では歴史哲学が異なり、それに起因する偏りもある、と指摘します。そこで本書は、「中央ユーラシア草原史観」により歴史を見直し、日本の歴史を客観的に位置づけようとします。

 本書の具体的な内容ですが、「世界史」を対象としているだけに、各分野の専門家や詳しい人々にとっては、突っ込みどころが多いかもしれません。とくに、著者や夫の岡田氏の著書がどのような思想傾向の人々に好んで読まれているのか考えると、「左翼」や「リベラル」と自認する人々は本書をほぼ全面的に批判するかもしれません。私も、本書で納得できる見解は、世界史におけるモンゴルの影響力の大きさなど少なくないものの、気になるところは多々ありました。ただ、現在の私の知見と気力では細かく突っ込むことはとてもできないので、私の関心の強い分野に限定して、とくに気になったところを述べていきます。

 総説では、皇帝や封建制や革命といった用語で西洋史を語る問題点など、同意できるところは少なくありません。ただ、「中国」の史書が変化を無視するとの見解は、誇張されすぎているようにも思います。儒教に代表される「中国」の尚古的思想は、世界で広く見られるものだと思います。それは、神や賢者などによりすでに太古において真理は説かれており、後は人間がそれにどれだけ近づけるか、あるいは実践できるのか、というような世界観です。これを大きく変えたのが、近世から近代のヨーロッパで起きた科学革命です(関連記事)。

 本書の見解でやはり問題となるのは、「漢族」が後漢末から『三国志』の時代にかけて事実上絶滅した、との認識でしょう。その根拠は史書に見える人口(戸口)の激減ですが、これは基本的に「(中央)政権」の人口把握力を示しているにすぎない、とは多くの人が指摘するところでしょう。著者も岡田氏もそれを理解したうえで、このような見解を喜んで受け入れている「愛国的な」人々を内心では嘲笑しているのではないか、と邪推したくなります。そもそも、後漢の支配領域に存在した人々を「漢族」とまとめるのがどれだけ妥当なのか、という問題もありますが。

 これと関連して、隋および唐の「漢人」と秦および漢の「漢人」とは「人種」が違う、という本書の見解には、かなり疑問が残ります。「人種」というからには、生物学的特徴を基準にしているのでしょうが、「中原」の住民に関しては、後期新石器時代と現代とでかなりの遺伝的類似性が指摘されています(関連記事)。これは、アジア東部北方の歴史的な諸集団の微妙な遺伝的違いがよく区別されていないことを反映しているかもしれない、と以前には考えていました。ただ、「中原」以南とその北方地域との人口差を考えると、「中原」における後期新石器時代から現代までの住民の遺伝的安定性との見解は、素直に解釈する方がよいのではないか、と最近では考えています。もちろん、「中原」を含めて華北の現代人の主要な遺伝的祖先集団が、「中原」の後期新石器時代集団だとしても、支配層が北方から到来した影響は、政治はもちろん、言語を初めとして文化でも小さくはなかったでしょう。ただ、そうだとしても、それが「民族」の絶滅あるいは置換と評価できるのか、かなり疑問は残ります。そもそも、前近代の歴史に「民族」という概念を適用するのがどこまで妥当なのか、という問題がありますが。