洞窟堆積物から得られたネアンデルタール人の核DNA

 洞窟堆積物からのネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のDNA解析結果を報告した研究(Vernot et al., 2021)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。更新世人類の古代DNA分析は、ネアンデルタール人やデニソワ人のような古代型ホモ属(絶滅ホモ属)の進化史、および絶滅ホモ属と初期現生人類(Homo sapiens)との相互作用に関する理解を大いに深めました。

 現在までに、完全もしくは部分的核ゲノム配列が、絶滅ホモ属23個体の遺骸から回収されました。その内訳は、ユーラシア全域(大半はヨーロッパ)の14ヶ所の遺跡のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)18個体、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)4個体、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された、ネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親との間の交雑第一世代の1個体(デニソワ11)です(関連記事)。多くの旧石器時代遺跡が発掘されてきましたが、人類の骨格遺骸が残っている遺跡は比較的少なく、一つもしくはいくつかの地層に集中することが多くなっています。したがって、絶滅ホモ属の遺伝的歴史を再構築する試みは、おもに標本の利用可能性により限定される、不均一な時空間的標本抽出により制約されます。

 2017年に、人類のミトコンドリアDNA(mtDNA)が更新世の堆積物から回収できると明らかになり(関連記事)、人類のDNAの調査において希少な化石記録への依存を克服できるかもしれない、と示唆されます。しかし、mtDNAは母系に関する情報のみを有しており、完全な人口史を常に反映しているわけではありません(関連記事)。核DNAはmtDNAよりもずっと多くの情報を含んでいますが、堆積物からの回収には大きな課題があります。核DNAはmtDNAよりもコピー数が少なく、多くの遺伝子座は人口集団の遺伝的分析にとって情報価値がありません。

 さらに、堆積物における哺乳類のDNAの大半は人類のものではなく、多くの遺伝子座における配列相同性のため、人類のDNAを区別することは困難かもしれません。これらの特質や微生物DNAの圧倒的多さは、単純なショットガン配列による人口集団の遺伝的分析に充分な数と品質の核DNA回収の試みを妨げます。この研究はこれらの課題を克服するため、高い哺乳類の配列多様性を有する核ゲノム領域を、ハイブリダイゼーションキャプチャーにより標的とすることで、堆積物からの人類の核ゲノム配列を回収し、これらの配列を用いて、ヨーロッパ西部とシベリア南部のネアンデルタール人集団の歴史を調べました。


●対象となる3ヶ所の遺跡

 デニソワ洞窟(関連記事)とチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)(関連記事)はともにシベリア南部のアルタイ山脈に位置し(図1A)、その堆積物にはネアンデルタール人のmtDNAが保存されており、この2ヶ所の遺跡で得られた絶滅ホモ属3個体の遺骸からの高網羅率の核ゲノムとの比較が可能です。その高網羅率の核ゲノムとは、デニソワ洞窟では、130000~90900年前頃となる足の指骨(デニソワ5)が残っているネアンデルタール人個体(関連記事)と、76200~51600年前頃となる手の末節骨(デニソワ3)が残っているデニソワ人個体(関連記事)と、59000~49000年前頃となる手の指骨(チャギルスカヤ8)が残っているチャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人個体(関連記事)です。これらの年代範囲は全て、年代測定手法の95%信頼区間(CI)が含まれます。デニソワ洞窟では少なくとも25万年に及ぶ絶滅ホモ属の居住の証拠がありますが(関連記事)、チャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人が確認されている第5層および第6層の堆積物(図1B)は、1万年未満で蓄積されました(関連記事)。

 アルタイ山脈のデニソワ洞窟およびチャギルスカヤ洞窟とともに分析対象となった遺跡は、スペイン北部のアタプエルカ考古学・古生物学複合の一部である彫像坑道(Galería de las Estatuas、以下GEと省略)です(図1C)。GEでは、明確なムステリアン(Mousterian)との類似性を有するほぼ500個の石器が、関連する堆積物の単一粒光学年代測定(single-grain optical dating)と組み合わされ、ネアンデルタール人の居住が少なくとも113000±8000年前から70000±5000年前と示唆されましたが、絶滅ホモ属遺骸ではネアンデルタール人の足の指骨が1個発見されただけです。GE堆積物の最初の判別検査から、人類も含む古代哺乳類のmtDNAの存在が示唆されました。したがって、堆積物DNAの分析は、現時点ではヨーロッパのネアンデルタール人の遺伝的記録でよく表されていない期間となる、GE居住者の人口集団遺伝学を再構築するための唯一の実行可能な手法かもしれません。

 デニソワ洞窟では、人類のmtDNAを有する堆積物標本3点(東空間の11.4層および15層と主空間の14.3層)から核DNAが回収されました。チャギルスカヤ洞窟とGEでは、旧石器時代層全体から広範囲に標本抽出され、GEでは2ヶ所のピットから76点の標本が、チャギルスカヤ洞窟では73点の収集され(図1)、人類のmtDNAと核DNA両方が標的とされました。以下、本論文の図1です。
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●人類のmtDNA分析

 合計で369点のライブラリが作成されました。チャギルスカヤ洞窟では54点の標本(74%)、GEでは43点の標本(56%)で、人類のmtDNAを含む少なくとも1点のライブラリが見つかり、古代DNAの指標とされるシトシンからチミンへの置換の有意な頻度上昇が確認されました。古代人類のmtDNAを含む223点のライブラリのうち182点で、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人とスペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)で発見された43万年前頃のホモ属個体群のいずれかの集団では派生的で、他集団では祖先的なミトコンドリアゲノムの「診断」位置に基づいて、人類集団に分類するのに充分な断片が得られました。そのような分類は全てネアンデルタール人のmtDNAで、考古学的痕跡のない30万年以上前のチャギルスカヤ洞窟第7層の上部を除く全ての層におけるネアンデルタール人の存在を示す、考古学的証拠と一致します。チャギルスカヤ洞窟第7層の上部近くでネアンデルタール人のmtDNAが検出されたのは、以前に居住されていた時の床だったこと、および/あるいは上層からの混合の結果かもしれません。

 14点の標本はネアンデルタール人のmtDNAの網羅率が高く(17倍以上)、このうち4点(チャギルスカヤ洞窟6c層、GEピット2/第2層、GEピット1/第3および4層)は、各位置で観察されたヌクレオチドの一貫性に基づくと、単一のmtDNA配列を含むようです。これらは、現代人や古代人遺骸やデニソワ洞窟の堆積物(関連記事)からの既知の人類のmtDNA配列とともに、ほぼ完全な参照配列の生成と系統樹構築に用いられました(図2A)。

 最も注目されるのは、GEピット1/第4層の参照ミトコンドリアゲノムが、ドイツ南西部のホーレンシュタイン-シュターデル(Hohlenstein–Stadel)洞窟(以下HSTと省略)の12万年前頃となるネアンデルタール人のmtDNAと最も類似していたことで、HSTネアンデルタール人は他の既知の全ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムの基底部に位置します(関連記事1および関連記事2)。GEピット1・第4層堆積物の年代は112000±7000年前頃で、HSTとほぼ同年代です。GE の79000±5000年前となるピット2/第2層および107000±8000年前頃のピット1/第3層は、7万~6万年前頃となるコーカサス北部のメズマイスカヤ洞窟(Mezmaiskaya Cave)の個体(メズマイスカヤ1)とまとまる一方、チャギルスカヤ洞窟の6c層の配列はチャギルスカヤ洞窟の個体(チャギルスカヤ8)とまとまります。GEピット1・第4層堆積物標本の136000年前頃年代など、系統樹における堆積物mtDNA配列の推定年代は、それぞれの遺跡および層の既知の年代と合致します。

 チャギルスカヤ洞窟とGEの堆積物のmtDNAの多様性をさらに調べるため、250もの古代の断片を含むライブラリを、既知のネアンデルタール人のmtDNA多様性の中に確率的に配置する手法が開発されました。この手法により、チャギルスカヤ洞窟の38点のライブラリとGEの59点のライブラリから、各洞窟で標本抽出されたほとんどの層にまたがるmtDNAの系統樹割り当てが可能となりました(図2B)。GEピット1・第4および5層は、しばしば同じ下位標本でHST的および非HST的両方のネアンデルタール人のmtDNAを有しており、非HST的mtDNAは、おもにメズマイスカヤ1およびベルギーのスクラディナ洞窟(Scladina Cave)の13万年前頃の個体(スクラディナI-4a)とまとまります。

 その後、HST的mtDNAはGEの上層から消え、おもにメズマイスカヤ1的な参照配列と関連します(図2B)。GEの上層およびピット1・第4層のDNAのシミュレートされた混合は、GEピット1/第4層においてメズマイスカヤ1およびスクラディナI-4a的なmtDNAの観察を生成せず、下層におけるmtDNAの真の不均一性を示唆し、GEの層序の以前に観察された保全性と一致します。チャギルスカヤ洞窟では顕著な均質性が見つかりました。第5層から第7層の全標本は、第6c層配列かチャギルスカヤ8かアルタイ地域のオクラドニコフ(Okladnikov)洞窟の個体(オクラドニコフ2)とまとまり、時としてデニソワ11的な配列が裏づけられます。以下、本論文の図2です。
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●人類の核DNA分析

 核ゲノム内の160万ヶ所の情報価値のある一塩基多型を標的として、ハイブリダイゼーションキャプチャーによりこれらの部位と重複するDNA断片が濃縮されました。古代のヒグマ(Ursus arctos)のDNAを用いて古代DNA配列が判断され、既知のDNA配列情報を用いて、霊長類に分類された断片に分析が限定されました。しかし、既知の情報が充分ではない分類群があると誤配列の危険性があるので、チンパンジー属に由来する固定の診断部位(図3D)を含めて、人類の核DNAが判断されました。以下、本論文の図3です。
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 まず、これらの方法が、デニソワ洞窟の3点の堆積物から以前に準備されたライブラリに適用されました。そのうち2点はネアンデルタール人、1点はデニソワ人のmtDNAです(関連記事)。核DNAでも、標的とされた一塩基多型と重複するDNA断片において、全てが古代DNAの指標とされるシトシンからチミンへの置換の有意な水準を示しました。ある標本では、メタゲノムフィルタリングの前に、中程度(15%)の非ヒト動物の誤配列の証拠を示しましたが、フィルタリングでこれが1%未満に減少しました。フィルタリング後、1764・27923・162508のDNA断片が3点の標本から保持され、標的部位での最大0.1倍の網羅率を表します。

 古代人類の核DNAの存在の確認後、各標本がどの人類集団に分類できるか、検証されました。高網羅率のデニソワ人およびアルタイ山脈のネアンデルタール人のゲノムがホモ接合型で相互に異なっている部位で脱アミノ化DNA断片を調べると、2点の標本でネアンデルタール人のmtDNAが含まれ、DNA断片の約90%はネアンデルタール人の派生的状態を有するのに対して、2%はデニソワ人の派生的状態を有する、と明らかになりました(図4A)。対照的に、デニソワ人のmtDNAを含む標本の核DNAは、65%でデニソワ人の派生的アレル(対立遺伝子)を有していましたが、ネアンデルタール人の派生的アレルを有していません(図4A)。これらの結果は、骨格遺骸からの低網羅率のネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムで得られた結果と一致しており(図4A)、3点の堆積物標本における核DNAは、ネアンデルタール人もしくはデニソワ人に由来するものの、両方ではないことを示唆します。

 次に、チャギルスカヤ洞窟とGEの堆積物標本から核DNAが得られました。29標本から、脱アミノ化の有意な証拠と5%未満の動物の誤配列を有する少なくとも1点のライブラリが得られました。4点のライブラリは5%以上の動物の誤配列の証拠を示し、以下の分析から除外され、ライブラリごとの誤配列推定の重要性が強調されます。合計すると、チャギルスカヤ洞窟第6a~d層と第7層(第6cおよび6d層からの侵入の可能性が高そうです)と、GEピット2/第2層およびピット1/第2~5層で核DNAが回収されました。人類のDNAの回収率はデニソワ洞窟の標本より低く、チャギルスカヤ洞窟では最良のライブラリで134497断片(そのうち脱アミノ化の証拠を有するのは33594断片)、GEでは最良のライブラリで47667断片(そのうち脱アミノ化の証拠を有するのは16678断片)でした。

 ネアンデルタール人とデニソワ人のアレルの図に基づくと、これらの標本は明確にネアンデルタール人の核DNAを含んでおり、ネアンデルタール人の骨格標本と密接にクラスタ化します(図4A)。デニソワ洞窟のネアンデルタール人(デニソワ5)か、クロアチア北部のヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)のネアンデルタール人(Vindija 33.19)か、チャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人(チャギルスカヤ8)のゲノム間で異なる部位を考慮した同等の図は、これらの一塩基多型の標本ごとのデータ量が少ないため、これらネアンデルタール人のゲノムとの関係を解決するための解像度が不足しています。

 骨格標本の場合、X染色体と常染色体のDNAの相対的割合が性別決定に用いられてきました。この手法を、現代人の汚染が10%未満で、少なくとも5000ヶ所を網羅する脱アミノ化DNA断片を有する堆積物下位標本に適用すると、全てのデニソワ洞窟とGEの標本は、おもに単一の性に由来する人類のDNAと一致するX染色体と常染色体の割合を示す、と明らかになりました(図4B)。対照的に、チャギルスカヤ洞窟標本の大半は、予測される男女の割合の間に位置し、異なる性の複数個体からのDNAを含んでいる、と示唆されます(図4B)。単一のmtDNA配列を識別した4点のライブラリは全て、単一の性に由来するDNAと一致するX染色体と常染色体の割合を示し、この4点のライブラリはネアンデルタール人個体(図4B)のDNAを含んでいるかもしれない、と示唆されるものの、同性の複数個体の同一のmtDNAの存在を除外できません。以下、本論文の図4です。
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●核DNA系統分析

 限定的なデータにも関わらず、各標本をより大きな古代型系統に位置づけるため、最尤構成が開発されました。この手法は、標本Xに関して、高網羅率のネアンデルタール人3個体(図4C)とデニソワ人1個体のゲノムにより定義される古代型人類系統樹からのXの分岐点を、非人類動物の誤配列と現代人の汚染に由来する断片の割合と合わせて、共推定します。この手法は、古代型人類では多型の部位が、その人口史にとって情報価値がある、という事実を利用します。たとえば、ある古代型ゲノムではヘテロ接合型であるもの、他の古代型ゲノムではホモ接合型である部位では、標本Xで派生的アレルを観察できる確率は、Xが全体的な系統樹から分岐した点に基づいて変動します(図4C)。これらの確率は、有効人口規模と分岐年代が各高網羅率ゲノムから推定される、合着(合祖)シミュレーションから得られます。

 誤配列と汚染の割合は、脱アミノ化断片と非脱アミノ化断片でそれぞれ推定され、全ての断片を分析に使用できます。一部の堆積物標本は単一の個体群を表しているかもしれませんが、この手法はアレル頻度予測に基づいて機能するので、人口集団からの単一もしくは複数の個体群を表す標本にも同様に適用できます。この手法は、骨格標本から以前に公表された低網羅率ゲノムに適用すると、以前の推定と一致する人口集団の分岐年代と汚染の割合を推定します。検出力分析では、最大70%の現代人の汚染を有する低解像度処理された低網羅率のネアンデルタール人ゲノム(関連記事)における正確な分岐年代が推定され、現代人の汚染割合は正確に最大90%まで推測されます。

 この手法をデニソワ洞窟とチャギルスカヤ洞窟の堆積物ライブラリに適用すると、骨格遺骸から得られた以前に報告された古代DNAと一致する結果が得られました。具体的には、デニソワ洞窟の2点のネアンデルタール人標本(Ell.4とM14.3)は、アルタイ山脈ネアンデルタール人個体(デニソワ5)につながる系統に分類される、と明らかになりました(図4D)。この結果は、Ell.4がデニソワ洞窟東空間のデニソワ5と同じ第11.4層(120000~105000年前頃)に由来し、M14.3が主空間の同時代(112000~97000年前頃)となる第14.3層に由来することと一致します。デニソワ洞窟東空間の第15層(20万年前頃)の標本はデニソワ人系統に分類され、mtDNAと一致します。チャギルスカヤ洞窟の全ての層の堆積物標本(Ch-3058aとCh-3007a)はネアンデルタール人個体のチャギルスカヤ8系統に分類され、特有の中部旧石器時代石器群と関連するネアンデルタール人による短期間の居住と一致します(関連記事)。

 堆積物標本から回収された核DNAが少なく、骨格遺骸からの遺伝的データが存在しないGEについては、少なくとも500のネアンデルタール人DNA断片と、70%未満の現代人の汚染を有する個々の下位標本で、人口集団の分岐年代が推定されました。層ごとの推定を得るために標本が統合され、層あたり5000~36000断片があります(図5A)。ピット2/第2層とピット1/第2層とピット1/第3層の標本は、ネアンデルタール人系統樹で115000~100000年前頃に分岐し、Vindija 33.19(関連記事)およびチャギルスカヤ8およびメズマイスカヤ1との分岐年代(104000)と類似しています(図5B・C)。ピット1/第3層の堆積年代(107000±8000年前)はこの分岐年代と区別できず、ピット1/第3層のネアンデルタール人はVindija 33.19およびチャギルスカヤ8の祖先と密接に関連している、と示唆されます。これらの層が、同じネアンデルタール人集団による洞窟の繰り返しの居住を表しているのかどうか、判断できませんが、分岐年代とmtDNAデータ(図2B)は、同一人口集団による繰り返しの居住との仮説と一致します。

 対照的に、HST的なmtDNAを有するピット1/第4層の堆積物は、ネアンデルタール人系統樹では135000~122000年前頃に分岐します(図5A)。この分岐年代はHSTネアンデルタール人個体自身や、ベルギーのスクラディナI-4a個体や、アルタイ山脈のデニソワ5個体の分岐年代と類似しています(図5B・C)。クラディナI-4aとデニソワ5はより一般的な非HST的mtDNAを有しており(図5B)、ピット1/第4層標本でも観察される祖先的ネアンデルタール人集団のmtDNAの多様性と一致します(図2B)。

 ピット1/第4層堆積物でネアンデルタール人の一般的(非HST的)なmtDNAを有する唯一の標本であるGE-IB33fでは核DNAが得られています。GE-IB33fは第3層との境界近くで収集され、データセットが小さいため(867の古代人類DNA断片)推定年代の信頼区間は大きい(139000~83000年前頃)ものの、第3層標本と類似の年代を示しました。まとめると、これらの観察から、GEでは第4層の堆積の末に向かって人口集団の置換が起き、それはmtDNAの多様性喪失を伴っていた、と示唆されます。脱アミノ化断片のみを用いた場合にも同様の結果が得られ、現代人の汚染の影響に対するこの手法の堅牢性が強調されます。以下、本論文の図5です。
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●考察

 分岐年代の明らかなクラスタ化は、ネアンデルタール人集団の2つの異なる拡散を示唆します。メズマイスカヤ1とVindija 33.19とチャギルスカヤ8とGEのピット2/第2層・ピット1/第2層・ピット1/第3層標本は、相互に115000~100000年前頃に分岐したのに対して、デニソワ5とHSTとスクラディナI-4aとGEのピット1/第4層標本は、Vindija 33.19およびチャギルスカヤ8と135000年前頃に分岐しました(図5C)。したがって、これらの拡散事象は、後期更新世前半に起き、最終間氷期の気候および環境条件の変化と関連しているかもしれません。

 さらに、典型的なネアンデルタール人形態はいくつかの段階で進化し(関連記事)、最後の段階で「古典的」ネアンデルタール人が10万年前頃に出現した、と指摘されています。これらの事象の年代測定の不確実性にも関わらず、後者の変化は、本論文で検出されたより新しい人口集団拡散と関連している可能性がありそうです。しかし、そうした要因がネアンデルタール人や他の更新世人類の人口動態に重要な役割を果たしたのかどうか判断するには、追加の遺跡からの時系列データと、これら遺伝的事象のより正確な推定が必要でしょう。本論文の手法は、化石記録とは無関係にそうしたデータを得る可能性を開き、長期的なDNA保存に対する生化学的制約にのみ制限されます。

 本論文の結果から、堆積物の人類DNAの回収は人口規模に限定されないかもしれない、とも示されます。それは、個々のネアンデルタール人に由来すると推定されるDNA(つまり、単一のmtDNA配列と性を有する堆積物標本)が、本論文で分析された3ヶ所全ての遺跡の堆積物標本で識別されたからです。この観察から、将来、堆積物DNAの分析に基づく過去の人口集団の遺伝的構成のヘテロ接合性の評価も可能になるかもしれない、と示唆されます。

 近接して採集された堆積物標本間で観察された人類のDNA量のかなりの変動の観点、および非人類動物のDNAと比較しての人類のDNAの存在量の少なさを考慮すると、更新世堆積物の人類のDNA分析が、考古学的層を通過してのDNAの浸透により大きな影響を受けることはない、と考えられます。しかし、チャギルスカヤ洞窟第7層におけるネアンデルタール人のDNAの存在は、堆積物から特定の層へりDNA配列を評価するさいには、人工物や骨格遺骸や他の考古学的資料の発見の解釈における共通の課題と同様に、堆積物の堆積後の混合の証拠を評価する必要性があることを強調します。最後に本論文は、堆積物や骨格遺骸からの不完全なゲノム規模データがマッピングできる過去の遺伝的景観を定義する足場として、たとえ少数個体での生成だとしても、高網羅率の絶滅ホモ属ゲノムの価値も強調します。


 以上、本論文についてざっと見てきました。本論文は、堆積物から10万年以上前の個体(群)の核DNA解析も可能とすることを示し、たいへん意義が大きいと思います。進展の著しい近年の古代DNA研究でも、画期とも言えそうな成果だと思います。堆積物からの核DNA分析も可能となると、圧倒的に多い人類遺骸が発見されていない遺跡にも適用可能で、人類史の詳細な解明に大きく貢献できるでしょう。日本人の私としては、更新世の人類遺骸がほとんど発見されていない日本列島における人口集団の遺伝的構成の解明が進むことを願っています。すでにイスラエルでも中部旧石器時代遺跡の堆積物で非ヒト動物のmtDNA断片が回収されており(関連記事)、堆積物のDNA解析の適用可能範囲は時空間的にかなり広いのではないか、と期待されます。コーカサスの25000年前頃の堆積物からは、祖先系統の分析結果も示されました(関連記事)。

 本論文は、イベリア半島北部におけるネアンデルタール人集団の置換の可能性を示しました。ネアンデルタール人は気候変動に応じて拡大・撤退・縮小・絶滅を繰り返していたと考えられ(関連記事)、本論文でmtDNAデータからも示唆されているような人口集団の置換は珍しくなく、そうした過程で遺伝的多様性が低下していったこともあったのでしょう。気候の寒冷化に伴い、一定以上の緯度のネアンデルタール人は南方に撤退するか絶滅し、気候温暖化に伴い、ヨーロッパ地中海沿岸もしくはその近隣地域のネアンデルタール人が再度北方へと拡大していき、その過程で特定系統の置換・絶滅が起きたと考えられます。堆積物のDNA解析が進めば、絶滅ホモ属の人口史がより詳細に解明されていき、後期ホモ属の進化史がこれまでの想定よりもずっと複雑だったと証明されるのではないか、と予想しています。


参考文献:
Vernot B. et al.(2021): Unearthing Neanderthal population history using nuclear and mitochondrial DNA from cave sediments. Science.
https://doi.org/10.1126/science.abf1667