現生人類アフリカ南部起源説に対する批判

 現生人類(Homo sapiens)アフリカ南部起源説に対する批判(Schlebusch et al., 2021)が公表されました。一昨年(2019年)、現代人のミトコンドリアDNA(mtDNA)の分析から、現生人類の起源地は現在のボツワナ北部だった、と主張した研究(Chan et al., 2019)が公表されました(以下、Chan論文)。Chan論文に対して厳しい批判があることは、当ブログで取り上げたさいにもいくつか紹介しましたが(関連記事)、いずれも短いものでした。本論文はChan論文に対する体系的批判で、学ぶところが多いため、取り上げます。

 「アフリカ南部の古湿地におけるヒトの起源と最初の移動」と題したChan論文は、198点の新規のミトコンドリアゲノムを報告し、「解剖学的現代人」の起源は20万年前頃のアフリカ南部の現在はマカディカディ塩湖(Makgadikgadi Pans)となっているボツワナ北部のマカディカディ・オカバンゴ(Makgadikgadi–Okavango)古湿地にある、と推測しました。この主張は情報量の少ないデータに依存しています。欠陥のある論理と疑わしい仮定に加えて、著者たちは驚くべきことに最近のデータ(関連記事1および関連記事2)を無視し、アフリカにおけるヒトの起源について議論しています。結果として、Chan論文の強調されており遠大な結論は正当化されません。


●情報量の少ないデータ

 Chan論文は南アフリカ共和国の198個体の完全なミトコンドリアゲノムを配列し、おもにアフリカ南部の既知の1000個体のミトコンドリアゲノムと統合しました。Chan論文は次に、mtDNA系統の系統発生構造を推測し、その系統樹のさまざまな枝の年代を推定して、現代の地理的分布を検討しました。mtDNAは特定の人口史の問題に取り組むのに有用であり、標本数の少ない人口集団に注目するのはよいことですが、mtDNAのような単一の組換えのない遺伝子座における系統樹は、人口史に弱く制約されるだけの、強く確率的な系統発生過程の一つの結果です。じっさい、これは、その人口史に関する有用ではあるものの限定的な情報が含まれることを意味します。

 とくに、現代人の標本がいかに多く含まれていても、過去を振り返ると情報は急速に減少します。Chan論文がその分析の焦点を当てた系統樹の一部である、全てのmtDNA系統がその最新の共通祖先に合着(合祖)する時点の近くでは、mtDNA系統は現代人がその時点で有している数十万人の祖先のごく一部を表しているにすぎないので、人口史の妥当なモデルを区別するための情報は殆どもしくは全く提供されません。別のよく解明された単一遺伝子座系統樹であるY染色体を検討するならば、異なる系統地理構造が明らかです(関連記事)。

 現代の集団遺伝学的手法は、数十万の独立した遺伝子系統樹(全ゲノム配列およびゲノム規模一塩基多型遺伝子型決定から得られます)を利用し、数桁の統計的出力を得ています。各系統樹は人口史により弱く制約されますが、確率論的手法と多くの系統樹の組み合わせにより、さまざまな人口統計学的シナリオの可能性を定量化できます。しかし、問題となる期間からの情報をもたらす古代DNAデータがない場合、現生人類の起源の正確な場所に関する推測は、その間のヒトの移動性についての強力でおそらくは不当な仮定が必要となるので、注意して扱う必要があります。現代および完新世のアフリカ人口集団のゲノム規模研究は、深い構造と経時的な移住率の変化など、複雑な人口統計を示唆します(関連記事1および関連記事2および関連記事3および関連記事4および関連記事5)。しかし、はるかに多くの情報量にも関わらず、Chan論文ほど現生人類の起源について時空間的正確性を正当化できるゲノム規模研究はありません。


●系統は人口集団ではありません

 mtDNA系統樹とその分岐点の年代を推定するのに用いられる手法は比較的議論の余地がありませんが、分枝をハプログループに割り当てる自然な水準はなく、任意に定義されたハプログループの年代に特別な意味はない、と注意することが重要です。Chan論文は系統を都合よく用いて、先史時代の実際の人口集団を表すものとして扱います。遺伝子系統樹における系統は親子の子孫の系統に対応し、系統樹における各分節点は2系統の最新の共通祖先(MRCA)に対応します。そのような系統は明らかに現在の人口集団に対応しておらず、それらが過去に存在したと仮定する理由はほとんどありません。代わりに、複数の異なる系統は通常、多くの異なる人口集団間で共有され、共有の程度は人口史により形成される無作為な仮定の結果です。mtDNA系統樹における分岐年代が人口集団水準の分岐事象に直接的に対応している、と仮定する理由もほとんどありません。代わりに、系統分岐年代は通常、人口集団の分岐に先行し、多くの場合、分岐の頃の人口規模やその後の移動率により形成されるかなりの時間差があります。

 またChan論文は、ベイズスカイライン分析を任意に選択した系統に適用し、経時的な祖先の人口規模の変化を推測しました。これは、ベイズスカイライン分析の重要な仮定を破る標本抽出の偏りを課し(つまり、データはモデルで仮定された構造化されていない人口集団標本ではなく、系統標本に由来します)、経時的な人口規模の再構築を無効にします。Chan論文は2つの研究を引用して、この手法の使用を正当化します。しかし、そのうち新しい方は、この問題に関して古い方を引用しているだけで、どちらの研究も、ベイズスカイライン分析が「それにも関わらず、人口統計学的過程を示す可能性がある」と述べているだけで、この主張の理論的検証を提供していません。その結果、Chan論文は信頼できる正当な理由なく、この誤りを繰り返しています。


●人口集団は静的ではありません

 現代の遺伝的データから地理的起源を推測するさいの重要な問題は、人口史が起源から現代までの重ねられた人口統計的過程(移住や分裂や融合や規模の変化)の「上書き」がどの程度だったのか、ということです。Chan論文は、現代の個体群の場所が過去の人口集団の場所を表している、という暗黙の仮定に基づいています。10万年以上前にわたる性的な人口集団との仮定は、考古学と古代DNA研究の両方で充分に説明されている長距離および短距離の移動、人口集団の縮小と拡大と置換の観点から問題で、こうした事象はユーラシアやアメリカ大陸やオセアニアだけではなく、上述の現代および完新世のアフリカ人口集団のゲノム規模研究でも示されているように、アフリカでも起きています。

 静的な人口集団との仮定は、考古学と化石と理想的には古代DNAの証拠により裏づけられる必要があるでしょう。現在まで、そうした証拠はアフリカのどこでも長い期間にわたって提示されていません。それどころか、原材料の輸送の研究は、更新世狩猟採集民間の高水準の移動性を示しており(関連記事)、10万年以上前の期間にわたる孤立した人口集団との見解と対立します。この問題は、たとえばmtDNAのような単一の遺伝子座データ、もしくはより強力な情報を提供する複数の遺伝子座のゲノムデータが考慮されているかどうかに関係なく、残ります。


●古人類学

 Chan論文は、「解剖学的現代人」がアフリカ南部のマカディカディ・オカバンゴ古湿地で20万年前頃に進化した、と結論づけています。しかし、アフリカ全域からの化石人類データは、現生人類に特徴的な形態が30万年以上前にアフリカ大陸の反対側(アフリカ北西部)に存在したことを示唆します(関連記事)。現生人類の形態の進化は、時空間にわたってさまざまな派生的および祖先的特徴の斑状により特徴づけられ、これらのデータは単一の起源地点を示唆していません(関連記事1および関連記事2)。Chan論文は、10万~6万年前頃のアフリカ南部の「現代人的行動」の考古学的証拠を用いて、アフリカ南部における10万年以上前の現生人類の起源との主張を裏づけます。しかし、複雑な文化の証拠はこの期間にアフリカの他地域でも見つかっています(関連記事)。まとめると、現在の古人類学的データは、アフリカの単一地域が現代人の「故郷」だった、という主張を裏づけていません。


●気候の再構築

 気候の再構築を用いて遺伝的データに基づく推論を文脈化することは、賞賛すべき目的です。しかし、Chan論文は湿地が安定的な環境だったと主張するものの、湿地が古代の人類に適した生態系を提供しているという証拠を示さず、アフリカの他の古湿地を考慮していません。これらの問題に対処せずに、どのタイプの気候再構築が現生人類の起源モデルの検証を提供できるのか、理解することは困難です。草地やサバンナや地中海性生物群系のような他の生態系は、長く現生人類が居住していたので、長期の現生人類の居住に明らかに適していました(関連記事)。

 同様に妥当な代替仮説は、半砂漠条件はヒトに適した生息地であり、それは季節・年間の時間枠で気候が大きく変動するからだった、というものです。Chan論文が採用した気候モデルは、そうした特徴をよく把握していません。現生人類の起源と関連する期間の、アフリカの古気候および古人類学的データの概要が存在します。気候と人口統計との間の関係は、アフリカ全域の他の関連データを無視する事後説明よりもむしろ、空間的に明示的なモデル化を通じて最もよく調査されます。


●まとめ

 人類進化の研究では確かに一般的ですが、Chan論文のとくに厄介な側面は、Chan論文が主張する単純なモデルや、あるいは同等に複雑ではあるものの大きく異なるモデル、たとえばアフリカの別の場所の現生人類起源や、もしくはアフリカ全域の複数地域起源よりも、単純なモデルによりデータがどのように説明できるのか、定量化する試みが行なわれていないことです。1919年の生物標識を用いた最初の研究では、単一の遺伝子座(ABO式血液型)で世界中のさまざまな人口集団が分類されました。この研究は革命的でしたが、2つの祖先の「人種」があり、それはA型とB型に対応しており、2つの異なる地理的起源は後に世界的に混合した、と結論づけました。集団遺伝学やゲノミクスや考古学や古人類学のその後の発展により、ひじょうに異なっていてより複雑な状況が明らかになりました。しかし、限定的なデータと問題のある仮定に基づいて結論を出す危険性は、現在でも同様に指摘されています。そうした研究は、メディアや科学界で注目することが予想され、単純ではあるものの疑問のある結果が発表されるので、ヒトの起源に関する科学やそのより広範な普及に貢献しません。


参考文献:
Chan EKF. et al.(2019): Human origins in a southern African palaeo-wetland and first migrations. Nature, 575, 7781, 185–189.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1714-1

Schlebusch CM. et al.(2021): Human origins in Southern African palaeo-wetlands? Strong claims from weak evidence. Journal of Archaeological Science, 130, 105374.
https://doi.org/10.1016/j.jas.2021.105374

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