ルーマニアの34000年前頃となる現生人類女性のゲノム解析

 ルーマニアの34000年前頃となる現生人類(Homo sapiens)女性のゲノム解析結果を報告した研究(Svensson et al., 2021)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ヨーロッパでは45000年前頃以降の上部旧石器時代は劇的な気候変化により特徴づけられ、ヨーロッパにおける解剖学的現代人(Homo sapiens、現生人類)の最初の出現を示します(関連記事1および関連記事2)。ヨーロッパへの人類の移住は、地中海沿いとドナウ川回廊沿いの主要な2経路が用いられた、と一般的に考えられています。

 現在のルーマニアのカルパティア山脈はドナウ川回廊沿い経路の近くに位置し、ヨーロッパ最初期の現生人類遺骸の一部はこの地域で見つかっており、カルパティア山脈がヨーロッパの初期現生人類にとって重要な地域だったことを確証します。「骨の洞窟(Peştera cu Oase、以下PO)」や「女性の洞窟(Peştera Muierii、以下PM)」やチオクロヴィナ・ウスカタ洞窟(Peștera Cioclovina Uscată、以下PCU)などルーマニア南部~西部の洞窟で発掘された人類遺骸(関連記事)は、これまでに発見されたわずかな3万年以上前のヨーロッパの現生人類個体群の一部です(図1)。

 1952年、現生人類3個体分の骨格部分がルーマニアのPMで発見されましたが、一部の要素はネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)的特徴を示します(関連記事)。状況はやや不明確ですが、近くのオーリナシアン(Aurignacian)の道具から、これら人類遺骸はオーリナシアン技術伝統と関連している可能性が高そうです。前期上部旧石器時代(EUP)には、物質文化におけるいくつかの変化が報告されてきており、遺伝的証拠は人口集団変化の繰り返しを示します(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。以下は本論文の図1です。
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 現生人類の起源がアフリカにあり、その後のアフリカからの移住で世界の他地域に居住していったことを解明したのは分子遺伝学の重要な成果で(関連記事)、化石記録からの仮説を裏づけます。現代におけるサハラ砂漠以南のアフリカ人と非アフリカ人との間の遺伝的多様性の観察された違いは、比較的小規模の出アフリカ集団による移住と関連したボトルネック(瓶首効果)により説明されてきました(関連記事1および関連記事2)。アフリカ系現代人と比較しての非アフリカ系現代人の低い遺伝的多様性は、有害な多様体の効果的除去の低下を起こし、たとえばアフリカ系現代人と比較して現代ヨーロッパ人において「遺伝的負荷」の増加をもたらした、とも提案されてきました(関連記事)。しかし、有効人口規模の減少は遺伝的負荷の増大を引き起こすほどではなかった、との主張もあります。

 本論文は、較正年代で34000年前頃となるPMで発見された現生人類女性の頭蓋(PM1)のゲノム分析結果を報告します。いくつかの他の完全なEUP期ヨーロッパ人のゲノムデータと合わせて、EUPヨーロッパにおける比較的高い遺伝的多様性の状況が示され、この多様性は24000~19000年前頃となる最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)およびその後に減少し、ヨーロッパへの遺伝的に多様な新石器時代集団の移住(および混合)後にのみ回復します。本論文はさらに、免疫系遺伝子への病原体選択圧を調べ、EUPヨーロッパ人のゲノムにおける医学的に関連する多様体の景観を報告し、現代ヨーロッパ人口集団と類似した有害な多様体負荷を示します。


●新たな手法によるDNA解析

 DNAの保存はEUPの標本では一般的に不充分なので、データからの推論を制約します。これまで、網羅率が1倍を超えるゲノムは、EUPでは4遺跡の8個体で得られています。それは、44380年前頃となるシベリア西部のウスチイシム(Ust’-Ishim)近郊のイルティシ川(Irtysh River)の土手で発見された1個体(関連記事)と、ヨーロッパロシアにあるコステンキ-ボルシェヴォ(Kostenki-Borshchevo)遺跡群の一つであるコステンキ14(Kostenki 14)遺跡で1954年に発見された38700~36200年前頃となる若い男性1個体(関連記事)と、31600年前頃となるシベリア北東部のヤナRHS(Yana Rhinoceros Horn Site)の2個体(関連記事)と、ロシアのスンギール(Sunghir)遺跡で発見された、34000年前頃の4個体(関連記事)です。PM1は9番目となる網羅率1倍以上のEUP個体です。

 PM1の4本の歯からDNAが抽出され、内在性DNAの割合は約1~2%で(図2)、この年代およびヨーロッパの以前の観察と類似しています。これまでの手法では、予測されるゲノム網羅率は約0.5倍ですが、新たな手法(標本抽出装置の熱から標本を保護するダイヤモンドカッティングホイールなど)を用いると、これまでの手法と比較して内在性DNAの割合が増加し、最大で33倍に増加します。その結果、PM1では13.49倍のゲノム網羅率が得られました。以下は本論文の図2です。
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 PM1のミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)については、U6系統の基底部に近いとの以前の研究(関連記事)が改めて確認され、PM1は先史時代ヨーロッパ人における現時点で唯一のmtHg-U6個体となります。mtHg-U6の派生ハプロタイプは先史時代および現代のアフリカ北部人口集団でおもに見られますが、現代ヨーロッパ人では見られません。完新世およびそれ以前かもしれませんが、ユーラシアからアフリカ北部への移住の証拠は充分あり(関連記事)、この観察を説明できる可能性があります。f4統計は、PM1と洗練された石の鏃や尖頭器を用いる文化であるイベロモーラシアン(Iberomaurusian)狩猟採集民(関連記事)との間でアレル(対立遺伝子)が過剰に共有される証拠を示しません。


●ネアンデルタール人との混合

 PM1は現生人類とネアンデルタール人の両方と関連する形態的特徴のモザイク状を示すと示唆されており(関連記事)、そのゲノムは同じ年代枠の他のEUP現生人類遺骸と比較してネアンデルタール人との類似した混合水準(3.1%)を示し、現代ヨーロッパ人(2.2~2.7%)と比較してわずかに高いだけです(関連記事)。さらに、PM1のゲノムにはLGM後の個体群と比較して少ないもののより長いネアンデルタール人由来の断片があり、より古いウスチイシム個体よりも多いものの短い断片がある、と明らかになりました。この観察結果は、これらの個体の祖先における単一のネアンデルタール人からの遺伝子移入事象と一致します。

 現代のルーマニアで発見されたPOの4万年前頃の下顎(個体PO1)も異なるパターンを示し、その4~6世代前にネアンデルタール人の祖先がおり、ゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域は6~9%と推定されています(関連記事)。したがって、PM1とPO1は、古代型の形態的特徴を有すると示唆されてきた事実にも関わらず、明らかに異なるネアンデルタール人との混合水準および歴史を示します。PM1はEUPユーラシアの他の個体群と類似した色素沈着と関連する既知の一塩基多型祖先的多様体を有しており、皮膚の色素沈着は比較的濃く、茶色の目をしていた可能性が高そうです。


●PM1と他のEUP個体群およびヨーロッパ現代人との関係

 上述のように、EUPユーラシアでは人口集団変化の繰り返しが指摘されており、45000~30000年前頃にはいくつかの遺伝的に異なる狩猟採集民集団の共存の可能性が高く、後の石器時代集団や現代の人口集団との関係は異なっています。考古ゲノム研究により、ベルギーのゴイエット(Goyet)遺跡で発見された35000年前頃の1個体(Goyet Q116-1)や上述のロシアのスンギール遺跡(スンギール3)およびコステンキ14遺跡の個体といったヨーロッパの狩猟採集民と、北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性個体(関連記事)に代表されるアジア東部の狩猟採集民とのEUPの時点での分離が明らかになってきましたが、上述のウスチイシム個体やPO1のように、ユーラシア現代人には遺伝的に直接的には寄与していない、と推測されている集団の遺伝的データも存在します。

 遺伝的に、PM1は同じ頃のヨーロッパ狩猟採集民の変異内に収まりますが(図3)、より古いウスチイシム個体やPO1とは、とくにPO1とは地理的に近いにも関わらず、その変異内に収まりません。スンギール3やコステンキ14やPM1といったEUP個体群間の遺伝的類似性は、2000kmに及ぶ地理的範囲によたって広範な遺伝的類似性を示し、階層構造は地理よりも時間に起因する、と示唆されます。混合グラフとして関係をモデル化すると、PM1は遺伝的にヨーロッパ東西の狩猟採集民の中間に位置し、ヨーロッパ現代人に寄与した後の狩猟採集民とは遠い関係を示します(図3)。PM1は全ての現代ヨーロッパ人口集団と同様の遺伝的類似性を示しますが、かなり固有の遺伝的浮動も示しており、ヨーロッパ現代人の祖先の側枝だった集団を表している、と示唆されます。以下は本論文の図3です。
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●遺伝的多様性の比較

 網羅率の高い古代ゲノムが利用できるので、これらさまざまな集団と期間の遺伝的多様性の偏りのない推定が可能となります。興味深いことに、ヘテロ接合性はLGM前にはLGM後の狩猟採集民よりも有意に高い、と示されました(図4A)。LGMにおける多様性の同様の喪失は、mtHgでも見られました。現代のアフリカとアフリカ外の人口集団間のほとんどの多様性低下は、出アフリカ移住と関連する(単一もしくは複数の)ボトルネックに起因しますが、ヨーロッパにおける経時的な遺伝的多様性(図4)は、その後の気候および人口統計学的事象の影響と重要性を示します。

 まず、多様性の低下は出アフリカ移住だけが原因ではない、と結論づけられます。むしろヨーロッパで見られるように、低い多様性は人口集団の入れ替わりを伴う拡大期間におけるアフリカ外の低い人口密度に起因するようです。次に、LGM後のヨーロッパには、比較的小規模な狩猟採集民集団が1ヶ所もしくはわずか数ヶ所の氷期の退避地から再移動してきた、という可能性が高そうで、農耕と関連する後の大規模な移住によりLGM前の水準に近い遺伝的多様性の増加がもたらされました。

 ヘテロ接合性に加えて、高網羅率のゲノム配列を有する古代および現代の個体群における、ROH(runs of homozygosity)とも呼ばれるホモ接合状態の隣接するゲノム領域が評価されました。ROHとは、両親からそれぞれ受け継いだと考えられる同じアレル(対立遺伝子)のそろった状態が連続するゲノム領域(ホモ接合連続領域)で、長いROHを有する個体の両親は近縁関係にある、と推測されます。ROHは人口集団の規模と均一性を示せます。

 ROHは同祖対立遺伝子(identity-by-descent、略してIBD。かつて共通祖先を有していた2個体のDNAの一部が同一であることを示し、IBD領域の長さは2個体が共通祖先を有していた期間に依存し、たとえばキョウダイよりもハトコの方が短くなります)の証拠とみなすことができ、個体の最近の人口史の反映に用いられます。ROHはLGM前の狩猟採集民がおそらくは親族間の配偶を回避する社会的行動をとっていた、と示すのに用いられてきました(関連記事)。

 部位ごとのヘテロ接合性と一致して、ROHはLGM後の狩猟採集民よりもLGM前の狩猟採集民の方がずっと遺伝的に多様である、と示唆されます(図4B)。とりわけ、LGM前のより新しい狩猟採集民であるスンギール3とPM1は両方の分析で中間の遺伝的多様性を示します。これは、LGMおよびその後の遺伝的多様性の喪失が、小集団から始まった再居住および人口集団の入れ替わりと相まって、過酷な気候条件により引き起こされた可能性が高いことを示します。以下は本論文の図4です。
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●疾患関連遺伝子

 PM1の完全なゲノム配列と、既知の高網羅率の古代人のゲノムとを合わせることにより、ヨーロッパの石器時代(EUPから新石器時代)個体群の間の疾患と関連する多様体の景観を調査できました。遺伝医学の方法論を用いて、潜在的な病原性変異とその頻度変化が調べられました。まず、LGM前の狩猟採集民、LGM後の狩猟採集民、新石器時代農耕民に分類される、古代の個体群のゲノムのコード領域(エクソン)における変異負荷の観点で、相互および現代の健康な個体群と比較して違いがあるのかどうか、調べられました。死後のDNA損傷の影響と配列エラー率に起因する古代人のゲノムにおける偽陽性の可能性を避けるため、コーディング領域の既知の一塩基多型のホモ接合性の置換多様体に焦点が当てられました。非同義多様体、非同義多様体と同義多様体の比率、停止多様体の類似の数により示されるように、現代人のゲノムと比較して古代人のゲノム間では、タンパク質を変えるような多様体のコーディングの負荷に有意な違いはありませんでした。

 全てのミスセンス多様体(アミノ酸置換をもたらす変異)間で損傷の可能性がある多様体の負荷を評価するため、2つの代理が用いられました。一方はヌクレオチド保存得点の分布で、もう一方はCADD(複合注釈依存枯渇)の分布です(図5)。これらの測定では、古代人のゲノムの3集団(LGMの前と後および新石器時代)は、現代人のエクソームと有意な違いを示しません。さらに、個々の古代人のエクソームは、現代人のエクソームと有意な違いを示しません。EUPの人口規模は、おそらく近親交配とボトルネックに起因する多様体損傷の発生増加をもたらした可能性がありますが、違いの欠如は、代わりにLGM前の人口集団の高い多様性と一致します。以下は本論文の図5です。
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 ほとんどの期間でエクソームの損傷多様体の数がより多いという強い兆候はありませんが、古代の個体群は現代人と比較して異なる一連の損傷多様体を有していたかもしれません。本論文は、古代人のゲノムを走査し、ヒトの病理に関わっている可能性があるいくつかの多様体を特定しました。本論文では、先史時代のヒトのエクソーム、もしくはHGMD(ヒト遺伝子変異データベース)の多様体における、稀でおそらくはホモ接合性の多様体に焦点が当てられます。

 最近の文献で重度の単一遺伝疾患と関連すると示唆された遺伝子において、2つの多様体が特定されました。一方は、ANKRD11遺伝子で特定されたホモ接合性のミスセンス多様体(Glu1413Lys)です。ANKRD11遺伝子におけるヘテロ接合型病原性多様体は、重度のKBG症候群の原因として報告されてきました。KBG症候群の患者は、巨大歯症、特徴的な頭蓋特色、低身長、骨格異常、全般的な発達遅延、発作、知的障害により特徴づけられます。しかし、さまざまな遺伝性パターン、ミスセンス多様体の未知の影響、PM1の頭蓋の特徴に基づいて、この診断は除外されました。

 もう一方は、14000年前頃のビション(Bichon)遺跡個体(図1)で特定されたAIPL1遺伝子の同じ多様体(His82Tyr)で、レーバー先天性黒内障4の網膜色素変性症の劣性型の散発的な症例における複合ヘテロ接合性状態で以前に報告されました。しかし、ビション遺跡個体の多様体は機能的ドメインにはなく、同じ多様体はホモ接合性状態でExAC(エクソーム集約コンソーシアム)において3回報告されています。これらの観察から、これがホモ接合性状態の病原性多様体である可能性はひじょうに低い、と主張できます。

 これら2例は、こうした多様体が病原性との考えに疑問を提起し、古代ゲノムの配列と詳細な分析が、現代の患者の潜在的な疾患原因変異の病原性に関する結論を導くのに役立つ、と示します。したがって、レーバー先天性黒内障4の以前の報告事例は、この特定のAIPL1変異により引き起こされた可能性は低そうです。さらにPM1で、医学的に関心がもたれそうな可能性のある、いくつかの稀でおそらくはホモ接合性の非同義多様体が特定されました。そのうち、発癌に重要な遺伝子である、IL-32のホモ接合性非同義多様体(Trp169∗)が特定されました。

 古代ゲノムの評価は、歴史時代におけるさまざまな病原体負荷による免疫応答の形成に関しても情報を提供できます。サイトカインは病原体に対する宿主防御の重要な免疫媒体です。より高いサイトカイン産生能と強く関連していると知られている、5つの遺伝子多型の存在が評価されました。興味深いことに、PM1のゲノムには、これら5ヶ所の一塩基多型のうち4ヶ所で、サイトカイン産生能の大幅な増加と関連する多様体が含まれています。それは、TLR1遺伝子のrs4833095におけるCアレルのヘテロ接合性、TLR6遺伝子のrs5743810におけるGアレルのホモ接合性、TLR10遺伝子のrs11096957におけるGアレルのヘテロ接合性、IL-10遺伝子のrs1800872におけるTアレルのヘテロ接合性です。

 さらにPM1では、平均的なサイトカイン産生と関連するIFNG遺伝子のrs2069727のヘテロ接合性保有も確認されました。全体として、これらのデータから、PM1はサイトカイン産生能の観点では高い応答性を有している、と示唆されるものの、ヨーロッパ現代人で高いサイトカイン産生の多型の組み合わせを示しているのは4%未満です。高い感染負荷の状況における高い免疫応答の保護効果を考慮すると、この遺伝的構成は、病原性微生物に対する保護をもたらす適応状態を表している可能性が高そうです。


●考察

 PM1の高い網羅率のゲノムデータにより、LGM前の人口集団における遺伝的多様性の特定が可能となり、それはヨーロッパの初期現生人類人口集団の新たな理解をもたらします。これらのデータは、アフリカからの移住後の初期現生人類集団は以前に考えられていたよりも多様であり、多様性の喪失と関連するボトルネックは北方の氷期により引き起こされた、という新たな枠組みを提案します。

 EUP個体群のゲノムで観察された高い多様性と一致して、その損傷多様体の負荷は現代人とほぼ同じでした。これは、小さな孤立した人口集団で見られる有害な多様体の高い負荷とは明らかに異なるパターンで、ヒトにおける遺伝的負荷のさまざまな見解を理解するのに役立つかもしれません。しかし、これらの高網羅率のゲノムは、ひじょうに小さな標本規模を表しており、この結果がEUPにおける人口集団全体に推定できるのかどうか、不明です。

 最後に、医学ゲノミクスで採用された新たな方法論を用いて、病原性の可能性がある多様体について、古代の個体群のゲノムが調べられました。EUP個体群のゲノムでは、医学的影響を伴ういくつかの興味深い稀な多様体が特定されました。レーバー先天性黒内障4の散発的な症例で説明されているAIPL1遺伝子の多様体(His82Tyr)など、特定された他の多様体の事例では、不充分な文献証拠に基づいて病原性である可能性は低い、と提案されます。さらに、旧石器時代には完全な盲目で生活することは困難である、と主張できます。しかし、先天的傷害もしくは負傷を有する個体への世話が、中期更新世以来考古学的記録に存在し(関連記事)、その多様体が盲目の原因として特定されたならば、初期のヒト社会において重度の障害を有する個体への世話の別の事例が追加できることにも、注意が必要です。この事例は、古代ゲノム分析が、現代の患者における稀な遺伝的多様体の病原性評価にも役立つことを示します。

 本論文は、古代ゲノム研究への新たな手法の道を開き、新たな手法では、古典的な集団遺伝学は医療ゲノミクスと組み合わせて人口統計学と疾患疫学について結論を導けます。将来の研究課題は、より大きな人口集団でこれらの医療遺伝学の観察を広げ、古代の人口集団における選択のパターンを調べて、狩猟採集民がLGM後に復興した退避地と人口集団を直接的に特定するために、拡張されるでしょう。本論文はおもにヨーロッパを対象としていますが、LGMにおける局所的な現生人類集団の遺伝的多様性の低下はおそらく世界中で起きており、今後の研究の進展が期待されます。


参考文献:
Svensson E. et al.(2021): Genome of Peştera Muierii skull shows high diversity and low mutational load in pre-glacial Europe. Current Biology, 31, 14, 2973–2983.E9.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.04.045