『卑弥呼』第65話「苦難」

 『ビッグコミックオリジナル』2021年7月5日号掲載分の感想です。前回は、日下(ヒノモト)の都(纏向遺跡でしょうか)の館で、日下の日見子(ヒミコ)と思われるモモソがトメ将軍とミマアキに、自分の父のフトニ王(記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)が筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)に厲鬼(レイキ)を送りこみ、今頃筑紫島では多くの人が死に瀕しているだろうから、3年後の日下とその配下の国々による筑紫島への侵攻が絵空事ではないと理解していただけたか、と不敵に問いかけるところで終了しました。今回は、その2日前に日下(ヒノモト)の都を、ともにサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)に仕えた五支族の末裔である、トモとワニが訪ねている場面から始まります。穂波 (ホミ)の大夫でもあるトモは、ヤノハが日見子(ヒミコ)と名乗り、サヌ王の領地で不可侵とされていた日向(ヒムカ)に山社(ヤマト)国を建てたことに、強い反感と敵意を抱いています。

 トモとワニを出迎えたのは、伊香(イカガ)のシコオと名乗る男性でした。シコオはフトニ王(記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)から、トモとワニが古の支族であることを確認し、二人を信頼したようです。トモとワニは、シコオが厲鬼で半分以上の従者を失いながら無事だったことに安堵し、我々が慕うサヌ王の導きだ、と言います。遠路はるばる訪ねてきたのは、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)に一大事が起きたからなのか、とトモとワニに訊いたシコオは、フトニ王は多忙なので自分が代わりに話を聞く、と言います。ワニはシコオに、古の支族に伊香という家はないが、シコオはどのような立場なのか、と尋ねます。シコオによると、伊香一族は河内湖(カワチノウミ)の沿岸と胆駒山(イコマヤマ)を住まいとした長髄日子(ナガスネヒコ)の末裔で、長髄日子とは勇猛果敢な戦人の通称であり、現在の日下では物部(モノノフ)と呼んでいるそうです。シコオの妹はフトニ王の子息に嫁いだので、シコオは王家の親戚筋となります。それを聞いたトモとワニは、シコオに敬意を払います。

 トモはシコオに本題を切り出し、暈(クマ)の国に偽りの日見子(ヤノハ)が顕れ、こともあろうにサヌ王の聖地を侵して山社国を名乗っている、と伝えます。その不届き者(ヤノハ)は日下への侵攻も考えているのか、とシコオに問われたトモは、そこまでは分からない、と答えます。シコオがトモにこう尋ねたのは、筑紫島から来たと思われる2艘の舟が河内湖に現れたからでした。トモは、日下に立つさいに偽りの日見子に兇手(キョウシュ)を放ったので、その者が仕損じていれば日見子(ヤノハ)は自分の命を狙うはずだ、と答えます。するとシコオは、いずれにしてもおとなしく返すわけにはいかないので、筑紫島から来た者たち(トメ将軍とミマアキの一行)を日見子様(日下のモモソ)の屋敷に招いて気の緩みを突いて殺すか、と思案します。日下にも日見子がいることに驚いたトモとワニは、日下の日見子の身を案じます。するとシコオは、筑紫島の日見子と日下の日見子では立場が違うようだ、日下の日見子は人と神の真ん中に位置し、その役目は人柱だ、とトモとワニに説明します。

 舞台は現代に戻り、ヤノハと事代主(コトシロヌシ)が面会している弁都留島(ムトルノシマ、現在の六連島でしょうか)です。ヤノハから薬草の知識の伝授を要請された事代主は、身体に入った厲鬼は熱を発して人を殺すので、熱冷ましにはイヌホオズキやアヂサイやヨモギなどが有効だが、厲鬼から民を守る最善の策は国と邑と家を閉ざすことだ、と答えます。人と人との接触を断ち、会う場合は布で口を覆い、何かに触れた指は水で洗うことなのか、とヤノハは悟ります。事代主は、歴代の事代主に伝わる木簡をヤノハに見せます。そこには166の薬草とその効能が記されていますが、出雲文字(神代文字の一種という設定でしょうか)という変わった文字が用いられていました。筑紫島に読める方がいるならこの木簡を進呈しよう、と申し出る事代主に対して、イクメという者が読めるはずなので、いただけるならありがたい、とヤノハは答えます。民のことを本当に考えている、と事代主に言われたヤノハは一瞬照れます。

 筑紫島では日見子が身罷った場合、次の日見子をどう選ぶのか、と事代主に問われたヤノハは、筑紫島の暈の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)では女性だけが学び、巫女になりたい者や素質のありそうな者が預けら、その中から選ばれる、と答えます。日見子に相応しい者が顕れない場合はどうなるのか、と事代主に問われたヤノハは、それは筑紫島の不幸なのでじっと耐えねばならない、と答えます。事代主は、出雲の場合、事代主の息子の中から後継者が選ばれる、とヤノハに説明します。血筋が重んじられる、というわけです。事代主は、自分には3人の妻がおり、息子は3人、娘が2人ですが、相応しい者がいなければ、新しい妻を娶り、また子を儲けねばならない、とヤノハに説明し、日見子という立場で子を孕むことは禁忌なのか、と尋ねます。ヤノハは、日見子たる者は生涯男を遠ざけねばならない、と答えます。

 すると事代主は一瞬考えこみ、そろそろ決めましょうか、とヤノハに言います。事代主は、出雲と山社が連合を組むことにお互い異議はないので、どちらが主導権を取るのか決めねばならないが、日見子殿(ヤノハ)は最初から自分にそれを託すつもりだったのだろう、と笑顔で問いかけます。ヤノハは、自分は間違って日見子に選ばれたので、人の上に立てる器ではない、と答えます。すると事代主は真顔になり、どのようにして大役を任されたのかは問題ではない、大切なのは任された後に何をするかだ、そなたにはその資格が充分ある、と指摘します。事代主はヤノハに、すでに気づいているだろうが、自分には「知」はあるが「政(マツリゴト)」を成し遂げる力はない、と率直に打ち明けます。事代主はヤノハに、出雲がある金砂国(カナスナノクニ)の王は小人ゆえに簡単に日下に取り込まれるだろうし、それを自分は見ているだけでどうすることもできないが、日見子殿は違う、「聖」から「政」を見おろして支配できる方なので、自分と日見子殿ならば、どちらが主導権を取るべきなのか、火を見るよりも明らかだ、と指摘します。それでも、自分の望みは違う、と言いかけるヤノハを、倭国のためなのでその望みは諦めるよう、事代主は諭します。しかし、自分の目が節穴でなければ、ヤノハには大役を担ってもらうには大きな苦難が立ちはだかっている、と事代主は指摘しますが、ヤノハはその意味を理解できません。

 日下では、トメ将軍とミマアキの一行がモモソと面会した館から立ち去ろうとしていました。モモソはトメ将軍に、日下の戦人はトメ将軍に危害を加える意図はないと伝えましたが、油断は禁物と考えるトメ将軍は、日没前には船着き場まで戻るつもりでした。ミマアキはトメ将軍に、自分たちを包囲していた戦人の一団が気配を消した、と指摘します。トメ将軍もそれには気づいており、新たな都に帰還したか、自分たちを見届けるのかもしれない、と考えます。自分たちを見届けるのが目的ならば、包囲したまま観察を続けるだろうし、攻めるつもりなら、包囲を解いて船着き場で待ち伏せるはずだ、とミマアキはトメ将軍に指摘します。するとトメ将軍は、自分たちは日下の日見子たるモモソの言葉を筑紫島に伝えねばならないので、何としても生きて戻る必要がある、と力強く言います。では、攻撃があると考えて日下の戦人の裏をかくべきでは、とミマアキはトメ将軍に進言します。舟を諦めて徒歩で胆駒山を越えれば、河内湖沿岸の邑々は無人なので、舟を調達できると思う、と構想を打ち明けるミマアキに対して、問題は、胆駒山にはナガスネと言われる戦人の邑があることだ、とトメ将軍は言います。サヌ王でさえ打ち破った勇者たちの邑だ、と言うミマアキに対して、ふいを突けば、船着き場で自分たちを待ち構える敵よりは勝機がある、とトメ将軍は明るい表情で答えます。震える兵士のフキオを卒長がからかい、一瞬緊張が解けた一行覚悟を決めます。場面が弁都留島に戻り、自分の苦難とは何か、とヤノハに問われた事代主が、妊娠しているのではないか、とヤノハに問いかけるところで、今回は終了です。


 今回は、日下に向かってからの動向が不明だったトモとワニが再登場し、トメ将軍とミマアキの器の大きさが描かれ、事代主がヤノハの妊娠の可能性を指摘するなど、見どころが多く、楽しめました。トモはサヌ王の末裔のフトニ王の重臣と思われ、親戚筋ともなるシコオ(後の物部氏という設定のようです)と会い、ヤノハへの敵意がさらに強化されたように思います。ヤノハが率いる山社国とって、トモのような筑紫島内部のサヌ王一族の一派は今後も脅威となりそうです。ヤノハはトメ将軍に、トモを殺害するよう命じていますが、トモは日下の戦人の支援を受けているでしょうし、トメ将軍もトモも筑紫島に戻るとしても、トメ将軍が広大な瀬戸内海でトモを見つけるのは困難でしょう。トモが穂波に帰還した場合、ヤノハは穂波のヲカ王にトモの粛清を指示するのでしょうか。トメ将軍とミマアキがどう苦難を乗り越えるのか、という点も注目されます。かつてサヌ王と長きにわたって戦った長髄日子(ナガスネヒコ)の末裔で、現在の日下では物部(モノノフ)と呼ばれている戦人との関係がどのように描かれるのか、楽しみです。

 今回最大の注目点は、ヤノハの妊娠の可能性を事代主が指摘したことです。ただ、ヤノハは自身の妊娠に気づいていなかったようです。ヤノハが弟のチカラオ(ナツハ)に強姦された時点で、ヤノハは妊娠し、そのため『三国志』に見えるように卑弥呼(日見子)はほとんど人と会わなくなったのではないか、と予想していましたが(第54話)、やはりヤノハは妊娠しているようです。事代主がヤノハに、日見子という立場で子を孕むことは禁忌なのか、と尋ねた時、事代主がヤノハを新たに妻に迎えて子を儲けるつもりなのか、と一瞬考えましたが、すぐに、ヤノハの妊娠に気づいたのかな、と考えなおしました。医術に長けている事代主はヤノハの妊娠に気づいた、ということなのでしょう。問題は今後で、ヤノハが事代主に堕胎を要請することも考えられますが、事代主が出産までヤノハを匿い、ヤノハとチカラオとの間の子供を引き取るのかもしれません。その子供の娘(ヤノハの孫)が『三国志』に見える台与と予想していますが、どうなるでしょうか。事代主はなかなかの人格者のようで、山社国と出雲との提携は上手くいきそうですが、妊娠したヤノハが日見子としての権威をどう維持するのか、という新たな難問が生じ、山社国を盟主とする連合国家の安定にはまだ大きな山場がいくつもありそうです。その分、物語を楽しめそうでもあり、今後の展開も大いに期待されます。

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