『卑弥呼』第64話「日下の日見子」

 『ビッグコミックオリジナル』2021年6月20日号掲載分の感想です。前回は、日下(ヒノモト)都でトメ将軍が、モモソと名乗る女性に、そなたこそ日下の日見子(ヒミコ)ではないのか、と問い詰めるところで終了しました。今回は、その少し前の場面から始まります。日下の都(纏向遺跡でしょうか)の館でトメ将軍とミマアキがモモソと面会している間、トメ将軍の配下の兵士たちは館の外で待機していました。見回りをしてきたフキオという兵士は、何者かに見張られているような気がする、と卒長に報告します。すると卒長は、腕を上げたな、とフキオを褒めます。見張られているどころか囲まれている、と卒長に告げられたフキオは、慌ててトメ将軍に報せようとしますが、トメ将軍はとっくに気づいているはずだ、と卒長は落ち着いて言います。屋敷にはモモソ以外に誰もいない、と報告を受けた卒長は、自分たちを囲んでいる軍が射かけてきたら一目散に屋敷に退避する、と兵士たちに指示を出します。

 屋敷ではトメ将軍がモモソに、自分たちを殺すつもりか、と問い詰めます。するとモモソは、あの者たちはたとえ自分が殺されても何もせず、黙って見ているだけだ、と答えます。では、危険を冒してまで自分たちを屋敷に招き入れた理由は何か、とトメ将軍に問われたモモソは、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の客人に伝えたいことがあったからだ、と答えます。モモソは、近いうちに日下は筑紫島に攻め入る、と打ち明けます。伊予之二名島(イヨノフタナノシマ、四国と思われます)の伊予(イヨ)と五百木(イオキ)と土器(ドキ)と賛支(サヌキ)はすでに日下の支配下で、埃国(エノクニ)と吉備(キビ)と針間(ハリマ)とも輪を結び、金砂(カナスナ)国も時間の問題なので、豊秋津島(トヨアキツシマ、本州を指すと思われます)最西端の宍門(アナト)国も推して知るべし、というわけです。侵攻まであと3年といったところだろうか、とモモソはトメ将軍とミマアキに告げます。

 弁都留島(ムトルノシマ、現在の六連島でしょうか)では、ヤノハと事代主(コトシロヌシ)が嵐の中、館から出て会話を続けていました。筑紫島の山社(ヤマト)を盟主とする連合国と出雲が手を組めば日下に勝てますか、とヤノハに問われた事代主は、分からない、と答えます。日下とはそれほど強大な国なのか、とヤノハに問われた事代主は、広さはむしろ小国の部類だが、戦人は倭国位置だろう、と答えます。出雲の戦人も筑紫島の戦人もいつもは米や野菜を育てる邑人だろうが、日下の戦人は戦しかしない、と事代主はヤノハに説明します。日下の戦人は戦を生業にしており、出雲の戦人が農閑期にしか戦ができないのと違って、春夏秋冬いつでも戦闘態勢にあり、戦がない時はずっと殺人の方法を考えて稽古をしている、というわけです。なんという国だ、とヤノハは嘆息します。事代主は国の興りを、民がいて国が作られ、王が生まれる、と考えています。しかし、日下は最初に王がおり、王こそが国で、王のために民がいる、と事代主はヤノハに説明します。自分はとても住めない、と言うヤノハに対して、日下にいる日見子はあくまでの王の下で、王が絶対だ、と事代主は説明します。その強国の日下に国譲りを強制されてどう耐え抜いたのか、とヤノハに問われた事代主は、時を稼いだだけで、もはや時間切れと思ったところで、なぜか日下から使者が来なくなった、と答えます。その理由は厲鬼(レイキ)、つまり疫病で、厲鬼が広まると、代々の日下の王は都を捨てて新たな都に移る、と事代主はヤノハに説明します。日下の王は新たな都を造るのに多忙なので、侵略を一時中断した、というわけです。厲鬼とのために戦い方を伝授してほしい、とヤノハに要請された事代主はどうすべきか考えたのか一瞬間を置き、自分の神である大穴牟遅命(オオアナムチノミコト)には少名毘古那命(スクナビコナノミコト)という親指ほどの小さな神である友がいる、と答えます。

 日下ではトメ将軍がモモソに、日下の日見子の役割は示斎(ジサイ)と同じなのだな、と言います。トメ将軍はかつて韓(カラ、朝鮮半島を指すのでしょう)に渡る舟で何度も示斎になりました。示斎とは舟乗り全員の運命を背負う役で、舟が災難に見舞われたり舟乗りの誰かに不幸が降りかかったりすれば、示斎は身代わりに命を差し出さねばならない、とトメ将軍はモモソに説明します。厲鬼が都を襲ったのは日見子たるモモソの力不足なので、新たな都の建造期間に一人で都に残って鬼と闘い、生き延びればそれでよいが、死ねば新たな日見子が選ばれるだけだろう、とトメ将軍はモモソに指摘します。それ故に屋敷を囲む日下の戦人はモモソの生死をただ見ているだけなのか、とミマアキに問われたモモソは肯き、ミマアキはその酷い境遇に同情します。モモソは、そのうえで自分をどうするつもりなのか、とトメ将軍とミマアキに問いかけます。

 弁都留島では、事代主がヤノハに、古くから密かに伝わる教えがある、と説明します。厲鬼とは人の目に見えない小さなものだが、親指ほどの少名毘古那命になら見え、厲鬼は人の唾や指を介して他人に移り、百骸九竅、つまり人の多数の穴から体内に入る、というのが少名毘古那命の教えでした。どうやれば厲鬼を退散させられるのか、とヤノハに問われた事代主は、厲鬼を落とすには水が一番で、綺麗な水で手や身体をこするのがよく、粘土や灰汁、つまり獣の油に灰を混ぜたものや、胡麻などの油を手につけて洗うのも有効で、布で口や鼻を覆い、素手で人に触れないことが肝心で、あとは薬草を毎日飲み、厲鬼に負けない身体を作ることだ、と答えます。事代主は、自分に跪いたヤノハに、筑紫の女王が頭を下げてはならない、と諭します。ヤノハは事代主に、筑紫島にはすでに厲鬼が上陸しており、このままでは多くの民が死ぬので、自分に薬草の知識を授けてもらいたい、と懇願します。多くの民を救うために自分に頭を下げるヤノハに事代主は驚きつつも喜び、薬草に関する知識を全て教える、と答えます。

 日下では、トメ将軍とミマアキがモモソに礼を述べ、立ち去ろうとしていました。自分を殺さないのか、とモモソに問われたミマアキは、モモソを殺せば自分たちの日見子(ヤノハ)に怒られる、と答えます。ヤノハは無駄な殺生を好まず、ただ倭の泰平を考えている人だ、とモモソに説明するミマアキに続いて、ただ、平和を阻む者には容赦のない人だ、とトメ将軍が補足します。するとモモソは、自分からも忠告がある、とトメ将軍とミマアキに伝えます。モモソはトメ将軍とミマアキに、もはや筑紫島には黄泉の使いが近づいているので、筑紫島に帰らないよう、忠告します。どういう意味なのか、ミマアキに問われたモモソは、自分の父のフトニ王(記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)は奸智に長けており、日下の軍門に下った伊予之二名島の五百木の海賊に厲鬼を仕込んで筑紫島に送った、と答えます。今頃筑紫島には厲鬼が蔓延し、多くの人が死に瀕しているはずだ、と説明したモモソが、侵攻まで3年が絵空事ではないことを理解していただけたか、とトメ将軍とミマアキに不敵に問いかけるところで今回は終了です。


 今回も情報密度が濃いというか、とくに日下について重要な情報が明かされ、たいへん楽しめました。ヤノハと事代主の会見は友好的に終わりそうで、ヤノハは事代主から薬草の知識を授かることになりました。ただ、ヤノハと事代主の面会は国譲りの対決でもあるわけで、この点がどう決着するのか、まだ明示されていません。事代主は、互いに自分たちの神を尊重すればよい、という前回示されたヤノハの方針にたいへん満足していたようですし、今回は、民を救うために自分に頭を下げるヤノハの器量に深く感心したようなので、ヤノハを盟主とする山社国連合に加わると決めたようにも思われます。ただ、ヤノハは事代主に倭国を託して弟のチカラオ(ナツハ)とともに逃亡しようと考えており、これまでは友好的なヤノハと事代主の関係がどう定まるのか、なかなか見えにくいところもあります。ヤノハはヒルメに命じられたチカラオに強姦されており、妊娠している可能性があります。そのため、卑弥呼(日見子)は滅多に人々の前に姿を見せなくなったのでしょうか。

 ヤノハが事代主から疫病対策を聞き、薬草の知識を伝授されることになったのは、日下の謀略との関係でも注目されます。日下のフトニ王は疫病患者を筑紫島に送り込み、筑紫島を疲弊させたうえで侵略しようと考えています。しかし、ヤノハによる疫病対策が奏功すれば、日下の侵略も容易ではないでしょう。あるいは、ヤノハは日下やその支配下の国々にも疫病対策を伝えて、それにより西日本を政治的に広く統合することにも成功するのでしょうか。ただ、日下はたいへん野心的で残忍な国と描写されており、容易にヤノハを盟主と認めるとも思えません。ましてや、日下の始祖のサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)が絶対に侵略しないよう命じた日向(ヒムカ)を、ヤノハが支配して山社建国に至ったわけですから、なおさらです。そうすると、ヤノハを日見子(卑弥呼)として盟主とする国家連合は、暈(クマ)を除く九州(対馬と壱岐も含めて)と穴門(アナト、現在の山口県でしょうか)と出雲などくらいで、日下を盟主とする国家連合と対峙することになるのかもしれません。

 ただ、現在に伝わる記紀を中心とした古代神話との整合性からは、日下が倭国を統一した、という話になりそうです。とはいえ、日下の銅鐸信仰は後のヤマト王権には伝わっていないようですから、単純に日下が倭国を統一したという設定でもないようです。あるいは、筑紫島を中心とした山社国(邪馬台国)連合が後に日下の都(おそらくは纏向遺跡)に移り、より本格的な国家(王権)が成立するなかで、権威・権力が強化されたヤノハやその後継者たちは日下の神話を取り込んでいき、自らの正統性を強調するようになった、という話になるのでしょうか。

 日下がどのような国なのかもかなり明かされましたが、広さでは小国でありながら他国にとって脅威となるだけの専業兵士をどのように維持しているのか、気になるところではあります。強力な日見彦(ヒミヒコ)で、今でも筑紫島に信奉して従うものが多いサヌ王の権威により、周辺諸国からの貢納があるのでしょうか。あるいは、武力に特化することで周辺諸国からの略奪もしくは貢納を可能としているのかもしれませんが、ヤノハにとって暈以上の強敵となりそうな日下との関係が、今後の話の中心になりそうです。そうすると、山社国連合が魏に使者(おそらくは『三国志』に難升米と伝わるトメ将軍)が派遣されるのは、随分と先のことになりそうで、できるだけ長く続いてもらいたいものです。

 日下のモモソの人物像もかなり明かされました。モモソは日下の日見子のようですが、その役割は筑紫島の日見子とはかなり異なるようです。筑紫島の日見子は、政治と軍事を司る昼の王と対等というより、むしろ上の立場にいるように思われますが、日下の日見子は王よりも明確に下に位置づけられており、それどころか示斎と似た役割を担っているようです。そのため、日下の日見子は人々の犠牲になることを覚悟しなければいけないわけですが、日下の日見子はそれに相応しく胆力のある人物のようです。ただ、日下の日見子は王の娘ですから、家柄により日見子に選ばれているのだとしたら、ヤノハに殺された暈の「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)のモモソと異なり、霊力はとくに優れていないのかもしれません。ヤノハが日下のモモソの存在を知った時にどう反応し、両者がどのような関係を築くのか、また日下のモモソから筑紫島に帰らないよう忠告されたトメ将軍とミマアキがどう対応するのか、注目されます。本作は色々と見どころがあり、今後もたいへん楽しみです。