鹿児島県南種子島町広田遺跡出土人骨のmtDNA分析

 本論文(篠田他.,2021)は、「新学術領域研究(研究領域提案型)計画研究B01【調査研究活動報告2019年度(1)】考古学データによるヤポネシア人の歴史の解明」の研究成果の一環となります。弥生時代以後期後半~古墳時代(紀元後3~7世紀)の鹿児島県南種子島町広田遺跡では、合計158体の人骨と多数の貝製品が出土しています。弥生時代から古墳時代にかけて行なわれた九州北部と南西諸島の貝交易の経路上にあることから、この時代のヒトとモノの流通に重要な役割を果たした遺跡と考えられています。

 人骨の形態は極端な短頭で、成人男性で平均約154cm、女性で平均約143cmと小さく、同時代の九州北部の「弥生人」と比較して極端に小さい、と明らかになっています。その特異な形質から「南九州弥生人」としてまとめられています。広田遺跡の人々の系統は、南島の貝文化の考察において重要な情報を提供すると考えられていますが、その起源とおよび周辺集団との関係について、現状では自然人類学的研究からは確定的な結論が出ていません。

 2003~2006年の発掘調査で出土した人骨については、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の予備的研究が行なわれていますが、当時の分析技術では得られた情報はさほど精緻なものではなく、結論も限定的になっています。本論文は、2005年に発見された1体の人骨(南区2号墓人骨)の、次世代シークエンサ(Next Generation Sequencer、NGS)を用いてのmtDNA全配列の解析結果を報告します。まず、APLP法(Amplified Product-Length Polymorphism method)によるmtDNAハプログループ(mtHg)分析が行なわれ、次にNGSを用いたmtDNAの全塩基配列が決定されました。APLP解析では、南区2号墓人骨はmtHg-B4で、a・b・c以外の下位区分と示唆されました。NGSでは、mtHg-B4f*と推定されました。

 これまでの研究では、南西諸島の縄文時代相当期には、mtHg-M7a1系統が卓越する、と示されています。形態学的には南方「縄文人」系統と考えられている広田遺跡南区2号墓人骨もmtHg-M7a1と予想されましたが、じっさいにはB4fでした。mtHg-B4fはこれまでに「縄文人」で検出されたことはなく、現代日本人に占める割合は0.7%で、中部地方においてやや割合が高い、と報告されています。

 次に、これまでに報告されているmtHg-B4fの現代人の全塩基配列と、南区2号墓人骨の系統樹が作成されました。mtHg-B4fは5個体報告されており、地域不明の1個体を除いて全て日本人です。そのうち3個体はmtHg-B4f1に分類されましたが、南区2号墓人骨は別系統となり、mtHg-B4f1の日本人の多数派が成立する以前に分離した系統です。解析個体数が少ないので限定的な結論になりますが、mtHg-B4fが報告された個体は日本人だけなので、日本列島で誕生した系統とも考えられます。

 南区2号墓人骨の年代は古墳時代なので、mtHg-B4fは弥生時代以降のアジア東部大陸部から日本列島に到来した集団からもたらされた、とも考えられます。一方で、南区2号墓人骨の形態からは「縄文人」系統とも考えられます。同じく「縄文人」系統と考えられる西北九州「弥生人」では、形態的に「縄文人」系と推定される個体でも、核DNA解析では弥生時代以降の「渡来系」集団の遺伝的影響を受けている事例が確認されています(関連記事)。南区2号墓人骨の由来を正確に把握するには、核DNA解析を行なう必要があります。南区2号墓人骨は、汚染率がやや高いものの、核DNA解析は可能と判断されており、核DNA解析結果が注目されます。


参考文献:
篠田謙一、神澤秀明、安達登、角田恒雄、竹中正巳(2021)「鹿児島県南種子島町広田遺跡出土人骨のミトコンドリアDNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P433-439

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