未確認生物とも噂されてきたコーカサス南部の女性の正体

 未確認生物とも噂されてきたコーカサス南部の女性遺骸のゲノム解析結果を報告した研究(Margaryan et al., 2021)が公表されました。コーカサス南部のアブハジアの民間伝承によると、ザナ(Zana)と呼ばれる「野生の女性」が19世紀に存在し、一部の地元民からアブナウアユ(Abnauayu)もしくはアルマスティ(Almasty、アルマス)と呼ばれていました。これは、コーカサスやアジア中央部に生息しているとされる、ヒマラヤのイエティ(Yeti)や北アメリカ大陸のビッグフット(Bigfoot)と類似した未知の生き物(いわゆる未確認生物)の名前です。ザナは森での野外生活中に捕獲され、後には次々と地元の裕福な人々の奴隷とされ、最終的にはアブハジアの貴族であるエッジ・ジェナバ(Edgi Genaba)に購入され、トキナ(Tkhina)の屋敷に連れて行かれて、1890年頃に亡くなるまでそこで暮らしました。

 ザナは女性のイエティだったかもしれない、という憶測に触発され、ソ連の科学者たちは1962年にアブハジアを訪れ、まだザナを覚えているトキナ村の長老から話を集めしました。地元民のザナに関する説明は、「一部はヒトで一部は動物」であり、身長は2mで、濃い肌の色と太い髪で覆われ、片手で50kgの小麦粉の袋を持ち上げ、競争ではウマを追い越した、というものでした。目撃者の説明によると、ザナは話せず、それはザナの奇妙な行動と外見とともに、ザナがアルマスティ(アルマス)だという評判をもたらしました。またザナは、地元の男性との間に息子と娘を2人ずつ産んだ、と記録されています。ザナは死後にジェナバの家族墓地に埋葬され、ザナの正確な埋葬地は不明でしたが、ザナの2番目の息子であるフウィット(Khwit)の墓は1971年に特定されました。研究者たちは、ザナの埋葬場所を突き止めようと複数回試みた後、身元不明の女性遺骸をジェナバの家族墓地で発見し、ザナかもしれない、と推測しました。

 以前のDNA分析の限界と頭蓋計測研究の曖昧さの可能性を克服するため、この未知の女性とフウィット両者のゲノムが、それぞれ3.1倍と3.3倍の網羅率で配列されました。ゲノム規模分析により、両者の遺伝的祖先系統(祖先系譜、ancestry)と親族関係が調べられ、客観的なゲノム規模データに基づいてザナの物語に光を当てることができました。両者のゲノム規模データは、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)やチンパンジー(Pan troglodytes)や13300年前頃および9700年前頃のコーカサス南部の人類遺骸(関連記事)と比較されました。これらの遺伝的データは、ザナかもしれない未知の女性遺骸とフウィットが、それぞれ女性と男性であることを改めて確認しました。


●片親性遺伝標識

 片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)に関して、ミトコンドリアDNA(mtDNA)は女性遺骸とフウィットが同一と確認され、母子関係であることと一致します。両者のmtDNAハプログループ(mtHg)はL2b1bで、その上位区分であるmtHg-L2bはアフリカ西部に広く分布していますが、アフリカ全域でも見つかっています。以前の分析でも同じmtHg-L2b1bが特定されています。フウィットのY染色体ハプログループ(YHg)はR1b1a1b(M269)で、明確に非アフリカ系統を反映しています。YHg-R1b1a1bはヨーロッパとアジア南西部において高頻度です。

 フウィットのmtDNAを分析した初期の研究では、ザナがアフリカ起源と明らかになりましたが、おそらくその時は適切な包括的データセットがなかったため、アフリカの古代系統かもしれない、と示唆されました。本論文は改めて、未知の女性標本のmtDNA配列とmtHg-L2他の93個体との関係を分析し、予測されたように未知の女性標本のmtHgがL2b系統の他の個体とクラスタ化する、と明らかになりました(図1)。以下は本論文の図1です。
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 以前の研究では、mtHg-L2bは24000年前頃に発生したと推定されているので、未知の女性標本が古代型もしくは非現生人類(Homo sapiens)ホモ属起源のmtHgを有している、との仮説は却下されます。未知の女性標本とその姉妹集団の母系の最新の共通祖先の年代(TMRCA)は9800年前頃と推定されました。


●親族関係

 次に、PCAngsdとrealSFSで実装されているPC-relateを用いて、フウィットと女性標本ザナが直接的に関連しているのかどうか、検証されました。ザナとフウィットの組み合わせの親族係数は0.1818で、1親等の関係区間(0.177~0.354)に収まりました。realSFS分析により、0に近いR0値(0.0015)が推定され、親子関係が示唆されました。両者のmtDNAが同一であることと合わせて、未知の女性標本はフウィットの母親であり、ザナと明確に特定できます。


●遺伝的類似性

 核ゲノムデータを用いて、ザナおよびフウィットの親子と他の世界中のさまざまな人口集団との遺伝的関係を評価するため、主成分分析が実行されました。ネアンデルタール人およびデニソワ人3個体も比較対象に含まれ、チンパンジーが外群として用いられました。また、コーカサス南部の中石器時代の狩猟採集民2個体((SATPおよびKK1)も比較対象として含められました。結果は、ザナが非現生人類ホモ属にもチンパンジーのどちらにも遺伝的に近くなく、現代人集団と密接にクラスタ化することを明確に示します(図2A)。両者の親子関係および息子のフウィットのYHg-R1b1a1bから予測されるように、フウィットは主成分分析ではヨーロッパもしくはコーカサスの人口集団とアフリカの人口集団との中間に位置します。

 ADMIXTUREを用いての教師なしクラスタ化分析も明確に、ザナが「非ヒト」起源である、との仮説を却下します。むしろ明らかなのは、ザナが現代のアフリカ東部および西部の人口集団と遺伝的祖先系統(祖先系譜、ancestry)を共有していることです(図2B)。以下は本論文の図2です。
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 ザナのアフリカ起源をさらに調べるため、追加の主成分分析と混合分析が実行されました(図3A)。ここでも、ザナはディンカ人などアフリカ東部集団とヨルバ人などアフリカ西部集団からの祖先系統構成要素を示し、アフリカ南部と北部と中央部の人口集団からの顕著な遺伝的寄与を有していません。しかし、ザナがディンカ人的な人口集団とヨルバ人的な人口集団(それぞれ図3Aの紫色と桃色)間の混合に由来するのか、それともルヒヤ人やルオ人のようなアフリカ東部集団にのみ起源があるのか、解決できませんでした。

 ザナの祖先系統の割合をより正確に推定するため、アフリカの人口集団の多様性のほとんどを反映するアフリカの13人口集団に基づいて「教師有」様式で混合分析が実行されました(図3B)。その結果、ザナの祖先系統の大半(66%)はアフリカ東部起源と推定されましたが、アフリカ西部人の遺伝的構成要素も顕著な水準(34%)で示されました。アフリカの人口集団とザナの遺伝的関係をさらに視覚化するため、アフリカの東部と中央部と西部の集団とのみUMAP(均一多様体近似および投影)を用いて追加の次元削除が適用され、ルオ人やルヒヤ人などアフリカ東部人口集団とザナの遺伝的近接性が明らかになります(図3C)。これは、TreeMixに基づく最尤分析でも裏づけられます(図4A)。以下は本論文の図3です。
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 ザナのゲノムへのネアンデルタール人からの遺伝子移入の可能性を検証するため、D統計(検証人口集団、ザナ、アルタイ地域ネアンデルタール人、チンパンジー)が実行されました(図4B)。その結果、これまでの研究のように、アフリカ北部および非アフリカ人口集団でのみネアンデルタール人との混合が示唆され、クラスタ化分析に基づいて特定されたサハラ砂漠以南のアフリカの集団とザナとの遺伝的近接性と一致します。以下は本論文の図4です。
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 要約すると、ゲノム規模分析に基づく本論文の結果から、ザナのゲノムはサハラ砂漠以南のアフリカ起源で、以前の頭蓋計測およびmtDNA分析の結果と一致する、と明らかになります。これは、アブハジアにおけるザナの存在が、19世紀のアブハジアにおける奴隷貿易の主要接続地の一つだったイスタンブールへのオスマン帝国の奴隷貿易と関連している可能性を示唆します。さらに、ザナの祖先系統の大半がアフリカ東部であることは、オスマン帝国におけるアフリカ人奴隷の大半はアフリカ大湖沼と現在のスーダン地域が起源だった、と示唆する歴史的記録と一致します。

 ザナの野生に関する同時代の報告やその後の物語は、少なくとも部分的には、言葉が話せないことや知的障害や全身を覆う長い髪など、ザナの珍しい身体的特徴の一部に基づいていました。ゲノムデータは明確にこれら全ての非ヒト仮説を却下し、ザナの身体的特徴のこれらの記述が正確であれば、ザナは先天性の汎発性多毛症(顔貌異形や知的傷害や多毛症を伴う症候群)など稀な遺伝的疾患を有していたかもしれない、と本論文は推測します。


●まとめ

 本論文の結果は、ジェナバ家の墓地に埋葬された未知の女性がザナであることを証明します。ザナはアルマスティ女性だったかもしれない、との推測とは対照的に、本論文の結果は決定的なゲノム規模データを提供し、ザナがヒトの女性ではない、という説に終止符を打てました。ザナはアフリカ東部人の系統である可能性が高いものの、部分的なアフリカ西部祖先系統の可能性も除外できません。本論文の仮説は、ザナの系統が、オスマン帝国による16~19世紀の奴隷貿易の結果として現在のコーカサス南部のアブハジアの領域に到来したかもしれない、というものです。ザナがヒトではない、という神話を煽ったのは単純に、異常な行動や身体的強さや高身長や認識できる言葉の欠如や多毛などザナの珍しい独特の身体的特徴と、その後の何世代もの噂だった、と本論文は推測します。

 ザナは森で捕らえられた後、基本的人権を奪われて奴隷として扱われました。ザナは監禁され、在地の男性と性的関係を強要された可能性が高く、強制労働に従事させられました。ザナの死後、ザナの神話的人物像に関する記述は、ザナの物語の解明へと科学者たちを惹きつけ、ザナの息子の骨が発掘されました。本論文の目的は、ザナの真の人間性を明らかにして、ザナとその子孫の遺骸に相応しい尊厳を与えることです。1960~1970年代の発掘と古代DNA分析の許可は、全て関係当局から得られています。


参考文献:
Margaryan A. et al.(2021): The genomic origin of Zana of Abkhazia. Advanced Genetics, 2, 2, e10051.
https://doi.org/10.1002/ggn2.10051