現代人で最もデニソワ人からの遺伝的影響が強いフィリピンのネグリート

 フィリピンのネグリートにおける種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)からの遺伝的影響に関する研究(Larena et al., 2021)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。出アフリカ以来、現生人類(Homo sapiens)はネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やデニソワ人といった絶滅ホモ属(古代型ホモ属)と、さまざまな年代と場所で共存して交雑してきました。ネアンデルタール人やデニソワ人、さらにおそらくは他の絶滅ホモ属との相互作用(関連記事)は、現代の人口集団のゲノムに遺伝的痕跡を残しました(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。

 全ての非アフリカ系現代人は、均一な水準のネアンデルタール人祖先系統(祖先系譜、ancestry)を有しますが、オーストラレーシア人は他の人口集団と比較して、デニソワ人祖先系統の割合がより高くなっています。デニソワ人は当初、オーストラレーシア人(フィリピンのネグリートとオーストラロパプア人の間で共有された遺伝的祖先系統の総称)の祖先との単一の混合事象を通じて、現生人類との単一の共有された人口史を有していると考えられていました(関連記事1および関連記事2)。

 その後の研究では、デニソワ人は深く分岐した構造の人口集団である可能性が高く、広範で多様な環境に居住していた、と示唆されました。これは、デニソワ人の祖先系統が、低水準とはいえ、現代のアジア東部人とアジア南部人とシベリア人とアメリカ大陸先住民で検出されたからです(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。人口集団水準のゲノムから回収された絶滅ホモ属由来領域の分析を通じて、現生人類はデニソワ人と過去に少なくとも2回混合し、デニソワ人的な人口集団は、参照されるアルタイ地域のデニソワ人(関連記事)とはさまざまな程度の遺伝的類似性を有する、と最近示されました(関連記事)。その後の研究により、第三の独立したデニソワ人からの遺伝子移入事象が明らかになり、これはパプア人関連人口集団のみで見られ、デニソワ人とオーストラレーシア人との間のますます複雑な混合史が示唆されました(関連記事)。

 デニソワ人とオーストラレーシア人との間の絡み合った人口史は明らかにされつつありますが、アジア南東部島嶼部(ISEA)におけるその特有の相互作用の知識は限られたままです。「ネグリート」と自己認識し、オーストラロパプア人と遺伝的に関連するフィリピンの一部の現代の人口集団が、顕著な水準のデニソワ人祖先系統を示すことから(関連記事1および関連記事2)、これはとくに重要です。ISEA地域における過去のデニソワ人とオーストラレーシア人の相互作用の理解を深めるため、25の民族言語的に多様なネグリート人口集団を含む、フィリピンの118の異なる民族集団からの1107個体の古代型(絶滅ホモ属由来の)祖先系統が包括的に調べられました(図1A)。以下は本論文の図1です。
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●フィリピンのネグリートの人口構造と遺伝的関係

 オーストラレーシア人関連のネグリートは、最終氷期には大半が陸地化していたISEAの連続した生物地理学的地域である、スンダランドの最初の現生人類の住民とみなされています(関連記事)。53000年前頃(95%信頼区間で64000~41000年前)となるパプア人との分岐に続いて、ネグリートは利用可能なパラワン・ミンドロもしくはスールー・サンボアンガ回廊を経由してスンダランドからフィリピンへと移動し、後に複数の言語的に多様な現在のフィリピンのネグリート集団へと分岐しました。

 現在のフィリピンのネグリートの遺伝的類似性の概要を提供するため、オーストラレーシア人とアジア東部人とユーラシア西部人を含む人口集団の部分集合で主成分分析が実行されました(図1B)。全てのネグリートはオーストラロパプア人とフィリピンのコルディリェラ人(Cordilleran)の人口集団クラスタ間に位置し、オーストラレーシア人関連祖先系統とアジア東部人関連祖先系統という、2つの祖先的供給源の混合が示唆されます。さらに、フィリピンのネグリートに限定された部分集合の主成分分析と、ADMIXTUREで実装された教師なしクラスタ化分析により、ネグリートの少なくとも5つの異なる人口集団クラスタが明らかになりました。それは、ルソン島中央部、ルソン島北部、ルソン島南東部、ルソン島南部、南部です(図1C)。

 フィリピンのネグリートはパプア人とクレード(単系統群)を形成する、と以前に示されました。そこで、フィリピンのネグリートとアジア東部人との間の最近の混合の証拠がさらに調べられました。D検定(ムブティ人;アジア東部人、オーストラレーシア人、検証集団)を用いると、ネグリート人はアジア東部人からの顕著な水準の遺伝子流動を示し、中国南部と台湾のより広大な地域からのオーストロネシア語族移民との最近の混合に起因します(関連記事)。連鎖不平衡(LD)に基づく混合年代推定手法を適用すると、ネグリートとアジア東部人との混合事象は2281年前(95%信頼区間で2523~2083年前)と推定されます。

 次に、最小限のアジア東部人との混合供給源の代理としてバランガオ(Balangao)のコルディリェラ人、最小限の混合オーストラレーシア人供給源の代理としてパプア人を用いて、qpAdmの実行で2つの祖先的供給源間の混合の程度が定量化されました。全体的に、ネグリートはアジア東部人とのさまざまな程度の混合を示し(図1D)、マリヴェレニョ語アエタ人(Ayta Magbukon)やアンバラ語アエタ人(Ayta Ambala)のようなルソン島中央部ネグリートは、アジア東部人関連祖先系統が10~30%と最小になっています。

 絶滅ホモ属とのオーストラレーシア人の遺伝的類似性を識別するため、チンパンジーとネアンデルタール人とデニソワ人の個体で主成分分析が実行され、現代のアフリカ人とアジア東部人とフィリピンのネグリートとオーストラレーシア人が投影されました。PC1軸はチンパンジーと絶滅ホモ属の軸により定義されたのに対して、PC2軸はデニソワ人とネアンデルタール人の軸により定義されます。全ての現代の人口集団は中心に位置し、その拡大図では、デニソワ人の軸に向かってのオーストラロパプア人とフィリピンのネグリートの帰属が示されます。興味深いことに、ほとんどのマリヴェレニョ語アエタ人は、パプア人もしくはオーストラリア先住民よりもデニソワ人の軸の端に位置し、オーストラロパプア人よりもマリヴェレニョ語アエタ人の方でデニソワ人祖先系統がより高水準であることを示唆します。


●最高水準のデニソワ人祖先系統を示すフィリピンのネグリート

 ネアンデルタール人祖先系統は全てのフィリピンの民族集団で均一に検出され、それはアフリカ外の世界規模の人口集団と同程度ですが、以前の研究で示されたように(関連記事1および関連記事2)、デニソワ人祖先系統の程度はずっと多様です(図2AおよびB)。デニソワ人祖先系統はネグリートでより高く、非ネグリート祖先系統の水準に比例して減少する明確な勾配があります。したがって、ネグリート祖先系統とデニソワ人祖先系統との間の強い相関が見つかります(図3A)。以下は本論文の図2です。
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 さらに興味深いことに、一部の北部ネグリートはこれまでに記録されたデニソワ人祖先系統の最高推定値を有しており(図2AおよびB)、D検定(ムブティ人;デニソワ人、オーストラリア先住民/パプア人、マリヴェレニョ語アエタ人)基づくと、オーストラロパプア人よりもマリヴェレニョ語アエタ人の方がより高いデニソワ人祖先系統を示します(図3BおよびC)。マリヴェレニョ語アエタ人へのデニソワ人の遺伝子移入のより高い程度は、10~20%のアジア東部人との最近の混合の検出にも関わらず、観察されます。これは、パプア人およびオーストラリア先住民集団との混合が少ないのとは対照的です(図3B~D)。これらの結果は、代替のデータセットを用いて、人口集団の代わりに個体群を検証するか、確認の偏りを考慮するか、これらの人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統を補正しても、一貫しています。

 デニソワ人の混合程度の違いは、ネグリートにおけるアジア東部人関連混合を隠すことでより明確になります(図3BおよびC)。これにより、ほとんどのネグリートでは、パプア人もしくはオーストラリア先住民よりも明らかに高いデニソワ人祖先系統の推定値が得られ、信頼区間は重なりませんでした。さらに、ネグリートにおけるデニソワ人祖先系統とアジア東部人関連祖先系統との間の回帰線を「アジア東部人との混合無し」に外挿法により推定すると、「混合されていない」祖先的ネグリートにおけるずっと高いデニソワ人祖先系統が示唆され、それはパプア人よりも46%高くなります(図3D)。同様に、ネグリートもしくはパプア人関連祖先系統とのデニソワ人祖先系統の比率は、パプア人関連人口集団よりもネグリートの方で顕著に高くなります(図3E)。以下は本論文の図3です。
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●配列データ分析によるデニソワ人祖先系統の割合の比較

 一部のフィリピンのネグリートにおいて、デニソワ人祖先系統が高水準であることについて、さらに調べられました。マリヴェレニョ語アエタ人5個体の高網羅率(平均37倍)の全ゲノム配列が生成され、絶滅ホモ属(関連記事1および関連記事2)および現代人(関連記事)の刊行された利用可能なゲノム配列データセットと統合されました。オーストラリア先住民の高網羅率のゲノムの比較分析に続いて、マリヴェレニョ語アエタ人が世界で最高水準のデニソワ人祖先系統を有する、と確証されました(図4A~C)。それは、f4比統計を用いてのデニソワ人祖先系統推定の違いに基づくと、オーストラリア先住民もしくはパプア人よりも34~40%高くなります(図4B)。以下は本論文の図4です。
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 統計的枠組み(関連記事)を用いて、マリヴェレニョ語アエタ人とパプア人のゲノムにおける(信頼度の高い)絶滅ホモ属由来の領域が特定され、人口集団における古代型ホモ属祖先系統の水準を推定するために、f4比統計における潜在的な偏りが除外されました。マリヴェレニョ語アエタ人における個体あたりのデニソワ人配列の平均量(5194万塩基対)は、パプア人のそれ(4196万塩基対)より有意に多く、マリヴェレニョ語アエタ人がパプア人よりもデニソワ人祖先系統を少なくとも24%多く有する、と示します(図4D)。

 さらに、マリヴェレニョ語アエタ人とパプア人はどちらも、シベリアのアルタイ地域の参照デニソワ人とは中程度の類似性を有するデニソワ人断片を示し、一致率は50%です(図5AおよびB)。これが示唆するのは、マリヴェレニョ語アエタ人およびパプア人へと遺伝子移入した絶滅ホモ属集団は、アルタイ地域のデニソワ人とは遠い関係にある可能性が高く、以前の観察(関連記事1および関連記事2)と一致する、ということです。以下は本論文の図5です。
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 アエタ人における高水準のデニソワ人祖先系統は、最近のデニソワ人との混合事象に起因するかもしれません。そうすると、混合領域はより長くなり、検出がより容易になります。これは、デニソワ人祖先系統がパプア人よりもアエタ人の方で24%過剰であることを説明できるかもしれません。しかし、アエタ人(26万塩基対)とパプア人(262000塩基対)では平均的な領域の長さが類似していることを考えると、この想定は当てはまらないと分かります。同様に、マリヴェレニョ語アエタ人とパプア人におけるデニソワ人領域の累積分布で有意な違いは見つかりませんでした。本論文の知見から、マリヴェレニョ語アエタ人とパプア人では混合年代は近いと示唆され、パプア人よりもアエタ人の方でデニソワ人との混合が多い、との本論文の主張を裏づけます。

 デニソワ人祖先系統の領域の長さは、以前にはパプア人と一部のフィリピンのネグリート集団で調べられ、さまざまな結果が得られました。以前の研究(関連記事)では、アジア東部人とパプア人への提案された2回の遺伝子移入事象に寄与した、混合デニソワ人由来の領域の長さに違いは見つかりませんでした。同様に別の研究(関連記事)では、パプア人における平均的なデニソワ人由来領域の長さには違いが見つかりませんでしたが、パプア人への異なる2回のデニソワ人からの遺伝子移入と一致する、領域の長さの分布における違いが報告されました。

 また別の研究では(関連記事)、本論文のデータセットではアンツィ語アエタ人(Ayta Mag-ants)とインディ語アエタ人(Ayta Mag-indi)と思われるアエタ人集団におけるパプア人よりもわずかに長い平均的な領域の長さが見つかり、アエタ人とパプア人への別々のデニソワ人からの遺伝子移入事象が示唆されました。ただ、その研究(関連記事)で見つかった平均的な領域の長さは、別の研究(関連記事)よりも15倍短く、本論文の推定では、少なくとも部分的には異なる推定手法に起因しているので、直接的比較が困難であることに要注意です。


●フィリピンのネグリートへの独立したデニソワ人からの遺伝子移入

 パプア人と比較してのマリヴェレニョ語アエタ人における有意に高水準のデニソワ人祖先系統は、オーストラロパプア人の祖先へのデニソワ人からの遺伝子移入事象とは異なる、ネグリートの間でのフィリピンにおける独立したデニソワ人からの遺伝子移入事象を浮き彫りにします。この観察は、現生人類へのデニソワ人からの遺伝子移入の複数の波を示唆する最近の研究と一致しており、デニソワ人はおそらくISEA全域に拡大しており、アエタ人のネグリートは第二のデニソワ人からの遺伝子移入事象を経た可能性が高そうです(関連記事1および関連記事2および関連記事3および関連記事4および関連記事5)。そこで、ネグリートとパプア人との間の分岐後に起きた、ネグリートへのデニソワ人からの独立した遺伝子移入事象の一連の証拠がさらに調べられました。

 第一に、ネグリートはオーストラロパプア人におけるオーストラレーシア人関連祖先系統と関連しないデニソワ人祖先系統を有する、と明らかになりました(図3A)。ほとんどのネグリートは、オセアニア人とインドネシア人におけるデニソワ人祖先系統およびオーストラレーシア人関連祖先系統と相関する傾きに対して、明確な外れ値を形成します。

 第二に、パプア人と比較してのネグリートにおけるかなり高いデニソワ人祖先系統(図3BおよびC、図4A~D)は、ネグリートへの追加のデニソワ人からの遺伝子移入事象のモデルと一致します。あるいは、ほとんどデニソワ人祖先系統を含まない人口集団との混合により、パプア人におけるデニソワ人祖先系統の「希釈」が起きたかもしれません。しかし、本論文でも以前の研究(関連記事1および関連記事2)でも、アジア東部人もしくはヨーロッパ人から高地パプア人への最近の遺伝子流動の証拠は見つかりませんでした。それどころかネグリートは、ほとんどデニソワ人祖先系統を有さないコルディリェラ人関連のアジア東部人との最近の混合の証拠を示します(図1D)。

 第三に、ネグリートとオーストラリア先住民とパプア人への共有されるデニソワ人からの遺伝子移入事象に基づく、qpGraphを用いての明示的な人口集団接続形態は却下されました(図6A)。これは、ネグリートへの個別のデニソワ人からの遺伝子移入事象に適合させたモデルとは対照的です(図6BおよびC)。以下は本論文の図6です。
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●シミュレーションにより裏づけられる異なるデニソワ人系統からの独立した遺伝子移入

 合着(合祖)シミュレーターmsprimeを用いてシミュレーションが実行され、共有されたデニソワ人からアエタ人ネグリートとパプア人の共通祖先への遺伝子移入事象の帰無モデル(図7F)、もしくは複数のデニソワ人との混合事象(図7K・P・U・Z)の代替的なモデル(代替1~4)から、アエタ人のネグリートがパプア人よりも高水準のデニソワ人祖先系統を有する、という観察されたデータ(図7A~E)と一致するデニソワ人祖先系統のバターンを得られるのかどうか、評価されました。代替1モデル(図7K)は、アエタ人ネグリートとパプア人の共通祖先集団における混合事象後の、異なる標本抽出されていないデニソワ人集団からのアエタ人ネグリートへの追加の混合事象を示します。代替2(図7P)・代替3(図7U)・代替4(図7Z)モデルは、さまざまな年代もしくは類似の年代に起きた、アエタ人ネグリートおよびパプア人の祖先集団への完全に別々のデニソワ人からの遺伝子移入事象を示します。

 共有されたデニソワ人との混合事象の帰無モデルとは対照的に、デニソワ人からネグリートへの別々の遺伝子移入事象のモデルに基づくシミュレーションでは、観察されたデータと一致するデニソワ人祖先系統のパターンが得られます(図7)。全ての代替モデルは一貫して、三つの実験上の証拠を再現します。つまり、パプア人よりもアエタ人ネグリートにおいてデニソワ人祖先系統が高水準であること、パプア人よりもアエタ人ネグリートにおいてオーストラレーシア人祖先系統に対してデニソワ人祖先系統の割合が高いこと、アエタ人ネグリートは、デニソワ人祖先系統とオーストラレーシア人祖先系統との間の相関を投影すると、パプア人関連集団により形成された傾きの外側に位置することです(図7)。同じ頃にアエタ人ネグリートとパプア人へのデニソワ人からの遺伝子移入事象が起きたとする代替4モデルのみが、アエタ人ネグリートとパプア人における類似の水準の平均的なデニソワ人由来領域の長さを示し、これは実験上のデータと一致するパターンです(図7Cおよび図7Ab)。その結果、代替4モデルのみが、実験上のデータ全てと一致する定性的パターンを示しました。以下は本論文の図7です。
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 まとめると、本論文のシミュレーションは、独立してアエタ人ネグリートとパプア人へと遺伝子移入した2つの別々のデニソワ人系統の存在を裏づけ、それはネグリートとパプア人の53000年前頃(95%信頼区間で64000~41000年前)の分岐後に同じ頃に起きた可能性が高そうです。最初の現生人類の移民がスンダランドとサフルランド(更新世の寒冷期にはオーストラリア大陸・ニューギニア島・タスマニア島は陸続きでした)に到来すると、これらの祖先的オーストラレーシア人集団は、ISEAとオセアニア地域全体に散在していた、深く分岐したデニソワ人関連集団と混合した可能性が高そうです(関連記事1および関連記事2)。

 最高水準のデニソワ人祖先系統を有する人口集団がISEAおよびニアオセアニア地域で見つかるという事実にも関わらず、デニソワ人化石はこの地域ではまだ見つかっていません。これは部分的には、デニソワ人の決定的な表現型の特徴に関する情報の欠如に制約されているかもしれません。デニソワ人に関する利用可能な知識のほとんどは、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された断片的な遺骸からのゲノムデータに基づいています(関連記事)。

 シベリア以外のデニソワ人に関する他の唯一の直接的証拠は、中華人民共和国甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で発見されており(関連記事1および関連記事2)、古代プロテオーム解析と古代ミトコンドリアDNA(mtDNA)解析により、白石崖溶洞で発見されたホモ属遺骸(夏河下顎)は系統発生的にアルタイ地域のデニソワ人と密接に関連している、と明らかになりました。これは、アジア東部で以前に発見された、中華人民共和国河北(Hebei)省張家口(Zhangjiakou)市陽原(Yangyuan)県の許家窯(Xujiayao)遺跡で発見されたホモ属遺骸(関連記事)や、台湾沖で発見された澎湖1(Penghu 1)と呼ばれるホモ属遺骸(関連記事)など他の絶滅ホモ属(古代型ホモ属)遺骸がデニソワ人かもしれない、との提案につながります。

 さらに、現在ネグリートが居住するルソン島では、67000年前頃の人類遺骸が報告され、ホモ属の新種ホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)に分類されており(関連記事)、本論文の遺伝的証拠と合わせると、ホモ・ルゾネンシスとデニソワ人が遺伝的に関連しており、異なる形態として存在していたか、あるいは島嶼部の同じ集団に属していた、という可能性が提起されます(関連記事1および関連記事2)。さらに、インドネシア領フローレス島で発見された絶滅ホモ属の新種ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)がデニソワ人と関連している可能性も、完全にあり得ないわけではありません。

 したがって、ISEAにおける複数の絶滅ホモ属(古代型ホモ属)遺骸の存在は、本論文も含めてこれまでの研究で提示されたゲノム証拠(関連記事1および関連記事2および関連記事3および関連記事4および関連記事5)とともに、デニソワ人がかなりの遺伝的および表現型的多様性のある深く構造化された人口集団を構成し、広範な環境に適応できたので、アジア太平洋地域で広く居住できた、という可能性を提起します(関連記事1および関連記事2および関連記事3および関連記事4)。これは、パプア人が30000~25000年前頃という最近のデニソワ人からの遺伝子移入事象を経た、と示すゲノム証拠により裏づけられ(関連記事1および関連記事2)、それはアエタ人ネグリートとパプア人との間の53000年前頃の分岐後のことになります。

 本論文の解釈は、絶滅ホモ属とISEAにおける高水準のデニソワ人祖先系統を有する現代の人口集団との共存の節約的な説明を提供しますが、これは利用可能な化石データに関する現在の古人類学的分析とは一致しません。ISEAにおける、デニソワ人とホモ・ルゾネンシスとホモ・フロレシエンシスと他の絶滅ホモ属との間の決定的な系統発生関係はまだ確定しておらず、将来、古代DNAもしくは古代プロテオームデータが利用可能になれば、解決される可能性があります。


●まとめ

 ISEA地域の困難な熱帯環境におけるデニソワ人からの古代DNAの発見と抽出成功が待たれますが、現段階では、計算による遺伝的手法が唯一の実行可能な代替手段のようです(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。この手法は、絶滅ホモ属(古代型ホモ属)が現生人類の過去と生物学をどのように形成したのか、理解を深めるのに成功した、と以前に示されました(関連記事1および関連記事2および関連記事3および関連記事4)。さらに、利用可能な計算ツールを最大限利用することで、フィリピンのネグリートのように、ゲノム調査で標本が不充分だった人口集団の重要性が強調されます。フィリピンのネグリートに関する本論文のゲノム分析は、ヒト進化史の重要な選択に光を当てます。つまり、以前には認識されていなかった、ISEA地域における現生人類とデニソワ人との間の複雑な相互作用です。


参考文献:
Larena S. et al.(2021): Philippine Ayta possess the highest level of Denisovan ancestry in the world. Current Biology, 31, 19, 4219–4230.E19.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.07.022

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