長井謙治「日本列島最古級の石器技術を考える」

 本論文はまず、紅村弘氏の研究を参照します。紅村氏は、「截断(剥離)技法」という独自性の高いアイデアを提示していました。紅村氏は、愛知県加生沢遺跡の石核について、立位複方向剥離石核と称する垂直方向の剥離が交差する立磐状の石核の存在を指摘し、これをバイポーラー・テクニックや円盤型石核技術とは異なる極東アジア的な剥片剥離法と示しました。紅村氏の提唱した「截断(剥離)技法」とは、鈍角剥離によって礫を縦分割するというアイデアにあり、90度°に近い打撃痕を正しく見抜くことで生まれました。紅村氏は立位複方向剥離石核についても、垂直方向からの打撃痕を正しく捉えることで、石核が縦位に置かれた状態で剥離が進んだことを見抜いていました。

 この紅村氏の洞察はおそらく独立独歩ではあるものの、手にした資料を忠実に観察していたことが厚い記述から読み取れ、その着眼点と研究態度は評価されるものである、と本論文は指摘します。しかし、この紅村氏の先駆的業績が、その後積極的な評価を受けることはありませんでした。また、バイポーラー・テクニックについて、芹沢長介氏や佐藤達夫氏や小林博昭氏や岡村道雄氏が注視し、その存在を指摘していたものの、これについても具体的な議論へと発展しませんでした。本論文はこれに関して、不運な時世と比較対象となる資料が不足していたこととともに、学説史としての哲学的・思想的背景があったことも指摘します。

 2000年の旧石器捏造発覚以降、学説史としてのパラダイムは解体し、国外の当該資料は充実した、と本論文は指摘します。近年、柳田俊雄氏と梶原洋氏はテクノロジーの視角に再び光を灯しており、愛知県加生沢遺跡、岐阜県西坂遺跡、大分県早水台遺跡、群馬県鶴ヶ谷東遺跡、栃木県星野遺跡、宮城県蒲沢山遺跡の出土試料に「両極剥離」の存在を指摘し、これを中国北部や朝鮮半島を含むアジア東部の「前期旧石器時代」に通有の技術基盤として再評価しています。本論文は、国内外の研究成果を渉猟し、「両極剥離」の内実を具体的なものへと昇華させようとする柳田氏と梶原氏の姿勢には大いに賛同しつつ、両氏たちが日本の「前期旧石器時代」の存在を当然視して議論を進めていることは、懐疑論者には少しついていけないところがあるだろう、と指摘します。石器か否かを決める一つの「言語」として「両極剥離が存在する」ことが利用されてきたような、負の学史が日本にはある、というわけです。「両極剥離」があるから真の石器があるのか、真の石器があるから「両極剥離」があるのか、堂々巡りしてはならない、と本論文は指摘します。

 著者も偽石器論争の渦中にあった「鈍角剥離」の用語を踏襲し、その技術的意義を唱えたことがあるそうです。しかし、著者の議論そのものが「石器認定論」と混同した印象を与えたことにより、学界に強い印象を残すことはできなかったようだ、と本論文は指摘します。「鈍角剥離」という用語もまた、捏造事件の後遺症を引きずる用語として、研究者の深層心理に負のイメージとして刷り込まれている可能性を本論文は指摘します。その後著者は、岩手県金取遺跡IV文化層、愛知県加生沢遺跡、岐阜県西坂遺跡、朝鮮半島の海洋酸素同位体ステージ(MIS)5に相当する萬水里遺跡、錦山里葛屯遺跡の大形石器群、さらには長野県石子原遺跡、竹佐中原遺跡の移行期石器群のなかに台石上の鈍角打撃技術を見出して、後期旧石器時代初頭を遡るアジア東部大陸部と島弧における技術体系としてその存在意義を主張し続けています。

 21 世紀には、更新世旧石器時代考古学の技術論者を中心として、非アシューリアン(Acheulian)系石器群としての両極技術ユニットの見直し機運が醸成しています。ヴァンデルドリフト(Jan Willem van der Drift)氏はこの学説を牽引する一人で、オンラインや映像媒体を通して積極的に成果発表をしています。2012 年に上梓された著書『旧石器時代の分割:両極道具体系概念への誘い』はその白眉とも言え、クラーク(John Desmond Clark)氏による石器階梯論モード1・2・3(関連記事)の見直し案が提示されています。ヴァンデルドリフト氏は、前・中期旧石器時代(下部旧石器時代と中部旧石器時代)の非アシューリアン系技術モードとして両極打撃群によるモードXを見出しており、これをモード2・3に並行する存続時期の長い剥片剥離モードとして位置づけています。両極打撃については、いわゆるナッツ割りを想起させる水平台石上での鉛直方向への挟み撃ち法のみならず、地面上保持による垂直打撃、あるいは台石保持による斜めの打撃などのいくつもの亜種を提示し、その技術的基盤としての特性を明示しています。ヴァンデルドリフト氏は、こうした亜種をふくむ両極打撃系石器群に対して、両極トゥールキット概念(bipolar toolkit concept)と呼称して、アシューリアン概念とは異なる別立てユニットを捉えています。

 日本列島においても、両極打撃に対しては、長らく石器経済上の補完的役割を担う利便的な技術としての評価が強く、原材料の制約に直接関与する代替手法として、あるいは節理のある小型石材への特別措置しての存在意義が強調されてきました。しかし、こうした前提については修正が必要となるでしょう。両極打撃と似たハンマー操作により計画的な剥片剥離が可能であること、あるいは台石利用の打撃により硬質円礫素材を容易に分割できることが、国内外の実験例により検証済みです。

 両極打撃には手保持の打撃に優るところがあります。それは、強大な力を岩石に与えられる点にあります。ヴァンデルドリフト氏は、手保持による自由裁量剥離の限界を負荷量の違いで説明しています。円礫を手保持の自由裁量で剥離した場合、円礫の上に水を入れたバケツを置く程度の衝撃しか与えられません。しかし、台石を使うと、ハンマー衝撃による減速ははるかに速くなり、減速に要する時間は0.0002秒、測定値は50000m/sec.square、減速質量は25000ニュートンに達します。つまり台石を使うことで、円礫に3台の小型車を乗せているのと同等の負荷を与えることができる、というわけです。

 両極打撃は、硬くて丸い大きな石を砕くことのできる優れた剥離技術モードの一つです。両極打撃はオルドワン(Oldowan)のスフェロイド(石球)の成形にも採用されています。著者は、デラトーレ氏たちがオルドワン石器群のハンマー分析で明らかにした受動打撃(passive hummer percussion)に注目しています。つまり、アジア東部更新世遺跡の原材料にある内部欠陥性を超克する戦術的手法の一つとして、台石利用の受動打撃が採用されていた、と本論文は推測します。これを台石上の打撃として手保持の打撃とは概念的に区別しよう、というわけです。

 岩手県金取遺跡第IV文化層から出土した接合資料には双極打撃痕が残されており、台石からの受動打撃が加わった証拠を留めています。この資料は9万~8万年前頃の地層から出土したと言われていますが、全体の資料数が少なく、この時期の類似の資料が他に見つかることこそまず前提である、と本論文は指摘します。日本列島最古級の石器技術を語るにはまだ証拠が不足している、というわけです。4万年前頃以前の日本列島における人類の存在については議論になっていますが、仮に存在したとしても、4万年以上前となる人類の痕跡がきわめて少ないことから、4万年前以降の日本列島の人類とは遺伝的にも文化的にも関連がなかったように思います。


参考文献:
長井謙治(2020)「日本列島最古級の石器技術を考える」『Communication of the Paleo Perspective』第2巻P26-27