『卑弥呼』第71話「本物の日見子」

 『ビッグコミックオリジナル』2021年10月5日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハがオオヒコに、千穂の厳谷(イワヤ)に行き300日間人々に祈祷(イノリ)を捧げる、と伝えたところで終了しました。今回は、ミマアキたちが八咫烏(ヤタガラス)を迎え撃った現場を、日下(ヒノモト)の重臣でフトニ王(記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)と姻戚関係にあるシコオが見分している場面から始まります。ミマアキたちが松カサとツバキの実で火を熾し、鐸(銅鐸)があるたことに気づいたシコオは、八咫烏を炎で炙り出し、松カサの強烈な臭いで嗅覚を奪い、鐸で聴覚を封じたと悟り、トメ将軍とミマアキたち筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の一行が強者だと改めて悟ります。追撃を主張する排他に対してシコオは、都に戻るよう命じます。トメ将軍とミマアキの一行はすでにフトニ王に従わない當麻(タイマ)一族の手中にあるから、というわけです。筑紫島の一行は逃げおおせたのだろうか、と配下に問われたシコオは、それは分からない、當麻一族の長は気まぐれで残酷なので、筑紫島の一行は我々に捕らえられなかったことを後悔するかもしれない、と答えます。

 トメ将軍とミマアキの一行は當麻一族の邑に到達します。邑には柵が張りめぐらされていました。サヌ王の息子のタギシ王の末裔と名乗る阿多(アタ)のチカトは、當麻一族は今の王家を信用していない、と改めてトメ将軍とミマアキに伝えます。邑ではマガリと名乗る人物が現れ、チカトには去るよう命じ、トメ将軍とミマアキの一行には中に入るよう、促します。チカトはトメ将軍に、當麻一族がどのようにトメ将軍とミマアキの一行を扱うか分からないので油断しないよう、警告します。この邑での厲鬼の被害についてトメ将軍に問われたマガリは、近隣の邑は全滅し、當麻一族だけが早々に門を閉ざしたので無事だった、と答えます。マガリはトメ将軍とミマアキに建物で休むよう促し、我々の長は慈悲深いのできっと歓迎するだろう、と笑顔で言います。土俵が作られていることに気づいたトメ将軍に、明日手乞(テゴイ)がある、とマガリは説明します。ミマアキは手乞について知らず、捔力(スモウ)のことだ、とトメ将軍が説明します。手乞で競うことにより饒速日(ニギハヤヒ)様の力を借り、厲鬼を土俵の下に葬るのだ。とマガリは説明します。厲鬼は筑紫島にもあるが、日下とどう違うのかぜひ拝見したい、とトメ将軍し言います。

 筑紫島の那(ナ)国では、オオヒコとヌカデの先導によりヤノハの乗った籠が聖地の千穂(高千穂)へと向かっていました。那国では甕棺による埋葬が慣行とされていますが、厲鬼(レイキ)、つまり疫病の流行があまりにも早く、火葬とするのが精一杯だったのだろう、とオオヒコは推測します。ヤノハ一行は、疫病神(エヤミノカミ)に冒されて家々を焼いた、とくに被害の大きい邑に到達します。そこへある家族が現れ、オオヒコは慌てて家から出ないように命じますが、その家族に続いて多くの者が次々と現れ、日見子(ヒミコ)であるヤノハの乗った籠を崇め始めます。ヤノハは籠を下すよう命じますが、オオヒコはヤノハを制止して先に進むよう命じ、穂波(ホミ)との国境で多くの死体と遭遇します。隣国に行けば厲鬼から逃れられると思ったのだろう、とオオヒコは推測します。そこへ、那国から穂波国へと向かう難民がやって来ます。オオヒコは難民に向かって、道を開けて地に座して頭を垂れよ、と命じます。日見子の一行だと気づいた難民はヤノハの乗った籠を崇め、厲鬼から自分たちをお守りください、と懇願します。オオヒコは、早く道を開けないと斬り捨てるぞ、と難民に警告しますが、ヤノハはオオヒコの制止を聞かず強引に籠を降ろすよう命じ、籠から出てきます。ヤノハは難民に顔を上げるよう促し、今、天上では天照大神(アマテラスオオミカミ)様が疫病と戦っておられるが、敵は手強く天照様が勝つとは限らないので、皆に力を借りたい、と言います。自分は天照様の力になるため祈祷(イノリ)の場に籠り、皆も自分と同じく家に帰ってともに祈って欲しい、というわけです。食糧や水の確保の他には外出せず、家族以外とは話さず、ただひたすら祈ってほしい、一年皆が耐えてくれれば、必ず天照様は疫病神を退散させてくれる、とヤノハは難民に訴えます。すると難民は、自分たちも邑に帰って祈る、と誓います。ヌカデが言葉を発しないナツハ(ヤノハの弟のチカラオ)に、日見子(ヤノハ)様は本物の日見子になったと伝え、ナツハが笑顔を見せるところで、今回は終了です。


 今回は、トメ将軍およびミマアキの一行とヤノハの動向が描かれました。シコオによると、當麻一族の長は気まぐれで残酷とのことで、手乞(相撲)でトメ将軍かミマアキに疫病退散のため命がけで勝負するよう、命じるのかもしれません。そこでトメ将軍かミマアキが負ければ、筑紫島の者は生贄として皆殺しにされそうですが、トメ将軍は『三国志』に見える倭国から魏に派遣された大夫の難升米でしょうから、相撲での勝負となるのか否かは分かりませんが、無事筑紫島に生還すると予想しています。當麻一族の長がどのような人物なのかも注目されます。ヤノハは、妊娠という逆境をも活かして運命を切り開こうとしており、この生命力の強さと大胆さが魅力になっていると思います。ヤノハが人々にも協力を要請したことで、暈(クマ)の国はともかく、筑紫島の人々がまとまりやすくなったように思います。ヤノハの妊娠を知っているのは事代主(コトシロヌシ)とチカラオとヌカデだけで、ヤノハが出産して子を託すとなるとこの3人しかいませんが、あるいはヌカデを介して出雲の事代主に預けて修行させるのでしょうか。ヤノハとチカラオとの間の子供の娘(ヤノハの孫)が『三国志』に見える台与と予想していますが、台与の登場は本作の終盤になりそうですし、ヤノハとチカラオとの間の子供の登場もずっと先かもしれません。まずは、筑紫島の疫病をヤノハがどのように収束させるのか、注目されます。

吉村武彦『新版 古代天皇の誕生』

 角川ソフィア文庫の一冊として、KADOKAWAから2019年6月に刊行されました。 電子書籍での購入です。本書は『漢書』に見える倭人の記事から天皇号成立の頃までの、王位継承とその称号の変遷についての概説です。本書は『漢書』や『後漢書』に見える卑弥呼以前の倭の記事を簡潔に取り上げた後、卑弥呼についてはやや詳しく言及しています。本書は、女性の王としての卑弥呼と台与は特殊な政治状況下の存在で、一般化できない、と指摘します。また本書は、卑弥呼の時代の倭国とヤマト王権とは連続しない、との見解を提示していますが、これに関しては議論があるとは思います。

 紀元後3世紀の前方後円墳の出現は王権史において画期となりそうですが、本書は、王権研究の主対象は古墳ではなく王宮であるべきだ、と指摘します。いわゆる倭の五王については、『宋書』では倭姓の同じ父系一族と把握されており、『宋書』から当時の倭王が二つの氏族・家柄が存在したとは言えない、と指摘されています。また本書は、「大王」は称号ではなく尊称だった、と指摘します。本書がヤマト王権における王位継承で重視するのは、王は群臣の推挙を経て即位するのであり、王もしくは王族内の自由意志により王位継承を実現させる条件はなかった、ということです。この新王即位において、大臣をはじめとして群臣も改めてその地位を確認されました。

 『隋書』と『日本書紀』の相違について、本書は当時の倭国王が基本的には人前に現れない存在で、外交使節にも姿を見せなかったことが要因ではないか、と推測しています。隋から倭国に使節として赴いた裴世清が接触したのは厩戸王子(聖徳太子)で、裴世清は自分の任務達成のために、厩戸王子を国王に見立てる倭国側の方策を受け入れた、というわけです。なお、本書では『隋書』に倭国王の名(字)が「多利思北(比)孤」であることからも、裴世清が倭国王を男性として隋に報告したことは間違いないとされますが、律令制確立前の日本においては名前が男女で明確に区別されていたわけではなく、『日本書紀』などに見える、これまで男性と考えられてきた名前の人物の中に女性もいたかもしれない、と指摘されています(関連記事)。

 乙巳の変は、ヤマト王権史上初の譲位が実現した点で画期的だった、と本書は評価します。それまでは終身王位制で、しかも上述のように群臣推挙により王は即位ましたが、乙巳の変後の皇極から孝徳への譲位には群臣が介在せず、国王の意思に基づく王位継承だった、というわけです。その後の王権において重要なのは、壬申の乱に勝った天武天皇以降、天皇の神格化が始まったことです。天皇号の使用については、天武朝には確実で、天智朝にまでさかのぼる可能性があるものの、法制度化されたのは浄御原令からだろう、と本書は指摘します。