齋藤慈子「霊長類の子育」

 井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』所収のコラムです。霊長類は同じ体サイズの哺乳類と比較して生活史がゆっくりとしており、成長度が遅く、子供期と性成熟に達するまでの期間が長く、成長してからの繁殖速度が遅く、妊娠期間が長く、寿命が長い、という特徴があります。哺乳類に含まれる霊長類では授乳という世話と子育てが必須ですが、一度の出産ではほとんどの場合1子のみを産み、長い期間をかけて子育てします。霊長類の子は生後ゆっくりと時間をかけて成長しますが、誕生直後からある程度運動能力が発達しており、自力のみで母親にしがみつけるため、概して早成性(離巣性)と言えます。

 霊長類はこうした長い子供期の間に、社会の中で生きる術を学びます。霊長類の社会構造は、単独性から100頭を超える群れ、群れのなかでも単雄単雌、単雄複雌、複雄複雌とさまざまですが、多くの種、とくに真猿類は、個体が相互に認識し合うだけではなく、他者間の関係も認識して社会交渉を行なうような群れを形成します。社会構造だけではなく、配偶システムも一夫一妻から一夫多妻、乱婚まで多様ですが、そうした社会で霊長類の子供は他者との関りを学んでいるようです。

 多くの種では子育ては社会の中で行なわれますが、直接的な世話を担うのは多くの場合母親です。生後しばらく、子供は文字通り四六時中母親と密着しており、雌による育児放棄はほとんどない、と言われています。一方、雌が乱婚的に配偶する種が多く、父性の不確実性が高いため、父親による子育ては進化しにくくなっています。じっさい、父親が子供に直接的な世話をする種は少ないものの、群れ外雄による子殺しや捕食者からの保護が、父親による間接的な子供の世話としてさまざまな種で報告されています。

 しかし、社会性が多様であるように、子育てにも多様な例が見られます。小型の新世界ザルであるマーモセットやタマリンの仲間では、子供の出生直後から子供を背負うなど、父親による積極的な子育て行動が見られます。コロブスの仲間では、他の旧世界ザルではあまり見られない、母親以外の雌による世話行動がよく見られます。チンパンジーでは、雄を含む世話好きな個体が血縁関係のない子供の世話をする例も報告されています。ゴリラはおもに一夫多妻制で、基本的に群れ内の子供は全て1頭の雄の子供で、父親が離乳後の子供の世話をする、と知られています。一夫一妻でペアとその子供から構成される群れを作るテナガザルは、子供の父性は確実ですが、父親が子供を抱くことはないようです。

 ヒトの子育ても、霊長類であることから、母親からの授乳が必須である点、子供期が長く、長期間の世話が必要である点は他の霊長類と共通していますが、特異な点もあります。ヒトの場合、二足歩行により骨盤が変形したことと、脳が他の霊長類と比較してさらに大型化したため、より未熟な状態で子供が生まれるようになりました(生理的早産、二次的就巣性)。さらに、長寿化や脳の大型化にともない子供期はますます長くなった一方で、授乳期間は短くなり、出産間隔は短くなっています。また離乳後も食を大人に依存しており、ヒトは未熟で労力的にも時間的にもひじょうに手のかかる子供を、同時に複数育てるような子育てをします。他の霊長類が、上の子供が離乳し、ほぼ世話が必要なくなった後に、次の子供を産むのとは大きく違います。

 こうしたヒトの子育ては、母親単独で行なうことは困難で、じっさいヒトは、共同繁殖する種と言われ、母親だけばなく父親や祖父母、その他の血縁者や非血縁者による子供の世話が広く見られます。自身の繁殖を停止した後も生存する動物はひじょうに稀ですが、そうした存在であるヒトの「おばあさん」は、自身の娘や血縁者の子育てを手伝うことで、包括適応度を上昇させられるために存在する、という「おばあさん仮説」も提唱されています。「おばあさん」の存在は、ヒトの子育てが共同繁殖であることの象徴とも言えます。現代では保育所や学校などの機能を考えると、血縁者や共同体の枠を超えた社会の中で子育てが行なわれている、とも言えます。


参考文献:
齋藤慈子(2021)「霊長類の子育」井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』(東京大学出版会)P21-22