言語と遺伝子の関係

 言語と遺伝子の関係についての見解(Greenhill., 2021)が公表されました。ダーウィン(Charles Robert Darwin)の『種の起源』以来、言語学者と遺伝学者は暗にもしくは明示的に言語を遺伝学と結びつけてきました。最近の研究(以下、松前論文)は、さまざまな一連の証拠が、過去について同様の物語を一貫して示すのかどうか評価する新たな手法を提供し、この手法をアジア北東部の14人口集団の遺伝学と言語学と音楽のデータに適用しました(関連記事)。

 言語と遺伝子により語られる歴史が類似しているのかどうか見出すのは容易であるように見えるかもしれませんが、そうではないので、この研究は重要です。人口集団がどのように進化してきたのか正確に把握するには、複数の水準で課題があります。どのような理論的枠組みが有効なのか、分野を超えてどのような研究するのか、どの手法が堅牢な回答を提供するのか、といった問題です。松前論文はこれらの問題に取り組み、さまざまな情報源から得られるものを比較する洗練された手法を提供します。

 世界中の人口集団の起源と関係を明らかにするため、遺伝学者は母系のミトコンドリアDNA(mtDNA)と父系のY染色体という片親性遺伝標識を、言語学者は同根語や文法的特徴といった言語標識を用います。重要な問題は、これらのさまざまな標識から導かれた推論が一貫しているのかどうか、ということです。それらは全て同じことを語っているのか、それともヒトの先史時代のさまざまな側面について異なることを語っているのか、ということです。これらの標識の解釈は多くの場合分野間で証拠が得られるため、一貫性が重要です。たとえば、遺伝学者はしばしば、文化的もしくは言語学的分類の観点から結果を解釈し、逆もまた同様です。しかし、言語と遺伝子が同じ進化史を共有していなければ、共にその歴史を解釈することには問題があります。

 なぜ言語と遺伝子は先史時代について同じ話を語るのでしょうか?世界中の遺伝子と言語の変異を生み出した、共有された歴史だけがあります。先史時代にヒト集団が分裂し分岐する過程と事象は、それら人口集団の遺伝子と言語に同時に影響を及ぼすだろう、と予測できるかもしれません。たとえば、人々の集団が新たな地域に定住し、新たな共同体を形成した場合、距離の過酷さだけであっても、故郷の集団と話すことや混合を止めるかもしれません。したがって経時的に、彼らの言語と遺伝子は出自集団との固有の違いを蓄積します。さらに、言語は障壁として機能する可能性があり、人々の間の接触や相互作用を妨げます。これらの障壁は、遺伝的変異を言語史の境界へと本質的に押し込めるでしょう。

 しかし、言語と遺伝子との間の強い一致に懐疑的である正当な理由もあります。個人の遺伝的構成は誕生時に両親から継承されますが、人々が同時に複数の言語を話すことはよくあり、その生涯にわたった言語を変えることができます。共同体は容易に言語を変えることができ、より政治的もしくは社会的に支配的かもしれない他の言語へと移行します。たとえば、現在のメキシコシティであるテノチティトラン(Tenōchtitlan)の人々は、今ではスペインの征服後に話されていたナワトル語(Nahuatl)よりもメキシコスペイン語を話す傾向にありますが、依然として強い在来の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、ancestry)を示します。

 言語は遺伝子よりも急速に進化する傾向もあります。太平洋全域で台湾からハワイへと5500年前頃に広がり始めたオーストロネシア語族の大拡大により、1200以上のひじょうに異なる言語が生じました(関連記事)。この急速な変化率は、言語変化がより深い兆候を迅速に上書きして削除する、と意味します。したがって、遺伝子と言語は大きく異なる時間規模で進化しているかもしれず、あらゆる重複は単なる偶然かもしれません。

 1980年代後半、一連の著名な論文の刊行後、言語学者と遺伝学者がこれらの問題を議論しました。カヴァッリ=スフォルツァ(Luigi Luca Cavalli-Sforza)氏たちは、世界中の遺伝的人口集団系統樹標識を世界中の言語系統樹と比較しました。カヴァッリ=スフォルツァ氏たちは、遺伝学的分類と言語学的分類が有意に重なることを提案し、これらの集団は共通起源を共有しているに違いない、と主張しました。その後、論争が続きました。ある長々しい批評は、カヴァッリ=スフォルツァ氏たちの結論が、不適切な手法およびその後の解釈におけるいくつかの概念上の欠陥による不充分なデータベースの分析により台無しになった、と主張しました。当然、この批判はカヴァッリ=スフォルツァ氏たちにより激しく否定され、この分野の第一人者たちにより議論されました。

 なぜこうした議論が収束しないのでしょうか?まず、学際的に研究することによる現実的な困難があります。言語集団を遺伝的集団に対応づけることはひじょうに困難です。たとえば、アメリカ大陸先住民集団を含む100の遺伝学的研究の調査では、そのうち80%が大規模な「アメリンド」分類を引用しているか、その影響を受けている、と明らかになりました。しかし、この分類はひじょうに問題が多き、ほぼ全ての言語学者により却下されています。これは、こうした遺伝学的研究で報告された結果の解釈には欠陥があり、存在しない架空の実態を議論している、と意味します。

 技術的な問題もあります。以前の研究の多くは、問題のある統計手法であるマンテル検定に依拠していました。これはとくに、地理のような他の要因を一定にしたまま、遺伝子と言語の影響を分離するために使用された場合、ひじょうに低い検出力と高い偽陽性率で有名な手法です。これは、言語と遺伝子との間の刊行された調査結果が間違っている可能性を意味します。これが松前論文の論点となります。松前論文はアジア北東部の14の文化に焦点を当て、これらの文化から新たな武器と素晴らしい一連の弾薬を持ち込みました。それは、遺伝学的データ、文法音韻論と語彙を含む言語学的データ、音楽の伝統です(図1)。以下は本論文の図1です。
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 松前論文はネットワーク手法と冗長性分析を用いて、これらのデータを分析します。興味深いことに、松前論文が明らかにしたのは、各データ型のクラスタ化分析がヒトの先史時代のひじょうに異なる兆候を示すことです。たとえば、隣接する韓国と日本は、文法と遺伝子と音楽ではともにクラスタ化しますが、語彙もしくは音韻ではクラスタ化しません。対照的に、ウラル語族のセルクプ人とガナサン人集団は、遺伝子と語彙と文法に基づいて分類されますが、音韻および音楽伝統には基づいていません。

 しかし、二つのデータ型は顕著な関係を示します。それは文法と遺伝的標識で、相互に強く創刊します。その理由は三つ考えられます。共有パターンは、これら人口集団間の最近の接触、もしくは語族内で最近の歴史を共有している人口集団の一部により起きたか、あるいは語族間の深い歴史的兆候を反映しています。松前論文は、地理と最近の歴史を制御することにより、共有されたパターンは深い歴史的関係とより一致する、と主張します。

 松前論文には多くの意味があります。まず、ヒトの先史時代に関してです。アジア北部は、深い言語関係について進行中で誤りのある論争の場です。朝鮮語と日本語は関連していますか?この地域の語族の多くをアルタイ諸語のように超語族につなげられますか?おそらく松前論文は、これらの議論を解決するのが難しい理由を的確に指摘しました。つまり、検証データに依存する、ということです。

 次に、言語構造を遺伝的歴史に単純に関連させる場合(およびその逆の場合)、ひじょうに注意すべきです。さまざまな時間規模を調査するためのデータ選択はひじょうに重要です。おそらく、より深い時間規模に文法と遺伝子を用いる一方で、最近の時間規模では語彙データを使用できるでしょうか?しかし、各データセットに適した状況と場所の解明には、さらに多くの研究が必要でしょう。

 最後に、最も大きな意味を有するのは、言語と遺伝子が同じ話を語るのかどうか、明らかにすることと関わる複雑さです。代わりに、特定の歴史が結びついた過程と理由と時期、言語と遺伝子が独立した時期が、問題となります。松前論文により採用された手法は、将来に向けた有望な方法を提供しますが、解決すべき問題は、人類の歴史のこれらの側面を形成するメカニズムの特定です。松前論文は潜在的なメカニズムについて言及していませんが、いくつかの手がかりは人口史から得られるかもしれません。人口史では、これらの側面の緊密な結合が、人口集団が急速に拡大した時に起きた一方で、結合の解除は人口集団間の長期的な相互作用で起きる、と予測されます。さらなる手がかりは、データ型自体の特徴から得られます。遺伝子と文法など一部の側面は人々にとってほぼ不可視なので、比較的遅く中立的に変化するかもしれません。しかし、音韻や音楽や語彙など、他の側面は人々にとってひじょうに目立ち、社会的集団の範囲を定めるのに容易に採用される可能性があります。それらは、変化率を速めるか、安定した文化的構成要素として自身を固定します。

 明らかなのは、現生人類(Homo sapiens)の文化的進化の全貌を垣間見ることができるような、豊かで多面的なレンズを提供するように時空間で整合させることのできる、文化と言語と遺伝子のデータより多くの豊富なデータセットが必要なことです。


参考文献:
Greenhill SJ.(2021): Do languages and genes share cultural evolutionary history? Science Advances, 7, 41, eabm2472.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abm2472

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