本村凌二、高山博『衝突と共存の地中海世界』

 放送大学叢書の一冊として、左右社から2020年10月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は、地中海の形成と農耕開始に簡潔に言及しつつ、おもに都市の出現から近世の始まりの頃までの地中海世界の概説となっています。かつて、地中海世界の一体性を強調する見解が広く受け入れられましたが、近年では、地中海世界の多様性が指摘されています。地中海世界の生態系は地域により大きく異なり、外界から隔絶され独自の環境と生態系を有する多くの小地域から構成されている、というわけです。じっさい、地中海世界を統一的な支配下に置いたのはローマ帝国だけで、むしろ地中海世界の特徴は、多様な文化的背景の人間集団が接触し、交流と対立を繰り返しながら刻んできた、異文化の併存状態と重層性です。

 本書は、地中海世界の初期都市文化に影響を与えた存在として、メソポタミア文化とエジプト文化にも言及します。確かに、地中海世界、とくにヨーロッパとされるギリシアのポリスへのエジプトとメソポタミアからの影響は、とても軽視できません。ローマ帝国以前の地中海史で注目される本書の見解は、エジプトは鉄資源が不足しており、鉄器時代になるとかつてほど(周辺諸国との相対的比較という意味で)繁栄しなかった、というものです。ローマ帝国の衰退要因に関しては古くから多数の説が提示されており、本書はその一部を紹介しつつ、ローマ帝国もしくは地中海「文明」は老衰し、その個体としての寿命を全うした、と評価します。

 本書が地中海世界における古代から中世への移行として重視するのは、南側のアラブ語とイスラム教圏、北側のキリスト教圏が成立した7世紀で、さらにキリスト教圏は東側のギリシア語および東方正教会と、西側のラテン語およびローマ・カトリック教会とに分かれます。こうして、地中海世界では東方正教会とカトリック教会とイスラム教圏の三大文化圏が成立し、これは現在にも続きます。これら三大文化圏は相互に接触して影響し合いながらも、それぞれが基本的に自律的な一つの政治世界となります。

 本書は、この三大文化圏の接点に成立したノルマン・シチリア王国を重視し、そこでは複数の文化圏間で文化移転が生じ、12世紀ルネサンスもその一部だった、と指摘します。また、本書は、ノルマン・シチリア王国における異文化共存が微妙な均衡の上に成り立つ危ういもので、けっきょくはイスラム教徒が追放されたことも指摘します。十字軍は、経済的影響も、東方世界からローマ・カトリック教会(ヨーロッパ西部)圏への文化移入の影響も小さかったものの、三大文化圏の対立の構図を明確にした点で、歴史上の意義は大きかった、と指摘されています。

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