『卑弥呼』第72話「生命の選択」

 『ビッグコミックオリジナル』2021年10月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが難民に疫病対策を伝え、難民がヤノハを日見子(ヒミコ)として崇めるところを見て、ヌカデがヤノハは真の日見子になった、とナツハ(ヤノハの弟のチカラオ)に伝えるところで終了しました。今回は、ヤノハの一行が日鷹(ヒタカ)に到着した場面から始まります。美しい土地だな、と言うヌカデに、オオヒコが地名の由来を説明します。かつてこの盆地全体が巨大な湖で、ある時、大鷹が東寄り飛来し、湖水に羽を浸し、再び朝日の中を去って行ったところ、湖の水が地面に消え、干潟と丘が現れたので、日鷹と呼ぶようになった、というわけです。ヤノハの一行が向かうのは、北にある止羽(トバ)の邑です。ヤノハは、祈祷(というか実質的な目的は出産ですが)のためには極力人がいるところを避けるよう命じていましたが、止羽邑にはどうしても寄りたい、と言います。ヤノハはヌカデだけを呼び、モモソの故郷が日鷹で、邑長の止羽殿の娘(第36話)なのでモモソの塚がここにある、と打ち明けます。今さらモモソに許しを請うて何になるのか、と疑問を呈すヌカデは、やめるようヤノハに忠告します。するとヤノハは、許しを請うつもりはなく、ただ話がしたいだけだ、と言います。ヤノハはヌカデに、止羽殿に塚に詣でる許可をもらってくるうよう、命じます。

 日下(ヒノモト)の国の當麻(タイマ)では、トメ将軍とミマアキの一行が長のクジラに呼ばれていました。その途中で立派な土俵に感心するトメ将軍に、當麻一族にとって手乞(テゴイ)、つまり相撲は神聖な儀式だ、と説明します。警戒して緊張した様子のトメ将軍とミマアキに、そう畏まるな、客人を獲って食べることはない、と言ってクジラは豪快に笑います。クジラから訪問の目的を問われたトメ将軍は、我々は日下に害をなす者ではないが、日下の王、つまりフトニ王(記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)に追われている、と答えます。フトニ王は猜疑心が強い男で、まだ筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)への野心を持ち続けている、と言うクジラは、トメ将軍に何が望みなのか、尋ねます。筑紫島に帰りたいが、帰路を封じられている、とトメ将軍が答えると、當麻の山を越えて河内湖(カワチノウミ)に抜けたいのか、とクジラは悟り、一瞬意味深な表情を浮かべますが、すぐに豪快に笑い、容易なことだ、道中案内をつけよう、と約束します。しかしクジラは、今日くらいはゆっくりとしていくよう、トメ将軍に言います。さらにクジラは、今日は手乞が行なわれるので、力士(チカラビト)の仕合を見てもらいたい、と言います。當麻の手乞、つまり筑紫島の捔力(スモウ)とはどのようなものなのか、とトメ将軍に問われたクジラは、筑紫島とさして変わらないだろう、今晩は選りすぐりの力士たちが蹴速(ケハヤ)の座を賭けて戦う、答えます。蹴速とは一番強い力士の称号だ、と説明するクジラは、トメ将軍とミマアキの一行も歴戦の戦人なので、腕に覚えのある者があれば、ぜひ名乗りをあげてもらいたい、とトメ将軍に言います。トメ将軍が困惑しながら、日下の力士には及びもしないだろうから、と断ると、當麻は力のある者にのみ信を置く習わしだ、とクジラは言います。手乞が始まり、組み方は筑紫島と同じでした。ところが、相手を倒した男は倒れた男を蹴り続け、驚いたミマアキは死んでしまうと思って止めるよう言いますが、これが當麻の捔力だ、とクジラは平然と答えます。相手が死ぬまで戦いは終わらないのか、と剛毅なトメ将軍も驚きます。するとクジラは、力人(チカラビト)力士の命が消えることで大地は浄化され、厲鬼(レイキ)、つまり疫病は消える、當麻の仕合では筑紫島の力人にも生死を賭けてもらう、と言います。

 日鷹では、ヌカデが止羽殿からモモソの墓参りの許可を得て、ヤノハの一行はモモソの塚へと向かいます。モモソは今では日佐津日女(ヒサツヒメ)と呼ばれているそうです。ヒサツヒメ(比佐津媛)という名前と盆地であることから、日鷹は現在の大分県日田市でしょうか。モモソの塚のある山に到着すると、ヤノハは一人で登るといいます。オオヒコは止めますが、モモソと二人だけで話したい、朝日が昇るまでには帰る、と言ってヤノハはモモソの塚へと向かいます。ヤノハはモモソの塚の前で、モモソのような真の日見子(ヒミコ)にはなれなかった、宿してはいけない子を妊娠しているので、自分には日見子を名乗る資格がなく、早々に辞めるつもりだ、と打ち明けます。倭を平らかにする望みも捨てるが、せめて筑紫島に広がる厲鬼だけは何とかしたいので策があったら教えてくれ、とヤノハはモモソに懇願します。しかしモモソは現れず、この体たらくに呆れて現れる気はないか、とヤノハ自嘲します。ヤノハが倒れて寝ているところにモモソが現れ、ヤノハほど天照様を愚弄した日見子はいない、と言います。これからもヤノハのせいで大勢の民が死ぬ、と言うモモソに、だから日見子を辞める、とヤノハは答えます。するとモモソは、辞めても無駄だ、ヤノハの生む子のせいで多くの民が死ぬからだ、とヤノハに告げます。腹の子を殺せというのか、とヤノハに問われたモモソは、その子を殺せばもっと大勢の人が死ぬ、と答えます。ではどうしろというのだ、とヤノハがモモソに問いかけるところで今回は終了です。


 今回も、ヤノハとトメ将軍およびミマアキの動向が描かれました。トメ将軍とミマアキは、やはり當麻の長であるクジラから、命がけで手乞(相撲)で戦うよう、要求されました。これは予想通りでしたが、トメ将軍とミマアキの一行で誰が戦うのか、注目されます。負けるようだとトメ将軍とミマアキの一行は皆殺しになりそうですから、物語の盛り上がりという観点からも負けることはなさそうですが、トメ将軍とミマアキのどちらかが出るのでしょうか。しかし両者とも、相撲に勝っても相手を殺そうとはしないでしょうから、そこでクジラが激昂し、トメ将軍とミマアキの一行がさらに窮地に陥るかもしれません。それでも、最終的にはクジラがトメ将軍とミマアキを認め、両者は無事筑紫島に帰還できるとは思いますが。

 ヤノハがモモソから告げられた内容は、今後の話において重要な役割を担いそうです。しかし、自分が祈祷女(イノリメ)になる前に死ぬことまでは予知できても、楼観からヤノハに突き落とされて殺されるところまでは予知できなかったように、モモソにも漠然とした未来しか見えてなさそうですから、より具体的な内容は当分よく分からないままでしょうか。ヤノハとチカラオとの間の子供の娘(ヤノハの孫)が『三国志』に見える台与と予想していますが、ヤノハの子供は単に台与の親であるだけではなく、作中でひじょうに重要な役割を果たしそうで、どこでどのような人物に成長するのか、注目されます。