シベリアにおけるイヌの進化

 シベリアにおけるイヌの進化に関する研究(Feuerborn et al., 2021)が公表されました。北極圏シベリアのジョホフ(Zhokhov)島の早期の考古学およびゲノムの証拠から、異なる系統に分類されるイヌが9500年以上にわたって北極圏の生活では不可欠な構成要素だった、と示唆されます。人々とイヌとの間のこの緊密なつながりは、コリャーク人(Koryaks)やイテリメン人(Itel’mens)やチュクチ人(Chukchi)やネネツ人(Nenets)などシベリアの共同体では続いており、イヌが狩猟や牧畜の追込みやソリなどに使われていました。ネネツ人やセリクプ人(Selkups)などサモエード(Samoyedic)語派話者から得られた最近のゲノムデータでは、完新世にサモエード語派話者がユーラシア草原地帯牧畜民など近隣集団から限定的な遺伝子流動を受けた、と示唆されます。ヒトとイヌが並行して移動し、相互作用することが多いことを考えると(関連記事)、シベリアのイヌも他の集団から限定的な遺伝子流動を受けた可能性があります。

 ヒトゲノムの証拠とは対照的に、言語学および民族誌のデータはより動的な過程を示唆します。具体的にこれらのデータが示唆するのは、シベリア北西部のサモエード語派話者がシベリア南部もしくはヨーロッパ南東部の近隣地域から北極圏へと4000~3000年前頃に移住してきた、ということです。さらに、シベリア北西部のウスチ・ポルイ(Ust’-Polui)遺跡などは、鉄と青銅の冶金の証拠と、ガラス製ビーズなど、草原地帯か黒海か近東からもたらされた可能性が高い孤立した発見物を示します。この物質文化の存在は、これらの共同体が広範な交易ネットワークに参加したことを示唆します。提案された移住と物質および慣行の交換にはイヌも含まれていた可能性があり、混合や改良、最終的にはサモエド(Samoyed)品種など現代のシベリアのイヌ系統の確立につながったかもしれません。

 シベリア北西部北極圏のイヌ集団が継続的だったのか、それとも代わりに混合(おそらくはユーラシア他地域からの物質文化の流入との関連で)により示されるのか評価するために、11000~60年前頃となる20匹の古代および歴史時代のシベリアとユーラシア草原地帯のイヌのゲノムが配列されました(網羅率は0.1~11.1倍)。次に、これらのゲノムが利用可能な古代(29匹)および現代(120匹)のイヌ科動物とともに分析されました(図1A)。以下は本論文の図1です。
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●シベリアのイヌにおける広範な祖先系統の評価

 まず、主成分分析と系統分析(図1B)の両方を用いて、シベリアのイヌが類似の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、ancestry)を有するのかどうか、評価されました。これらの分析は、現代および古代のイヌは広く3主要集団(ユーラシア西部とアジア東部と北極圏/アメリカ大陸)に分類される、と示唆する以前の研究の調査結果を再現します(関連記事1および関連記事2)。ユーラシア西部系統は、古代の近東およびレヴァント、現代のアフリカ、古代および現代のヨーロッパ、新たに配列された青銅器時代草原地帯のイヌを含みます。アジア東部系統は、中国とベトナムとアジア南東部島嶼部のイヌ、ディンゴ、ニューギニア・シンギング・ドッグ(NGSD)を含みます。北極圏/アメリカ大陸系統は、グリーンランドそりイヌ(GSD)、シベリアンハスキー、古代のアメリカ大陸のイヌ、バイカル湖の中期完新世のイヌ、シベリア東部のジョホフ(Zhokhov)島の9500年前頃のイヌ1匹、イアマル・ネネツ(Iamal-Nenets)地域のイヌ、新たに配列されたシベリア全域の歴史時代のイヌなど、現代の北極圏の品種を含みます(図1B)。これは、新たに配列されたシベリアのイヌが少なくとも9500年にわたって継続的だった遺伝的祖先系統を有している、と示唆します。

 次にTreeMixを用いて、これらの系統間の混合が評価されました。これらの分析は21匹の古代のイヌと14匹の現代のイヌのゲノムに基づいており、ほぼ本論文の近隣結合系統樹を再現し(図1B)、ヨーロッパのイヌの祖先系統は近東と北極圏のイヌ系統間の早くも10900年前頃の混合に由来する、と示す以前の研究の結果(関連記事1および関連記事2)を裏づけます。本論文の拡張データセットでは、ジョホフ島の9500年前頃の1標本は、古代北アメリカ大陸のイヌよりもむしろ、バイカル湖の6000年前頃の1標本と最も近い、と示唆されます(関連記事)。

 この結果から、全ての配列された他の現代および古代(中石器時代以後)のヨーロッパのイヌと類似して、ヨーロッパの中石器時代のイヌはすでに北極圏とユーラシア西部両方の祖先系統を有していた、と示唆されます。しかし、ヴェレティエ(Veretye)遺跡(図1)のイヌから約1000年後となるジョホフ島の古代シベリアのイヌがユーラシア西部祖先系統を有しているという事実は、ユーラシア西部のイヌの祖先系統がシベリア北極圏に9500年前頃までには到達していたことを示唆します。


●青銅器時代草原地帯のイヌの祖先系統の確立

 ジョホフ島のイヌにおけるユーラシア西部祖先系統の欠如は、ヨーロッパや近東や草原地帯など近隣地域からシベリア北極圏へのイヌの後の流入の可能性を排除するわけではありません。この仮説を検証するため、まず5000~3000年前頃となる青銅器時代の草原地帯のイヌの祖先系統が確立されました。それは、草原地帯のイヌの祖先系統が特徴づけられておらず、シベリアのイヌにおける混合の潜在的な供給源を表しているからです。

 青銅器時代草原地帯のイヌ(図1A)のうち、ロシア西部のサマラ1(Samara1)遺跡で発見された既知の利用可能な1匹(網羅率0.7倍)と、新たに配列されたイシュキニノ(Ishkinino)遺跡の1匹(網羅率1.4倍)の分析により、青銅器時代草原地帯のイヌはユーラシア西部のイヌと最も密接な遺伝的に均質な集団を形成する、と明らかになりました。じっさい、TreeMix分析では、これらのイヌが古代近東のイヌと強い類似性を示すと示唆され、混合図モデル化では、草原地帯のイヌが古代ヨーロッパのイヌよりも追加の近東祖先系統を多く有している、と示唆されました(図2)。さらにD統計では、草原地帯の2匹のイヌのどちらでも、3800年前頃以前の最終共通祖先以降、北極圏のイヌを含む他の集団からの混合の証拠が検出されません。

 F4比を用いた追加のモデル化では、草原地帯のイヌの祖先系統が、ジョホフ島のイヌに代表される北極圏のイヌ(40%)と、イランおよびレヴァントの古代のイヌに代表される近東のイヌ(60%)との混合としてモデル化できます。古代人のゲノムに関する以前の研究では、銅器時代イラン人と関連する人口集団が青銅器時代草原地帯人口集団の祖先系統に40%寄与し、それは近東から草原地帯への農耕拡大の結果の可能性がある、と示唆されています(関連記事)。

 草原地帯のイヌがヨーロッパから導入された、という仮説を否定できませんが、本論文の分析では、ヨーロッパのように、近東から草原地帯への新石器時代の農耕拡大はイヌの拡散も伴っていた、と示唆されます。より新しい700年前頃となる草原地帯のタタールスタン共和国(ロシア)の中世都市ボルガー(Bolgar)に位置するボルガー1遺跡(図1A)で発見されたイヌのゲノム分析から、近東祖先系統は少なくとも中世まで草原地帯のイヌで維持されていた可能性が高い、と示唆されます。


●シベリアのイヌにおける混合の検証

 青銅器時代の草原地帯のイヌとは対照的に、本論文の分析では、古代および現代のシベリアのイヌでは、D統計により示されるように、近東(ユーラシア西部)および古代北極圏の祖先系統とのさまざまな程度の類似性がある、と明らかになりました。じっさい、本論文の主成分分析では、この研究で配列された全てのシベリアのイヌはユーラシア西部のイヌと北極圏のイヌとの間の勾配に沿って位置しており、シベリアのイヌはユーラシア西部祖先系統をさまざまな水準で有している、と示唆されます。シベリアのイヌへの非北極圏祖先系統の流入は、近東/草原地帯祖先系統か、ヨーロッパ祖先系統か、あるいはその両方を有するイヌの導入の結果だった可能性があります。これらの想定の検証は困難です。それは、以前の研究で、「ヨーロッパ」祖先系統自身が北極圏祖先系統とユーラシア西部(近東)祖先系統との間の混合から生じた、と示されてきたからです(関連記事)。

 10900~60年前頃のシベリアのイヌと混合したイヌのさまざまな祖先系統構成要素を確認するため、Admixture Graph R パッケージを用いて、9通りの分離モデル(そのうち4通りは図2Aで示されています)が定義されました。このパッケージでは、近東とヨーロッパと北極圏のイヌの代表が用いられ、22匹のシベリアのイヌのゲノムに各モデル化がどの程度合致するのか、繰り返し検証されました。二つの理由で、この分析にはアジア東部のイヌが含まれません。まず、考古学的証拠から、シベリア北西部の共同体はおもに草原地帯や黒海や近東の共同体と相互作用したからです。次に、本論文の分析結果と以前の研究から、ジョホフ島の古代のイヌに代表される北極圏のイヌはアジア東部のイヌの祖先系統に寄与したものの、逆方向では遺伝子流動の証拠がほとんどないからです。

 モデルで3つの祖先的系統をそれぞれ表すため、近東からテペゲーラ(TepeGhela)遺跡(図1A)の5800年前頃のイヌと2300年前頃のASHQ01遺跡のイヌ、ヨーロッパからアイルランド東岸のニューグランジ(Newgrange)遺跡の4800年前頃のイヌとHXH遺跡(図1A)の7000年前頃のイヌ、北極圏からはジョホフ島の9500年前頃の1匹のイヌが代表に選ばれました。次に、各系統のいずれかに由来するものとして、シベリアのイヌの各祖先系統を特徴づける一連のモデルが特定されました。その各系統とは、(1)完全に北極圏のイヌの系統、(2)北極圏とヨーロッパのイヌ両系統、(3)北極圏と近東の両系統。(4)ヨーロッパと近東のイヌ系統のみです(図2)。全てのモデルで、ヨーロッパの祖先系統は近東と北極圏の混合としてモデル化されました。次に、代表するゲノムの4通り全ての可能性のある組み合わせが適用され、各シベリア/草原地帯のイヌとの適合度が検証されました。以下は本論文の図2です。
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●古代バイカル湖のイヌにおける限定的なユーラシア西部祖先系統

 まずこの手法を適用して、古代バイカル湖の3匹(7400年前頃と7000年前頃と6900年前頃)が非北極圏祖先系統を有するのかどうか、評価されました。本論文の分析では、4モデルのうち3通りが低網羅率(0.3倍)の古い方の2匹(バイカル2および3)のデータに等しく適合します(図2)。しかし、最も新しく(6900年前頃)より高い網羅率(2.2倍)の個体(バイカル1)では、ヨーロッパからの混合を含むモデルの方がわずかに適合している、と明らかになりました(図2)。これらの結果を7400~6900年前頃に非北極圏祖先系統を有するイヌの到来の証拠として解釈することは魅力的ですが、この発見は古い方の2個体のゲノムの網羅率がより低いことに起因するかもしれません。

 これらのイヌが遺伝子流動の歴史を有するのかどうか、さらに調べるため、qpBruteを用いて徹底的なモデル検索が実行され、古代バイカル湖の3匹は全て、単一集団として分析されました。その結果、2万回以上の検証されたシナリオのうち3%だけがデータに適合し、これらのうち大半(60%)は、ジョホフ島のイヌとの分岐以降、バイカル湖のイヌのどれにもユーラシア西部供給源からの混合を含まない、と示唆されました。

 バイカル湖とジョホフ島のイヌの共通祖先後のユーラシア西部供給源からの混合を有するより複雑なモデルはデータに適合しますが(最も新しい6900年前頃のバイカル3のみを考慮した場合でも明らかです)、F4比検定では、この寄与がわずかだった(バイカル湖のイヌでは9%)、と示唆されます。さらに、アカギツネ(Vulpes vulpes)の参照ゲノム(VulVul2.2)への配置に基づくD統計分析は、canFam3.1アセンブリ(ヨーロッパのボクサー犬)と比較した場合、わずかな参照の偏りを示唆します。しかし、参照ゲノムに関係なく、バイカル1のD統計はユーラシア西部のイヌからの遺伝子流動の統計的に有意な兆候を示します。ただ、この兆候はより古いバイカル湖のイヌでは見られません。

 まとめると、本論文の結果は、バイカル湖のイヌが6900年前頃にユーラシア西部のイヌからの祖先系統の限定的な流入を受けたかもしれない、と示唆します。このシナリオをより確信的に評価するには、これらの標本のより深い網羅率が必要です。しかし、このシナリオが正しければ、西方地域と南方地域からのシベリア北極圏へのイヌの拡大は9500~6900年前頃に始まった、と示唆されます。


●過去2000年のシベリアのイヌにおけるユーラシア西部祖先系統の水準の増加

 次に本論文の混合図に基づく手法を適用して、ユーラシア西部供給源から後のシベリアのイヌへの混合が、2000年前頃~現在の文脈で評価されました。この期間は、6000~4300年前頃のシベリアにおける直接的に年代測定されたイヌ遺骸が明らかに欠如した期間に続きます。それ以前のバイカル湖のイヌとは対照的に、これらのイヌに最適なモデルの全てが、ユーラシア西部供給源からの混合を含んでおり(図2)、ヨーロッパもしくは近東的な祖先系統のシベリアへの6900年前頃以後の追加の流入を示唆します。

 ほとんどの場合、ヨーロッパ供給源からの混合を含むモデルは最適ですが、シベリア北西部のイアマル・ネネツ地域(図1A)で発見された一部の鉄器時代(2000年前頃)と中世(1100~850年前頃)のイヌは、近東のイヌと関連する追加の祖先系統を有している可能性があります。近東から中世イアマル・ネネツ地域のイヌへの追加の寄与の兆候は、イヌの参照ゲノムの代わりにアカギツネのゲノムに配置するとわずかに弱くなりましたが、依然として存在します。

 qpBruteを用いての徹底的なモデル検索を通じてこのシナリオがさらに調べられ、鉄器時代と中世のイアマル・ネネツ地域のイヌは2つの集団として扱われました。適合モデルの数と接続形態はさまざまな実行全体でわずかに異なりましたが、全てのモデルはヨーロッパおよび/もしくは近東のイヌから中世および鉄器時代のイアマル・ネネツ地域のイヌへの異なる独立した混合を示しました。同じ遺跡で回収されたガラス製ビーズやさまざまな金属製品と一致して、本論文の結果から、鉄器時代と中世のイアマル・ネネツ地域の共同体はより大きな交易ネットワークとつながっており、その交易で非北極圏祖先系統を有するイヌを獲得した、と示唆されます。


●現代のシベリアのイヌの系統の出現

 次に、イアマル半島のネネツ人共同体で標本抽出された100年前頃(紀元後1927年)のイヌ2匹のゲノムが、中世および鉄器時代のイアマル地域のイヌと関連しているのかどうか、評価されました。同祖対立遺伝子(Identity-by-descent)の対での距離から、歴史時代のネネツの2匹のイヌと最も密接な関係にある古代のイヌは、ウスチ・ヴォイカール(Ust’-Voikar)遺跡の中世のイヌだった、と示唆されます。同祖対立遺伝子とは、かつて共通祖先を有していた2個体のDNAの一部が同一であることを示し、同祖対立遺伝子領域の長さは2個体が共通祖先を有していた期間に依存し、たとえばキョウダイよりもハトコの方が短くなります。これは、中世から20世紀初期を通じてのある程度の集団継続性を示唆します。

 興味深いことに、この分析から、これら100年前頃の2匹のネネツのイヌはサモエド品種とも密接に関連していた、と示唆されます。サモエド品種は現在のスピッツで、シベリアからイギリスに紀元後19世紀に導入され、スコット(Robert Falcon Scott)やシャクルトン(Ernest Henry Shackleton)など極地探検家の間で人気となりました。この結果から、シベリア北西部のイヌの複数回の混合事象があったものの、その北極圏祖先系統構成要素は現代のサモエド品種にも生き残っている、と示唆されます。同様に、シベリアンハスキーは歴史時代のシベリア東部のイヌおよび古代バイカル湖のイヌと類似性を共有している、と明らかになりました。まとめると、これらの結果から、いくつかの人気のある現代の北極圏品種が、シベリアで9500年以上前に確立した系統からの祖先系統を有意な水準で維持している、と示唆されます。重要なことに、シベリアのイヌの品種の非シベリア祖先系統は現代の事象ではありませんが、少なくとも過去2000年間継続的な過程でした。


●まとめ

 本論文の結果から、北極圏のイヌは少なくとも中期完新世(7000年前頃)まで他のイヌ集団からほぼ孤立して進化した可能性が高い、と示唆されます。古代北極圏のイヌは、ノヴォシビルスク諸島(New Siberian Islands)からバイカル湖までのシベリアの広範な地域に生息していた可能性が高そうです。しかし、過去7000年間、シベリアのイヌの進化史はユーラシア草原地帯およびユーラシア西部からのイヌの複数回の導入に影響を受け、アジア東部のイヌからの遺伝子流動はほとんどありませんでした。これらの導入の一部は、北極圏への冶金の導入、2000年前頃となる輸送のためのトナカイ使用の出現、800年前頃となるトナカイの牧畜の出現など、シベリア北西部社会的内の大きな変革期と一致します。

 まとめると、こうした知見から、シベリア北西部におけるこれらの重大な変化が、大規模な交易ネットワークの確立を通じての、近隣地域からのイヌを含む物質文化の輸入とつながっていた、と示唆されます。農耕(ヨーロッパ)および牧畜(草原地帯)に適応したイヌ系統と関連した遺伝的変動性の流入は、北極圏のイヌに行動および形態の変化をもたらし、北極圏のイヌはシベリア北極圏における狩猟採集民から牧畜への移行を促進したかもしれません。考古学的文脈内における追加の古代イヌのゲノムの生成と分析と解釈は、イヌが長期のヒトの北極圏居住に果たした役割と関連する問題に取り組むのに役立つでしょう。そうした役割には、より一般的な新たな生存戦略の出現、より具体的には、トナカイの家畜化と大規模なトナカイ牧畜への移行が含まれます。


参考文献:
Feuerborn TR. et al.(2021): Modern Siberian dog ancestry was shaped by several thousand years of Eurasian-wide trade and human dispersal. PNAS, 118, 39, e2100338118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2100338118