西秋良宏「旧人と新人の文化」

 井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』所収のコラムです。現生人類(Homo sapiens)は30万~20万年前頃にアフリカで生まれた後、ユーラシア各地に拡大し、先住集団だった非現生人類ホモ属を吸収もしくは絶滅に追いやり、現在では地球上で唯一の人類集団となっています。現生人類だけが生き残った理由は大きな関心を集めており、さまざまな見解が提示されています。現生人類の方が「優秀」だったとか、言語能力が優れていたとかいった見解は珍しくありませんが、まだ結論は出ていません。現生人類と非現生人類ホモ属の認知能力や身体能力が違っていたことは間違いないものの、さまざまな違いのうち両者の運命を分けたのがどの要素なのか、正確に特定することは別問題です。解釈が困難な一因は、ヒト適応に文化が大きな役割を果たしているからです。「大航海時代」や帝国主義の時代には、生物学的に同じ集団同士が競合したさい、互いの装備や技術や社会体制や政治力など、歴史や文化に由来する要因が結末を大きく左右しました。ヒトの生き方は生物学的条件だけでは決まらない、というわけです。

 非現生人類ホモ属の文化は停滞的だったのに対して、現生人類の文化は創造的だったとか、現生人類は非現生人類ホモ属にはなかった洞窟壁画や彫像など芸術を発展させたなど、両者の違いを強調する見解は多数あります。しかし、そうした見解の大半では、非現生人類ホモ属の文化は5万年前頃以前、現生人類文化はそれ以降という線引きがされていることに要注意です。江戸時代と現代の日本人のように、時代の違う集団の物質文化を比較して、互いの生物学的能力を比較するのは短絡的です。社会の総合力が違った、という説明もありますが、それでは答えにならない、との意見もあるでしょう。非現生人類ホモ属と現生人類の「交替劇」の違いを考えるさいには、文化の力に注意を払うことが必要ですが、そのさい重要なのは、30万~20万年前頃に出現した両者のその後の展開を、同時代の証拠に基づいて比較することです。それにより、現生人類がどのような存在なのか、理解が深まるでしょう。


参考文献:
西秋良宏(2021)「旧人と新人の文化」井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』(東京大学出版会)P75