徳永勝士「HLAと日本人の形成」

 井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』所収のコラムです。著者たちは1990年代に、日本人地域集団と近隣集団におけるHLA(ヒト白血球型抗原)遺伝子群の多型調査に基づいて、日本人の形成過程について考察しました。HLA(Human Leukocyte Antigen)は免疫系において抗原提示機能を果たし、移植の成否やさまざまな免疫疾患(自己免疫疾患やアレルギーや感染症や癌や薬剤過敏症など)と関連しています。HLAをコードする遺伝子群は、ヒトの遺伝子として最高度の多様性を示すことから、様々な集団の遺伝的特性の研究にも利用されており、集団の遺伝的近縁性を探る有用な標識になる、と指摘されています。各地域におけるHLAアレル(対立遺伝子)、ハプロタイプの頻度分布に基づいた日本人の形成モデルは以下のようなものです。

 まず、縄文時代人の祖先はアジア東部の後期旧石器時代人と考えられます。この後期旧石器時代人の一部は中南米の先住民の祖先でもあったでしょう。縄文時代人の特徴はかなりの程度アイヌに受け継がれたので、現代でもアイヌと南アメリカ大陸先住民との間に部分的な遺伝的共通性が認められます。一方、弥生時代人は縄文時代人より受け継いだ特徴を一部に残しつつ、朝鮮半島などを経由して日本列島に到来したアジア東部新石器時代人の影響を強く受けた、と推定されます。本州・四国・九州を中心とする日本列島「本土」現代人は、この弥生時代人の特徴をほぼ受け継いでいる、と考えられます。さらに沖縄集団は、縄文時代人の特徴を「本土」日本人より多く受け継ぐと同時に、弥生時代以降、中国南部集団や日本列島「本土」集団からの影響を受けたため、現代の沖縄集団は「本土」日本人と近縁であるとともに、アイヌともやや近縁です。このように日本人の成立過程においては、近隣の多様な先祖集団が異なる時代にさまざまな経路で渡来した後、現代に至ってもなお混血あるいは重層化の過程にある、と推定されます。

 最近、骨髄バンク(非血縁骨髄移植のドナー候補のバンク)ドナー登録者177041人のHLAデータに基づいて、全国規模の大規模なデータの分析結果が報告されました。これにより各HLAハプロタイプが示す地域差もより明確になり、著者たちのモデルとの不整合は見られないそうです。ただ、近隣集団におけるHLA分布データは依然として豊富ではないので、今後のデータの蓄積が期待されます。以上、本論文についてざっと見てきましたが、日本人の形成過程の研究について、現在では現代人だけではなく古代人の核ゲノム解析が主流になっていると思います(関連記事)。しかし、日本人は近隣の多様な先祖集団が異なる時代にさまざまな経路で渡来して形成され、現代に至ってもなお混血あるいは重層化の過程にある、とのHLAの研究に基づく見解は、現在でも有効だと思います。


参考文献:
徳永勝士(2021)「HLAと日本人の形成」井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』(東京大学出版会)P92-93