ヒト遺骸から周囲の石へのDNAの拡散

 ヒト遺骸から周囲の石へのDNAの拡散を報告した研究(Sarhan et al., 2021)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。古代DNAは、人類だけではなく、他の動物や植物や微生物の祖先の歴史の研究にとって強力な手法になりました。骨格およびミイラ化した遺骸に加えて、最近では堆積物も古代DNAの有望な供給源として特定されており、その中には更新世のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のミトコンドリアDNA(mtDNA)や核DNAも含まれます(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。そうした堆積物の古代DNAの供給源については、大型化石や小骨片や排泄物や腐敗した軟組織など、さまざまな仮定がありました。しかし、ヒトの堆積物古代DNAとその供給源との間の直接的つながりがある事例は、まだ見逃されています。

 本論文は、後期青銅器時代となる紀元前1306~紀元前1017年頃の骨壺墓地(Urnfield)文化のヒト骨格遺骸について報告します。このヒト遺骸はドイツ南西部のハイインゲン(Hayingen)の近くに位置するヴィムゼナー洞窟(Wimsener Höhle)もしくはフリードリヒ洞窟(Friedrichshöhle)と呼ばれる地下水河川洞窟内で発見されました(図1)。洞窟の入口の湖における同時代の土器および他のヒト骨片の発見から、儀式の場所だった可能性が示唆されています。シュヴァーベン山地(Swabian Alb)の他の洞窟の類似の発見物は、後期青銅器時代の宗教的現象、つまり洞窟における埋葬もしくは儀式行為を示しています。以下は本論文の図1です。
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 混ざり合った骨格遺骸は、洞窟天井からの継続的な水滴の結果として、重力の方向に向かって膨らみを形成した、方解石堆積物の重い層で覆われた状態で発見されました(図2AおよびB)。骨格の大半は方解石堆積物でかなり覆われていたので、より入手しやすい脛骨の標本だけが採取されました(図1D)。この考古学的発見物を分子的にさらに調べるため、周囲の方解石層とともに脛骨標本の断片が用いられました。骨と石のさまざまな部分が二次標本抽出され、メタゲノム配列されました。これらの遺骸について、骨格からの古代のヒトと微生物のDNAが周囲の環境に拡散した、と示せました。以下は本論文の図2です。
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●骨と石には同じ古代人のDNAが含まれています

 ヴィムゼナー洞窟で発見された後期青銅器時代のヒトDNAの分析をヒト参照ゲノムhg19と比較することにより、骨の標本だけではなく全ての石の標本でもヒトDNAの読み取りが明らかになりました。石のヒトDNAは骨の標本で見つかったヒトDNAの約1%を占めていました(図2C)。一般的に、石の標本のヒトDNA断片長は骨の標本より長く(図2D)、同等のDNA損傷水準、つまりチミンへの末端のシトシンの脱アミノ化の割合がありました。さらに、石と骨における古代人のDNAは、同じ分子的性別(男性、性染色体がXY)を示し、これは古典的な人類学的調査では不可能だったでしょう。

 石のヒトDNAが骨格遺骸のものなのかさらに確認するため、混成捕獲分析評価(hybridization capture assay)を用いてmtDNAが濃縮されました。これにより、骨の標本からのミトコンドリアゲノムの再構築が7倍以上の網羅率で可能となり、骨の標本の同一のミトコンドリアハプロタイプが明らかになりました(J1C1)。さらに、この個体の起源への片鱗を得るため、選択されたユーラシア現代人および他の青銅器時代個体群(関連記事)に対して、主成分分析が実行されました。その結果、ヴィムゼナー洞窟個体は同地域の他の青銅器時代個体群と同様にヨーロッパ人の多様性内に収まる、と示されました。全体として、ヒトDNAが骨から石へと拡散し、何千年も方解石に保存されていた、と確信的に論証できます。


●骨と石から再構築された微生物ゲノム

 ヒトDNAの結果に基づき、そうした方解石堆積物はタイムカプセルを表し、ヒトDNA以外の古代の分子情報をまだ含んでいる可能性がある、と仮定されました。したがって、一般的な微生物特性分析と、より長い連結断片への短いメタゲノム読み取りの新規解析を実行し、メタゲノム集合ゲノム(MAG)を再構築するとこにより、分析は骨と石の両標本の微生物群に拡張されました。一般的に、骨と石の標本の微生物特性は類似しており、洞窟環境に典型的な古細菌と放線菌門が豊富に存在しました。

 次に、骨と石の標本を別々に新規に解析すると、両標本から3点の高品質および4点の中間品質の原核生物MAGが得られました(骨から3点、石から4点のゲノム)。骨の標本からの1点のMAGを除いて、全ての再構築されたMAGはDNA損傷を示しました。ヒトDNAで観察されたものと同様に、骨と石の両方におけるMAGの存在は、微生物のDNAの拡散を示唆します。読み取り長が一般的に骨と比較して石でより長かったことも、観察されました(図2F)。

 これらのゲノムは、死後最初の分解と二次鍾乳石:以来の開始に関わったかもしれない微生物を表しています。たとえば、クロストリジウム属(Clostridium)とストレプトスポランギウム(Streptosporangium)属の構成員は、最も豊富な死後の骨分解生物の中で報告されています。さらに、ストレプトスポランギウム属は浸水した環境での骨の孔化にも関わってきました。ステノトロホモナス(Stentrophomonas)属やロドコッカス(Rhodococcus)属など他の微生物は、洞窟環境で炭酸カルシウムを結晶化すると示されてきましたが、これは方解石形成における潜在的な役割を示唆しているかもしれません。


●考察

 この事例研究では、青銅器時代のヒト骨格遺骸から骨と方解石が取り出され、そのDNA分析が行なわれました。よく保存された古代のヒトDNAと微生物DNAが石と骨から回収され、個体の性別決定およびヒトのmtDNAと微生物のゲノムの再構築には充分でした。骨と石の両標本で同じヒトDNAが特定され、それにより骨から周囲の環境へのヒトDNAの直接的拡散が論証されました。これは、洞窟堆積物における古代のヒトDNAの報告に、追加の説明モデルを提示します(関連記事1および関連記事2)。

 2003年の研究では、ニュージーランドのモアの骨の内部から収集された砂の標本で、沿岸モア(Euryapteryx curtus)のDNAの存在が報告されました、2007年の研究では、堆積物層全体で古代DNAの堆積後の垂直移動の可能性も示されました。しかし、鍾乳石堆積物がどのように過去からの古代DNA断片をよりよく保存できているのか、まだ確定していません。一般的に、DNAはその負の電荷のため、さまざまな鉱物要素に付着できます。さらに、洞窟環境は一定の温度と湿度と無光地帯を維持しており、通常のDNA損傷への暴露が少なくなります。タンパク質など有機物の含有量により骨が継続的に分類されるという事実のため、浸出したDNAが死後の微生物分解に曝されることが少なくなる可能性もあります。

 本論文は、洞窟環境の考古学的発見物に付随して発見された、こうした貴重な鉱物堆積物に注目することを目指しています。それらが鉱物堆積物を表すだけではなく、考古学的発見への拡張であり、古代DNAの形態で歴史的情報を保持して保存している、と本論文では示されました。現在、これらの堆積物はおもに、放射性炭素年代測定の限界(5万年前頃)を超えた、考古学的発見物の年代測定の代理として用いられています(たとえば、ウラン-トリウム法)。

 本論文の知見を考慮すると、これらの堆積物は同様の考古学的遺物の将来の破壊的標本抽出を回避するのに役立つ可能性があり、古代のヒトゲノムと微生物群の再構築に用いることのできる、古遺伝学的記録保管所を提供します。そうした堆積物が、タンパク質や脂質など他の古代の生体分子をどこまで保存できるかは、今後の課題です。最後に、考古学者と人類学者の共同体への伝達事項は、破壊的手順を伴うことが多い分子分析ではとくに、発掘における堆積物や鉱物堆積物や水など革新的な標本抽出の供給源を考慮することです。以下は本論文の要約図です。
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●この研究の限界

 この研究の主要な限界は、単一遺跡の単一個体に基づいており、そうした方解石堆積物で覆われた古代の骨格標本を見つけるのは稀でもあることです。さらに、方解石堆積物から得られたヒトDNAの合計読み取り量は、骨よりも2桁少なくなっています。これは、同様の標本からのDNAライブラリの準備に伴い、その後でヒトの核DNAとmtDNAの捕獲手法を適用するよう、示唆しているかもしれません。本論文からは、古代DNA研究のさらなる飛躍の可能性が窺え、今後の古代DNA研究への応用が大いに期待されます。


参考文献:
Sarhan MS. et al.(2021): Ancient DNA diffuses from human bones to cave stones. iScience, 24, 12, 103397.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2021.103397

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