彭宇潔「熱帯湿潤地域の狩猟採集民集団における民族誌的研究―カメルーンのバカ・ピグミーにみられる移住と道具利用に関して」

 本論文は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)2016-2020年度「パレオアジア文化史学」(領域番号1802)計画研究B01「アジア新人文化形成プロセスの総合的研究」2020年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 32)に所収されています。公式サイトにて本論文をPDFファイルで読めます(P31-34)。この他にも興味深そうな論文があるので、今後読んでいくつもりです。

 本論文は、カメルーン東南部の狩猟採集民バカ(Baka)を事例に、狩猟採集民をはじめとする小規模居住集団の居住形態(少人数で居住していた民族集団は、変化した社会的環境の中で居住の様式はどうなったのか)、狩猟採集民に見られる道具利用(ヒトが道具を利用する際に、身体の動作とその時の活動の進行がどのように構成され、何に影響されるのか)、それと関連する資源獲得の活動について検証します。

 バカについては、2010年以降に合計15ヶ月フィールドワークが実施されました。長期滞在した主要地域はブンバベック国立公園とンキ国立公園北側のソン村で、それ以外に、広域調査でソン村周辺地域と、西のジャ動物保護区近くのロミエ地域でも調査が行なわれました。ソン村およびその周辺地域には、狩猟採集民のバカとバンツー系焼畑農耕民のコナンベンベも、昔から居住しています。西側のロミエおよび周辺地域は都会や大きい街への交通が便利なところで、バカの他に人口が多いのはバンツー系焼畑農耕民ンジメです。ロミエはカメルーン東南部の物流中心地で、その二つの民族集団以外に、商人や国際協力機関関係者、伐採事業者などの外部からの人がひじょうに多くいます。

 バカ・ピグミーは実は数百年前から農耕民集団との接触が始まった、と言われています。著者の調査地のバカは100年前頃に奴隷貿易から逃げるために、中央アフリカからカメルーンにやってきた、と報告されています。昔のバカはその地域に住む焼畑農耕民集団とともに、ある場所に大人数で集まって定住するのではなく、少人数で構成する集落が森の中で分散していました。1935 年頃、当時のフランス植民地政府により、森林部の住民に対する定住化政策が始まりました。その後カメルーンが独立しても、そのような政策が続いています。

 1950 年代に、農耕民の方は先に幹線道路沿いへの定住に定着しましたが、バカはまだ森での遊動生活を続けていました。しかし、その時に森林地域に出入りする他の民族集団も増え、バカたちとの接触の機会は以前より増えました。カメルーン独立後の1960 年代に、国内反乱軍に対する制圧が厳しくなり、森に住む人は全員反乱軍とみなされて刑罰を与えられることになりました。それを恐れてバカは森の奥地から出て、幹線道路沿いの定住村に居住していきます。その後、1990 年代にまた政府の強制的な政策により、バカでは農耕と貨幣の利用が始まりました。2000 年代前後に世界的にカカオブームとなり、それに乗ってバカでも自家消費用の農作物だけではなく、カカオなどの換金作物の耕作も始まりました

 筆者のフィールドワークはこのような定住化過程の後に始まり、定住化後のバカの居住形態についてまとめることができました。これまで収集した事例数は16 個です。バカの移住は婚姻状態の変化からの影響が一番多く、移動の距離は3 km程度も100 km程度と比較的長距離もありますが、移住先はどれも当事者たちと近い親族関係を持つ人々の居住地です。したがって、定住化後のバカの移住には、婚姻制度や親族関係などの集団内の社会的規範は強く機能している、と考えられます。しかし、図2で示されるように、点線が表示する外部との関係による移住も目立ちます。それは、近年その地域に出入りする他民族の増加により、バカに新たな民族間関係ができており、それに基づいて長距離で中短期の移住が顕在化されたからです。また、それに伴い、女性の結婚相手が集団外の者でも認められるようになり、バカ社会における通婚圏が拡大したことにより、バカ自身の集団内規範も変化した、と明らかになりました。

 道具利用時の行動は、映像4点(2010 年に2回と2014 年と2017 年のフィールドワークにおいて同じ村で撮影)に基づいて部化石されました。個人で作業する活動と集団で作業する活動が二つずつあります。個人の事例は木を切る男子(図3)と、刀の部品およびその取手を作る中年男性(図4)の映像が観察されました。彼らが道具(斧と山刀)を振る動作のペース、つまりテンポを、beat per minuteで測ってみた結果、彼らは単一な動作を繰り返す時には切るペースが安定しているものの、複合的な動作や動作の調整と修正が必要となる時には切るペースが頻繁に変化する、と明らかになりました。また、作業が進行する中で、次に適切な動作を取るために、その時の動作を一時的に中断して、しばらく観察したり考えたり、あるいは周りの人の介入・指摘を受けたりしました。そのような中断の頻度は、作業自体の複雑さによって変わります。中断の頻度も中断する時間の長さも、作業者自身の熟練度とそうした作業に関する経験の多さにより異なる、と考えられます。

 集団の事例では、ナイフを持って一緒に木を叩きながら歌う5 歳の子どもたちの事例(図5)と、採集した野生果実を山刀で加工する女性たちの事例(図6)の映像が観察されました。まず分かったのは、音声的同調における相違です。参加者たちが道具を使って出した音声は、子供の遊びのような音楽性を求める場合には完全な同調、またはポリフォニーが必要とされています。それに対して、果実の作業のような場合では、音声的な同調がみられなくて、互いの出した音を無視し、回避していることが必要になる、と考えられます。音声的な同調とは別で、作業の進行における各個人の行動の同調、つまり休憩を取ることや作業を再開することなどについては、音楽性を求める活動の場合は音楽の構成に従って、参加者たちは担当するパートに応じて休止・再開・進行・テンポとテンションの調整などをしている、と観察されました。一方で、果実の加工活動にはそのような行動の同調が見られませんが、個々の参加者は自分のペースで作業を進めながら、誰かの休憩に合わせて少し止めて雑談するというような、周りの人の行動と部分的にオーバーラップすることが見られました。したがって、完全な同調もなくて完全な隔離もなく、自分のペースと他人のペースを自律的に合わせています。このように、一人で道具利用する場合でも、互いの協力が必要な集団活動でも、それぞれできるだけ作業自体に関与しない集団活動でも、周りの人々の行為によって作業時身体動作のリズム、作業進行のペースが影響される、と明らかになりました。

 「道具利用」、「居住形態」、「民族誌データベース」に関するこれまでの研究も踏まえると、第一の成果は、現代の狩猟採集民集団における道具利用の多様性とそれに影響する要素についての考察です。道具の多様さは確かに自然環境への適応をある程度反映しますが、道具の複雑度と用途に関しては、個々の集団の内部における制度および彼らが接触する集団との関係により影響されることも考慮すべき要素である、と明らかになりました。第二の成果として、集団の居住形態は遊動的で小規模から、大規模で定住型への移行につれて、集団内の社会制度が他集団との相互作用により変化します。したがって、ある人類集団の居住形態の変化は他の集団との接触も考慮すべきものと明らかなりました。記述スタイルの多様な民族誌資料を利用したデータベースの構築は、狩猟活動を事例にデータベースのデザインが初歩的に完成し、今後においてはレコードを充実させて、量的分析を通した新たな人類学モデルの構築が期待されます。


参考文献:
彭宇潔(2021)「熱帯湿潤地域の狩猟採集民集団における民族誌的研究―カメルーンのバカ・ピグミーにみられる移住と道具利用に関して」『パレオアジア文化史学:アジア新人文化形成プロセスの総合的研究2020年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 35)』P31-34