なぜか印象に残っていない大河ドラマ『太平記』

 今日はもう1本掲載します。4年以上前に、再放送分も含めて視聴した大河ドラマの簡潔な感想と10段階の個人的評価を記事にしたことがあります。その後、再放送も含めて新たに視聴した作品を追加していきました。その記事にて、全話視聴した1991年放送の大河ドラマ『太平記』の評価を5としました。8以上に評価した作品も多い中、大河ドラマ史上最高傑作という評価が少なくないらしい『太平記』の評価を5としたのですから、長年の大河ドラマファンがその記事を閲覧したとしたら、唖然とするかもしれません。

 『太平記』や『独眼竜政宗』などの名作を引き合いに出して、それらを絶賛する一方で、近年の大河ドラマの質の低さを批判・罵倒することは、ネットでは珍しくないよう思います。「鑑賞力・見識が高く」て「(ネット上で)声の大きな」長年の大河ドラマファンのなかには、そうした人が少なくないのかな、と思います。また、そうした見解に同調する人も多いように思えます。私の鑑賞力・見識が低いのは否定できませんので、単に個人的な資質の問題なのかもしれません。

 ただ、正直なところ、『太平記』が面白かったか面白くなかったかという以前に、そもそも『太平記』についての記憶がほとんどありません。したがって、どう評価すべきか、記事を執筆しているさいに悩みました。全話視聴したのですから、放送当時は少なくともそれなりに面白いと思っていたのでしょう。つまらないと思えば、1989年放送の『春日局』や1992年放送の『信長 KING OF ZIPANGU』のように、序盤か前半で挫折したはずです。かといって、面白かったという記憶も残っていないので、評価に迷って中間的な5としました。

 『太平記』について、全話視聴したということ以外に、なぜこんなにも記憶に残っていないのか、今になってみると自分のことながら不思議でなりません。序盤で挫折した『春日局』の方が、まだ記憶に残っているくらいです。南北朝時代への関心が、日本史の他の時代と比較してさほど高くないことも原因なのかな、とも思いましたが、同じく放送当時にはそれほど関心の高くなかった平安時代後期を扱った『炎立つ』の方は、強く印象に残っています。

 『太平記』で記憶に残っているのは、尊氏が弟の直義を毒殺する場面なのですが、これも、本放送当時の記憶というよりは、確か1995年の暮れに放送された、1996年放送の『秀吉』の番宣を兼ねた大河ドラマ特番での視聴が記憶に残っているだけなのかもしれません。この特番では、過去の大河ドラマ作品の映像も取り上げられ、そこで上述の毒殺場面が放送された、と記憶しています。この特番では、1976年放送の『風と雲と虹と』の将門討ち死にの場面も流れ、当時すでに『風と雲と虹と』に露口茂氏が田原藤太(藤原秀郷)役で出演していたことは知っていましたが、初めて『風と雲と虹と』での露口氏を見ることができたので、とくに印象に残っています。

 『太平記』の内容自体はほとんど記憶に残っていないのですが、その評判は強く印象に残っています。同級生の間でも、尊氏が美男子でとにかく格好良いとか、その妻の登子が美しすぎるとか、話題になっていました。同年代でも大河ドラマの視聴者は結構いるものなのだな、と当時はやや意外に思ったことが印象に残っています。しかし、繰り返しになりますが、内容の方はさっぱり覚えておらず、義詮を誰が演じてどのような人物像だったのかなど、ネットで検索して初めて知った気になったくらいです。

 どうも、私の南北朝時代像に大河ドラマ『太平記』はほとんど全く影響を与えていないようで、私の南北朝時代観は今でも、子供時代に読んだ子供向け日本史と、その後に読んだ一般向け書籍の枠から出ていないようです。まあ、専門家ではないので、それが悪いとはまったく考えていませんが。いつか機会があれば、名作と評判が高いので、『太平記』を再視聴してみようかとも思うのですが、その時にどのような感想を抱くのか、現時点ではさっぱり予想がつきません。

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