『卑弥呼』第17話「秘儀」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年6月5日号掲載分の感想です。前回は、自分の策が凶と出ても、それはそれで面白いではないか、とヤノハが不適に言うところで終了しました。今回は、ヤノハが日向(ヒムカ)時代の夢を見ている場面から始まります。当時(2世紀末~3世紀初頭)の日向には鉄(カネ)はもちろん青銅(アオカネ)も少なく、石器が用いられていたので、内海(ウチウミ、瀬戸内海でしょうか)から来る賊に襲撃されれば、ひとたまりもありませんでした。しかし、ヤノハは比較的平和な邑で裕福な家の養女として育ちました。ヤノハは、日の守(ヒノモリ)の義母が家の壁にかけていた2枚の銅鏡を思い出します。ある日、ヤノハの弟であるチカラオが毒蛇に咬まれ、ヤノハは義母に、刀を火に翳すよう、命じられます。ヤノハは義母に刀を渡しますが、弟が助かるのか、不安な様子です。義母はヤノハに軟膏の壺と葉薬の籠を取ってくるよう命じ、焼いた刀をチカラオの傷口に当てて毒を吸い出し、葉薬に軟膏を塗って患部に当てます。心配な様子のヤノハに、発見が遅かったので、チカラオはもう根の国の門くらいまでたどり着いている頃だ、と義母は言います。弟を黄泉の国から呼び戻してほしい、と懇願するヤノハに、お前の弟を死なせはしない、と言った義母は、銅鏡2枚をヤノハに持ってくるよう命じ、自分はチカラオを抱えて外に出ようとします。義母はヤノハに、魂を取られるので、銅鏡に自分の顔を気安く映さないよう、注意します。須佐之男(スサノオ)様の国に向かうチカラオの魂を天照様の力で呼び戻してもらうのだ、と義母はヤノハに説明します。

 ヤノハが山社(ヤマト)の楼観で目を覚ますと、イクメがいました。ヤノハがうなされていたためか、イクメはヤノハが悪い夢を見ていたのではないか、と案じます。故郷が夢に出てきたが、弟の顔を忘れてしまったようだ、とヤノハは寂しげに答えます。イクメは、短期間で日向から暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)に行き、さらにはトンカラリンを経て山社に来たヤノハの苦難の連続を思いやります。イクメが朝早くからヤノハを訪ねたのは、今晩闇に紛れて山社を出立するためでした。イクメの弟のミマアキが安全な場所まで同行してくれる、とイクメはヤノハに説明します。イクメの父であるミマト将軍は、ヤノハを捕えると決めたものの、娘に懇願されたため、出奔するなら見逃そうとしているわけです。山社を出てどこに行くのだ、とヤノハに問われたイクメは、豊秋津島(トヨアキツシマ)と答えます。サヌ王(神武天皇と思われます)が東征して拓いたという新たな山社を目指そう、というわけです。しかし、ヤノハは乗り気ではありません。自分がサヌ王で新たな山社を造ったとしたら、そこを故郷の筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の写し鏡のようにして、似たような景色の場所を選び、山野に筑紫島と同じ名をつけ、その中心に山社を構えるので、すでにその新たな山社には日見子か日見彦が鎮座しているはずだ、とヤノハは説明します。自分が新たな日見子と名乗って出ても受け入れられないだろう、というわけです。イクメ焦った様子で、では父に捕縛されることを選ぶのか、とヤノハに問いかけます。ヤノハは冷静に、3日の猶予をいただきたいとミマト将軍に伝えるよう、イクメに指示します。理由を理解できないイクメに、3日あれば風向きが変わると義母がよく言っていた、と説明します。ヌカデに任せた那国のトメ将軍との交渉が情勢を変える、とヤノハは考えているのでしょうか。

 その頃山社では、最高位の祈祷女(イノリメ)であるイスズが、ヤノハが真の日見子(ヒミコ)であるか、伺いを立てるために籠ってから4日経過していました。年長の祈祷女は、不眠不休で伺いを立てるイスズの体調を案じますが、天照様は何も言わないので、このままではヤノハを偽の日見子と断定できないことから、イスズは焦っているようです。すると年長の祈祷女は、天照様の神託が降りなくとも、真の日見子か否か見極める方法がある、とイスズに進言します。もしヤノハが本物の日見子なら、天照様が乗り移っているはずなので、秘儀を見せていただきたい、とヤノハに提案してはどうか、と年長の祈祷女は言います、それは真の日見子のみが天照大神より伝えられる、生と死を司る祭礼で、それを目の当たりにすれはせ、見ている者の命もどうなるか分からない、という危険なもののようです。躊躇うイスズにたいして年長の祈祷女は、ヒルメ様もタケル王も偽物の日見子と断定して女性なので、できるはずがない、と年長の祈祷女は答え、イスズも納得します。

 鞠智彦(ククチ)の里では、鞠智彦が立ち去る暈国のタケル王を見送っていました。タケル王は、ヤノハは偽の日見子だと断定し、ヤノハの手足を砕くよう命じたのに、直ちに実行しない鞠智彦に不信感を抱いたのか、鞠智彦に冷ややかな視線を向けているように見えます。タケル王がどこに向かうのか、配下のウガヤに問われた鞠智彦は、暈と那の国境、つまり戦場の最前線だ、と答えます。タケル王自ら出陣するのでしょうか、とウガヤに問われた鞠智彦は、それならまだよいが、タケル王は最前線の兵を全員引き連れて急遽山社に向かうそうだ、と答えます。鞠智彦はウガヤに、旅の準備を命じます。鞠智彦は、どう対応すべきか、イサオ王に相談するつもりだ、とウガヤに伝えます。

 天照大神の秘儀を見せていただきたい、というイスズの意向はすぐにヤノハに伝えられました。その秘儀を見せてもらえば、イスズはヤノハを支持してもよい、というわけです。断れないのか、とヤノハに問われたイクメは、秘儀を見る者の命も縮めると言われており、イスズも真剣なのだ、と答えます。その秘儀が何なのかまったく思い浮かばないヤノハは、途方に暮れます。天照大神に伺いを立てて初めて伝えられるものなので、知らなくて当然だ、とイクメはヤノハに伝えます。ヤノハはそれでも、天照大神が自分に素直に伝えてくれるのか、とまったく自信がない様子です。楼観の下では祈祷女たちが儀式の準備を進めており、祭壇を設えて護摩を焚いているため、その煙がヤノハにも届いていました。その秘儀がどんなものなのか少しは知っているのか、とヤノハに問われたイクメは、100年前の日見子の治世以来、誰も見たことはないが、古老が言うには鏡を使うらしい、と答えます。ヤノハはイクメに、祈祷の準備が整うまでしばらく一人にしてもらいたい、と言います。

 万策尽きたといった感じのヤノハは、誰も見たことのない秘儀なら適当にやってもばれないのではないか、と一旦は考えますが、適当とはいってもそれなりの説得力というか厳粛さが必要だと思いなおします。モモソならどうしたのだろうか、と考えたヤノハは、友であるモモソを突き落とした自分は大罪を犯したのだ、と後悔します。そこへモモソが現れ、夢で教えたただろう、すでに「お鏡の秘儀」を知っているではないか、と伝えます。モモソの幻覚?はすぐに消えて、弟のチカラオを黄泉の国から救おうとした義母が、「日の鏡」と「地の鏡」という二つの鏡が必要だ、と言っていたことをヤノハが思い出したのところで今回は終了です。


 今回はヤノハの過去が描かれ、それが現在の窮状を打開する鍵になる、と示唆されました。ヤノハの義母が本格的に描かれたのは今回が初めてですが、日の守として儀式や占いだけではなく、自然現象も含めてあらゆる事象に通じた知識人でもあるように思います。また、今回の描写からは、ヤノハの義母は養子の2人に愛情を注いでいるように見えます。ヤノハは危険を冒してまで義母の遺体を回収しようとしていましたから、義母には深く感謝しているのでしょう。また、ヤノハは弟の命を救おうと必死になっており、賊に襲撃されて義母を殺され、弟が行方不明になるまでは、生きるために手段を択ばず、親友のモモソも殺してしまうような狂気の人物ではなく、ごく一般的な情感の持ち主だったように思います。ヤノハは義母を殺されて精神的な大打撃を受けたのでしょう。注目されるのは、ヤノハが弟の顔を忘れてしまった、と打ち明けたことです。ヤノハは、賊に襲撃されて弟は死んだと考えていますが、義母とは異なり、死体を確認したわけではありません。おそらくヤノハの弟は生きており、『三国志』にあるように、卑弥呼(日見子)となったヤノハを支える「男弟」となるのでしょうが、再会した時には、弟が成長したこともあり、ヤノハの方は弟と気づかないのかもしれません。

 鞠智彦が会おうとしているイサオ王も注目されます。これまで作中では言及のなかった人物ですが、鞠智彦がわざわざ難題の相談に行くということは、権威のある重要人物だと思われます。あるいは、タケル王に位を譲った暈の前代の王でしょうか。イクメから、おそらく神武天皇のことであろう、6代目の日見彦たるサヌ王が東征して豊秋津島(おそらく本州を指すのでしょう)新たに築いた山社を目指そう、と進言されたヤノハが乗り気ではなかったことは、今後の展開との関連で重要だと思います。ヤノハとイクメはこのままサヌ王が豊秋津島に築いた新たな山社に行き、そこを拠点に日見子(卑弥呼)たるヤノハが倭国を統治し、それは奈良県の纏向遺跡一帯ではないか、とも予想していたのですが、日向(現在の宮崎県)の奥にあるという現在の山社が『三国志』の邪馬台国という展開になりそうです。しかし、ヤノハの存命中に纏向遺跡一帯に「遷都」し、箸墓古墳にヤノハが葬られる、という展開も考えられます。ともかく、後には魏や呉も絡んできて壮大な物語になりそうですし、短期的には、ヤノハが現在の苦境をどう切り抜けるのかという点が焦点となりますから、今後もたいへん楽しめるのではないか、と期待しています。

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