ヨーロッパにおけるブタの起源と遺伝的構成の変容

 ヨーロッパにおけるブタの起源と遺伝的構成の変容に関する研究(Frantz et al., 2019)が公表されました。近東で遅くとも12500年前頃に始まった農耕・牧畜は、8500年前頃にアナトリア半島からヨーロッパへと拡散し始めました。この過程でヨーロッパに導入された、穀類のような栽培化された植物とヒツジやブタのような家畜化された動物は、すべて近東固有の野生種に由来すると考えられています。ただ、家畜化されたヤギやヒツジの祖先はヨーロッパにいませんでしたが、ウシとブタの場合、家畜の祖先となり得る野生種がユーラシアに広く分布しており、ヨーロッパで独自に家畜化された可能性もあります。ブタの場合、野生種(イノシシ)と家畜種の区別は、これまでおもに考古学的文脈とサイズに基づいていました。最近では、形態や安定同位体の分析も用いられています。ヨーロッパでは、歯のサイズにより家畜と識別された最初のブタは、8000年前頃までの最初期新石器時代農耕民と関連する遺跡で発見されており、これらの歯のサイズの違いは先史時代から現代まで続いています。考古学的証拠からは、近東の農耕民が拡散してくる前のヨーロッパのイノシシは、いずれも家畜に分類できないことから、ヨーロッパの狩猟採集民が在来の野生イノシシを独自に家畜化したわけではない、と考えられています。

 しかし、ミトコンドリアDNA(mtDNA)に関しては、現代のヨーロッパのブタで近東系はほぼ完全に見られません。また、これまでの研究において、6000年前頃のパリ盆地のブタが近東系なのに対して、5900年前頃までにはヨーロッパ在来のイノシシ系統に置換されている、と明らかになっており、核DNAでも近東系が消滅した可能性は想定されます。このmtDNAの不連続の説明として、ヨーロッパ在来のイノシシからの遺伝子流動があります。家畜ブタは常に、野生集団と交雑している可能性があります。ニューギニアの事例からは、狩猟で雌の子ブタが捕獲され、成熟後に雄の家畜と交配する可能性が想定されます。そうすると、家畜ブタの子孫は母系ではヨーロッパ在来系となります。また、イノシシの雌の子孫が優れた特性を持っていると認識された場合、野生イノシシの雌の仔の獲得が慣行として定着したかもしれません。ヨーロッパの野生イノシシとの継続的な遺伝子流動のシナリオは、漸進的で不完全なゲノム置換を予測します。一方、ブタの家畜化がヨーロッパにおける完全に独立した事象だとしたら、ヨーロッパのブタはほぼ完全に在来のイノシシに由来する、と想定されます。本論文は、14000年前頃~現代のヨーロッパおよび近東のブタとイノシシ合計2099頭のDNAを解析し、ヨーロッパのブタの起源と遺伝的構成の変容を検証しました。そのうち古代標本は1318頭で、内訳はイノシシ262頭・家畜ブタ592頭・不明464頭です。古代のブタのゲノムデータに関しては、10倍以上の高網羅率が2頭、1~10倍の中網羅率が7頭、1倍未満の低網羅率が54頭となります。

 イノシシのmtDNAハプログループ(mtHg)は、大きく二分されます。一方はヨーロッパ系で、Italian・A・C・Y2です。もう一方は近東系で、Y1・ArmTです。これらのデータからも改めて、近東の農耕民がmtHg- Y1の家畜ブタを新石器時代にヨーロッパに持ち込んだ、と確認されました。ヨーロッパにおけるmtHg- Y1の最初の個体は新石器時代ブルガリアの8000年前頃のブタで、新石器時代における最後の個体は5100年前頃のポーランドのブタです。新石器時代以後にmtHg- Y1に分類されるブタは、ほとんどが地中海の島で確認されます。地中海島嶼部のmtHg- Y1の存在は、ヒツジとヒトの孤立したパターンと類似している、と本論文は指摘します。

 これらのデータはヨーロッパのブタにおけるmtDNAの完全な置換を示しますが、ヨーロッパ在来のイノシシからの遺伝子移入の結果なのか、在来のイノシシの家畜化の結果なのか、評価するのに決定的とは言えません。そのため本論文は、9000年以上にわたる、10倍以上の高網羅率の2頭、1~10倍の中網羅率の7頭、1倍未満の低網羅率の54頭の古代ゲノムデータを比較しました。家畜化に先行する古代のヨーロッパと近東のイノシシ遺骸内に、異なる系統(祖先)が存在します。38頭のイノシシのゲノムデータは、ギリシアの現代集団が近東系を33~38%、イタリアの現代集団は近東系を6~10%有している、と示します。これは、ヨーロッパの他地域よりも高い比率です。

 現代の家畜ブタのほとんどでは、そのゲノムに近東系統はほとんど見られません。ヨーロッパの家畜ブタを単一の集団とした場合、全体ではゲノムに占める近東系統は4%程度にすぎず、そのほとんどはイタリア・ハンガリー・スペインのいくつかの家畜品種(近東系は1.7~4.6%)に由来します。興味深いことに、こうしたヨーロッパの品種の大半は、現代の野生イノシシがより高い比率の近東系を有している地域に存在します。これらの品種は、19世紀に品種改良計画でヨーロッパに導入された中国のブタと混合しませんでした。これらのやや高い比率の近東系要素は、イタリア半島もしくはバルカン半島の在来イノシシとの交雑により獲得され、ヨーロッパに導入された中国ブタとの交雑の欠如の結果として維持された可能性が高そうです。現代のヨーロッパのブタでは、mtHgの約1/3は中国のブタに由来します。

 古代ブタのゲノムにおける近東系の比率も評価されました。青銅器時代のイラン(4300年前頃)とアルメニア(3500年前頃)のブタはヨーロッパ系統を有しておらず、ほぼ完全に近東のイノシシに由来します。ヨーロッパでは、高・中網羅率の古代家畜ブタのうち、近東系統を有している個体は、ドイツの7100年前頃の2個体で54%と9%、フランスの7100年前頃の1個体で15%、ブリテン島の4500年前頃の1個体で10%、1000年前頃のフェロー諸島の1個体で5%となります。このうち、近東系を54%ほど有するドイツの1個体はmtHgでも近東系のY1で、古代または現代のヨーロッパのイノシシのどれよりも多くの近東系を有しています。これらの結果は、近東から家畜ブタが導入されてから比較的短期間で、ヨーロッパのイノシシが家畜集団と混合していったことを示唆します。

 ヨーロッパの家畜ブタにおける近東系の消滅のより正確な年代と地域的違いを推定するために、54頭の低網羅率の古代ゲノムデータが比較されました。古代ヨーロッパのブタは、2集団に区分されます。第一集団は8頭で、近東のイノシシおよび古代近東の家畜ブタにより近い、と明らかになりました。その年代は、7650~6100年前頃です。この8頭のうち7頭は、近東系のmtHg- Y1を有しています。また、近東系に近いクリミアの7000年前頃の3頭は、在来系のmtHg-Y2を有しています。第二集団は、7100年前頃と6700年前頃の個体も含まれるものの、多くは第一集団より新しく、ヨーロッパの野生および現代の家畜ブタにより近縁です。つまり、ヨーロッパのブタにおいては、古いほど近東系の割合が高かったわけです。mtDNAのデータも考慮すると、5000年前頃にはミトコンドリアと核の両方で、ヨーロッパのブタからは近東系がおおむね消滅した、と本論文は推測しています。

 ヨーロッパの現代のブタでは、ゲノムに近東系が5%以上見られる品種はたいへん少なく、ヨーロッパのブタ全体での近東系の比率は最大でも4%程度で、ヨーロッパにおけるヒトによるブタの選択では、そのほとんどは近東系の遺伝子多様体ではなくヨーロッパ系のそれが対象になった、と推測されます。一方、メラノコルチン1受容体(MC1R)遺伝子の黒い毛をもたらす多様体は、アナトリア半島起源ながらヨーロッパにおいてもずっと存続してきた、と示唆されています。これもヒトによる選択の結果かもしれませんが、現時点では詳細は不明で、今後の研究の進展を俟たねばなりません。

 本論文の結果は、アナトリア半島のイノシシが10500年前頃に家畜化され、ヨーロッパに8500年前頃に導入された家畜ブタの祖先になった、と示します。しかし、5000年前頃の後期新石器時代までに、ヨーロッパのブタのゲノムにおける近東系の比率は大きく低下し、現代ヨーロッパのブタでは0~4%になりました。このほぼ完全なゲノム置換と近東系統の漸進的な消滅は、ヨーロッパ大陸部では3000年にわたって起き、それは近東系家畜ブタとヨーロッパのイノシシとの間の交雑の結果でした。これは、ヨーロッパのブタは独自に家畜化されたのではなく、外来の家畜ブタと在来のイノシシとのヒトによる意図的交配の継続的管理に由来することを示唆します。地中海地域では、ブタを季節的にヒトの居住地から離れさせるような管理がなされており、こうした慣行が、ブタとイノシシの間の遺伝子流動の機会をもたらしたのかもしれません。本論文は、ヨーロッパでは新石器時代にブタが導入された最初の頃から、こうした管理戦略が実践されていた可能性を示唆しています。

 ヨーロッパのイノシシから近東起源のブタへの遺伝子移入は、ヨーロッパのブタにおける近東系の比率を低下させました。しかし、上述のように、メラノコルチン1受容体(MC1R)遺伝子の黒い毛をもたらす多様体は、近東からヨーロッパへと初期農耕民により導入され、存続しました。本論文は、ヨーロッパの現代のブタの他のゲノム領域でも近東系の多様体は存在するかもしれないものの、そうした領域は4%以下と指摘します。ヨーロッパのブタにおける過去5000年のヒトの選択の大半は、近東農耕民が最初の2500年の家畜化の過程で選択したゲノム多様体ではなく、ヨーロッパのイノシシに由来するゲノム多様体だっただろう、と本論文は推測しています。

 外来集団が比較的小さく、在来の遺伝的に近縁な集団との交雑への強い障壁が存在しない場合、在来集団から外来集団への遺伝子移入の結果として、ほぼ全面的なゲノム置換も予想されます。ヨーロッパのブタはその事例となりますが、家畜種としては空前の大規模な置換だった、と本論文は指摘します。イヌやウマやウシなど、遺伝子移入は在来の野生集団と外来の家畜集団との間で一般的ですが、ブタはその起源系統が現代集団内ではほとんど検出できないほどの置換を経験した唯一の種だろう、と本論文は評価しています。他の家畜動物と比較して、ヨーロッパのブタは、導入された地域の近縁な野生種との生殖隔離の程度はずっと低かったのだろう、と本論文は指摘します。

 本論文はまとめとして、家畜化・栽培化は家畜化・栽培化された動植物の単純な拡散ではない、と指摘します。家畜化・栽培化は長く複雑な過程で、在来集団との継続的な交雑とヒトによる選択の結果として生じる、というわけです。緯度に大きな違いはなくとも、地形により気候は変わってきますし、病原体も同様です。近東とヨーロッパとで、ヒトの選択したブタの遺伝子多様体に大きな違いがあったとしたら、気候への適応と免疫が大きな要因だったのかもしれません。こうした家畜化・栽培化の検証はたいへん興味深く、より広範な地域での研究の進展が期待されますが、古代DNA研究ではやはりヨーロッパが他地域よりもずっと進んでいることは否定できないでしょう。今後は、日本列島も含めて他地域とヨーロッパとの差が縮小していくよう、期待しています。


参考文献:
Frantz LAF. et al.(2019): Ancient pigs reveal a near-complete genomic turnover following their introduction to Europe. PNAS, 116, 35, 17231–17238.
https://doi.org/10.1073/pnas.1901169116

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