真珠貝の進化に影響する気候変動

 気候変動が真珠貝の進化に影響する可能性を報告した研究(Takeuchi et al., 2020)が公表されました。日本語の解説記事もあります。日本では19世紀後半から真珠養殖が盛んに行なわれ、美しい真珠を広く養殖・商品化できるようになりました。一方、遺伝学的・進化論的な観点では、真珠の母貝であるアコヤガイ(Pinctada fucata)について、これまでほとんど理解されてきませんでした。アコヤガイのゲノムは2012年に解読されており、この研究は、西太平洋の各地で採集したアコヤガイのゲノムの塩基配列データを分析・比較し、各地の個体群が遺伝的および地理的にどのように異なるのか、解明しました。この分析結果により、アコヤガイが時間の経過に伴って起こった環境変化に対し、どのように適応してきたのか、推測できます。アコヤガイの遺伝学的集団構造の理解は、気候変動を考慮した効果的かつ的確な保護戦略を構築する上で重要です。アコヤガイは西太平洋に広く分布しているので、遺伝的分化を理解するには良いモデルとなります。

 アコヤガイを使った日本の真珠生産は、一世紀にわたって成功を収めましたが、その後、赤潮の頻発と感染症の拡大が打撃となり、1990年代には生産が激減しました。さらにこの時期には、中国産アコヤガイが日本の真珠養殖水域に導入されたことから、アコヤガイ個体群の遺伝的多様性が失われるのではないか、と懸念されました。この研究は、アコヤガイをよりよく理解して保護するために、日本本島・沖縄近辺を含む南西諸島南部・中国・ミャンマー・カンボジアの各地から採取した約200個体の標本を分析しました。近年における日本のアコヤガイ集団と中国のアコヤガイ集団の混合による影響を最小限に抑えるため、分析には2000年から2003年に採取した凍結標本が用いられました。ゲノム解析では、36203個の一塩基多型が分析されました。

 この研究は、個体群の分布としては北部に当たる日本本島のアコヤガイと、南部にあたる南西諸島・中国・カンボジアの個体群とは、遺伝的に離れていることを明らかにしました。しかし、陸地による障壁で隔てられているわけではない日本本島と南西諸島のアコヤガイが、なぜ遺伝的に異なるのかは大きな謎です。黒潮の強い海流により、アコヤガイは南西諸島から本島に容易に移動でき、個体群は混合すると想定されるからです。この研究は謎の解明のため、さまざまな環境要因(海面水温・海水中の酸素・二酸化炭素・リン酸塩・硝酸塩・塩分濃度)と遺伝的多様性との関連を調べました。統計解析の結果、海面水温と酸素濃度が遺伝的変異と強く相関していました。日本本島と南西諸島の個体群との間の遺伝的差異は、各地域の環境条件への適応と関係があるかもしれない、というわけです。

 この知見はアコヤガイの変遷の理解にも役立ちます。2万年前頃となる最終氷期極大期の海洋表面温度は現在よりかなり低く、日本のアコヤガイの個体群は日本本島に存在しませんでした。しかし最終氷期以降、日本の気温は上昇し、6000年前には現在よりも2度から3度高くなってピークに達し、アコヤガイの分布は日本本島へと北上しました。将来の気候変動と海水温上昇がアコヤガイの分布に影響するかもしれないため、研究者たちは、今後もアコヤガイの遺伝子研究を続けていく予定とのことです。


参考文献:
Takeuchi T. et al.(2020): Divergent northern and southern populations and demographic history of the pearl oyster in the western Pacific revealed with genomic SNPs. Evolutionary Applications, 13, 4, 837–853.
https://doi.org/10.1111/eva.12905

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