バイカル湖地域における上部旧石器時代から青銅器時代の人口史

 シベリア南部のバイカル湖地域における上部旧石器時代から青銅器時代の人口史に関する研究(Yu et al., 2020)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。シベリアのバイカル湖地域には上部旧石器時代以来現生人類(Homo sapiens)が居住しており、豊富な考古学的記録があります。過去5年間で、古代ゲノム研究により、バイカル湖地域の人類集団における遺伝的変化と混合が明らかにされてきました。

 24000年前頃となるシベリア南部中央のマリタ(Mal’ta)遺跡の1個体(MA1)に代表されるのが「古代北ユーラシア人(ANE)」で(関連記事)、旧石器時代にはシベリア全域に分布しており、多くの現代ユーラシア人とアメリカ大陸先住民に遺伝的影響を残しました。以前の研究では、ANE系統はバイカル湖地域では前期新石器時代に現代のアジア北東部人にほぼ置換されたと推測されており、ANE系統を間接的に有する集団の拡大による、前期青銅器時代におけるANE系統の「再起」は限定的でした。

 シベリアはまた、アメリカ大陸への拡散の複数回の波の起源地としても提案されてきており、その最初は25000~20000年前頃に形成されたと推定されている創始者集団によるものでした。いわゆる古代ベーリンジア(ベーリング陸橋)系統は、11500年前頃のアラスカの1個体(USR1)に代表され、この創始者集団の一部で、他のアメリカ大陸先住民系統とは23000年前頃に分岐した、と推定されています(関連記事)。シベリア北東部で発見された9800年前頃のコリマ(Kolyma)遺跡の個体(Kolyma1)は、アメリカ大陸外では最も密接にアメリカ大陸先住民集団と関連しています(関連記事)。

 古エスキモー系統を代表するグリーンランドの4000年前頃のサカク(Saqqaq)遺跡個体は、シベリア北東部集団と分岐し、アメリカ大陸北極圏に6000~5000年前頃に移住してきた、と推定されています。これらの移住の波は遺伝的に古代シベリア人集団と関連していますが、シベリア人の遺伝的歴史の文脈におけるその起源はまだよく理解されていません。アメリカ大陸先住民集団の形成をよりよく理解するには、古代ゲノムを用いてのシベリア人集団の歴史のさらなる研究が重要です。

 ユーラシアにおける新石器時代から青銅器時代への移行は、広範な集団移動により促進された複雑な文化的および遺伝的変化により特徴づけられますが、バイカル湖地域におけるその影響はまだ不明確です。西方では、ヤムナヤ(Yamnaya)文化と関連したポントス-カスピ海草原(中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部までの草原地帯)からの前期青銅器時代集団が東西両方に拡大し、「草原地帯系統」と呼ばれる遺伝的影響を及ぼしました。この集団の東方への拡大は、前期青銅器時代にアジア中央部で栄えたアファナシェヴォ(Afanasievo)文化と関連している、と考えられています。

 しかし、ユーラシア草原地帯中央部の中期青銅器時代のオクネヴォ(Okunevo)文化関連集団は、草原地帯東部の後期青銅器時代のフブスグル(Khövsgöl)関連集団と同様に、草原地帯系統の割合は限定的です(関連記事)。したがって、ユーラシア東部における草原地帯系統の移住の効果、とくに青銅器時代バイカル湖地域の狩猟採集民と同時代の地理的に近いアファナシェヴォ集団との相互作用は、まだほとんど調査されていません。

 本論文は、上部旧石器時代から前期青銅器時代にいたる、バイカル湖地域とその周辺地域の狩猟採集民19人の新たなゲノム配列を報告します。それらを既知のデータと比較すると、上部旧石器時代シベリア人およびアメリカ大陸最初の人々と関連する最も深く分岐した系統が明らかになり、バイカル湖地域における前期新石器時代と前期青銅器時代の集団間の複雑な移行がより明確になります。また本論文は、前期青銅器時代のバイカル湖地域におけるユーラシア西部草原地帯集団の影響を示す、人類と病原体ゲノムの証拠も提供し、バイカル湖地域狩猟採集民のシベリア人集団への経時的な遺伝的寄与を議論します。

 より具体的には、この研究はバイカル湖地域の計10遺跡の19人の新たなゲノム規模データを生成し、既知の古代および現代のデータと比較しました。19人の内訳は、上部旧石器時代が1人(14050~13770年前頃)、前期新石器時代が4人(7320~6500年前頃)、後期新石器時代から前期青銅器時代(LNBA)が14人(4830~3570年前頃)です。網羅率は0.04~2.07倍です。性染色体と常染色体の網羅率の比較から、4人が女性で、15人が男性と明らかになりました。19人の間で親族関係は見つかりませんでした。


●人口構造

 主成分分析では、バイカル湖地域のほとんどの個体は、古代北ユーラシア人(ANE)と北東アジア人(NEA)の間の勾配に位置します。NEA系統は7700年前頃の朝鮮半島に近いロシア沿岸地域の悪魔の門(Devil’s Gate)遺跡個体群(関連記事)に、ANE系統は上述のシベリア南部中央のマリタ遺跡の上部旧石器時代の1個体(MA1)やアファナシェヴォ文化の2個体(AG2およびAG3)に代表されます。

 本論文で新たに報告された19人のうち、上部旧石器時代の1個体はバイカル湖南部のウスチキャフタ3(Ust-Kyahta-3)遺跡で発見されました。この個体(UKY)は、9800年前頃となる中石器時代シベリア北東部のコリマ(Kolyma)遺跡の個体(Kolyma1)と近く、PC2軸では他の古代バイカル湖地域個体群と比較して、アメリカ大陸先住民集団の方へと移動しています。新石器時代4個体は全員、バイカル湖地域の既知の前期新石器時代個体群とクラスタ化し、「バイカル湖地域前期新石器時代(EN)」集団とまとめられます。

 後期新石器時代から前期青銅器時代(LNBA)の個体群は4集団に区分されます。主要な「バイカル湖地域LNBA」集団は10人で、バイカル湖地域EN個体群と比較してANE関連個体群とより近く、古エスキモーのサカク(Saqqaq)遺跡個体とも同様に近くなっています。グラズコヴスコエ(Glazkovskoe)遺跡の2個体(GLZ001およびGLZ002)は同遺跡の他個体(GLZ003)とは異なり、主要クラスタから移動し、悪魔の門遺跡およびバイカル湖地域EN個体群の方とより近い遺伝的類似性を示します。カチュグ(Kachug)遺跡の6個体のうち1個体(KPT005)は、PC1軸ではバイカル湖地域LNBA集団からかなりずれてユーラシア西部人の方に動いており、ANE-NEA勾配ではなく、もっと後の青銅器時代集団に向かってなので、草原地帯関連系統の遺伝子移入の可能性が示唆されます。バイカル湖地域の西方に位置するエニセイ川地域のバザイハ(Bazaikha)遺跡の1個体(BZK002)は、顕著にANE関連系統へと移動しており、オクネヴォ文化と関連する既知の青銅器時代個体群の近くに位置します。

 ADMIXTUREでも主成分分析と同様のパターンが示されました。前期新石器時代から青銅器時代のバイカル湖地域集団では、既知の個体群も本論文で新たに報告された個体群も全員、ANE関連個体群とNEA集団とウラル語族集団のガナサン(Nganasan)集団に代表される中央シベリア人という主要な3構成でほぼ示されます。ANEおよび中央シベリア系統は、ほとんどのLNBAバイカル湖地域個体群において前期新石器時代個体群よりも高い一方、GLZ001およびGLZ002はより高いNEA系統を示し、前期新石器時代集団と類似しています。エニセイ川地域のバザイハ遺跡の1個体(BZK002)は、既知のオクネヴォ文化集団と類似しており、他のバイカル湖地域個体群と比較して、ANE系統がずっと多くなっています。KPT005には、ヨーロッパ西部狩猟採集民(WHG)系統からの寄与がかなり見られ、おそらくは西方からの遺伝子流動により獲得されました。

 ホモ接合連続領域(ROH:両親からそれぞれ受け継いだと考えられる同じ対立遺伝子のそろった状態が連続するゲノム領域)の検証では、どの個体でも近親交配の痕跡は特定されませんでした。シベリア北東部の9800年前頃のコリマ遺跡個体では、他の個体群と比較して有意に多くのホモ接合連続領域が見られ、中石器時代シベリア北東部におけるより小さな人口規模が示唆されます。かつて共通祖先を有していた2個体のDNAの一部が同一であることを示す、同祖対立遺伝子(IBD)領域の共有は、ウスチキャフタ3遺跡個体(UKY)とコリマ遺跡個体の間の密接な関係を示唆します。これは、ゲノム規模の一塩基多型データに基づく分析を支持し、バイカル湖地域のENおよびLNBA個体群が、より古いUKYおよびコリマ個体のゲノムと同様に、相互に遺伝的類似性を共有する、と明らかにします。


●上部旧石器時代バイカル湖地域系統とアメリカ大陸先住民とのつながり

 上述のように、バイカル湖地域の上部旧石器時代個体(UKY)が、シベリア北東部のコリマ遺跡個体と密接に関連している、と明らかになりました。これは、f統計(単一の多型を対象に、複数集団で検証する解析手法)でも確認され、f3統計では、UKYはコリマ個体と同様にアメリカ大陸先住民およびベーリンジア集団との密接な遺伝的類似性を示します。f 4統計では、コリマ個体はUKYと比較してシベリア北東部および北アメリカ大陸の集団とより密接に関連している、と明らかになりました。さらに、f 4統計でUKYおよびコリマ個体とアメリカ大陸先住民および古代ベーリンジア系統の11500年前頃のアラスカの1個体(USR1)との関係が、非北極圏アメリカ大陸先住民全員を外群として調べられました。UKYおよびコリマ個体は両方、非北極圏アメリカ大陸先住民およびUSR1と対称的に関連している一方で、USR1はUKYおよびコリマ個体と比較して、アメリカ大陸先住民集団と顕著に多くの遺伝的類似性を共有しています。

 qpAdmモデリングを使用しての遺伝的構成の調査では、UKYおよびコリマ個体は、NEA系統を代表する悪魔の門個体およびアファナシェヴォ文化のAG3個体の双方向混合としてモデル化される場合、ANE系統を約30%と似た水準で有しています。このモデルはUKYおよびコリマ個体の両方で上手く合致せず、それは、アメリカ大陸先住民であるブラジルのカリティアナ(Karitiana)集団が、適合したモデルと比較して、検証された個体群とさらなる類似性を示したからです。この観察は、UKYおよびコリマ個体がアメリカ大陸先住民集団と遺伝的浮動をある程度共有し、その遺伝的浮動はアメリカ大陸先住民系統がANEおよびNEA系統と分岐した後に起きた、と示唆します。

 qpGraphモデリングを用いての、UKYとコリマ個体と古代アメリカ大陸先住民集団の間の関係が調べられました。UKYおよびコリマ個体は、アジア北東部系統と、USR1やカナダのオンタリオ州南西部古代個体群(ASO)やアメリカ合衆国カリフォルニア州チャンネル諸島の前期サンニコラス個体群(ESN)に代表される、アメリカ大陸先住民クレード(単系統群)の姉妹集団(関連記事)との間の混合としてモデル化できます。UKYおよびコリマ個体が同じグラフに含まれる場合、両者は一貫して2回の独立した混合事象の子孫としてモデル化され、それは共にアメリカ大陸先住民関連クレードとアジア北東部関連クレードに由来する古代系統の混合です。これらの知見は、アメリカ大陸先住民へのUKYおよびコリマ個体の密接な類似性を確証しますが、UKYに寄与した両系統が、コリマ個体に寄与した集団よりも祖先的であることを強調します。さらに、ベーリンジアを経由してのアメリカ大陸への最初の移住の波は別として、UKYがコリマ遺跡より3000km南西に位置し、4000年以上前であることから、アメリカ大陸先住民系統は上部旧石器時代にはシベリア全域でもっと広く分布していた、と混合モデリングは示唆します。じっさい、本論文の混合グラフは、この基底部アメリカ大陸先住民集団が、アジア北東部集団と複数回の遺伝的接触を経験し、別の古代シベリア集団を生み出した、と示唆します。


●バイカル湖地域の前期新石器時代と青銅器時代の間の複雑な移行

 本論文は、新たに配列されたバイカル湖地域のENおよびLNBA個体群を同時代の既知のデータと組み合わせ、さらに詳細にバイカル湖地域における遺伝的移行を説明します。外群f3統計を使用すると、バイカル湖地域のENおよびLNBA集団が既知の同時代・地域集団と相互に最高の遺伝的類似性を示す、と明らかになりました。さらに、組み合わせた集団の外群f3統計から、バイカル湖地域のENおよびLNBA集団は古代と現代のアジア北東部およびシベリア集団と最高の遺伝的類似性を共有する、と明らかになりました。バイカル湖地域LNBA集団はまた、古エスキモーのサカク個体と高い遺伝的類似性を共有します。そのNEA系統と比較すると、バイカル湖地域のENおよびLNBA集団はともに、ANE関連集団と余剰の遺伝的類似性を有しますが、f4統計で示されるように、LNBA集団はEN集団よりもさらに多くの遺伝的類似性を有します。これらの結果は、バイカル湖地域EN集団におけるANE関連系統の存在を明らかにするとともに、余分のANE系統の遺伝子流動がバイカル湖地域のEN集団とLNBA集団との間の遺伝的移行の原因である、という以前の知見を確認します。

 本論文はさらに、qpAdmモデリングを適用してバイカル湖地域のENおよびLNBA集団とサカク個体とガナサン集団におけるANE関連系統の割合を定量化しました。NEA系統として悪魔の門遺跡の個体を用いると、UKYはバイカル湖地域のENおよびLNBA集団にとって、ANE関連系統の代理としてコリマ個体よりもよく合致しますが、アファナシェヴォ文化のAG3個体はバイカル湖地域EN集団によく合致します。NEAおよびANE系統として悪魔の門遺跡個体群とAG3個体を用いると、ANE関連系統はバイカル湖地域において、EN集団の14.3%からLNBA集団の22.7%に増加します。シベリア北東部のコリマ個体は、古エスキモーのサカク個体のANE関連系統の代理として機能できますが、バイカル湖地域およびウラル語族集団のガナサン個体にはよく合致しません。これは、バイカル湖地域の狩猟採集民とガナサン集団が、シベリア中央部もしくは南部で形成された可能性が高い一方で、古エスキモー系統はシベリア中央部もしくは北東部で形成された可能性を示唆します。

 DATESを用いてのバイカル湖地域集団におけるANE系統とNEA系統の間の混合事象の推定年代は、EN集団では21世代前、LNBA集団では71世代前ですが、LNBA集団は顕著に多くのANE関連系統を有します。各集団の平均的な放射性炭素年代測定結果と混合年代の標準誤差を考慮すると、混合事象は8500~6000年前頃と推定されます。淡水リザーバー効果を考慮すると、混合事象は8000~5500年前頃と修正されます。これは、バイカル湖地域のENおよびLNBA集団が、在来集団とNEA関連集団との間の長期にわたる混合過程を通じて形成されてきた、と示唆します。したがって、バイカル湖地域EN集団は、以前に提案された個別的で突然の混合という仮説とは対称的に、長期にわたる混合過程を経てきたことになります。しかし、この混合は、後期新石器時代と青銅器時代には実質的には継続しませんでした。それは、LNBA集団の混合の年代が古く、均質なLNBAクラスタと比較してEN個体群間の遺伝的多様性が比較的大きいからです。


●遺伝的外れ値により明らかになる青銅器時代シベリアの高い移動性

 バイカル湖地域LNBA個体群のうち、主要集団とは遺伝的背景の異なる3人の外れ値が特定されました。このうち、カチュグ遺跡の6個体のうち1個体(KPT005)は、主成分分析およびADMIXTUREではユーラシア西部集団との類似性が示唆されます。qpAdmモデリングでは、KPT005はバイカル湖地域LNBA集団と複数の青銅器時代西方草原地帯集団との混合としてモデル化でき、草原地帯系統の堀合は42~48%と推定されます。地理と年代を考慮すると、この混合の起源として最も可能性の高い候補は、アルタイ・サヤン地域のヤムナヤ(Yamnaya)関連アファナシェヴォ文化集団です。

 さらに、バイカル湖地域前期青銅器時代個体群のうち2個体(GLZ001およびGLZ002)は、バイカル湖地域LNBA主要集団と比較して、顕著にANEの混合水準が低くなっています。この2個体におけるANE関連系統の割合は、NEA系統として悪魔の門遺跡個体を、ANE系統としてアファナシェヴォ文化のAG3個体を用いると、約10%と推定されます。さらに、この2個体はともに、Y染色体ハプログループ(YHg)C2b1で、これはバイカル湖地域EN集団で支配的ですが、他のバイカル湖地域LNBA集団のYHgはQ1aのみです。これは、青銅器時代まで、バイカル湖地域EN集団と同等もしくはそれ以下の割合のANE系統を有する集団が残存していたか、より多くのNEA系統を有する周辺地域集団からの移住があったことを示唆します。

 そこで、バイカル湖地域個体群の遊動性が、11個体の歯のエナメル質のストロンチウム同位体分析により調べられました。このうち10個体の値はバイカル湖地域で報告されてきた範囲内でしたが、GLZ001は外来起源と示唆され、7歳(第二大臼歯の形成)以降にバイカル湖と続くアンガラ川流域に移動した、と推定されました。既知のストロンチウムデータに基づくと、GLZ001の起源はバイカル湖の南方および東方を含む地域と推定されます。もう一方の外れ値個体であるGLZ002は、GLZ001と遺伝的に類似しているにも関わらず、地元出身と推定されました。GLZ002は7歳以前にバイカル湖地域に移住してきたか、アンガラ川流域と類似したストロンチウム同位体比の範囲の地域から到来したのかもしれません。


●遺伝的外れ値個体群間のペスト菌感染

 最近の研究では、中期新石器時代から青銅器時代(4900~3500年前頃)のヨーロッパおよびアジア中央部の複数地域にまたがって、人類のペスト菌(Yersinia pestis)感染の証拠が提示されています(関連記事)。これまでに特定された古代ペスト菌系統の大半は、LNBA系統とされる絶滅系統に属します。ペスト菌の古代DNAデータは人類集団の遺伝的枠組みとともに解釈されており、LNBAにおけるユーラシアの広範な地域でのヤムナヤ関連集団の拡大が、ペスト菌の拡大と関連している、と示唆されています。

 バイカル湖地域の個体群の病原体DNA痕跡の存在を調べるため、本論文で新たに報告されたバイカル湖地域の19個体が分析され、青銅器時代の2個体(GLZ001およびGLZ002)でペスト菌の古代DNAが明らかになりました。淡水貯水池効果を考慮すると、GLZ001は4556年前頃、GLZ002は4430年前頃と推定されます。ペスト菌ゲノムの網羅率は、GLZ001が7.2倍、GLZ002が12.8倍です。GLZ001およびGLZ002のペスト菌はLNBA系統に分類され、4800~3500年前頃に分離しました。両者が最も密接に関連しているのは、バルト海地域で発見された系統で、このペスト菌に感染していたのは、縄目文土器(Corded Ware)複合と関連する4520~4290年前頃の個体(Kunila2)です。上述のように、GLZ001およびGLZ002は同じ地域・年代の個体群と比較して、遺伝的に外れ値となります。さらに、LNBA系統に分類されるペスト菌ゲノムを有する既知の全個体のゲノムに共通するヤムナヤ関連草原地帯系統が、GLZ001およびGLZ002のゲノムには欠けています。GLZ001およびGLZ002のペスト菌は、LNBA系統としては最東端となります。


●オクネヴォ文化への遺伝的影響

 オクネヴォ文化は、バイカル湖の西方に位置するユーラシア草原地帯中央部の青銅器時代の文化です。以前の研究では、オクネヴォ文化個体群と古代バイカル湖地域個体群との遺伝的関係が示唆されています。本論文では、オクネヴォ文化が浸透していた、バイカル湖地域の西方に位置するエニセイ川地域のバザイハ遺跡の前期青銅器時代の1個体(BZK002)のゲノムと、既知のオクネヴォ文化関連個体群との間の高い遺伝的類似性が検出されました。BZK002のゲノムは、qpAdmでは、バイカル湖地域LNBA集団とアファナシェヴォ文化のAG3個体もしくはボタイ(Botai)文化的集団との双方向混合としてモデル化できます。ユーラシア中央部のボタイ文化集団には草原地位関連系統が見られません。BZK002はまた、オクネヴォ文化関連個体群で観察される系統を形成する、ヤムナヤ/アファナシェヴォ文化関連集団と混合した集団の代理としても機能しました。さらに、オクネヴォ文化関連集団のモデリングは、バイカル湖地域LNBA集団とAG3もしくはボタイ文化的個体群と草原地帯関連系統集団の間の3方向混合として確認されました。

 オクネヴォ文化関連集団における3系統間の混合事象の年代は、異なる2期間に分類されました。バイカル湖地域LNBA集団とボタイ文化的集団を情報源として用いると、オクネヴォ文化関連集団とBZK002における混合事象は、前者が42.9世代前、後者が23.4世代前で、標本群の年代を考慮すると、6000~5000年前頃の範囲と重なります。オクネヴォ文化関連集団における情報源の一つとしてヤムナヤ関連系統を含めると、交雑年代は17世代前(5000~4500年前頃)と新しくなります。本論文は、オクネヴォ文化関連集団の遺伝子プールの形成は、ボタイ文化的系統およびバイカル湖地域LNBA系統の最初の混合から生じ、その後に紀元前三千年紀のヤムナヤ関連文化の拡大に伴い、ヤムナヤ関連系統の遺伝子流動が起きた、と推測しています。BZK002の直接的な放射性炭素年代測定結果は4700年前頃で、既知のクネヴォ文化関連個体群に200~800年先行し、草原地帯関連系統の混合の推定年代範囲と重なります。さらに、BZK002のバイカル湖地域系統とボタイ文化系統との混合は、オクネヴォ文化関連集団の推定された期間の範囲内に収まり、BZK002がオクネヴォ文化関連集団の遺伝的構成の形成中の中間的状態を表す、と示唆されます。


●まとめ

 本論文は、バイカル湖地域において上部旧石器時代から青銅器時代にかけて、ANEおよびNEA系統の割合の大きな変動に見られるように、複数の人口交替が起きたことを示しました。しかし、本論文が提示するのは、以前に示唆された、NEA系統を含むアジア東部系統によるANE関連系統の完全な置換ではなく、24000年前頃のシベリア南部中央のマリタ遺跡の1個体(MA1)で最初に報告されたANE系統が、前期新石器時代(EN)集団でも上部旧石器時代となる14000年前頃のUKY個体でも明らかになったように、上部旧石器時代を通じて青銅器時代まで存続した、ということです。

 さらに、前期新石器時代から青銅器時代のバイカル湖地域集団の遺伝的移行は、NEA関連系統とANE関連系統との間の、紀元前六千年紀から紀元前四千年の長きにわたる遺伝子流動によりよく説明でき、UKY個体のゲノムは、コリマ個体関連系統のあり得た南方への拡大よりも、ANE系統の在来起源として優れている、と証明されました。対照的に、コリマ個体ゲノムは、古エスキモーのサカク個体の遺伝的構成の代理として表され、古エスキモー系統がシベリア北東部に出現した、という見解を支持します。ただ本論文では、古エスキモー系統がUKY関連系統からシベリア中央部もしくは南部で形成された可能性を除外できません。

 注目されるのは、バイカル湖地域の上部旧石器時代の人々と非北極圏アメリカ大陸先住民との強い遺伝的つながりの検出です。本論文では、アメリカ大陸先住民と14000年前頃のシベリア南部となるバイカル湖地域のUKY個体と、9800年前頃のシベリア北東部のコリマ個体はすべて、少なくとも一部は、ANEおよびNEAの両系統を有する同じ混合集団の子孫と示されました。この集団は上部旧石器時代においてシベリア全域に拡大しており、アジア北東部の関連集団と頻繁な遺伝的接触を経験した可能性が高く、異なる地域と期間においてANEおよびNEA系統のさまざまな割合の集団を生じました。コリマ個体および他のアメリカ大陸先住民集団へとつながるアラスカのUSR1のゲノムと比較して、UKYがより早期の分岐集団であることから、この基底部アメリカ大陸先住民系統がシベリア北東部で形成された、との以前に提示された仮説に本論文は異議を唱えます。アメリカ大陸先住民の祖先的遺伝子プールの起源の正確な場所と年代の説明には、上部旧石器時代シベリア集団からのさらなる遺伝的証拠が必要となります。

 さらに、人類と病原体のDNAデータに基づき、前期青銅器時代にシベリア南部と西方の草原地帯との間で遺伝的接触があった証拠も得られました。これは、当時のユーラシアにおける人類の高い移動性を示唆します。バイカル湖地域におけるヤムナヤ関連集団の遺伝的影響は、青銅器時代のKPT005個体で明らかです。さらに、以前の研究では、ユーラシア全域におけるペスト菌のLNBA系統の拡大が、ヤムナヤ関連集団の移住により促進された、と示唆されてきました。ペスト菌のLNBA系統を有する全個体のゲノムで、草原地帯関連系統が確認されていたからです。しかし本論文では、ペスト菌に感染しているバイカル湖地域青銅器時代の2個体(GLZ001およびGLZ002)のゲノムに、ヤムナヤ関連系統の遺伝的証拠が見られないことを示しました。また、この2個体のゲノムには、他の全てのバイカル湖地域および周辺地域の青銅器時代個体よりも、NEA系統の割合がかなり多い、と明らかになりました。この2個体のうちGLZ001は、ストロンチウム同位体分析により、外来者で、おそらくはアンガラ川流域外の出身でした。この青銅器時代バイカル湖地域のペスト菌ゲノムの系統は、ヨーロッパ北東部のバルト海地域の縄目文土器複合関連個体に感染していたものに最も近い、と明らかになりました。現在の解像度では、ユーラシア西部とシベリア南部との間の病原体伝播のパターンを推測するには不充分ですが、現時点でのデータは、ペスト菌の長距離拡散につながる1世紀もしくは10年単位の過程を示唆します。

 本論文はバイカル湖地域の人口構造における動的な変化を報告し、上部旧石器時代シベリアにおける最初のアメリカ人へとつながる遺伝的系統の広範な発生を明らかにします。さらに本論文は、ユーラシア草原地帯全域での人類の高い移動性の証拠を提示し、紀元前三千年紀におけるペスト菌の拡大についての新たな洞察を明らかにします。アメリカ大陸最初の人々の起源には高い関心が寄せられてきましたが、時として政治的問題にも発展しました(関連記事)。本論文は、シベリア南部の人類の新たな古代ゲノムデータを報告したというだけではなく、アメリカ大陸先住民系統の遺伝的起源が、シベリア北東部に限定されない可能性を提示したという点でも、大いに注目されます。近年の古代ゲノム研究の進展は目覚ましく、追いついていくのは大変ですが、今後、当ブログにてできるだけ多くの関連する論文と本を取り上げていきたいものです。


参考文献:
Yu H. et al.(2020): Paleolithic to Bronze Age Siberians Reveal Connections with First Americans and across Eurasia. Cell, 181, 6, 1232–1245.E20.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.04.037

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