大隅洋『日本人のためのイスラエル入門』

 ちくま新書の一冊として、筑摩書房より2020年3月に刊行されました。本書は現代イスラエルの多面的側面を一般層向けに分かりやすく解説しています。日本に限らないでしょうが、イスラエルへの印象は政治的信条に基づくものになりがちで、イスラエルに対してひじょうに悪い印象を抱いている人は少なくないかもしれません。それは、反ユダヤ主義的側面もあるでしょうが、やはり最大の要因は、イスラエルの統治にある、と言えるでしょう。その意味で、イスラエルに対する悪印象には、正当な側面も少なくない、とは思います。

 そうした観点の人々には、本書はイスラエルに甘すぎる、と思えるでしょう。もちろん、本書もパレスチナ問題を取り上げてはいますが、明らかに分量は少なくなく、全体的に、日本が見習うべきイスラエルの肯定的な側面を強調しています。しかし、パレスチナ問題を中心に取り上げた日本語の本は多く、イスラエルの全体像が日本社会で的確に理解されているとはとても言えそうにない現状を考えると、本書の構成に意義はあると思います。

 本書は日本がイスラエルに学ぶべきこととして、失敗をやたらとは恐れない風潮などとも関連する、技術革新力の高さや、家族と伝統・歴史を重視することとも関連する、出生率の高さや、高い安全保障意識などを挙げます。確かに、日本がイスラエルに学ぶべきことは多いと思います。もちろん本書は、日本が単純にイスラエル(に限らず外国)から学ぶべきと言っているわけではなく、社会や国際環境の違いもあり、学びは容易ではありません。その具体例は軍隊で、本書は、男女ともに徴兵対象とされる軍隊こそがイスラエル社会・国家を成立させている要である、と強調します。これは、現代日本社会では容易に真似できないでしょう。一方で本書は、イスラエルを取り巻く安全保障環境が劇的に改善された場合、軍隊が統合の要たり得なくなり、元々遠心力の強いイスラエル社会の統合が弱まる可能性も指摘します。

 さらに、出生率や軍隊と関連して、徴兵が免除され、出生率の高い超正統派が今後影響力を拡大していくだろうことに、本書は今後のイスラエルの危うさがある、と指摘します。この問題はすでに現時点でかなり顕在化しているとも言え、超正統派の徴兵免除をめぐる問題が、最近のイスラエル政治の混迷の一因になっています。米中対立の狭間でどう進路を選択していくかなど、イスラエルと日本に共通する大きな課題もあり、日本にとってイスラエルとの関係強化は重要になる、と思います。

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