大河ドラマ『麒麟がくる』第27回「宗久の約束」

 1568年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)7月、足利義昭一行は織田信長が支配する美濃に到着します。明智光秀(十兵衛)も三淵藤英や細川藤孝とともに義昭に同行します。信長は義昭を歓待し、義昭は感激しますが、戦のために銭を献上したのに、貧しい民に施すと言ったり、刀に怯えたような表情を見せたりした義昭に失望します。しかし信長は、義昭を奉じて上洛する意志を変えるつもりはありませんでした。信長は光秀に、上洛して三好の兵数と、朝廷が三好から織田に乗り換えるつもりがあるのか、都にすでにいる木下藤吉郎(豊臣秀吉)とともに確認するよう指示します。

 光秀は駒とともに、三好と結んでいる堺の豪商のうち、今井宗久と面会します。宗久は、異国との交易が続けられるなら、織田と三好のどちらが勝ってもよいし、三好から離れてもかまわない、と光秀に打ち明けます。宗久が織田側に加担する条件として光秀に提示し他の歯、都を焼かないことと、堺を守ることと、鎧兜を着けずに上洛することでした。この条件に稲葉良通や柴田勝家など織田家臣は強く反発しますが、義昭はこの提案に強く賛同します。信長は、内心では家臣の意見に同意しつつ、まずは六角を攻めることにします。信長は光秀に、義昭と自分のどちらに仕えるのか、決断を迫り、光秀は義昭に仕えると即答します。織田軍は六角を一蹴し、信長は鎧兜を着けないまま上洛します。に

 今回は、信長の上洛と光秀の都での活動が描かれました。光秀と藤吉郎とのやり取りでは、藤吉郎の人物像が浮き彫りになりました。藤吉郎は貧しい生まれで、親からは約束も守ってもらえないような酷い扱いを受けて育ちましたが、信長は約束を守り、成功すれば恩賞もくれて褒めてもらえる、と信長に深く感謝しているようです。藤吉郎が信長に強い忠誠心を抱く理由とともに、かなり鬱屈したところがあることも示されました。光秀は藤吉郎に討たれるわけで、それまでの織田家中での出世争いでも、藤吉郎のこの個性と絡めてどのように描かれるのか、注目されます。

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